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2013/07/29

山口県周南市連続5人殺人事件その4(続報)

続報です。

容疑者は、中学卒業後に関東の工務店で働き、40歳代半ばの1994年に実家に戻ったとの事。

中学時代の同級生(63)によると、「高齢者相手に大工仕事や家の修理など『便利屋』のような仕事をしていた」との事。

しかし、同居していた母親が2002年末に亡くなり、父親を数年前に亡くして一人になってからは、周囲とのトラブルが目立つようになったらしい。
回覧板を持ってきた住民には「ゴミだからいらない」と拒否したとの事。
別の地域から移ってきた男性(70)は「自宅を訪ねても、気配はあるのに一向に出てこなかった」と話しているらしい。

容疑者(63)が「木の棒で殴って殺した」、「棒は捨てた」と供述しているとの事。

殺害されたK村さん(73)とI村さん(80)のそれぞれの自宅から、容疑者(63)の指紋が検出されたとの事。
容疑者は同市金峰(みたけ)地区で孤立状態にあり、県警は、指紋が事件発生時に残されたものとみて調べているとの事。

近くに住む女性(62)によると、事件発生時に旅行中だった、K村さん(73)の夫は数年前、容疑者の自宅近くで稲作をしていた際、水田の管理をめぐり口論になった。夫はその後、周囲に「怖い。殺されるかもしれない」と話し、稲作をやめたとの事。

別の女性(73)によれば、K村さんも、容疑者が飼っていた犬について「寄ってきたのでよけたら“叩き殺す気か”と言われて怖かった」と話していたとの事。夫婦ともに容疑者から恨みを買っていたとみられ、夫は旅行中でなければ“6人目の被害者”になっていた可能性もあるとの事。

捜査関係者によると、容疑者(63)が、近隣住民への不満をつづった紙を自宅に貼っていたらしい。紙は室内に複数枚貼られていた。地域で疎外されていて寂しいという趣旨の心情や、住民への不満などが書かれていたとの事。
白い紙に毛筆のようなもので書いてあった。保見容疑者の自宅の窓には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と書かれた貼り紙があったが、この貼り紙と筆致が似ているとの事。

容疑者(63)が事件後、自宅に戻っていない可能性が高いと捜査関係者は見ているとの事。

また、住民によると、K村さん(73)は出火約5時間後の22日午前2時ごろまで近くの住民宅にいたという。こうした状況から、山口県警は容疑者が2軒の民家の3人を殺害して放火した後、自宅以外のどこかに潜伏してK村さんを襲撃した可能性が高いとみて調べているとの事。

被害者のK村さん(73)夫妻が約10年前から、何者かに襲われるかもしれないと警戒していたことが分かった。就寝時は襲われた場合に備えて棒を傍らに置き、家を空けないよう旅行も夫婦別々にしていたとの事。
捜査関係者や住民らによると、2003年6月、K村さんの自宅倉庫でまきが燃える不審火があった。犯人は分かっていないが、K村さん夫妻はこれ以後、再び狙われることを警戒するようになったとの事。

殺害されたI村さん(80)が玄関で倒れていたことがで分かった。I村さんの死因は頭部を複数回強く殴打されたことによる脳挫傷などで、ほぼ即死とみられており、山口県警は、殺人、非現住建造物等放火容疑で逮捕した容疑者(63)がI村さんを玄関かその近くで襲撃した可能性が高いとみて調べているとの事。

I村さんは妻と2人暮らしだったが、妻は病院に入院中だった。県警周南署員が7月22日正午ごろ、自宅で倒れているのを見つけた。室内に争ったり、荒らされたりしたような跡はなかったとの事。

県警の発表によると、衣類は男性物のズボンとシャツ。25日午後3時ごろ、容疑者の家から500~600メートル東にある橋から北東に行った山中の獣道に放置してあるのを、容疑者の携帯電話とともに捜査員が見つけた。捜査関係者によると、この衣類に血痕があったとの事。県警は血痕の鑑定を行っている。

木の棒は、容疑者が潜んでいた山中で見つかった。容疑者は、逮捕後の調べに対し「木の棒で殴って殺した。棒は捨てた」と供述しており、県警は、この棒と被害者の傷痕が一致するかどうか調べるとの事。

容疑者(63)が2011年、県警周南署に「地域で悪口を言われた」と相談した際、今回の被害者数人の名前を挙げていたことがわかった。
対応した署員に集落内での対人関係の不満を打ち明け、具体的な相手として数人の名前を挙げたとの事。

一部報道で「つけびして」の張り紙は以前に容疑者の草刈り機が燃やされる事があり、その事を指しているとの報道有り。

再度時系列
1994年    両親を介護する為に帰郷(当時44歳)この頃は熱心に介護してヘルパーさんに挨拶もできている。
2002年    母親が無くなる。(当時52歳)
2003年頃   酒席で今回の被害者の一人と口論となり、刃物で刺される事件が起きていた。
2003年6月   K村さん宅で小火、その後、不明男性宅に「つけびして」の張り紙、その後、周辺から孤立(当時53歳)
       これ以降、K村さん宅では再び放火される事を警戒していた。
2005年頃   介護をしていた父親が死亡、その後、人格が変貌(当時55歳)
2011年 元旦 警察に「周囲から悪口を言われる、孤立している」と相談、以後は相談はなし。(当時61歳)
2011年3月28日 別の集落の家でも全焼する火災が発生。

2013年7月
21日(日)昼過ぎ  容疑者の最後の目撃、この後、所在不明となる。
21日(日)21:00頃 S森さん宅から出火の通報、ほぼ同時に60mはなれたY本さん宅から出火、焼け跡から計3人の遺体
22日(月)01:00頃 K村さんが2棟が全焼した現場近くで知人と会話
22日(月)12:00頃 I村さん、K村さん宅から遺体が発見
25日(木)     現場から約1キロほどの場所で容疑者の携帯電話、シャツとズボンが発見される。
26日(金)09:00頃 携帯電話が発見された場所の更に奥で容疑者が発見される。裸足で下着姿だった。

こんな所ですね。
どうも、トラブル(怨恨)の原因は2003年頃からなのかな?
2003年には容疑者が口論して被害者の一人から刺される事件やK村さん宅の小火などが起きています。

父親が死亡してからはこの集落に一人で住んでいたわけで、孤立感と孤独感でストレスを高めていたと言うのは想像できますね。
トラブルが目立ったのは父親の死後と言う事でいくと、2003年はそんなにトラブルは無かったはずで、この2件だけが突出している印象です。

気になるのは通院暦、治療暦なんですが、一部報道で「俺は薬を飲んでいるのだから、10人や20人殺したって罪にならない」と話したらしいのですが、これの裏づけが取れていません。

家宅捜索していますが、「薬」の報道はありませんし。治療暦、通院暦の報道もありません。
ただの脅し文句として使ったのかもしれませんが、普通はそんな事は言わないと思うんですよね。
ただでさえ、孤立している中、さらに「偏見」の対象になりかねません。

責任能力にも関わる部分ですが、孤独感からメンタル面の問題を意識して、通院していた可能性もありますよね。
それから、不満を部屋に張り紙するのはダメですよね。
ネガティブなイメージをそれで増幅してしまっていたのではないか?と疑っています。

最後に凶器が「木の棒」と言うのも微妙な感じですね。
相手は老人ですが、木の棒よりも攻撃力が高い凶器は他にあったと思うんですよ。
なぜ、凶器に「木の棒」を選んだのだろう?
都会なら見た目を意識したと言うのはあると思うけど、この人の少ない集落でその上、夜ですからね。
見た目を気にする事は無いと思うのですが・・・

続報を待ちましょう。

参考リンク
山口県周南市連続5人殺人事件その3(容疑者逮捕)
山口県周南市連続5人殺人事件その5(無計画?)

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