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2016/08/02

神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その5(続報)

1)容疑者(26)が、「中学の同級生に障害者がいて不幸だと思った」と供述している。園で働くうちに「家族と離れ、職員と意思疎通ができない障害者は生きていても仕方がない」との考えを強めたとも説明。

 捜査関係者によると、容疑者は「障害者なんていなくなればいいと思った」自説を繰り返し述べているとされる。こうした考えの背景として中学時代の同級生を挙げ、「事件を起こしたのは、不幸を減らすため」と説明したという。

今年2月に衆院議長に宛てた手紙では、重い障害がある人が安楽死できる世界が理想だとし、「障害者は不幸を作ることしかできません」と記述。周囲にも障害者をおとしめる発言を繰り返していたとの事。

2)容疑者の自宅から押収した微量の植物片は鑑定の結果、大麻と判明。

3)施設では当時、夜勤職員8人が勤務。男はこのうち女性2人を含む5人を結束バンドで縛り、身動きを封じていた。捜査関係者によると、比較的障害の軽い入所者が、男性職員が結束バンドで縛られていることに気付き、バンドをはさみで切断して救出。この職員が無料通信アプリ「LINE(ライン)」で非番の職員に「早く来て、やばい」と連絡し、最初の110番通報につながった。

4)容疑者が侵入した居住棟で当直勤務をしていた女性職員が、入所者の居室に付けられた集音マイクを通して聞こえた物音で異変に気付いた。控室にいた職員は、不審に思って廊下に出たところで容疑者に出くわし、殴られて鍵を奪われたとの事。

当直職員が管理する鍵は1個で施設のほとんどの扉を開けられるとの事。

5)容疑者の複数の知人らによると、植松容疑者は数年前から危険ドラッグを始めており、大麻を吸っていても「きかない」といってさらに危険ドラッグを吸うこともあった。また、措置入院後も大麻や危険ドラッグを使用していたとの事。

知人の20代男性は、「危険ドラッグを吸って車を運転した結果、(意識喪失状態となり)コンビニの駐車場のど真ん中に止まったことがあった。夜中にドラッグを使って、朝にそのまま出勤したこともあった」と証言。別の20代の知人男性は「みんなでバーベキューしたときは(ドラッグの影響で)実際にはない『滑走路が見える』とも言っていた」と話しているとの事。

6)厚生労働省は29日、植松聖容疑者が措置入院した同市内の病院に、精神保健福祉法に基づく立ち入り調査を行った。医師らから話を聞くとともに、カルテなどの記録を確認した。

7)容疑者はハンマーを事件直前にホームセンターで買ったと供述していますが、犯行に使われたとみられる道具が複数の店で購入されていたとの事。警察は、目立たないように購入先を分散させた可能性があるとみて調べている。

8)逮捕された男に襲われた職員が「両手に刃物を持っていた」と証言しているとの事。
入居者を刺した5本の刃物はすべて自宅から持ち込んでおり、取り換えながら使用していた。

9)事件直後、近隣のコンビニエンスストアに立ち寄り、菓子パンを購入していたことが分かった。
2時50分前後には現場を立ち去り、同3時ごろ津久井署へ出頭したが、直前に近隣のコンビニへ立ち寄っていた。

捜査関係者らによると、コンビニでは菓子パン(エクレア)を購入し、レジで支払いの際、千円札を渡していた。関係者によると「お札は血まみれだった」との事。

購入したパンを食べながら同署に向かったとみられ、車内には食べかけが残されていた。出頭前に空腹を感じて購入した可能性があるが、店舗で特異な言動はなかったとの事。

10)異変に気付いた当直職員1人が部屋から出ず、容疑者に拘束されなかったことが分かった。

捜査関係者によると、拘束を逃れたのは西側の居住棟2階を担当していた職員。容疑者は職員が部屋から出ず、拘束できないと分かると、近くに止めていた車で津久井署に出頭したとみられるとの事。

容疑者が逃走した理由について、「職員が部屋に閉じこもったので、通報されると思った」と供述している。

11)施設関係者によると、容疑者は事件当時、異変に気づいて駆けつけたり、巡回中でたまたま部屋にいたりした職員の目の前でも、入所者を襲っていたとの事。

12)捜査関係者によると、拘束した職員のうち複数から、居室にいる入所者について会話ができるかどうかを聞き出していたとの事。

一部の入所者については名前を職員に告げ、どこにいるかを確認した疑いもあるといい、自分が勤務していた当時、関わった入所者だった可能性もある。死亡した入所者19人の中には、容疑者が名前を挙げた人も含まれていたとの事。

13)容疑者が、同市から生活保護を受給していたことが分かった。借金があったとの情報もあり、神奈川県警津久井署捜査本部は経済的困窮が犯行の背景にあった可能性も視野に入れ、事件の全容解明を進める。

関係者によると、容疑者は2月に勤務していた同施設を退職して間もなく、同市に対して生活保護を申請。数カ月後に受給が始まったという。その後は、犯行時まで無職の状態が続いていた。

知人らによると、容疑者は犯行前、金に困っている様子だった。周囲に株式投資の方法を聞くなどして資産を増やそうとしていたとの事。

知人の一人は、「数百万円を借金して、遊興費に充てていた」とも話しているとの事。

14)容疑者は通っていた格闘技ジム関係者に「8月に試合に出る」と話していたとの事。

15)衆議院議長宛の手紙には「逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせてください。心神喪失による無罪」とも記しており、容疑者が刑法の規定を意識していたことがうかがえるとの事。

16)複数の知人によると、容疑者は2月17日、《聴いて下さい!!話は障害者の命のあり方です》から始まるメッセージを通話アプリ「LINE」で同級生らに一斉に送信。《彼らを生かすために莫大(ばくだい)な費用がかかっています》などと身勝手な自説を展開していた。その後は同級生らに直接電話を掛け、「職員を結束バンドで縛るから取らないように見張ってくれ」などと話したという。同級生らはその都度、計画を取りやめるよう説得を試みたが、反論した友人に容疑者はこう言い放ったという。「じゃあ、お前を殺してからやる」

一部の同級生は「ふざけるな」と言って容疑者を殴るなどしてまで中止を迫ったが、聞く耳を持たなかったとの事。

17)容疑者は11年5~6月に母校の小学校で教育実習を受けたが、教師の夢は実現しなかった。12年3月に大学を卒業後、清涼飲料の運送会社に就職し、同年12月に園に転職した。

18)小中学校の同級生は「1月ごろに総理大臣に手紙を送りたいので代筆してほしいと持ちかけられた。驚いて断った」と証言する。

19)容疑者の小中学校の同級生によると、容疑者は2008年4月に東京都内の私立大に入学後、服装や髪形が派手なグループと付き合うようになり、髪を金色に染めたとの事。

20)現在も、取り調べの中で、重い障害がある人を侮辱する言動を繰り返しているということです。このため、警察と検察は、事件当時に刑事責任能力があったか見極めるために、近く、容疑者の精神鑑定を行うか協議する方針との事。

21)容疑者(26)が神奈川県警の調べに対し、「2月に事件を起こすことを思いついた」と供述している。

時系列を更新
2008年4月 東京都内の私立大学に入学。
大学3から4年の頃入れ墨を入れ始める。「就職を控えているから目立たないように」と注文した。
大学時代には障害者への差別発言をするようになる。教育学部に所属する一方で彫師にも弟子入りしていた。
2011年  両親が東京に引っ越し、容疑者が一人暮らしとなる。
     容疑者が脱法ハーブを始める。ネットに障害者に対する偏見を書き込む。
5~6月  教育実習で母校に赴任。
     教職免許を取得。
2012年
3月   大学を卒業。
4月   清涼飲料の運送会社に就職。
夏    容疑者が園の採用面接を受ける。(「福祉業界への転職を考えた」と書かれていた。)
12月   容疑者が現場の施設に就職(22歳)当初は障害者を不憫に思っていた。
2013年
4月   常勤職員となる。
5月頃  入所者の手にペンでイラストを落書きして注意を受けた
2015年
1月20日 背中に入った般若の柄の入れ墨の写真を投稿。園に入れ墨が発覚、その後も入れ墨を隠さず。
2016年  今年に入り親しい男性彫り師に「障害者を皆殺しにしたい」と相談していた。
1月   園が入れ墨を警察に相談。
1月頃   小中学の同級生に総理大臣に手紙を送りたいので代筆してほしいと持ちかける。
2月05日頃 「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」(19日の2習慣前と推定しています)
2月14日 衆議院議長に手紙を渡そうとする。
2月15日 衆議院議長宛の手紙を預けて帰る。
2月17日 LINEで友人に犯行の協力を募る。
2月18日 園の関係者に障害者を殺害するとの発言。
2月19日 園長と協議の上、自主退職。緊急措置入院。
    (「大麻精神病・非社会性パーソナリティー障害」「妄想性障害・薬物性精神病性障害」と診断)
2月20日 容疑者の尿と血液から大麻の陽性反応。
3月02日 退院。退院後も大麻を使い続ける。
3月04日 警察が自宅を訪問するも不在、両親に連絡すると、東京の両親と同居していた。
     退職後まもなく、市に生活保護を申請。数ヶ月後に受給開始。
4月   園が防犯目的で16台のカメラを設置。(容疑者の発言をうけての処置)
5月下旬 退職手続きのために一度だけ園に来た。
6月26日頃 頭髪が金髪に変わる。(一ヶ月前と言う事での推定です。)
7月上旬  友人に障害者は動けないんだから、迷惑が掛かるから死んでしまえとの発言をする。
7月23日頃   深夜のコンビニ駐車場の車内で一心不乱に携帯電話を操作する様子が目撃された。
7月25日    犯行に使うハンマー、結束バンドなどを複数の店舗で購入。
7月26日2:00頃 園に侵入、殺戮行動を開始。(2:00頃と言うのは推定です。)
    2:38  事件の最初の通報
    2:50 「世界が平和になりますように。 beautiful Japan!!!!!! 」の投稿。
    2:50頃 現場から車で逃走する姿が防犯カメラに写る。
   出頭直前 出頭する途中のコンビニでエクレアを購入、血染めの紙幣で支払い。
    3:00過 津久井警察署に車で出頭
7月27日 容疑者を殺人容疑で送検。

こんなところですね。
退職後に生活保護を受給していたんですが・・・なぜ?と素朴な疑問です。
健康で働けるなら生活保護は基本的に受給できないと思うので、申請時には働けない理由を話したと思うんですよね。

一番、説得力のある理由は精神疾患で働く事が出来ません。と言うあたりかな?
実際に措置入院もしていますしね。その後も通院しているなら、診断書なども書いてもらえたでしょう。

しかし、そうだとしても、更に疑問が出ます。退院後は両親と同居していたはずで、それなら、生活保護は必要ないでしょ?
まー26歳にもなって、両親からお小遣いをもらうのは、嫌だったとかあるかもしれないけど、両親と同居していたら、多分、生活保護は受給できなかったんじゃないかな?

両親と同居するのが嫌で自宅に戻り一人暮らしをしたけど、生活費が無いので生活保護を申請?
でも、両親からの経済的援助は無かったの?
逆に一人暮らしをする為に、自宅に戻って生活保護を申請したのか?どちらなんでしょうね?

大学を卒業して運送会社に就職するが、3ヶ月程度で嫌になり転職先を探す。で、障害者施設の仕事に転職だけど・・・もし、本当に福祉関係の仕事がしたかったのであれば、新卒時に福祉の仕事を選ぶでしょう?
なので、「福祉の仕事がしたかった」は、言い訳なのではないか?と思いますね。

それから、どうも容疑者は計画や思想を周囲の人間に話したくて仕方が無い様子です。
1月の総理大臣への手紙の代筆の依頼なんて必要ないでしょ?
実際、2月の衆議院議長宛の手紙は自分で書いたわけだし。

2月のLINEで友人への共犯になってくれって話とか、園で周囲に話すとか、周囲に受け入れられないのは分かっているはずなのに、あえて話してますよね。

このあたりを考えると、他人に認めて欲しくて仕方なかったんでしょうね。
承認欲求が押さえられない感じかな。

最新の情報を加えて、いつもの妄想です。
大学入学後に生活が荒れ始めてますね、なので、大学入学の前後で何か大きな心境の変化があったのではないのかな?

教師と彫り師を目指したと言うけど、教師は良いとして、教師の父親が「彫り師」に賛成するとは思えないんですよね。
なので、親子関係に何らかの問題があったのでは?と思うけど、そのあたりの情報はありません。

で、結局、どちらも挫折して、運送会社に就職、これも、行けるところを探して、かろうじて就職しただけなんでしょうね。それも、数ヶ月で嫌になり転職先を探す。

福祉の仕事がしたいなら、人手不足の業界なので新卒でも就職は出来たと思うんですよね。
それに、高校時代から障害者への強い偏見を持っている状況で福祉の仕事を進んで選ぶとは思えないですね。
しかし、4年も働いている。

なぜ、運送会社はすぐに辞めたけど、福祉の仕事は辞めなかったのか?
これを辞めると次に行くところが無い?でも、介護や福祉の仕事なら他でも再就職はできると思うけどね。

結局、園を辞める経緯も園長との意見の衝突したので、自ら退職を申し出たんですよね。
それまでは、辞めるつもりは無かったと言う事ですよね。
仕事が好きで辞めないのか?それとも他に理由があるのか?
薬物を購入するお金が必要で辞められなかった可能性はあるのかな?

やはり、ここで一つのジレンマを感じますね。

それから、強い承認欲求の原因は何なんだろう?
強いコンプレックスでもあったのか?あるいは愛着障害でもあったのか?
このあたりは、精神鑑定の結果を待つ必要が有りそうです。

2月に犯行を決意したと言うあたりは、1月の総理大臣の手紙、2月のヒットラー思想が降りてきた、衆議院議長の手紙、LINEで共犯募集と一連の事から間違い無さそうです。
それでいくと、退職で経済的に困窮する前の状態なので、経済的困窮が原因では無いようにも思えるけど・・・

ここは微妙ですよね。
2月に措置入院をしてますが、この時、既に大麻や危険ドラッグを使っていたわけで、退職する以前から経済的に困窮していた可能性はないのかな?

もしそうなら、施設で障害者の為に働いている自分よりも、施設の障害者の方が幸せな生活をしているのではないか?
と嫉妬や妬みといった感情、あるいは単純な怒りの感情が出てきてもおかしくないですよね。

それと、もうどうなっても構わないと言う破滅思想、そして強烈な承認欲求が例え犯罪でも有名になれる、歴史に名を残せると言う強い誘惑として入り乱れて、この事件になってしまったのではないか?と言うのが私の妄想です。

まー、この容疑者は自ら、自分の事を話すでしょうから、理由は時期にわかると思いますが・・・
本当の自分を話す事ができるのか?そもそも、自分の本当の意志と言うか、考えを自分自身で理解できているのか?は分かりませんね。

続報を待ちましょう。

参考リンク
神奈川県相模原市障害者施設虐殺事件その4(対策?)

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コメント

呆れて物が言えませんね、

特に15)は甘ったれもここまで来るとキチガイ沙汰ですな。

同じ相模原で起きた死体遺棄事件で白百合でのお茶娘と女子アナの息子による 母子殺害及び夜中に墓地に埋めてた事ありましたね、しかも逮捕されてから即保釈された事件。無論 高額の料金を支払っての弁護士の手腕なんですが、
それでも二人とも再逮捕され(女性は嫌疑不十分で釈放、死体遺棄については裁判中)男性はいまだ勾留中です。

そんなニュースを間近で見てれば刑事事件なんて金で何とでもなると感じたのか?(そんな金も無いのに)はたまた絶対神にでもなったつもりか?親が見捨てるのも頷けます。

投稿: テキスタイル | 2016/08/02 21:54

生活保護の情報で訂正です。

相模原市地域福祉課によると、容疑者は3月24日に同区の緑福祉事務所を訪れ生活保護を申請。同日から同月31日までの分として約1万8000円を受け取った。

市では、収入が最低生活費(20~40歳の単身者は月7万5840円)を下回るなどの場合、収入との差額分を生活保護費として支給する。

容疑者は2月19日にやまゆり園を退職、同日から3月2日まで措置入院となり、事件当時は無職だった。

支給に当たり同課は容疑者の収入状況などを調べたが、預貯金はほとんどなく、親族の援助も得られる状態ではなかった。しかし、4月以降は失業保険などの他の福祉制度に基づく収入が得られることになったとみられ、打ち切られたとの事。

投稿: ASKA | 2016/08/03 05:18

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