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2016/03/18

兵庫県神戸市長田区不明女児バラバラ事件その4(一審判決 死刑)

一審判決で死刑となりました。

神戸市長田区で2014年9月、小学1年の女児(当時6歳)が殺害された事件で、殺人とわいせつ目的誘拐、死体損壊・遺棄の罪に問われた男性被告(49)の裁判員裁判の判決公判が3月18日、神戸地裁であった。
裁判長は求刑通り死刑を言い渡したとの事。

5回の集中審理で結審した公判で、被告は殺害や死体の損壊・遺棄の起訴内容は認めた一方、誘拐時のわいせつ目的は否認し、計画的な犯行ではなかったと主張した。

被告は公判で、女児を家に招き入れて酒を飲むうちに「いたずらをしたくなった」などと説明。
殺害の動機について「(生きていると)騒がれて通報される。女の子の体に興味があり、殺して触りたかった」と供述していた。

論告で検察側は「生命軽視の姿勢が極めて顕著」として死刑を求刑した。
被害者参加人の女児の母親も「命で償ってほしい」と意見を述べていた。

弁護側は最終弁論で「当初はわいせつ行為をしようという気持ちはなかった。飲酒の影響で衝動的に行動してしまった」と主張した。
「わいせつ目的の誘拐が認定されたとしても無期懲役が妥当」と死刑の回避を求めていた。

裁判長は「殺害手段は残虐性が高く、死体損壊の態様も凄惨。生命軽視の姿勢は甚だしく顕著で、死刑を回避する事情は見当たらない」として、求刑通り死刑を言い渡したとの事。

弁護側は判決を不服として即日控訴したとの事。

裁判長は判決理由で、「わいせつ目的で6歳女児を誘拐し、支配下に置いた上、生命を奪い、遺体をないがしろにした。犯罪の中でも極めて悪質」と指弾した。
殺害の動機については「2人きりになったことで性的欲求を高めると同時に、女児に騒がれることなくわいせつな行為をし、その犯行の発覚を免れるため」と認定した。

弁護側は「誘拐当初から殺意があったわけではない」と計画性を否定していたが、「殺意は極めて強固。自宅に連れ込んだ後、凶器を別室に取りに行ってから犯行に及んでおり、偶発的ともいえない」と退けた。

また、被害者は1人である点は「残虐性が極めて高く、執拗。被害者が1人とはいえ死刑選択は十分許容される」などと述べ、刑事責任の重大性は揺るがないとしたとの事。

公判で検察側は「女児の首をロープで絞めた上、とどめを刺すため最低4回、包丁で首を突き刺した」と残虐性を際立たせた上、遺体を傷つけ、切断して遺棄した一連の行為を「遺体をごみ同然に捨てた」と指弾した。
「計画性の有無は死刑回避の事情にならない」と裁判員らに訴えていた。

判決では「身勝手さは他に例を見ないほど極まる」「遺族の驚愕、絶望、憤りは察するに余りある」と指弾され、身じろぎもしなかったが、退廷時には顔を紅潮させ、視線を床に落としてうつろな様子だったとの事。

今回の公判で、被告は、女児に声をかけた動機や状況について「友達になりたいと思い、『絵のモデルになって』と声をかけた」などと詳述した。
女児の殺害動機という重大な内容も「殺して、体を触りたかった。体を触ると叫んで警察に通報されると思い、殺害した」と率直に話した。

だが、こうした供述態度は物証で裏付けられている事実関係や争いのない部分に限られ、争点のわいせつ目的誘拐罪の成否にかかわる問いには「覚えていない」「分からない」と繰り返し、言葉を濁し続けた。

こうした姿勢を、判決も「自己の身勝手さや攻撃性などの問題点には十分向き合っているとは言い難い」と非難したとの事。

女児の母親は被告人質問で、被告を「これまで一度も謝罪していないのはなぜか」「娘の遺体はごみでしかなかったのか」と厳しく追及。証人尋問では「娘は将来はケーキ屋さんになりたいと言っていた」「事件でどん底に突き落とされた。娘を助けてあげられなかった悔しさでいっぱいだった」と証言し、涙を流したとの事。

判決を言い渡され、被告は中腰になり、裁判官らに一礼。閉廷後しばらくは、いすに座ったまま立ち上がろうとしなかった。係官に連れられて法廷を後にする際、顔は赤く染まっていたとの事。

こんなところですね。
判決は死刑です。
微妙なところはありましたが、かつての奈良女児殺害事件に比肩するほど残虐で凄惨な事件ですから、死刑もやむを得ないところでしょうね。

しかし、ちょっと驚いたのが遺体の一部を冷凍庫に保存していた理由です。
「殺して女の子の体を触りたいと思った」「後で見たり、触ったりしたいと思い、遺体の一部は冷凍庫に入れた」って、後で「遺体を見たり、触ったりしたい」と言うのは、ちょっと理解しがたいですね。

もう、ただの「おもちゃ」になってるね。

公判の一連の情報を見ると、被告にどうも人間の情と言う物が感じられないんですよね。
なんと言うか、被害者がただの人形のようにしか感じていないように見えます。
遺族の被告人質問で「一度も謝罪していないのはなぜですか?」と質問がありましたが、容疑を認めているので普通なら謝罪しますよね。

まー、反省の有無にかかわらず、通常の思考力があれば、反省や謝罪の言葉を口にした方が印象が良くなると普通は考えるでしょうね。

なので「反省してない」と受け取られても仕方がないでしょう。

責任能力は別として、人格障害など何かメンタルか脳に問題があるんでしょうか?

あとは、過去の事例に比べてバランスはどうか?と言う問題が上級審では出てきそうですね。
広島女児殺害事件では無期懲役でしたが、遺体損壊はなかったから、そのあたりでバランスはとれているのかな?

控訴審を待ちましょう。

参考リンク
兵庫県神戸市長田区不明女児バラバラ事件その3(関与を認める)

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コメント

個人的見解としては、死刑判決を支持致します。
どうしたらこうした幼児犠牲になる犯罪を撲滅していけるんでしょうね。私の住む自治体でも、毎日のように不審者連絡のメールが配信されております。
ほぼ全てが男性の不審者です。
やはり地域ぐるみでの防犯意識の高揚と連携・連絡が大切なんですね。
個人的な思いとしては、性犯罪者には何らかの監視を付ける必要があるし、場合によっては去勢も必要と感じます。

投稿: たんま | 2016/03/19 12:41

私もこいつが死刑にならないなら、日本には死刑がないに等しい。
これ以上にない人間のクズ、悪魔ですな。
大切な命をゴミ扱いした罰として、死んでゴミになってもらいましょう。

投稿: 空き地 | 2016/03/20 01:57

 この被告に対する判決としては、これが妥当だと思います。
 ただ…

 このての事件を見ていて思う…悪いことをしたのは、彼だけなのだろうか…と。そして、罰を受けるのも。

 少女は、知らない人についていくという過ち(罪)をおかし、殺害されるという大きすぎる罰を受けた。
 少女の親は、少女を徘徊させていた(?)ということ、他は、過ち(罪)ではないのか?
 地域のひとたちは?

 被告の男を長年、このような状態(仕事もせず、酒をのみ、ブラブラ)で、(生活)保護し続けてきた、制度は?行政は?
 彼を産み落とし、育てた、親、親戚は?
 彼を、このように成長させた、学校は?先生は?

 上げると切りがない。
 しかし、誰か一人、もしくは、数人の直接的実行犯だけ、罰を受けさせれば、良いのか?

 かの永山則夫の裁判でも、育った環境にも一因があるのでは?と、審議(?)された。
 最終的には、育った環境のせいには出来ないとされた…あの酷い環境でさえ。

 難しいんだろうね…直接的実行犯以外を特定したりするのは。
 楽なんだろうね…誰かひとりだけを血祭りに上げるのが。

 でも、良いのかな?

投稿: おきゅうと | 2016/03/20 06:50

この事件についての直接的罰則は間違いなく被告のみに集中して当然でしょう。
やってしまったことに対する法的責任を負わなくてはならないわけですから。

ただ、こういった犯罪者を無くしていく社会構造構築も絶対に必要でしょうね。
親がどうあるべきかという部分についても、根が深い問題ですが、見直していく必要が急務でしょう。

日本人だけでなく、日本に住んでいる全ての人に道徳心が薄れてきているのも事実でしょう。昭和時代に比べて。

時代が変わり、一概には議論できませんが、人としての大事な根本的なものは変わりませんね。
やはり親、地域、学校等で大人が子供に教え込んでいく大切さは忘れてはなりませんね。

ひとりひとりが対岸の火事と捉えずに、少しずつ意識を変えていくしかない。
今から始めましょう。

投稿: たんま | 2016/03/20 11:20

みなさん、おはようございます。
たんまさんへ
そうですね、韓国では性犯罪者の化学的去勢をしているようなので、日本でも累犯者には実施を検討しても良いと思いますね。

空き地さんへ
被告の答弁にはどうも、「思いやり」とかが感じられないですね。反省してるのか?と言う疑問が拭えません。
遺族としては、これ以外の判決は無いでしょうね。

おきゅうとさんへ
難しいですね。本人を裁くことは誰も異論が無いでしょうが・・・それ以外の罪を追求するとなると現実には難しそうです。

ただ、被告の家族については、社会的な批判は集まるでしょうし、非公式な制裁が実質的に行われるんでしょうね。

たんまさんのコメントされた通り、教育して、国民1人1人の意識を向上していくのが地道な方法なんでしょうね。

投稿: ASKA | 2016/03/21 07:17

道徳心に限っては
昭和時代は今よりずっと悪かったと思うけどね…

投稿: | 2016/03/21 20:07

ASKAさんへ

 となると、自殺の場合、容疑者死亡のまま起訴はないので、なにもなくで終わりとなりますね。
 そこまで追い込んだ周り(学校、先生、同級生、友達、会社…)は、何の償いも無し。
 まあ、実際には、法律外で、叩かれたりして、罰を受けるんでしょうけどね。
何か、解せないなぁ~

投稿: おきゅうと | 2016/03/23 07:57

名無しさん、おきゅうとさん、おはようございます。

名無しさんへ
確かに昭和の戦後とか、道徳心より生きる事を優先する事が多かったかもしれませんね。

おきゅうとさんへ
自死の場合は、強要罪が成立でもしないと、罪は問われないでしょうね。

しかも、「死人に口なし」として、死人の責任が強調されたりして、責任回避する事も起きますね。

投稿: ASKA | 2016/03/24 06:54

ASKAさんへ

 だから、解せないと言ってるんですよ。

 それから、ASKAさんも、今の流行りの『自死』と言う言葉を使っているようですが…
 言語学的には、意味が違うらしい(明確には、未確認) ですし、もともと『自殺』と言う言葉かあるのに、置き換えるのは、どうですかね?
 言葉が強い?
 だから、『臭いものには、ふた』ですか?
 言い方を変えても、『自殺』は、『自殺』です。
 自分を殺したのです。
 この事実の方が、ずっと強いのです。
 自分を殺したと言う罪を犯したわけです。
 だから、なぜ、その罪を犯さなくてはならなかったか。
 それが大事だと思います。

投稿: おきゅうと | 2016/03/29 08:42

おきゅうとさん、こんばんは

自死と自殺は自死の方が穏やかな印象の為、場合によって使い分けている感じですね。
今回のように、虐待を苦にした自殺なら、「自殺」を使うべきでしたね。

自殺については、遺族などの心情を考えると取り扱いが難しい面があります。それでより穏やかな表現を使う方向についなっているようです。

「なぜ、その罪を犯さなくてはならなかったか。
 それが大事だと思います。」
全くの正論です。これが本質だと言うのは分かります。

ただ、日本の法律では裁けないと言う事なんだろうと思います。このあたりは法律の専門家の意見を伺いたいところですね。
なので、ネットでのリンチのような晒し行為などが行われる理由もそこにあるのかもしれませんね。

投稿: ASKA | 2016/03/29 19:57

言葉というものは、時代と共に変化していくものと思います。

極端な例をあげると、遥か昔の筆で書かれたような文書が発見された時、現代に生きる私たちは、その文章の意味を理解することは難しいです。表現や使われ方が今とは違うからですね。

「自殺」という言葉が頻繁に使われようになる前は「自害(じがい)」という言葉が使われていたようにも思いますから。

自殺が自死という言葉に時代と共に置き換わっていったとしても、別におかしなことではありません。

「オカマ」って言葉だって、今やニューハーフやオネエ系と言われるようになりましたし。

以前は「トルコ風呂」と呼ばれていた性風俗業は「ソープランド」や「ヘルス」、単に「風俗」と言われるように変化しましたね。

ここで私が挙げた言葉の変化は、全て「その言葉を投げつけられる人たち側」への配慮(気遣い)から変化していったものだと考えられます。

言葉を投げつける側は、指摘されるまで(いや、時には指摘されても)平気でいられます。基本、当事者でない場合が多いから。あるいは、当事者でも自虐的に敢えて使う場合もありますが…。

ハゲやデブ、ブスという言葉も言われる当事者は嫌なものですが、言う方は何とも思わず、「ハゲはハゲだろ?」「デブはデブだろ?」「だってブスじゃん!」「どうしてそう言ったらダメなの?」と言うスタンスです。

マゾ(M)か鈍いタイプか全く気にしてない人でない限り、好きでハゲたわけでないのにハゲと言われたら悲しいですよ。

「自殺」を「自死」と変化させる理由も似たようなところからではないでしょうか。

投稿: ロジポ | 2016/03/30 14:30

1審神戸地裁の裁判員裁判で求刑通り死刑とされた男性被告(50)の控訴審判決公判が3月10日、大阪高裁で開かれた。裁判長は「殺害は偶発的側面が否定できず、計画性は認められない」として1審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡したとの事。

昨年3月の1審判決は計画性について「刑を軽くする事情とみることはできない」としたが、判決理由で裁判長は「当初から殺害を計画していた場合と同様の非難を向けることはできず、軽減されるべきだ」と判断したとの事。

さらに殺害方法も「苦痛をことさら増やしたとはいえず、残虐性が極めて高いとした1審の判断には賛同できない」と指摘。
被告には命を左右するような犯罪歴はなく、被害者が1人の同種事件では、死刑が選択されていない傾向がみてとれると言及したとの事。
「公平の観点から死刑の選択が許容されるとはいえない」としたとの事。

また、控訴審の在り方として「1審の量刑判断を基本的に尊重する必要があるが、法的観点に沿って1審を覆すのは裁判員制度の趣旨を損なうものではない」とも述べたとの事。

こんなところですね。
結局は他の事件で死刑になってないから、バランスを取るためにこの事件も死刑にはできないと、そういう事なのかな?

確かに偶発的とは言え、普通に考えれば、顔を見られた段階で、口封じするしかないって事はわかったはずなので、それを偶発的と言う判断はどうなんだろう?と思いますけどね。

検察側が控訴すれば最高裁での判断になるのかな?
続報を待ちましょう。

投稿: ASKA | 2017/03/13 20:41

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