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2016/07/27

神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その3(殺人容疑で送検)

1)男は事件当時、入所者らを次々襲う一方で、職員を少なくとも2人結束バンドで縛り、1か所にとどまるよう指示していたとの事。

2)衆議院議長宛てに今回の事件を示唆する手紙を渡しているが、その手紙にも「職員を結束バンドで身動き、外部との連絡をとれなくする、職員は絶対に傷つけない」という記述があり、警察は障害者を狙った計画的犯行とみて動機を詳しく調べているとの事。

3)容疑者は「障害者なんていなくなればいい」と供述していますが、さらに「意思疎通のできない人たちをナイフで刺した」「施設を辞めさせられたことに腹が立った」などと話しているとの事。

4)容疑者は「ガラスを割って中に侵入した」と供述している。

5)捜査本部は27日午前7時半ごろ容疑者を殺人容疑に切り替えて送検した。
同9時10分頃、横浜地検に到着した容疑者は車内でうすら笑いを浮かべ、集まった報道陣を見渡していた。

一方、「津久井やまゆり園」近くにある容疑者の自宅では同11時45分頃、県警の捜索が始まった。

6)施設では19人が死亡し、職員2人を含む26人が負傷。入所者の遺体の傷は首など急所に集中しており、被害者の多くは、複数の障害や重い障害があり、抵抗ができないまま、何度も刺されたとみられる。

7)職員は常勤・非常勤合わせて164人で、事件当時は見回りなどを行う夜勤の職員8人と管理当直者1人の計9人が配置されていた。

亡くなった19人は、「はなホーム」など定員20人ごとに区分けした八つのホームのうち五つで見つかった。入所者の部屋は原則、施錠されていない。各ホームの出入り口にはオートロックが設置されているが、容疑者は各ホームを移動していることから、何らかの方法でオートロックを解除したとみられる。

8)容疑者は複数の障害を持つ「重複障害者を救った」などと供述しているとの事。

9)県警は施設内で、犯行に使われたとみられる血のついた包丁2本を新たに押収した。凶器とみられる刃物はこれで計5本になった。
県警が26日に実況見分した際、施設内の別々の場所で包丁2本がみつかった。刃は破損していなかったという。

10)県警や県によると、容疑者は26日午前2時ごろ、園内の東側の居住棟の窓ガラスを割って侵入。居住棟は2棟、入居者が生活する部屋は約100あり、西側の居住棟に移動しながら入所者らを次々に襲ったとみられる。午前3時ごろには約7キロ東にある津久井署に車で移動して出頭。園内にいた時間は、50分ほどだったとみられているとの事。

11)容疑者(26)が今年2月、措置入院した際に「施設で働き始めた当初は重度の障害者に対してふびんな感情を持ち仕事をしていた」「しかし、接していくうちに彼らのゴールは一体何かと考えるようになり、抹殺することが最善と突然思い立った」などと、周囲に話していたとの事。

12)容疑者は今回の事件に関しては、「突然のお別れをさせるようになってしまって、遺族の方には心から謝罪したいと思います」と話しているとの事。

13)7月上旬に容疑者に会った男性は、「(障害者は)動けないんだから、迷惑がかかるから、死んでしまえみたいな話はしていましたね。何もできないのに、そこにいるのはおかしいというふうに」と話したとの事。

14)大学時代には、すでに同じような発言を周囲にしていたとの事。
高校時代の友人は、「学生のころに『障害者なんて死ねばいい』みたいな。『生きてる意味がわからない』っていうような発言をしてました。(何歳ぐらいの時?)大学の2年生ぐらいなんで、20歳ぐらいですかね」と語った。
さらに、容疑者が、インターネットに、大学時代に特別支援学校で実習を受けた際に書き込んでいた内容には、「きょうは身体障害の人200人ぐらいに囲まれて来たぜ」、「想像以上に疲れるぜ みんな頭悪いぜ」などと記されていて、当時から、障害者に対する強い偏見がうかがえるとの事。

15)県によると、共同会は4月、「防犯目的」でカメラの設置を県に要請、施設は同月にカメラ16台を新設した。事件を受けて県が26日に施設側から聞き取りしたところ、「容疑者のために新規に設置した」と説明を受けたという。

2月に自己都合を理由に退職した容疑者は同月、施設関係者に「障害者を殺す」などと発言し、神奈川県警が事情聴取していた。

県は、「カメラにかかわらず、こういうトラブルがあったことを園サイドから報告を受けていない。そういった状況を把握した上で、(今後)必要な措置があれば指導をしていく」としたとの事。

16)容疑者は措置入院から約2週間後の3月2日に退院。大麻の反応が消えて症状が和らぎ、容疑者から「自分はどうかしていた」と反省の弁もあり、「他人に危害を加える恐れがなくなった」との指定医の判断で決まったとの事。

17)容疑者は相模原市緑区の自宅で1人暮らしをしていた。退院の連絡を受けた津久井署は3月4日、容疑者宅を訪れたが、不在だった。都内に住む親に連絡を取るとこの時は親元におり、「今後も容疑者の動向を教えてほしい」と伝えていたとの事。

相模原市によると、容疑者は退院後、家族と同居して通院治療を行うことになっていた。だが、市は退院後の状況を一切確認していなかったとの事。

18) 《保護者の疲れ切った表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い…》

 《私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です》

 容疑者は衆議院議長への手紙に「障害者を抹殺する」と具体的な事件の予告を記し、自らの行為を正当化する独自の理屈を書いていたとの事。

「重度障害者の大量殺人は、日本国の指示があればいつでも実行する」とも書かれていた。

19)容疑者も右手の指にけがをし、事件の際にできた傷だと説明しているという。

20)容疑者は施設敷地内に入る際、「裏口から入った」と供述している。正面玄関前の部屋には警備員がいることから、警備員室から遠く離れた裏手を選んだとみられるとの事。

21)県警や、同園設置者の県によると、容疑者は女性の居室となっている東側居住棟1階の東端から2番目の個室の窓から侵入した。この個室に入所していた19歳の女性や、別の居室にいた女性が次々と刺され、女性入所者10人が殺害された。その後、男性の居住棟となる西側1階に移動。さらに階段で2階に上がり、警備員室の前を通って正面玄関から逃走したとみられる。西側居住棟では、1階で2人、2階で7人の男性入所者が殺害されたとの事。

22)容疑者が2月に衆院議長公邸に持参した手紙には、「職員の少ない夜勤に決行致します」などと書かれていた。捜査本部は、容疑者が障害者の大量殺人という目的を果たすため、侵入の経路や時間帯を入念に計画していた可能性があると見ているとの事。

23)「津久井やまゆり園」は、居住棟にある各居室の扉や、居室が集まった各「ホーム」の出入り口の扉が、すべて1種類の鍵で解錠できる構造だった。

逮捕された容疑者(26)は施設に侵入した後、何らかの方法で鍵を入手し、そうした構造を犯行に利用したとみられる。

県によると、同園は居住棟が東西2棟あり、定員20人ごとに区分けした八つの「ホーム」に、事件当時は計157人が入所していた。各ホームの出入り口はオートロック方式で、居室も一部が施錠されていた。

県関係者によると、重度の障害者が多い同園では、体調を崩すなどして介助が必要な場合、職員がいち早く駆けつけられるよう、1種類の鍵で解錠できるようになっていたとの事。

24)園によると、容疑者が体に入れ墨を入れていることが同僚の通報で発覚し、今年1月、県警津久井署に相談した。背中から尻にかけて般若などが大きく描かれた入れ墨で、福祉の現場には不適切だと本人に注意したが、入れ墨が見えるTシャツ姿で歩いたり、勤務時のエプロンにたばこを入れて持ち歩いたりといった問題が目についたとの事。

2月には同僚らに「障害者は死んだ方がいい」などと発言するようになり、話し合いの機会を持ったが、容疑者は「間違っていると思わない」などと強く主張。自主退職した。

25)捜査関係者によると、尿検査では、薬物の種類別に任意で採尿を行うが、容疑者は覚醒剤や麻薬(コカインなど)の尿検査には応じたものの、大麻だけは拒否しているという。覚醒剤の結果は陰性で、麻薬の結果は出ていない。県警の調べに対し、容疑者は「薬物は一切やっていない」などと話しているとの事。

26)措置入院の時に容疑者から大麻の陽性反応が出ていました。容疑者は3月に退院しましたが、小中学校時代からの友人によると、その後も大麻を吸っていたとの事。

27)「(容疑者は)大学時代の途中で入れ墨を入れ始めて。脱法ハーブを使い始めたのは大学4年生くらい。その2つをやり始めてから、性格が荒くなったりイキがるようになりました」(大学時代の知人)

まずは時系列を更新
時系列
それ以前の大学途中で入れ墨を入れ始める。大学時代には障害者への差別発言をするようになる。
2011年  両親が東京に引っ越し、容疑者が一人暮らしとなる。
     容疑者が脱法ハーブを始める。教育実習で母校に赴任。ネットに障害者に対する偏見を書き込む。
2012年  容疑者が現場の施設に就職(22歳)当初は障害者を不憫に思っていた。
2015年
1月20日 背中に入った般若の柄の入れ墨の写真を投稿。園に入れ墨が発覚、その後も入れ墨を隠さず。
2016年
1月   園が入れ墨を警察に相談。
2月14日 衆議院議長に手紙を渡そうとする。
2月15日 衆議院議長宛の手紙を預けて帰る。
2月18日 園の関係者に障害者を殺害するとの発言。
2月19日 園長と協議の上、自主退職。緊急措置入院。
2月20日 容疑者の尿と血液から大麻の陽性反応。
3月02日 退院。退院後も大麻を使い続ける。
3月04日 警察が自宅を訪問するも不在、両親に連絡すると、東京の両親と同居していた。
4月   園が防犯目的で16台のカメラを設置。(容疑者の発言をうけての処置)
6月26日頃 頭髪が金髪に変わる。(一ヶ月前と言う事での推定です。)
7月上旬  友人に障害者は動けないんだから、迷惑が掛かるから死んでしまえとの発言をする。
7月26日2:00頃 園に侵入、殺戮行動を開始。(2:00頃と言うのは推定です。)
    2:45  事件の通報
    2:50 「世界が平和になりますように。 beautiful Japan!!!!!! 」の投稿。
    2:50頃 現場から車で逃走する姿が防犯カメラに写る。
    3:00過 津久井警察署に車で出頭
7月27日 容疑者を殺人容疑で送検。

こんなところですね。
今回のポイントですが
A)職員2名は結束バンドで縛り殺害していない。
B)2月の衆議院議長への手紙で犯行は計画されていた。(手紙の内容を実行したように見える)
C)大学時代から障害者に対する強い偏見があった。
D)入れ墨を入れたり、脱法ハーブを使い始めたのは一人暮らしをした頃なのか?
E)重度の障害者の救ったと考えている。(確信犯?)

容疑者は大学時代に何か大きな分岐点があったのかな?
親と離れて一人暮らしをした頃から、生活が荒れ始めてますね。
入れ墨は大学時代に入れ始めているので、教師を目指していたのなら、教師になればそれが問題になる事は容疑者も理解していたと思うんですよね。

妄想ですが・・・
なので、この時期に教師は諦めていたのではないのかな?
それで、目的を失って荒れた生活をするようになったのだけど、障害者への偏見は強くもっていた。
ところが、大学を卒業する頃になると、就職も思うようにできず、やっと就職したのが家の近くの障害者施設だった。

しかし、以前から障害者に対してもっていた強い偏見が、今度は自分を苦しめるようになる。
これまで、ただ、偏見を持ち暴言を言っていれば良い状態から、その人達に奉仕するような状況になり、やりたくないが辞められないと言う、ジレンマ状態になってしまったのかな?

そのジレンマを解くために、自ら出した答えが重度障害者の抹殺。
こう考えると、確信犯的な言動や、殺害の対象を障害者に絞っていて、邪魔をした職員は殺害していない事。
健常者の遺族には謝罪したが、死傷した障害者の被害者には謝罪していない事などが説明できるのかな?

結局、仕事も辞める事になり、仕事を辞めたのは不本意だったのかもしれないけど・・・
だけど、入れ墨やその他の問題行動などが原因だったんですけどね。そのあたりは措置入院が必要なほど病んだメンタル状態だったので、仕事を辞める事になったのも、障害者のせいと、逆恨みしてもおかしくないかもしれませんね。

とは言え、措置入院から退院した後、両親と同居していたのに、どうして、また戻って来てしまったのだろう?
もし、戻らなければ、この事件は起きなかったのかな?

戻った理由、戻した理由が知りたいですね。
容疑者の両親に精神疾患に対してどの程度の知識があるのかわかりませんが・・・
他害の疑いがあって、強制的に入院させられる程の状態になってしまったわけですから、しばらく一緒に暮らして、通院治療をしようなんて話が出てもおかしくないと思うんですよね。

続報を待ちましょう。

参考リンク
神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その2(続報)
神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その4(対策?)

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コメント

教員を目指しつつ、大学在学中の時点で自分が教員になる適性がないことに気付いてしまって生活が荒れたのだろうかね。不適格なのが能力的なものなのか人間性的なものなのかは分からないけど。とにかくその時に刺青をいれてしまった。
でも曲がりなりにも教育行政の勉強をして福祉の職場を選んで、就職当初は「患者がかわいい」と知人に話すくらいには前向きだったわけだし、教員になれなかった挫折とは本人の中では一応折り合いはついていたんだと思う。
ところが数年経って、本人にとっては「終わった話」の刺青について叱責を受け、トラウマが刺激されて精神的に不穏になっていった……ってところまで考えた。

投稿: ナナシ | 2016/07/27 23:54

衆議院議長宛の手紙などを見ると、ある種のカルト宗教にも似た「救済としての殺人」を信念としているようで、しかも国家が認めるわけもないのに、それを認めてくれそうな期待を持っている。
通常の動機を考えても意味がないように思いました。危険ドラッグで、ご本人が脳に障害を抱えてしまい、偏執的な考えに固執して実行してしまった事件だ、と、とりあえずは理解した気になって、深い闇に踏み込むのはやめておくことにしようと思います。

投稿: FA | 2016/07/28 11:00

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