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2012/03/02

島根県立大女子大生バラバラ殺害事件その34(見立て殺人)

さて、2年以上も過ぎましたが、未解決のままです。
時々、未解決の事件を考えます。今回もその考えた事の一つです。

遺体が遺棄されたのは臥龍山の山頂です。結構有名な場所のようです。
春になればハイキングや山菜取りの人が来て遺体を発見する事は予想できますよね。
犯人は遺体が発見されても逮捕されない自信があったんだろうね。

しかし、それなら、遺棄するのは道端でも良かったはずですよね。
しかも、遺体を背負って山頂まで運んでいる。

だから、山頂に運ぶ事には犯人にとって意味があるはずです。では、山頂に意味があるのか?
臥龍山周辺の地図
臥龍山の周辺には山が沢山ある。
大佐山、雲月山、冠山、深入山、恐羅漢山などがる。だから、山頂に意味があると言うのもなんとも言えない。

そこで、臥龍山に意味があるとしたら?と考える。
臥龍山の情報を見ると臥龍山はもとは別の名前の山だった。
「臥竜山は昔は刈尾山と呼ばれていたが、古事記の大蛇退治を村の伝説と結びつけるためか、昭和22年版の地図から突然「臥竜山」と改められた。」

この通り、臥龍山はヤマタノオロチの伝説と結びつけて臥龍山となった。
犯人がこの事を知っていて臥龍山を選んだのであれば、その意味は何か?

そう考えると、やはり「ヤマタノオロチ」伝説を考えなくてはならない。
つまりは「見立て殺人」と言う意味です。

ヤマタノオロチ伝説はヤマタノオロチ伝説のwikiを参照願います。
そう臥龍山自体がヤマタオオロチなのです。

簡単に書くと
8つの頭を持った大蛇(ヤマタノオロチ)が8人の娘を持つ夫婦から毎年1人ずつ娘を生贄に差し出させていた。そして、娘が最後の1人となった時、通りかかったスサノオがその娘を嫁にする条件で大蛇退治をした。
大蛇は八つ裂きにされその尾から草薙の剣が出てきた。そして、スサノオは娘と一緒になったと言う感じかな。

問題はこの伝説に見立てた場合に見方が二つあると言う事です。
被害者は死亡している。この伝説の中で死亡しているのは7人の娘たちと大蛇です。
もし、娘と見立てた場合、伝説は終わっていない事になります。本命の大蛇退治が抜けている。

しかし、死亡した被害者を大蛇と見立てると結構、はまるんですよね。
つまり、大蛇の化身の被害者を八つ裂きにして大蛇その物である臥龍山の山頂に遺棄する。それなりに収まりの良い感じですが・・・

しかし、ホントにヤマタノオロチの見立て殺人だった場合、犯人は最後に大きなミスをしています。見立て殺人は失敗しているのです。

ヤマタノオロチ伝説には別の伝説もあります。
八本杉と言う場所があります。ヤマタノオロチを退治した後、8つの頭を埋めその上に杉を植えたと伝えられています。

被害者をヤマタノオロチと見立てのであれば、その頭部は臥龍山ではなく、「八本杉」に埋めるべきなのです。

そう考えた場合、犯人は臥龍山に頭部以外の遺体を遺棄した後、頭部は八本杉に遺棄する予定だったという事になります。所が何かの手違いで頭部は臥龍山の駐車場脇に遺棄されてしまいました。多分暗くて頭部が落ちた事に気づかなかったのかもしれませんね。
もし、八本杉から被害者の頭部が発見されればヤマタノオロチ伝説を連想した人はもっと沢山でたでしょうね。

と言うのが私の考えた「見立て殺人」説なのですが・・・・
最後に最大の疑問が残ります。

見立て殺人を行う理由が犯人にあるのか?

普通に考えればありえない。
なにしろ、そんな手間を掛ける理由がない、リスクも増える。
だけど犯人にとって被害者がヤマタノオロチのように邪悪な存在であるならば、悪を退治したヒーローになれるとは考えられますけどね。

しかし、その場合、犯人と被害者は顔見知りと言う事になると思うのですが・・・
あるいは、面識はないが何らかの方法でそんな情報を入手したと言うのもありですが、被害者はただの女子大生ですからね。広く情報が流れるような事は無いと思いますけど・・・

あくまで妄想です。

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コメント

オロチ伝説ですか。
その地域では山名の由来などでよく知られた話なのでしょうか。
一般人だと日本昔ばなし程度の知識だと思うので。
不自然に感じる点なんですが、
仮に、
・街に住んでいるので遺体を移動させなくればならなかった。
・移動を楽にするために解体をした。
ここまでの流れは普通ですが
頭部を選んで遺棄し、遺体の一部を焼いたのですよね。
埋めず放置をして。
犯人の選択と思惑、犯人の持つ時間の有無が引っかかると同時に
犯人像の固有な点が窺えます。
仮に、八本杉に辿り着けなかった理由としては
・体力的な理由があった。
・臥竜山への知識が曖昧だった。(つまりはお飾りだった。)
・臥竜山に呑まれて逃げ出した。
あたりでしょうか。
男とも女ともつけないですね。

投稿: % | 2012/03/03 23:01

%さん、こんばんは
今回は臥龍山に注目して考えた物で全体としては不自然な点もあるかもしれませんね。

八本杉に行かなかったのは(行ったかもしれないけど)本来八本杉に遺棄するはずの、頭部を臥龍山の駐車場で落としてしまったからと考えました。

投稿: ASKA | 2012/03/06 21:27

初めまして。
初めて書き込みさせて頂きます。
仮に犯人がオロチ伝説に見立てて犯行に至ったと仮定した場合、犯人はオロチ崇拝者と仮定した方がしっくりくるのではないのでしょうか?
被害者の遺体を切断した理由は、ただ殺害するだけではなくオロチに対する忠誠心からではないでしょうか?
またバラバラにする事によって、オロチのそれぞれの頭に捧げる事と言った意味合いがあるのでは?

上記した事はあくまで主観ですのでブログ主さん、閲覧者の方々が気を悪くされない事を祈ります。
また一刻も早く事件解決に至る事を願います、そして被害者の遺族の方々に哀悼の意を捧げます。


投稿: 名無し | 2012/03/09 08:41

ASKAさんのエントリーのように、この事件を伝説や神話と絡める推理を
どこかで見聞きした記憶(どうでもよくない記憶)があって
それが何だったか気になって探してみました。

ttp://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/news2/1290633469/108

ブログの日付は11月4日でした(間違いない)。
遺体発見報道の前です。

その時点でバラバラ殺人と書いたブログが気になったから、
ブログに出てきた因幡の白うさぎ伝説の記憶が残ってしまった。

投稿: | 2012/03/15 09:14

こういう発想もありかと思いました。
元々、個人的に神話の話は好きなんで…
あえて神話の見立て方面にハマり
込まないよう、今まで避けていたんです。
とはいえ、他の考えが手詰まりな事もあり、
見立て殺人の方面も考えてみたいと思います。

とりあえず、以前から読みたいと思ってた
島根国風土記を図書館から借りてきて
最近、大ざっぱながら読んでました。
ただ調べてみると、浜田市と言うのは
元々、石見国浜田藩で、それが明治時代に
浜田県をへて島根県に編入されたようです。
なので、あの地域は直接的には
島根の神話と関係ないようです。
(島根国風土記でも対象外の地域でした)

とはいえ、石見神楽では八岐大蛇退治が
演目にありますし。犯人が浜田付近の住民なら、
オロチ伝説への親近感もあるでしょうし。
犯人なりにかこつけてる可能性もあります。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:29

さて、神話というのは
とかく何が公式か微妙なものです。
元は同じ文書でも、別地域の写本によって、
話に変化や尾ひれが着いたりしてきますし。
公式文書や歴史書に記されてなくても、
多くの民衆が信じてた俗説なんかもあります。
(神話・伝説と言うくくりでは、
後者も一概に嘘や間違いではない訳です)

特にヤマタノオロチ伝説は、
古事記と日本書紀では記されているのに、
地元であるはずの出雲の国風土記では
八岐大蛇についてなぜか一切触れられていません。
また、平家物語やいくつかの古典文学だと、
以下のような八岐大蛇伝説の続きがあります。

死した八岐大蛇は、のちに伊吹山
の神(伊吹大明神)となって生まれ変わり、
ヤマトタケルを倒し。さらに源平の時代には
平清盛の孫、安徳天皇(8歳で亡くなった)に
生まれ変わり、草薙の剣をとり返し、
今は竜宮城で暮らしている、と。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:31

これらの伝説の背景は
日本書紀でヤマトタケルを殺した伊吹山の
神が大蛇(古事記では白猪)であった事、と。
(タケルはそれまでの旅で、草薙の剣を
持って来ていたのに、伊吹山には持参して
来ませんでした。それが死因の一つともなります)

壇ノ浦での、草薙の剣消失事件があります。
平家は壇ノ浦でヨシツネ軍に追い詰められます。
その時、二位の尼(清盛の妻、安徳の祖母)が
草薙の剣とヤサカニの勾玉を身に着け、
8歳の安徳天皇を抱え、
「波の下にも都がございます」と言って、
一緒に海に飛び込みました。
その後、いくら海女が海中を探しても
海に沈んだ草薙の剣を見つけられませんでした。
(三種の神器のうち、ヤタの鏡は義経が回収し、
京に持ち帰りました。先の勾玉もあとで
海に浮いてきたのを回収したようです)

この時、失った宝剣(草薙の剣)は
本物ともレプリカとも言われていますが、
どうもよくわからないです。

やがて、実は安徳天皇こそが
八岐大蛇の生まれ変わりで。
源平の戦さを利用し、草薙の剣を取り返したと
解釈されるようになっていきました。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:34

源平盛衰記では、老松(おいまつ)と言う
海女が龍宮城まで行き。
直接、八岐大蛇からその話を聞いてきます。
平家物語のどれかの写本(図書館で
適当にあさってきた物なのでどれか未確認)。
ある博士が占って見て、言うには、
「八岐大蛇は草薙の剣を惜しむ心が深く、
その八つの頭と八つの尾が形を変え、
八十代の天皇の後(八十一代目天皇)の、
八歳の年の帝となって生まれ変わり、
壇ノ浦で霊剣をとり返し、
そのまま海底に沈んだのだろう」と。
千尋の海の底で神竜の宝となってしまったのなら
ふたたび人間の手に剣が帰らないのも道理だろう。
同じく、平家物語のどれかの写本。
…ところが今、(草薙の剣が)
海底に沈んでしまったのは世も末な事だ。
つらつら考えるに大蛇の執着心が深いため。
剣を取ろうとしたのか、ついには、
安徳天皇へと生まれ変わり。八歳の帝王の
体となって、かの草薙の剣を取り返し、
深く竜宮城に収めてしまったのだろう。
・平家物語の写本の一つ、長禄本
「八俣の大蛇、その体を示すために、
安徳天皇となって生まれなされた。
八歳の天皇と現れて、後の宝剣を
持ちさって西海の波の底に沈んで
行った」と、ある人の夢で告げ知らされた。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:36

太平記
大納言の経顕(ツネアキラ)卿が言うには、
「最近、草薙の剣が発見されたと聞くが、
その話の出所は皆わが政敵の仲間から
発せられている(怪しい話だ)。
そもそも、あの宝剣は八岐大蛇が
元暦の頃に安徳天皇となって龍宮城に
持ち帰って行ったと言われている。
それから160年もたったこの乱世無道の
時代に今更どうして出こようか!」
おとぎ草子、伊吹童子。
(八岐大蛇に仕える伊吹一族から
酒呑童子と言う鬼が生まれたと語る物語)
近江の国に伊吹 弥三郎と言う者が
おったそうじゃ。
その父は伊吹 弥太郎と言い、
古えより代々この伊吹山を治めていた。
昔、出雲の国に八岐大蛇という大蛇がおり、
その大蛇はスサノオに切り殺されたが
又変じて、(この山の)神に生まれ変わった。
今の伊吹大明神がそれである。
(この後、この弥三郎の子が
伊吹童子(酒呑童子)となります)
今邑彩の推理小説、大蛇伝説殺人事件では
(これは中年画家がバラバラにされる事件)、
八岐大蛇とスサノオの同体説なんてのも
紹介されてたのが興味深かったです。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:38

あと、日本神話における
バラバラ殺人といえば、古事記の
ヤマトタケルの話が記憶にあります。
タケル(オウス)は兄のオオウスを
トイレで待ち伏せて襲い。
手足を引きちぎった後にスマキにして
遺体を投げ捨てたと語られます。
(日本書紀では、この残酷なタケルの性質が
描かれたエピソードは、カットされてます)

また以前から気になってた事があります。
スサノオがクシナダ姫をめとった際に
「八雲たつ出雲八重垣つまこめて
八重垣つくるその八重垣を」と読んだ詩が
31文字の歌の起源とされてる事です。
被害者がアルバイトしていたお店が
サーティワン(31)だったので。
もしかしたら、むしろこの職種である事が
なんらかの見立てであった可能性もあるのかも…。

それと女性の殺害といえば、古事記では、
八岐大蛇退治の記事の直前に。
空腹を覚えたスサノオがオオゲツヒメに
食物を乞うも、オオゲツヒメが渡した
食物を汚いと思い、殺害する話があります。
その遺体から稲や麦、粟、大豆、小豆などの
穀物(と蚕)が生えたと言う話です。
もし遺体が1年以上見つからなければ
キノコや山菜が生えてくる…という
見立てもありえるのかなぁ、と。

投稿: 神秘の格闘技バリツ | 2012/04/03 17:42

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