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2006/09/28

熊本中2女子校内傷害事件

26日午後4時45分ごろ、熊本県山都町の町立矢部中学校の3階で女子生徒が頭部や肩など8カ所に刃物で切り付けられた。女子生徒は職員に助けを求め病院に運ばれた。

切りつけたのは同じ中2の男子生徒と見られる。男子生徒はこの直後、3階教室のベランダのひさしに立ち、飛び降りるようなそぶりを見せたため、教職員がマットを敷くなどして説得。男性職員がベランダに引き戻すと、大声で泣いたらしい。

さてこの事件だけど、徳山高専の事件があった後だけに、防げなかったのか?
と言う思いは強いね。
被害者は生命の危険は無いものの、精神的ショックは相当あっただろう。
もしかするとPTSDになるかもしれない。関係者にはメンタルケアをお願いしたいね。

原因は調査を待つしかないけど、事件後の男子生徒の行動などからみると、何か相当思いつめていたようだね。
しかし、犯行現場はどこだったのかな?2人きりになれる場所だったのかな?

続報を待ちましょう。

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コメント

 無差別に人を刺して逃走する鬼畜人間はさっさと死んでくれ!

投稿: 神戸大根 | 2006/10/01 11:08

>防げなかったのか?と言う思いは強いね。

どうやって防ぐのでしょうか。
生きていて意識を持っている者同士ならば、学校に限らずいつでもどこでも互いに会えます。徳山高専殺害事件やこの事件は、偶然、教育機関内で起きましたが、殺害事件はどこでも起きます。防止策として、世界の全ての人の行動を監視することは物理的にも法律的にも不可能ですし、世界の全ての人の持ち物を毎日検査することも物理的に不可能ですし、世界の全ての人に(通学・通勤)バスを用意することも不可能です。また、例えば学校の場合、学校内の死角が全くなくなるように常時警備員等を配置したり、監視カメラを設置したり、毎日持ち物検査をすることが全く無意味なのは明らかです。場所を変えたり、凶器をどこかに隠せば良いだけだからです。

投稿: SA | 2006/10/09 06:05

SAさん、こんにちは
私も事件を防ぐ事は難しいと言う事を「徳山高専殺害事件の謎!その20」で書いています。
難しいと分かっていても、防げないかと考えるのが人情と言う物ではないでしょうか?

実際に防げたか?と言う事については、教師や家族、生徒が自分の学校でも事件が起こる可能性があると考える事で「注意力」が増す事に期待しています。
今回の事件の場合は、事件後の男子生徒の行動などから考えて、相当思いつめた結果の犯行だと思います。
この為、事件以前に何らかの予兆があったのではないか?
その予兆を見つけられればこの事件を防ぐ事が出来たかもしれないと私は考えています。

とは言え、後から考えればあれが予兆と言う事はあったでしょうが、実際には見過ごしてしまったと言う事でしょうね。

投稿: ASKA | 2006/10/09 12:53

ASKAさん、こんにちは。
先の投稿で挨拶を忘れてました。失礼しました。

人情ゆえの防止策、これはよく分かります。
しかし、やはり私は防ぐことはほぼ不可能と考えています。
先ず、人間の特質があります。人間は理性的動物であるとはいえ、種々の本能を持った生き物である以上、たとえ社会的・法律的に許されないことであっても帰結を顧みず、理性ではなく本能に従った行動を優先することがあると思います。

次に、他者が当人の兆候に気づくかどうかという問題の前に、当人が兆候を外的に示すかという問題があると思います。普段通りの人には他者は何ら疑問は抱きませんし、もとより人の感情や言動には多少の波が付きものです。仮に、ある人が思い悩んでいたとしても、それが事件性等のあることに発展する可能性を見いだすのは至極困難と思います。もちろん、防止策は大切であると思います。それが大きな成果をあげることもあるでしょう。ただ、当人の周囲の人が皆、当人の様子を常に気遣っているような環境は現実として考えにくく、行動心理学者でもない限り、事件性を前提とした観点などは、たとえ教師や家族であっても一般人には無理で過剰な要求であると思います。

少々脱線しますが、こうしたことで、ワイドショー的に学校をやり玉に挙げることは、ことの本質を誤らせているように思えてなりません。学校に限らず、個々の人間の感情や言動をつぶさに把握できることなど夢物語にすぎませんし、それはむしろ不自然なことでしょう。また、犠牲者は惜しまれ、犯罪者が非難されることは、大筋において常なることですが、生前中における犠牲者の犯罪者への対応に犯罪を誘発する可能性があったかもしれないということも諸処の考察の対象にしても良いのではないでしょうか。

投稿: SA | 2006/10/09 16:25

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