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2010/01/10

世田谷一家殺害事件再考その90(地蔵についてのメモ)

謎の地蔵の件で調べていく過程でいくつか気になる事があったのでメモしておきます。
忙しくて、深く考える事ができていませんのでメモレベルと言う感じです。

1)誰が設置したか?
コメントにもありましたが、この地蔵の設置が犯人、あるいはその関係者によるものなのか?は不明で、それを裏付ける情報もない。

事故や事件現場に献花するのは日本人に限らず行われるし、その延長上で篤志家とはいわずとも、誰かが被害者一家の為に設置したとしても、不思議じゃない。
その上、騒ぎが大きくなってしまい、名乗り出る事ができないと言う事も想像できる範囲だね。

2)「六」の文字について
地蔵の底と台座部分に「六」のような文字らしい物が掘られている。以前、私は
謎の地蔵の記事で梵字かと考えていましたが・・・
素直に考えれば「六」に見える文字とは「六」その物でしょ?
でその方向で考えれば、「六」と「地蔵」で連想するのは「六地蔵」じゃないですか?
地蔵菩薩(wiki)の六地蔵について見ると、六道輪廻転生の思想を背景にした物ではないか?と思えるよね。

つまり、不幸な事件で無くなった被害者一家がうまく生まれ変われる事を願っていると言う所かな。

さすがに6体の地蔵は置けないと思ったか、あるいは6体も一度に置いたら、当然気づかれてしまうので、1体で六地蔵の意味を持たせたかったのかな。

3)設置場所について
地蔵の設置場所は事件現場と川を挟んだ対岸側にあるのですが、これに意味があるの?というのも考えてみました。
と言うのも、先ほど紹介した地蔵菩薩(wiki)のページの子供の守護・救済の項目に
「幼い子供が親より先に死ぬと、三途の川を渡れずに賽の河原で鬼のいじめにあう」
と言うのがありまして、川の対岸に設置したのは、この川を三途の川に見立てたの?
と言うのもちと、感じました。

もちろん、偶然かもしれないし、単純に設置しやすい場所だったのかもしれない。
あるいは、全く事件には関係せず、この川で事故死した子供の為に設置したと言う可能性もありますので、そのあたりも時間があれば調べてみたいと思います。

しかし、それなら、ご近所さんからそのあたりのお話が出そうな気もします。

4)地蔵の出所、もしくはその意図について
2)で書いてますが、この地蔵には「六」と思われる文字が2カ所に掘られているようです。
多分、そんな地蔵は流通していないでしょう。つまりこの文字は誰かが彫ったんですよね。

何が言いたいかと言うと、もし石材店に依頼したのであれば、そこから出所を調べる事ができるかもしれないと言う事です。
地蔵に六の文字を彫る仕事なんてそうそう有ることじゃないでしょう?

多分、捜査本部も都内の石材店ぐらいは当たっているかもしれませんが、全国レベルでは調べ切れていないかもしれない。

なので、もし全国の石材店もしくは石材加工を行うお店などで地蔵に「六」の文字を彫った事があると言う方がおりましたらコメントをください。
公にしたく無いと言うのであれば直接、捜査本部にご連絡したいただいた方が良いかもしれません。

もし、この「六」の文字を設置した本人が彫った場合は相当な熱意と言うか、意志の強さと言うか、そう言った物を感じますね。
つまり、献花の延長として地蔵を設置したのであれば、購入した地蔵をそのまま設置すれば良いわけで、あえて手間を掛けて文字を彫るのには理由があるのかな?と思うわけです。

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コメント

間違えて殺めてしまい(ひき逃げなどで)逃走、自戒の念から
人知れず設置するのであるならばしっくりくるのですが
強い怨みをはらしたのでは?と思われるほどの犯行状況からは
どうも.....と、個人的にはお地蔵様と犯人は関係ないと思っている
のですが、一つの説に固執するのはあまり好ましくないと
思うので逆にも考えてみました。
ただいつも感覚的な事で推理しているわけでは
ないのですみません。

犯行後に自分のおかした行為があまりにも
ヒドいと気づき(悪夢に連日うなされた等)設置した......。
近親者の犯行だと知ってる家族が置いた....。
一般の尺度では計り知れない、感情の流れがあまりにも
普通ではない犯人が手前勝手な思い(呪われたくない!)
で置いた.....。
などなど考えればキリがないなあと。

それと、例えはかなりおかしいかもしれませんが
戦後60年以上たった今、あの凄惨を極めた
硫黄島の闘いで居合わせた日米両軍の元兵士達。
全てでないにしろ一部の方たちが当時の元敵に
対し敬意を払って慰霊碑に献花する。
という行為......。
犯人が、もし宮沢さん達に対して似たような心境
(仕事上や趣味での好敵手だったとか......。)をもって
いたのならお地蔵様の設置が
動機や接点の解明につながるような気もします。
いづれにせよ、手間のかかる
お地蔵様の設置という行為をしたのが実行犯、もしくは
犯行を依頼した人物などだとした場合、被害者に対する
接点や犯行動機が読み取れるのに、それすらも
入手先が不明な点が悔やまれます。

管理人さんがおっしゃられる「六」の字の意味や、
三途の川に見立てた設置場所まで加味して
犯人あるいは関係者が置いたのであれば
かなり古式ゆかしい感覚の持ち主であり、
数々の遺留品が全て計画的かつ陽動の意味を持たせた
かなりの知能犯が犯した事件のようにも見えます。

ただ自分で『好敵手だったとか......。』と書いておきながら
情け容赦なく顔面を痛めつけられたご家族の姿を想像するに
やはり地蔵と犯人、特に実行犯というつながりが
今一しっくりこないなあ.....と。

投稿: たぬき | 2010/01/10 16:25

体だけじゃなく、顔面も痛めつけられたのですか。知りませんでした。

投稿: nobuo | 2010/01/14 20:11

はじめまして。
西荻に六地蔵があるのはご存知ですか?
私は杉並区の住人なのですが、前々からこの地蔵が不気味でしょうがなかったんです。
なんで六地蔵なんて建てるのか意味がまったくわからない・・・・。

すっかり世田谷事件のことは記憶から消えていたのですか、
最近ネットでこの世田谷事件のことを見る機会があったので、事件の詳しい内容を知りたくなりウィキを見てみたところ、この地蔵の話が出てきて、
西荻の六地蔵のことがすぐ思い浮かんでしまいました。

西荻にはワールド○○○という宗教団体があるそうです。

余談かもしれませんが、その六地蔵の作者は、遷都くんの作者だそうです。

投稿: 鉢 | 2010/02/13 10:59

こんにちは。
ちょっと情報を訂正させてください。

西荻には六童子と六地蔵があります。
六童子がとても薄気味悪いのです。(個人の好みに拠るのでしょうが。)
六童子だけでも気味が悪いのに、いつのまにか、
六地蔵まで設置されていた・・・・・という感じです。
作者はどちらも同じ人のようです。せんとくんの作家。

六童子が置かれたのは、2009年4月頃です。
地蔵設置はその後のようです。

投稿: 鉢 | 2010/02/14 11:39

それで鉢さんは事件との関連をどうお考えなのでしょう?単なる地蔵情報?

投稿: うっかり八べえ | 2010/02/15 20:27

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