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2016/07/26

神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その2(続報)

1)26日午前2時45分ごろ、相模原市緑区千木良の障害者施設「津久井やまゆり園」に「刃物を持った男が侵入してきた」と110番通報があった。神奈川県警や相模原市消防局によると、男に刺されるなどして19人が死亡、26人が負傷した。うち13人が重傷とみられる。

2)県警は殺人未遂と建造物侵入の疑いで、現場近くに住む元職員、男性容疑者(26)を逮捕した。

3)県警によると、容疑者は午前3時ごろ、津久井署に「私がやりました」と車で出頭した。所持していたカバンから複数の包丁やナイフが見つかり、血痕が付いたものもあった。「ナイフで刺したことは間違いない」などと認め、「障害者なんていなくなってしまえ」という趣旨の供述もしているとの事。

4)県警によると、入所者がいた居住棟1階の窓ガラスが割られ、近くにハンマーが落ちていた。

5)容疑者が出頭した際に乗ってきた車の後部座席には、血の付いた結束バンドのようなものが複数本あり、施設からの通報には「縛られている人がいる」との内容も含まれていたことから、容疑者が犯行時に被害者を縛っていた可能性もある。

6)神奈川県などによると、容疑者は平成24年から同施設に勤務し、今年2月に「自己都合」を理由に退職した。在職時は入所者の生活支援を担当していたとの事。

7)容疑者は、窓ガラスを突き破って施設の建物に侵入し、犯行には、包丁とナイフ、あわせて3本の凶器が使われたとみられるとの事。

8)取り調べに対し容疑者は、「ナイフで刺したことは間違いありません」「施設を辞めさせられた。障害者を恨んでいた」などと供述しているとの事。

9)午前3時すぎには、黒のTシャツと黒ズボン姿で元職員・男性容疑者(26)が、「やつをやった」と話して津久井警察署に出頭、警察は、殺人未遂などの疑いで緊急逮捕した。

10)容疑者は事件があった障害者施設「津久井やまゆり園」から数百メートルの場所に住んでいた。父親は教師で、容疑者も大学卒業後、容疑者の母校で今回の現場近くにある相模原市立千良木小学校に教育実習生として赴任した。

11)娘が容疑者と知人だったという無職の男性(62)は「精神的には不安定で切れやすく、素行が悪いとして近所では有名だった」と話したとの事。別の近隣住民によると、背中から上腕にかけて青い入れ墨が入っていたといい、事件の約1カ月前に頭髪は金色に変わっていたとの事。

12)容疑者の近所の人によると、4~5年前まで両親と3人で生活していたが、両親が東京都の郊外に引っ越した後は1人だったという。

13)近くに住む別の男性(73)は「近所でうわさになっていたのは、体に入れ墨を入れているのがばれて仕事を辞めたということだった」と話したとの事。

14)相模原市消防局は26日、亡くなった男女19人の年齢について、18~70歳と明らかにした。
 内訳は、男性が41歳2人、43歳2人、49歳、65歳、66歳2人、67歳の計9人。女性は19歳、26歳、35歳、40歳、46歳、55歳、60歳、65歳2人、70歳の計10人。施設従業員か入所者かは明らかにしていない。

15)成績も良かった容疑者は、大学では初等教育学科に通い、小学校の先生を目指していた。

16)親交のあった友人は「おとなしい子だったんですけど、仕事を辞めた後は髪を染めたり雰囲気が変わった。長く付き合わないとわからないと思うが言動も少し変わったと友達の間で話題になっていた」と話した。

17)容疑者は2月14日午後3時頃、衆院議長公邸をいきなり1人で訪れ、警備の警察官に衆院議長宛ての手紙を渡そうとしたが、断られた。翌15日午前11時頃も再び1人で訪れ、手紙を預けたとの事。

 捜査関係者によると、手紙には、障害者が「安楽死できる世界を」などと記されていたほか、津久井やまゆり園を名指しし、「障害者470人を抹殺する」とも書かれていたとの事。

 手紙はA4のレポート用紙に手書きで、住所と氏名も記されていた。警視庁麹町署はその日のうちに神奈川県警津久井署に連絡するとともに手紙をファクスしたという。

18)容疑者のかばんには2本の果物ナイフと1本の菜切りナイフが入っていて、血が付いたものも見つかっています。施設は居住棟が東西に分かれていますが、いずれの居住棟でも入所者が被害に遭ったということです。また、西棟では1階と2階の入居者が刺されていて、容疑者が東棟の1階の窓ガラスを割って施設内に侵入した後、次々と犯行に及んだとみられています。職員は「結束バンドで縛られた」などと話していて、警察は容疑者が計画的に犯行に及んだ可能性があるとみて調べているとの事。

19)市によると、容疑者は2月18日、園の関係者に「重度障害者の大量殺人は日本国の指示があれば、いつでも実行できる」と発言。翌19日、園から連絡を受けた神奈川県警津久井署員が容疑者から事情を聴いたところ、同じ発言をしたため、署は精神保健福祉法に基づいて市精神保健福祉課に通報し、緊急措置入院となった。翌20日、尿と血液の検査から、大麻の薬物検体が見つかったという。

病院は「症状が緩和された」として3月2日に退院させ、退院届には「退院後は家族と同居する」と書かれていたとの事。

20)容疑者(26)本人とみられるアカウントのツイッターに26日午前2時50分、スーツに赤色ネクタイを締めてほほ笑む金髪の男性の写真とともに「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」と書き込まれた。容疑者が出頭する直前に投稿した可能性があるとの事。

ハンドルネーム「聖」のアカウントの背景には「マリファナは危険ではない」の文字が見える画像がある。容疑者が津久井やまゆり園を退職したとされる今年2月には「会社は自主退職、このまま逮捕されるかも…」とのつぶやきが投稿されていた。また昨年1月は、般若やひょっとこの入れ墨が彫られた背中一面の写真を投稿し「会社にバレました。笑顔で乗りきろうと思います」などと書き込んでいた。

21)今年2月、衆院議長に「人を殺すことができる」との趣旨の手紙を渡そうとしたのは容疑者(26)で、この後に措置入院が決まった。

 捜査関係者によると、容疑者の措置入院は、精神保健福祉法に基づくもので、入院時期は今年2~3月。「他害の恐れがある」との理由だったという。

22) 植松容疑者は2012年12月に同施設で働き始め、16年2月19日に「自己都合」で退職した。退職直前の14・15両日には、衆議院議長の公邸を訪問。

警察は容疑者が「他人を傷つける恐れがある」と判断。指定された医師が強制的な「措置入院」の対応をとったという。入院は2月19日と報じられており、施設の退職日と一致する。容疑者は、入院から12日後の3月2日に退院している。

23)2月12日には「正しいかどうかは分からないが、行動あるのみ」と綴っていた。

最後の投稿は犯行直後とみられる7月26日午前2時50分。自動車の後部座席とみられる場所で撮影した自撮り写真を掲載し、「世界が平和になりますように。 beautiful Japan!!!!!! 」とメッセージを残している。

24)相模原市によると、2月20日、容疑者の尿と血液を検査したところ、大麻の陽性反応が出たという。

25)現場近くの防犯カメラは犯行直前、そして、直後の容疑者(26)とみられる男の様子を捉えていました。

猛スピードの車が蛇行しながら走ってきて急停車します。後ろ側のバンパーが壊れているようにも見えます。停車から約1分後、運転席から降りてきた男はトランクを開けます。
男は棒のようなものを取り出すと、いったん運転席側へと姿を消します。その後、今度は助手席側のドアを開けます。この後、運転席側から大きな荷物を取り出し、両手に抱えて走っていきます。通報とほぼ同じ時刻、26日午前2時50分ごろに男が駆け足で戻ってきます。手には何かを抱えています。車に乗り込むと、この場を去っていきました。

26) 「聖」名義のアカウントは平成26年11月登録。27年1月20日には、背中に入った般若の柄の入れ墨の写真とともに「会社にバレました。笑顔で乗りきろうと思います。25歳もがんばるぞ!!」と投稿していた。

今年2月19日には「会社は自主退職、このまま逮捕されるかも…」と投稿。神奈川県などによると、容疑者は2月19日に「自己都合」を理由に、事件現場となった障害者施設を退職していた。

27)園長は容疑者について、「(2012年に)就職したころは普通の人だった」と説明。しかし、突然、障害者を殺すという趣旨の言動をするようになったという。入所者に暴力を振るうことはなかったが、今年2月に衆院議長に障害者殺害を予告する内容の手紙を渡そうとしたことが発覚。「施設職員にふさわしくないと考えた。話し合いの場を持ち、最後は自ら退職した」と説明した。退職後、事件まで同容疑者との接触はなかったという。

28)容疑者(26)が神奈川県警津久井署へ出頭する際に乗ってきたとみられる黒い乗用車。

 車は同署の庁舎に面した駐車場に駐車。後部座席には、血痕が付着した白い結束バンドのようなものが複数あり、助手席にも血のようなものが付いたグレーのタオルが置かれていた。運転席のハンドル周辺などにも、どす黒い血のようなものが飛び散り、付着していたとの事。

 車内には、むき出しのお札や、カード類が入ったケース、食べかけの総菜パンや飲料水の入ったペットボトルのほか、サンダルやポリ袋などが、所狭しと散乱していたとの事。

 車はセダンタイプで、車体の上にパーツが取り付けられるなど改造。メーカーのエンブレムなどを含め全体が黒く塗装され、前部のナンバーは一部が折り曲げられていた。左後部のバンパーが一部外れるなど大きく破損し、接触したような傷も多数あったとの事。

時系列
4から5年前 両親が東京に引っ越し、容疑者が一人暮らしとなる。
4から5年前 教育実習で母校に赴任。
2012年  容疑者が現場の施設に就職(22歳)
2015年
1月20日 背中に入った般若の柄の入れ墨の写真を投稿。
2016年
2月14日 衆議院議長に手紙を渡そうとする。
2月15日 衆議院議長宛の手紙を預けて帰る。
2月18日 園の関係者に障害者を殺害するとの発言。
2月19日 園長と協議の上、自主退職。緊急措置入院。
2月20日 容疑者の尿と血液から大麻の陽性反応。
3月02日 退院。
1ヶ月前 頭髪が金髪に変わる。
7月26日2:45  事件の通報
    2:50 「世界が平和になりますように。 beautiful Japan!!!!!! 」の投稿。
    2:50頃 現場から車で逃走する姿が防犯カメラに写る。
    3:00過 津久井警察署に車で出頭

現在の年齢26歳から推定すると就職したのは22歳ですね。
大学では初等教育学科に通い、小学校の先生を目指していたのが、卒業と同時に障害者施設に就職したんですね。
教師の道は諦めたのかな?挫折?

入れ墨は昨年1月の時点では入っていたんですね。いつ入れたのか時期は不明ですが・・・
入れ墨を入れる事にどんな意味があるのか?ちょっとわかりませんね。
タトゥーとは違いますよね、般若の入れ墨ってヤクザ映画みたいですね。
おしゃれで入れたわけでは無さそうですね。

衆議院議長への手紙も変ですね。自分の氏名まで書いてイタズラでも無いでしょう。
この時には、医師の診断の通り、措置入院が必要な状態だったんでしょうね。
園の関係者にも障害者を殺害する発言をしてます。

で、気になるのは、措置入院した事や園を退職した事を容疑者の家族は知っていたのか?
と言う事です。あきらかに言動がおかしいですから、家族に連絡が行けば、大丈夫なの?とか、一緒に暮らす?とか言う話になりそうなんですよね。

結局、3月に退院してから約5ヶ月後に今回の事件を起こしています。
この間、一人で暮らしていたのなら、症状が再発、あるいは悪化したとしても、誰もそれに気付かないと言う状況になってますよね。

友人は退職(つまりは退院)してから言動がおかしくなったとも言ってますから、状態は不安定だったのかもしれませんね。

成人でも入院すれば病院や警察から家族に連絡は行くんじゃないのかな?
退院後に家族と暮らすと言うのは嘘だったのかな?

どうなんだろう?もし、容疑者が退院後に家族と暮らしていたら、この事件は防ぐ事ができたのだろうか?
まー、同居する家族が容疑者の異変に気付く事ができるか?と言うのがポイントになりそうだけど・・・

家族にも障害者を殺すとか言えば、ダメだと思うんだろうけど、そうなるとは限らないから、なんとも言えないかな。

障害者施設の仕事を辞める事になった理由は容疑者が障害者を殺すと発言したり、手紙を書いたりしたからなんですよね。で、そう発言させる何かが施設の中であったのか?そのあたりが知りたいです。

ただ、関係妄想状態などになると、何も無くても、自分の悪口を言われているように感じてしまう事が起きるので、事実として入所者や障害者とトラブルが無くても、容疑者自身は障害者に嫌がらせをされているとか、障害者のせいで辞める事になったと一方的に考えてしまう可能性もありますね。

いずれにせよ、精神鑑定が必要ですね。犯人の行動はどれも、合理的な判断の下に実行されているので、犯行内容だけを見ると責任能力は有りに見えるけど、措置入院していた事もあり、このあたりは今後を左右する重要なポイントになるでしょうね。

そして
障害者だって今を生きている。障害者にも幸せな時間や生活がある。
障害者にも愛する家族がいる。教師を目指していたのに、そんな事も分からないぐらい追い詰められてしまったのかな?

ただ、入れ墨など1年以上前から、心境の変化と言うか、価値観の逆転が起きていたのかもしれませんね。
いくら努力しても、自分にとって良い事は何も無いなんて事から、奉仕する対象が憎むべき対象になってしまったのかもしれませんが・・・このあたりは、精神鑑定の結果を待つしかないですね。

最後に亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

参考リンク
神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件(速報)
神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その3(殺人容疑で送検)

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コメント

もし「クスリ」をやっているならば、川俣軍司を思い出しましたよ。私が小学6年生か(まっトシがばれるけど)それが常習性となれば、突発的に「発作」を起こし
そして「狂気」を及ぼす、多分「クスリ」というものがそうさせたのか、これからわかるでしょう
(もしクスリならば、死刑にはなりませんね。川俣軍司も無期懲役ですから)

投稿: 荒木 | 2016/07/26 21:06

池袋通り魔事件の犯人はちょっとアレな感じでしたが
死刑判決が出ていますね。あの犯人も、たしか外務省や
警視庁に手紙を送っていたと思います。

投稿: 名無し | 2016/07/26 23:08

「やつをやった」というコトバが気になります。
障がい者全般なら「やつら」でしょうから、特定の恨みの対象者がいたのではないでしょうか。
このあたりの解明も待ちたいです。

投稿: のぶ。 | 2016/07/27 00:42

もともと荒っぽくて短気な気性はあったんだろうなぁ。たぶんそれで教職が不適格として挫折。それでも行政関連への興味は強いから福祉系の仕事に就職して、またそこで介護福祉の現場の壁にぶつかって、なにかがきっかけで心の糸が切れたんだろうな。

うまくいかない自分と、何も産み出さない障害者を重ねて、、ある種の同族嫌悪を募らせて、障害者を抹殺することが即ち、うまくいかない自分の抹殺であるという事ではなかろうか。衆議院長に渡そうとした手紙にも、作戦の遂行後には過去を捨てて生きていける保証が欲しいと書いていたね。

投稿: 名無し | 2016/07/27 08:19

みなさん、こんばんは

荒木さんへ
どうも大麻の検査を拒否してるあたり、大麻はやっていたかもしれませんね。逆に、大麻検査を拒否しているのは、死刑になる為なのかもしれませんね。最後に歴史に名を残して死刑になりたいなんて、事もあるのかもしれませんね。

名無しさんへ
渋谷通り魔事件ですね、あちらの方が動機としては分かりやすいんですが、こちらの動機がまだ、はっきりしませんね。でも、計画的に合理的な判断をしているところをみると、責任能力は有りのような気がしますが・・・精神鑑定でどうなるのか?

のぶ。さんへ
私もそこは気になりました。「ヤツ」とは誰なのか?
別件ですが、「のぶ」「ノブ」「nobu」等のハンドル名はASKAの事件簿では使用禁止なので、別のハンドル名にしていただきたいです。

名無しさんへ
そう、挫折はあったと思います。ただ、教員になるのってそんなに難しいの?と言うのはあるんですが・・・
生活が荒れる時期が就職が問題になるより早い時期のような気がします。
なので、成績よりも感情的で個人的な問題(家庭内での問題や男女交際など)で進路変更したのではないか?と言う疑問もありますよね。

投稿: ASKA | 2016/07/27 20:13

のぶ。さん、おはよございます。

連絡できなくてごめんなさい。
理由の詳細はこちらを参照願います。
http://disktopaska.txt-nifty.com/aska/2010/01/post-bf6f.html

過去に唯一、出禁になったHNが「nobu」なんですね。
もう5年前の事ですが、処置は継続しています。
禁止HNについても、「コメントされる方へ」の方に追記するようにします。

投稿: ASKA | 2016/07/29 06:13

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