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2017/09/15

埼玉県朝霞市中1女子誘拐監禁事件その3(公判)

1)2016年9月27日 初公判
起訴状が読み上げられた。被告は平成26年3月10日、朝霞市で下校途中だった当時中学1年の少女を誘拐し、今年3月まで千葉市や中野区の自宅アパートで、玄関の外側にかんぬき錠を付けるなどして監禁。「君は家族から見放されている」などと繰り返して身体的・心理的に少女が脱出困難な状態にし、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせたなどとされているとの事。

窃盗と未成年者誘拐の罪については「事実と相違ありません」と認めたとの事。

しかし、監禁致傷罪については「数日から数週間監視したのは事実ですが、2年にわたり監視した意識はありません。というのも、彼女を家において外出したり、アルバイトに出社していたからです」と一部を否認したとの事。
「かんぬき錠に関しましては強度が非常に弱く、強力接着剤で簡易的に取り付けたもので、物理的に簡単に取り外せる」などと、説明したとの事。

冒頭陳述などによると、被告は遅くとも平成24年2月ごろから
「女子中学生か女子高校生を誘拐、監禁して社会から隔離し、その変化を観察したい」
と考えるようになり、過去の誘拐、監禁事件や洗脳に関する記事や書籍を読み、犯行のイメージを膨らませていったとの事。

25年12月24、25両日に東京都内と神奈川県内で6組12枚のナンバープレートを盗み、車での犯行が発覚しないよう備えたとの事。
26年2月下旬、埼玉県の朝霞、新座両市の中学校の行事予定をインターネットで把握。3月4~6日、両市内の数カ所の中学校付近で1人で下校する女子中学生の後をつけ、後ろ姿や自宅を撮影する中で被害者の少女を見つけ、翌7日、少女宅の植木鉢に表記されていた名前を確認したとの事。

そして10日。下校した少女に「両親が離婚することになった。弁護士から話がある」と話しかけ、嫌がる少女を車に乗せたとの事。
その場で「ちょっと休みたいです。しばらく友達の家です。さがさないでください」と書かせ、少女宅のポストに入れたとの事。

車中では少女にアイマスク。ここで被告は「両親が離婚するという話は嘘だ」と明かし、さらにとんでもない「理由」を言い出した。「本当はあなたの家庭に借金があり、あなたの臓器を売ってお金をつくろうと両親は考えている」と話、あらかじめ音声合成ソフトで作っておいた臓器売買に関する音声データを聞かせたとの事。少女はただ困惑していたとの事。

千葉県の自宅では「私は捨てられた。帰る場所はない」と繰り返し書かせ復唱させるなどしたとの事。

19、20日ごろ、アサガオの種から合成麻薬LSDに似た作用がある成分を抽出してドラッグを作り、少女の食事に混ぜて体調不良にさせたとの事。
「具合が悪い」と訴える少女に、「寝てれば治るんじゃないか」と話した。
21日、少女が「逃げたい」と書いた手紙を見つけると、南京錠などをインターネットで注文したとの事。

少女の供述調書によると
同年4月、被告が「夕方まで出かける」と外出し、玄関に鍵がかかっていなかったため、少女は午前11時ごろに部屋を出て、近くの公園に着いた。そこで子供連れの女性に「ちょっといいですか? 聞きたいことがあるのですが」と話しかけたが、「忙しいから無理」と言われたとの事。
車に乗っている人と目が合ったため助けを求めようとしたが、車は行ってしまったとの事。

衆電話を探したが見つからず、いったん部屋に戻った後、再び公園に来て年配の女性に「ちょっといいですか」と声をかけたが、「無理です」と断られたとの事。

少女は「全く話を聞いてもらえず、ショックで絶望した。誰も話を聞いてくれないんじゃないかと思った」との事。
被告が言う通り、誰にも助けてもらえない状況だと思い込み、再び被告の部屋に戻ったとの事。

「捨てられた、帰る場所がないという言葉が頭の中でぐるぐるして、涙は自然と出なくなり、うれしい、悲しいという感情がなくなった」との事。

被告の目を盗んで検索したインターネットで、両親が「味方だよ、ずっと待っているよ」と自分にメッセージを送っていることを知った。「涙が出た。絶対逃げたいと思った」「受け入れてくれる。大丈夫だ」と思ったとの事。

2016年3月27日、少女は中野区の部屋を抜け出し、JR東中野駅の公衆電話から自宅に電話をかけた。「日曜日で、2年前と変わっていなければ家族が家にいると思った。このチャンスを逃したら逃げられないと思った」との事。

調書で少女は最後に、被告への処罰感情について「刑務所から3~5年で出てこられるのは嫌だ。10年以上入っていてほしい。一生刑務所から出てこられない無期懲役にしてほしいと思います」と訴えたとの事。

2)2016年11月2日 第2回公判
被告は「少女の誘拐や監禁は車や美術品を盗むより、断然軽い罪だと思っていた」と話したとの事。
誘拐罪に関しては「車や美術品を盗むより、断然軽い罪だと思っていた」。少女に対する思いとしては「全く行う必要のなかったことをしてしまい、私の身勝手なことで誠に申し訳なく思っています。可能なかぎり、自分のできる範囲で償っていければと思います」と、座ったまま深々と頭を下げたとの事。

この日の被告人質問では
被告「中学時代の人間関係のこじれから、社会性を培うことができず、感情に関わるところが退化した」「自分の家族がいなくなっても、悲しむ感情はありません」と話した。
大学時代には、友人と一緒にドライブを楽しむこともあった被告だが、常に孤独を感じていたとの事。

被告「大学生でも孤独で、なんでこんなに人は孤独なのかと思い、社会から隔離された人間を観察してみたいと思うようになった」と話した。

誘拐を実行した被告は誘拐から、約1か月にわたり、少女に薬物を与えるなどして、洗脳を試みたとの事。

検察官から、監禁中、教育を受けられなかった少女について問われると、被告は「少女が逃げ出すことは想定していなかった。本を読んで勉強してもらえばいいと思っていた」と主張したとの事。

検察側は、被告が逮捕後の調べで少女を「被験者」と呼んでいたと指摘。「犯行は実験のような感覚だったのか」と問いかけると、被告は「残念ながら完全にそういう認識だった」と答え、「人間ではなく動物というか、クリーチャー(生物)と接している感覚だった」と説明したとの事。
ピストル型催涙スプレーを所持していたことについては「騒がれたりしたら突き付けて脅すことを想定していた」との事。

弁護側の質問で
動機を問われると「中学での人間関係のこじれから、社会性を培う機会がなく、感情が退化した。人の気持ちが知りたかった」と振り返り、「(留学先の)バンクーバーの図書館で洗脳に関する本を手に入れ、インスパイア(触発)された。帰国後、孤独のため人を観察したい気持ちが芽生えた」などと説明。監禁後の目的を「デイトレーダーか何かにしたらいいのかなと思った」と明かしたとの事。

裁判には、少女の母親も出廷し、ついたての中から、精神的に不安定だという少女の近況について話した。

少女の母親「娘は今も、他人の視線が怖く、1人で外出できませんし、男性を怖がるようになりました」「娘が社会復帰できる日が本当に来るのかが一番不安です」「娘の2年間をめちゃくちゃにしたんだって分かってほしいです」「一生、刑務所から出てこないでほしいです」と涙ながらに話したとの事。

弁護側は、事件当時、被告は、統合失調症だったと主張したとの事。

3)2017年6月14日 第3回公判
弁護側の請求で実施していた精神鑑定が終了。検察側は「完全責任能力が認められる」とし、弁護側は「統合失調症が影響している」として限定責任能力を主張したとの事。

この日の公判は第2回公判から約7カ月ぶりだった。

検察側は精神鑑定書に基づき、「被告は自閉スペクトラム症の傾向にとどまり、症状は犯行の背景要因にすぎない。劣等感の代償として犯行に至った可能性があり、完全責任能力が認められる」と指摘したとの事。
「重大な事件を起こし、重い責任を感じている」などとする被告が書いた「遺書」と題する書面も読み上げたとの事。

弁護側は「他者への共感性が乏しく、犯行の乏しい計画性は統合失調症が影響していると考えられる」とする精神科医の意見書を説明。弁護側は初公判から責任能力を争う姿勢を見せており、被告人が「私にいじめ、集団ストーカーをするやからがいなければ、本件犯行は起こり得なかった」と述べている書面も読み上げたとの事。

4)2017年7月4日 第4回公判
被告人質問で弁護側から被害者への感情を問われた被告は「勉強の機会を与えたが、させられなかったのが残念」「結局、何が悪かったんですかね」などと述べたとの事。

被告は髪を丸刈りにし、上下スーツ姿で出廷。首を動かしたり、目線を泳がせたりと、終始、不自然な動きを見せたとの事。

事件を起こした背景については、脳内へ送られる“指令”によるものだと説明したとの事。
「何かしろという『指令』があった。磁力で動かされるような感じ」と供述したとの事。
弁護側から「今回(の事件)も指令に基づいてやったのか」と質問され、「記憶としてはそうです」と答えたとの事。

逮捕時の取り調べで「指令」のことを供述しなかった理由については「常識だからみんな知っていると思った。高校の時から思考が盗み出される経験をしてきた」と述べたとの事。

被告は第2回公判で行われた被告人質問で、罪の重さについて認識を問われると「車や美術品を盗むより断然軽い罪と思っていた」と話していたが、第4回公判で弁護側からその認識を改めて問われると「特に変わる要因はありません」と断言したとの事。

5)2017年7月25日 論告求刑公判
検察側は「洗脳の手法を用いた巧妙かつ悪質な犯行」として懲役15年を求刑したとの事。
弁護側は統合失調症の影響があったとして、限定責任能力を主張して結審した。判決は8月29日の予定。

検察側は論告で、犯行動機を「被害者を誘拐、隔離してその変化を観察したいという欲望に従って敢行された。身勝手極まりない」と非難。争点の責任能力については、犯行当時に盗んだナンバープレートを付け替えるなどの行動に触れた上で、「違法性を認識していたことは明らかで、自閉スペクトラム症の傾向があったにすぎず、責任能力に欠けるところはない」と指摘したとの事。

約2年ぶりに保護された少女は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負ったとされ。検察側は「少女に与えた精神的苦痛や発達への否定的な影響は計り知れない」と述べたとの事。

弁護側は中学時代のいじめが犯行の背景にあったとして、「被害妄想があり、人間としての情愛が欠如している」と説明したとの事。
弁護側の請求で実施された精神鑑定では、「自閉スペクトラム症の傾向がある」とされたが、弁護側は精神科医の意見書に基づき、「発達障害では説明できない症状がある。統合失調症に罹患しており、物事の是非を判別する能力が著しく減退していた」と反論したとの事。

被告は終始、首を動かしたり、薄笑いを浮かべて肩をゆすったりと、奇異な動きを見せていた。
裁判長から「最後に何か言っておきたいことは」と尋ねられた被告は「おなかが空きました」と答えたとの事。
判決期日が宣告されると「頑張ります」と応じたとの事。

論告に先立って、少女(16)の母親が意見陳述し、「無理やり奪われた2年間を痛いほど感じている」と話したとの事。
母親は少女が帰ってくるまで、片時も携帯電話を離さず、いつでも出られるように身支度をしていたとの事。
「臆病で慎重な娘が勇気を振り絞って帰ってきてくれた。私は娘に未来があると信じています」

少女は自宅に帰宅しても、布団の中に縮こまり、悪夢にうなされた。そんな娘を前に、母親は「守ってあげられなかった自分を責め続けた」。少女は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、現在も一人で外出することができず、事件を思い出してパニックに陥ることもあるとの事。

「今は娘の将来が不安。私は命を懸けてでも、娘を守りたい。被告には一生刑務所から出てほしくない」。母親は声を振り絞り、重い刑を望んだとの事。

被害者参加制度を利用している両親は25日、代理人弁護士を通じてコメントを発表。「犯人は自分が犯した罪に向き合っておらず、罪を反省することもせず、どこまで逃げるつもりでしょうか」と憤り、「法廷での発言内容も腹立たしいものばかりで、到底許せるものではありません」と峻烈な処罰感情をあらわにしたとの事。

6)2017年8月29日 判決公判(の予定でした)
午前10時半ごろ、被告は「キエー」というような奇声を上げ、実在するパチンコ店の名前を言いながら入廷。「私はオオタニケンジでございます」「イエス、イエス。イッツカミング、ワッツ…」などと英語とみられる言葉を話し着席したとの事。

裁判長が前に出るよう促すと「私ですか?」と問い、生年月日を聞かれると「平成13年1月15日」「16歳」と実際と違う生年月日と年齢を言った。住所は「群馬県高崎オートレース場です」本籍は「和歌山県那智の滝」と虚偽の場所を答えたとの事。

さらに「私は日本語が分からない」と話したため、裁判長が「私の質問は分かりますか」と質問。
被告は再び「私はオオタニケンジでございます」と話したとの事。

職業を問われると「森の妖精です」。
ここはどこですかとの質問には「トイレです。私はおなかが空いています。今なら、1個からあげクン増量中」と答えたとの事。

裁判長が弁護人に「ずっとこの調子なんですか」と尋ねると、弁護人は「今朝からこの調子です」と答えた。
裁判長は午前11時までの休廷を告げたとの事。

公判は11時10分に再開した。
裁判長に名前を聞かれて「私はアメーバです」と答え、本名の**では?と聞かれると。
「私はオオタニケンジでございます」と答えた。
裁判長は判決言い渡しの延期を宣言した。期日は未定との事。

こんなところですね。
判決が出たところで、まとめようと思ったのですが、いつになるのかわからないのと、ボリュウムも多いので、一度まとめておきます。
さて、第3回以降の被告人質問では、コントのような受け答えをしてますね。

そう、第1回、第2回の公判ではそれほど、変な回答はしていないんですよ。
精神鑑定が終わってから急に言動が変化しているような印象なんですよね。

見方によっては、精神鑑定の実施により、責任能力を疑われていると感じた被告が病を演技している詐病か?とも感じるわけです。

ただ、それってホントに効果があるの?と言うのも疑問です。
なぜなら、犯行当時は大学生活や仕事で特に問題を起こしてないですよね?
監禁でも鍵をかけてるし、洗脳も試みている、少女を拉致する時の台詞も良く考えた計画的な物だと思います。
なので、犯行当時の責任能力に問題は無いと思うんですよね。

そして、もし、ホントに心神喪失状態ならば
(刑事訴訟法314条本文)被告人が心神喪失になった場合は公判が停止される。
被告人の心神喪失が恒久的なもので回復の見込みがない場合は、公判を打ち切ることもできる(最決平成7年2月28日刑集49巻2号481頁、千種秀夫裁判官補足意見)。
ただし、判決が無罪、免訴、刑の免除あるいは公訴棄却であることが明らかな場合にはその判決を直ちに下すことが出来る(刑事訴訟法314条但書)

と言う事なので、公判が停止されると思います。
でも、無罪や刑の免除なら、判決を直ちに下す事ができると言う事ですから、無罪になっていないと言う事は、判決は「有罪」だったんでしょうね。

なので、被告の症状が改善されるまで、公判を停止しているのが現在の状態と言う事だろうと思います。
(専門家では無いので、専門家のご意見も伺いたいですね)

この場合、本人にってメリットはあるのだろうか?
もちろん、ホントに精神疾患で心神喪失状態なら、法の元に手続きを停止する事に異論は無いのですが・・・
もし、これが詐病だったら?と考えた場合・・・

正気に戻ると、有罪判決がでるので、正気に戻れない。しかし、それだと、手続きはそこで停止してしまうので、結局、いつまで心神喪失状態でいるの?って事になりますよね?

たとえば、3年とか5年、この状態が続いたとしたら、その後、正気に戻った時点で判決の言い渡し、刑が確定すれば、そこから、刑期が開始になるのかな?この中断している期間の扱いはどうなるんだろう?

これの期間中、拘置所で過ごしているなら、刑期から引かれるような気がするけど・・・
この状態で拘置所は無いでしょ?
たぶん、精神科の病院に入院すると思うのですが・・・その場合も刑期から引かれるのだろうか?

だとしたら、判決が出ても、実質的に刑期が短縮されて出所するなんて可能性もあるの?
それなら、メリットはあるかもしれない。

仮に、刑期から引かれない場合でも、刑務所では無く、医療刑務所に収監と言う可能性も高まるので、それはそれでメリットになるかもしれない。

ただ・・・求刑は15年で被告は25歳だから、求刑通りの15年の刑になったとしても、出所時は40歳。
人生のピークは過ぎているかもしれないけど、70歳まで健康でいられれば、30年は残りの人生を自由に生きる事ができるでしょう。

医療刑務所に入って、刑の執行が停止した場合、そこで刑期が止まるので、回復した時に残りの刑期が再開となるので、最終的に普通に刑務所で過ごすよりも出所が遅くなるのではないのかな?

それって、人生全体として見た場合にプラスなの?マイナスなの?と言う素朴な疑問も出ますね。

判決を待ちましょう。

参考リンク
埼玉県朝霞市中1女子誘拐監禁事件その2(続報)

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