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2012/02/21

光市母子殺害事件(運命の判決?)

2月20日、差し戻し上告審判決で、最高裁小法廷は被告側上告を棄却しました。元少年の死刑が確定します。

この判決が出るまでに13年とは長かったと思う。それは置いといて・・・

死亡したのは23歳女性と生後11ヶ月の女児の二人です。
被告人は事件当時18歳と1ヶ月でした。

永山基準だと3人は死刑、1人は無期懲役、2人はボーダーラインと言う事だと思います。

で1審、2審では無期懲役でした。

そう、何事もなければこの事件は無期懲役となってもおかしくない事件でした。
ところが、平成18年最高裁は高裁に差し戻し、平成20年差し戻し控訴審は死刑を言い渡した。で今回の上告審で最高裁は上告を棄却して死刑が確定すると言う事ですが・・・

私は特に運命なんて言葉を信じるタイプでは無いのですが、時々、「運命ってあるのかな」と思う時があります。

今回の事件でも、被告人が死刑を回避するチャンスはありました。
1)そもそも、事件を起こさなければ、誰も不幸にならなかった。
2)死亡したのが女性1人だったら死刑にはならなかった。
3)手紙で反省していないと思われる内容を書かなければ世論が動く事は無かった?

実質的にはこの3)が決め手になってしまったと言う印象です。

事件後にホントに反省していれば、この手紙を書くことも無かったでしょうし、そうすれば、死刑判決がでる事も無かったと思うと、被告人自らがこの「死刑判決」を手繰り寄せてしまったのではないか?と思えてきます。

事件を起こした事によって被告人は元々ある別の運命から死刑になる運命に「ずれて」しまったのかと思います。

一連の騒動も結局、世間の注目を集めて世論を動かす方向に働いたとすれば、全てが厳罰へ向けて動いていたように思います。

判決も確定するし、今度こそ落ち着いて「死」と向き合って罪を償ってほしいですね。

参考リンク
光市母子殺害事件死刑判決

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コメント

不謹慎な事を書きます。

被告人の生い立ちを知ると、家族や友人をはじめ、随分と出会い運に恵まれなかった人間なんだと思いました。

暴力的な父親、自殺してしまった母親。
「母親の自殺後も、特に傷ついたように見えなかった」と語る中学時代の友人。
無関心な教師。
火傷を負わせるような高校時代の友人。
戦い方を誤った弁護士団。

おまけに、やたらに弁の立つ被害者の夫。

友人に宛てたあの手紙は、被告人が10代の時に書いたもので、強がって書いた、本心とは異なる内容だったのではないでしょうか?

母親の自殺後も、学校では陽気にふるまっていたような性格ですから。

投稿: ma | 2012/02/24 03:19

人間を二人も殺した奴に1mmも同情出来ません(´・ω・`)
父親がDV男で母親が自殺、似たような境遇でまともに生きてる人なんてごまんと居るのに(´・ω・`)
この元少年だけお情けかけたり特別扱いはダメでしょ(´・ω・`)
死刑は妥当(´・ω・`)

投稿: (´・ω・`) | 2012/02/24 10:18

人間の生死について書いてるのに変な顔文字はやめませんか。
あと、未成年が3人殺して無期懲役なら特別扱いダメって
言うのもわかりますが、
2人の場合は記事でASKAさんも言ってるとおり
ボーダーラインなのでもし無期懲役のままだったとしても
別に特別扱いってわけでもないと思います。

ただし、自分もこの判決には納得です。
手紙の内容は、あまりにもヒドい。
むしろ精神疾患を装ったのではないかと思いました。
どちらにしろ許せません。

投稿: maggot | 2012/02/24 12:38

やはり自分のしたことと、その後の減刑狙いの言動を考えると、妥当な判決と思いました。全面的に反省する態度がなかったため弁護団も苦労したのでしょうか?その辺りはわかりませんが、最後まで償う機会がなくなると言い、都合良い解釈に思える。突然押し入られ命を奪われた者の身になる機会が皮肉にも訪れる。もう言訳は考えず、これからが本当の反省です。

投稿: 明智 | 2012/02/24 20:09

 死刑の判断に「社会的影響の重大性」も「遺族の峻烈な処罰感情」も関係ないだろ!と思うし、事後的な「反省」や「更生の可能性」を問題とするのも妙な気がする。その意味でダラダラと判断事情を並列に列挙する「永山基準」はあまり良くないと思うし、いまだにそれに寄り掛かっている日本の刑事法学の貧困を痛感する。 本来は、純粋に行為当時の行為の違法性・有責性(期待可能性の程度)で判断すべきではないか?そして永山基準の諸事情のほとんどはこの違法性・有責性の判断の枝葉に過ぎないのでは?

 それはさておき、今後どうなるか?
 どうも死刑囚の周辺に支援者がどんどん集まっているように思える。彼らからすると、被害者遺族の男性は「いたいけな少年を執拗に追い詰め、理不尽にも死刑に追い込んだ冷血・残忍な人でなし」とされているように感じる。当該男性の再婚が報じられたが、そんなことは彼のごく周辺にしか関係のないことである。彼を貶める第一歩か?今後、彼を憎む連中が、彼や彼の親族に危害を加える危険性は無いと言えるか?
 彼の日常生活が充分に守られるよう配慮がなされることを願いたい。でもそれをこの国の警察には望むべくもないが。

 ところで、問題になった手紙の内容だが、これが随分と法律やその運用をきちんと踏まえた正確なものだったことは、今でも不思議だなと思っている。すなわち「判決は無期懲役で死刑はない。そして7年ほどで仮出所できる」これは少年事件に非常に詳しくないと分からないことである。死刑囚はこのような知識があって犯行に及んだのではあるまい。逮捕された時点では死刑を覚悟していたのではないか。後で前のようなことを知ってビックリしたのだろう。
 では、誰から聞いたのだろうか?弁護人とも思えるが、被告に楽観的な予断を抱かせて妙なことを口走られても困るから、おそらく違う。たぶん、被疑者に面会したマスコミ関係者か検察関係者だろうと思う。ちなみに、この事件は、検察関係者にとっては無期懲役で簡単に終わらせるつもりの事件であったろう。それ以上は面倒くさい、それが理由である。普通は、検察は被害者の遺族の感情など無視する。そうはならなかったのは、被害者遺族が膨大な妨害や中傷・権力の横暴に対抗し、非常な労力をかけてマスコミを動かしたからに他ならない。極めて稀なもので、誰にでも出来ることではないから、この判決が一般化されることはない。
 正攻法で行ったのならば、今頃は死刑囚はシャバに出てきていたのであり、支援者の世話でいい仕事にも就けていた。つまり「勝者」である。被害者遺族がマスコミを味方につけ世論を動かしたからこそ、相手を少なくとも勝者の座に上げることだけが阻止できたに過ぎないと思う。それだけのことに、これほどの労力や作戦で臨まなければならない、この国の検察や裁判所の権力性について改めて酷いものだと感じる。

 ところで、死刑囚の刑の執行は無いだろう。あえて火中の栗を拾うようなまねをする法務官僚や法相はいないだろうから。従って実際は終身禁錮のようなものだ。
 ゴーストライターによる手記のアプローチも始まるだろうし、そうすれば死刑囚は数億の金を手に入れることが出来るだろう。ひょっとして恩赦(天皇の交代もそう遠くない)が出れば、程なく出所できるかもしれない。まだ彼は「敗者」ではないように思える。
 それがこの国の本当のカタチ。永山基準ほどにまとまりのない書き込みになってしまった。

投稿: あすな郎 | 2012/02/25 17:12

今時、恩赦なんてあるわけねーだろ。
いつの時代だよっ!

投稿: 名無し | 2012/02/26 01:12

死刑の判断に色々なことが考慮されないなら、殺人罪は二人殺せば死刑の様に簡単な判決になるのでしょうね。
刑を執行すべしだが、確かに長くかかるかも。恩赦はだめだめ。

投稿: 明智 | 2012/02/26 02:16

昭和が終わった時も、死刑囚が恩赦で解放されることはなかったです。
一時的に刑の執行は止まるでしょうし(現政権だと既に止まってますが)、
一過性で死刑判決が出にくくなるかもしれませんが、
死刑囚の刑がなくなる(軽減される)ことは前例からみて、あり得ません。

投稿: アヒル | 2012/02/26 14:06

被害者の夫のコメントで「この裁判の勝者はいない」という意味のものがありました。
まさにその通りだと思います。

投稿: さすらい | 2012/02/27 03:42

本村さんには 本当に13年間 お疲れ様でしたと申したいです。事件や事故は毎日のように起こっていますが メディアや紙面等を通じて これだけ人の心が関心を寄せた裁判もなかったかと……。私は難しい法律や裁判の事は良く分かりませんが 2/20に元少年が 死刑判決にはなりましたが 勝者はいないと 語った本村さんが印象的でした… 13年間…気の遠くなるような時間ですよね…バッシングもあったでしょう…自責の念にとらわれたでしょう…
「罪を憎んで人を憎まずって言うじゃないですか〜」
・「犯人を死刑にしても、奥さんとお子さんは戻ってきませんよ」
・「いや、キミは少年法の『精神』が全くわかっていないね」
・「そもそも死んだ人には人権なんかないからね。法律を『勉強』しなさい」

法律を学んだ方々だか 被害者側の気持ちをこれっぽっちも汲めないのか?自分の妻と子供が殺害されても客観説を唱えられるかな?

本村さんを苦しめた 元少年の手紙……

(本村氏に対して)

『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし』


『オイラは、一人の弁ちゃんで、最後まで罪が重くて「死」が近くても「信じる」心をもって、行く。そして、勝って修行、出て頭を下げる。そして晴れて「人間」さ。オレの野望は小説家。』

『五年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも』

元少年と言っても当時18歳 本村さん夫妻は23歳で5歳しか違わない……
精神疾患を装う予定が友人に宛てた手紙で死刑への後押しだ……。

死刑判決後……

「事件からずっと死刑を科すことを考え、悩んだ13年間だった。20歳に満たない少年が人をあやめたとき、もう一度社会でやり直すチャンスを与えることが社会正義なのか。命をもって罪の償いをさせることが社会正義なのか。どちらが正しいことなのかとても悩んだ。きっとこの答えはないのだと思う。絶対的な正義など誰も定義できないと思う」

「この判決に勝者なんていない。犯罪が起こった時点で、みんな敗者だと思う。社会から人が減るし、多くの人が悩むし、血税を使って裁判が行われる。結局得られるものはマイナスのものが多い。そういった中から、マイナスのものを社会から排除することが大事で、結果として、妻と娘の命が今後の役に立てればと思う。そのためにできることをやってきたということを伝えたい」

死刑が執行されるまでは完全には終わらないとは思います…。
しかし被告人も今 死と向きあっているわけで…死が迫りくる恐怖感は確実に芽生えていると思います。 本村さんには 心からお疲れ様でしたとしか言葉になりません……。


投稿: あゆゆ | 2012/03/02 00:00

死が迫り来る、現実のモノとして実感されるからこそ
少年は人間として罪に向き合って、償いのために死んでいけるんじゃないかな?
被害者と同じく他者による強制的な死を迎えざるを得ない、被害者と同じ立場に立って、はじめて被害者に「同情」出来ることもあるだろう。
死刑こそは、加害者と被害者を同じ立場に身を置くことが出来る唯一無二の手段だと私は思う。

死刑反対の人たちは「償い」や「更生」って意味を少し勘違いしていると思うなぁ。

投稿: | 2012/03/06 09:57

私も被害者のご家族には長い間本当にお疲れ様でしたという気持ちです。夫として父としてこの上ない悲運に遇われたことに深く同情してました。よくご自分をコントロールされたとも思います。私だったら仇討ちが許されるならとも感じます。死刑があるからこそ、抑制できるのでは?被告人は惨殺した自分の罪から目を逸らしてきたが今度は念仏を唱えながら、最後は人間の心に戻ってわびねばなりません。この罪は死と向き合わねば償えない。ですから死刑こそが償いです。
天国から二人が見届けることでしょう。

投稿: | 2012/03/06 19:32

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