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2012/05/01

交通事故について思う事

交通事故について私の個人的な意見としては
交通事故は「人間の問題」だと思います。

事故の原因として、車の故障は車検制度や定期点検、リコール制度などでかなりの部分はカバーできていると思います。(完全ではないでしょうが)
ソフトの面(運用面)は法律によって、こちらも事故が起きないようなルール(法律)が定められている。(こちらも完全ではないでしょうが)

なので、すくなくともルールに沿って車を運転している場合にはそれほど、大きな事故は起きないだろうと思います。

その法律を守らない場合に大きな事故に繋がっているのではないか?と私は考えています。

この中には、つい「うっかり」と言う物もあるでしょうが、もともと法律を守る意思の無い人間の場合が問題です。

この種の人達は罰則を重くしたり、制限速度を低くしても効果が見込めません。
なにしろ、最初からルールを守るつもりが無いのですから。

その手の人達をケアするには2種類の方法しかないと思います。
1)事故を起こしたらどなるのかを教育してルールを守るように啓蒙していく。
2)ルールを守れない人間は運転できないようにする。

1)は地道に進むしかないでしょうね。
2)が問題です。結局、ルールを守れる人間かどうかは外面からでは判断できませんね。
私はテクノロジーの力を借りて、この部分をケアできないかな?と思います。

例えば、無免許運転の場合はエンジンが掛からないとかね。
免許証も電子化されているのでコストがどのぐらいかかるか分からないけど、可能かな?と思います。

それ以外にも酒酔い運転とかね、居眠りもテクノロジーで検知できるようになれば対応は可能だと思います。

ただ、別の問題が出てきて、そのコストを誰が負担するのか?って問題は出てきますよね。

もともと、ルールを守れない一部の人間が事故を起こさないように導入するコストに対して、ルールを守る人間も負担しなければならないの?
そんな事を言ったら信号機も横断歩道のペイントもガードレールも同じなのだけどね・・・

いずれにしても、機械やシステムが正しく動作していても、それを操作する「人間は完璧ではない」のでどうしても、防げない事故はあるかもしれません。
でも、ルールを守れば防げる事故はなんとか防げるようにしたいですよね。

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コメント

最近の路線バスなんかでは、キーに息を吹き掛けてアルコール反応があれば、エンジン始動が出来ないような仕組みになっていると聞きます。
キーにそういう仕組みを取り入れれば良いだけですので、さほどコストはかかってないでしょう。
こういうテクノロジーの力を借りれば、事故を未然に防ぐ事が可能ですよね。

投稿: パイン | 2012/05/02 01:36

亀岡の事件(事故と書きたくない)は18のガキが起こしたわけで。

親がどういう教育してたのか?
いやいや、そもそも
子供を持つ資格がある親が作った子供だったのだろうか?

そこまで考えてしまう

投稿: | 2012/05/02 18:05

 刑法を学校で習ったとき「自動車は危険」ということから話が始まるので、面食らった記憶があります。
 しかし、普通車でもダーティー・ハリーの44マグナム以上の破壊力がありますし、大型車に至ってはバズーカ砲やロケット砲を凌駕する破壊力があるので、今は納得できます。
 この危険性を押さえこんで、何とか有用性の方を相対的に危険性より高くすれば、法益侵害の危険の蓋然性の点でも社会相当性の点でもなんとか許容できる範囲に収めて自動車を使うことができる。そのために交通ルールや道路整備基準が定められている訳ですよね。
 ところが今はほとんど誰も交通ルールは守っていない。だから自動車は全て自然状態のままの、有用性を遥かに上回る危険物に過ぎなくなっているということです。だから、本当は日本中の車の運転は自転車も含めて直ちに全て禁止し、守らない者は直ちに射殺する(バズーカを街中でぶっ放しているより危険な行為を現実に行っている訳だから)ぐらいの状態だと思います。
 では何故こうなったのか?実は、法律などのルールはそれを実行するために職務権限を与えられた者が忠実にその義務を果たすことで、初めて機能します。この連中がその義務を果たさずサボっていることが、問題のスタートです。その意味でこの連中(そろそろ警察官などと言っていいでしょう)の「人間性」に重大な問題があるからと言えます。そして、この連中の恐ろしいのは、このルールを守らせようとする私人に対して警察権を不当に行使し、違法側を守って、無法状態を意図的に作り出していることにあります。

 なぜそうなるかと言えば、社会秩序が乱れ犯罪が増えるほど自分たちに配分される金も人も権限もどんどん増え、天下り先もどんどん増加させることが出来るからです。また、無法状態になれば、生の力がより幅を利かせられるので、集団的な生の強い力を持っている暴力団が強くなるのはもちろんですが、合法的に拳銃やミサイルや戦車や戦闘機を行使できる公務員の力がどんどん増すので、その頂点に君臨する官僚たちの力がどんどん強くなるからです。そしてその力の行使は官僚たちの恣意でよいのですから(出発が無法の増加)、結局この国の支配層にとっては治安が悪くなるということは自らの恣意を、軍事力・警察力を背景に押し通すことが比例して容易になるということです。

 交通ルールを守る人にどんなに圧力をかけてもそれ以上よくなりっこないのであり、交通ルールを守らない者に漏れなく毅然と刑罰権などを行使して初めて少しづつ改善するのですが、以上の理由で警察や検察は交通ルールを守る者に圧力をかけ続け、交通ルールを守らない者を意図的に野放しにしているので今後も改善される可能性はないでしょう。

投稿: あすな郎 | 2012/05/03 18:39

「交通ルールを守らない者を意図的に野放しにしている」
私もそう思いますね。
警察がというよりは法律がとでもいうべきでしょうかね。
無免許で人殺したら極刑に処すべきですな。

投稿: 明智 | 2012/05/05 12:34

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