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2013/04/09

パプアニューギニア魔女斬首事件(救われたい心)

パプアニューギニアで、魔術を使って元教師を呪い殺したと疑われた高齢の女性2人が遺族らに拷問を受けた上、首を切断されて殺害される事件が起きたらしい。

現場には警官もいたが、興奮した暴徒に阻止され、止めることができなかったとの事。
女性らは4月2日に連れ去られ、3日間にわたってナイフやおので傷つけられた後、首を切られたらしい。
パプアニューギニアでは3月にも、魔女と疑われた女性が裸にされて焼き殺される事件が発生したばかりだったらしい。

こんな事件ですね。
ちょっと信じられない事件だけど、日本でも昨年末に除霊の為として滝行を行い。少女を窒息死させた事件がありましたし、それ以外にも、数年に1度ぐらい、この手の事件は起きています。

「呪術で呪い殺す」と言う事を本気で信じていたのか?はちょっと現地の土地柄とか文化レベルと言うのもあってなんとも言えない所です。

ただ、日本の例と共通する部分として加害者側に「救われたい」と言う気持ちがどこかにあったのかも?と思うわけです。

詳細が分からないので憶測ですがパプアニューギニアの事件では元教師が事故か病死で突然無くなったのでしょうか?その死を悼んだ遺族などが、その理由を「呪術」にすり替えてしまったのではないか?と思っています。

誰かが呪術で殺したのだ、だから、呪術者に復讐しても良い、呪術を使えそうなのは、年老いた老婆だと言うあたりの連想で、被害者が呪術者に仕立て上げられたのかもしれませんね。

ここでのポイントは復讐している間は悲しみを忘れる事ができると言う事でしょうか?
あるいは、「騙されている間は自分で考えなくてもよくなる」その結果、現実の悲しみや苦しみから逃れる事ができると言う事なのかな?と考えています。

日本の場合は義務教育もあるし、国民全員が一定レベルの教養とか常識と言う物を持っているので、「呪い」「たたり」と言う物を簡単に信じる人はいないでしょう。

だけど、人の心は弱い物で「それ」を信じたくなる時もあるんですよね。
科学で助かる事ができなくなった時は特にそうでしょうね。

救ってあげたい。救われたい気持ちが「ダメかもしれないけど」と思いながら、信じてしまうのかもしれません。
信じてしまえば、あとは、考えずに信じるだけですからね。その時点で自分は救われているのかもしれません。

ただ、一方でそんな気持ちを利用しようとする人もいるわけで、注意しなくてはいけないと思います。
 

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