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2018/06/13

東京発のぞみ265号無差別殺傷事件その3(殺人願望)

続報です。
1)保健所の対応について愛知県知事のコメント:
「保健所内の対応としては『任意に入院中であり必要な医療が確保されているため措置入院は不要と判断した』と聞いています」との事。

病院で精神的な疾患があると診断されたため、去年9月に同居する伯父が岡崎市保健所に相談。
愛知県によりますと、岡崎市保健所から愛知県の西尾保健所に容疑者を「措置入院」させるかどうかについて相談があったとの事。

「措置入院」については愛知県の保健所が判断するとの事。

愛知県は岡崎市から容疑者がすでに入院しているとの情報を得たため「措置入院の必要はない」と判断し、岡崎市保健所に対応を任せたとの事。

2)車内のカメラには、乗客が一斉に逃げるなか、死亡した男性が倒れて起き上がり、容疑者ともみ合う様子が映っており、容疑者が両手を振り回す場面もあったとの事。神奈川県警は、車両後方から中央付近まで7メートルほど移動した末、致命傷を負ったとみているとの事。

3)容疑者(22)が「なたとナイフは同時に買った」「いずれ事件に使うつもりで凶器を購入し、持ち歩いていた」という趣旨の供述をしているとの事。
その後の調べで、容疑者が事件を起こす直前ではなく、数週間以上前に、凶器のナタやナイフを、長野県内で購入していたとの事。

別の報道では
「ナイフとナタは数か月前に長野県内で購入した」という趣旨の供述をしているとの事。

4)捜査関係者によると、長野県上松町の公園周辺で寝起きしていて、県警から退去を求められるなどしていたことが、確認されたとの事。

5)親族らによると、昨年末ごろに「人間と付き合うのが疲れた」と職場をやめたとの事。

6)県警のこれまでの調べでは、容疑者は新大阪行きの新幹線に東京駅で乗車し、女性(27)は二つ目の停車駅の新横浜で、容疑者の右隣の窓側に座った。容疑者は女性が座る時、脚をずらして通りやすくする様子などはなく、動かずに前を見つめていたとの事。

容疑者は新横浜駅を出発するとすぐ、立ち上がって女性にナタを振りかざし、切りつけた。通路を挟んで左側の女性(26)にも襲いかかったとの事。

7)容疑者は「むしゃくしゃしていて社会を恨んでいる。誰でもいいから殺そうと思った。人を殺す願望は昔からあった」などと話しているとの事。

8)新幹線に乗った理由について、「特に理由はない。どこでもよかった」などと話しているとの事。

9)警察は、6月13日午後、容疑者が2017年12月まで生活していた、愛知・岡崎市の祖母の自宅を家宅捜索したとの事。
部屋からは、容疑者が書いたとみられる日記などが押収されたとの事。

10)JR東海・社長のコメント:
「車掌長は、はじめ10号車にいました。それから12号車に刃物を持った人がいるという申告があって、避難をする人とぶつかるので少し時間がかかるが到着しました。シートをもったあと近くのキャリーバッグを盾にしながら『やめてください 話は聞きますから』という声のかけ方をして、男は犯行を止めたと」との事。

さらに当時、乗務員が乗客に対し座席のシートを取り外し、身を守るように呼びかけていたことを明らかにしたとの事。

11)中学2年生のころ、「授業についていけない」などの理由で不登校になったとの事。

12)容疑者が昨年2~3月には、市内の精神科病院に入院したとの事。

時系列を更新
中学時代  不登校となる。
中学2年の終わり頃 家族とトラブル、精神疾患の診断。自立支援施設に入所。
(容疑者14歳と推定)
2011年03月 中学を卒業と推定
2011年04月 地元の定時制高校に入学
2014年03月 本来4年の定時制高校を3年で卒業。成績は優秀。
2014年04月 職業訓練校に入学(1年コース)
2015年03月 職業訓練校を卒業(19歳)。(就職が決まるまで施設に入所)
2015年04月 埼玉県の機械修理会社に就職
2015年08月 愛媛県で勤務。(治療の為、4ヶ月間、入院した。入院の時期が不明)
2016年02月 当時務めていた機械修理会社を退職。(1年で退社)
2016年04月 容疑者が両親とのトラブルで伯父方で暮らす。(容疑者20歳と推定)
2017年
02月-03月 岡崎市内の精神病院に入院。
     精神疾患の診断を受け、伯父が保健所に相談。
09月   容疑者が祖母と養子縁組。
10月   岡崎市内の就労支援事務所に就職したが、約1カ月で退職。
12月   容疑者が自殺すると言って家を出る。(1月説もあるが12月を採用)
2018年
06月09日
午前中に東京に移動。
21:23  のぞみ265号に容疑者が乗り込み、東京駅を発車。
21:42  新横浜駅をのぞみ265号が発車(時刻表による)
     この時、容疑者の両隣の席に被害に遭う女性が乗り込む。
21:45頃 事件発生。乗客が警察にに通報。
21:47頃 非常ブザーが鳴り、緊急停車。その後、小田原駅に移動。車掌が通報。
21:50頃 車内の乗客からJR東海に連絡。
24:50過 のぞみ265号が小田原駅を離れる。
06月11日 容疑者を殺人容疑で送検

こんなところなんですが・・・情報が混乱しているのかな?ちょっと疑問な部分がありますね。入院の期間に齟齬があります。
一つの情報は4ヶ月入院、もう一つは2ヶ月入院。別々に2度入院したのだろうか?
それともう一つ、精神疾患の診断の時期も、中学時代と昨年の2回。
措置入院を検討したとあるので、昨年の入院で診断されたと言うのは間違い無さそうですね。

中学時代の事はどうなんだろう?
こちらは誤報の可能性が高いのかな?

それから、昨年の措置入院の検討なんだけど・・・措置入院ってそもそも、自傷他害などの危険があるから、本人の同意なしに強制的に入院させると言う事ですよね?

それを検討しなければならない程、重篤な状態だったのか?

それに、その入院自体の経緯も分からないですね。
措置入院(緊急措置入院)ではないし、2ヶ月入院しているから応急入院でもない。
(72時間経過後に任意入院や保護入院になったのか?)

そして医療保護入院の場合、家族の同意が必要でその範囲が
配偶者、父母、祖父母、子、孫、兄弟姉妹
後見人又は保佐人、家庭裁判所が選任した扶養義務者

とあるけど、伯父はこれに該当しない・・・祖母が同意したのか?それとも母親?
例外としては
精神保健指定医が入院の必要性を認めたときは、患者さんの居住地の市区町村長の同意により医療保護入院ができる。

単純に詳細な報道がされていないだけなのかもしれないけど、措置入院の話が出たなら、保護入院の話が出てもおかしくないので、普通に任意入院と言う可能性が一番高いのかな?

だとすると、本人が入院の必要性を認めていたと言う事になるので、それほど、重篤な状態では無いと思うんですけど・・・
伯父から相談された保健所は主治医の見解を聞くと思うんですよね。
その上で措置入院の検討をしたと言うあたりがちょっと分かりませんね。

そして、そんな状態で家出をさせてますよね。
しかも、捜索願いなども出ていないと言うのは、伯父はそれほど危険な状態だとは認識していなかったと言う事だと思うんですが・・・どうなんだろう?

では、なぜ、保健所に相談したんだろう?わかりませんね。

容疑者自身としては、「自由になりたい」と言っているので、もしかすると、「戻ると入院させられる」と言う意識が強かったのかもしれません。

けど・・・退院後、治療は受けているのかな?しかも服薬している情報もありませんね。2ヶ月で完治(寛解)するなんて精神疾患あるの?と言うのも疑問ですが・・・

話は変わって、容疑者が殺人願望があると話しているようなんですが・・・
そのあたりの経緯も分かりません。
中学は不登校だったにしても、高校は定時制を卒業しているし、就職もできた。
仕事は長続きしてないから、この社会人後に社会を恨むようになったのかな?

仕事や人間関係がうまくいかない、それで悩んで、ウツや適応障害と言うあたりなのか?とも思うんですが・・・ウツだと重傷で自殺念慮があるぐらいでないと、措置入院って無いような気がしますよね?

折り合いが悪いのは実父だけで、他の人間とは極端に悪い関係は無いですよね。
でも、直前の仕事を辞めた理由は「人間関係に疲れた」と言う事なんで相当に生きづらさを感じていたのかもしれませんね。

そして価値観が逆転してしまったのかな?
社会に適応できない自分が悪いと考えていたのが、逆転して自分を受け入れられない社会が悪いと考えるようになったとすれば、この社会を恨むと言うのは説明できるかもしれませんね。

ただ、最後の問題が「新幹線を選んだ理由は特に無い」と言う点です。
凶器はいずれ事件を起こそうと持ち歩いていたのだから、根底にある社会に対する恨みは、凶器を購入した数ヶ月前からあったんですよね。

それが、偶然、新幹線の中で爆発した?
では、新幹線に乗った理由は何だったの?名古屋行きの乗車券なんですよね。
名古屋だと自宅が愛知県なので、自宅に戻ろうとして新幹線に乗ったと言う事なの?

このあたりは、なんとも言えませんね。
東京で過ごした時間、何をしていたのか?そこが知りたいですね。

続報を待ちましょう。

参考リンク
東京発のぞみ265号無差別殺傷事件その2(続報)
東京発のぞみ265号無差別殺傷事件その4(足取り)

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コメント

私自身の経験から今回の事件を重ねて複数の要因を考えてみました。
単純に1つの要因ではなく複数の要因から起こした事件だと私は考えます。

①父性が欠落した家庭状態で育ったため、社会性、社会貢献の欲求が育まれなかったのではないか。

②精神疾患により自閉気味、もしくは執着と関心が自身にばかり向けられていて、他者の命や生活に価値を見出だせない、想像力が働かない極端な状態であったのではないか。

③自己表現が極端に苦手であり、今回の事件自体が鬱積した彼の叫びとなり、自己表現の代償行為となってしまったのではないか。

私自身も若い頃にこの3つの傾向に当てはまっており、暴力破壊衝動に駆られた時期がありました。
ただ、私の場合は①と②の程度が極端なものではなかったのか、人に危害を加える事はせず、不法投棄されている家電製品、自転車などを叫びながら破壊しておりました。
思った事を発せず、母親への暴力衝動が抑えられなくなった時に、自分の顔を殴った事もありました。

自分の顔や不法投棄された物ではなく他者へと向かっていたらと思うと、もしかすると私も危ういところに居たのかもしれません。

今も言葉選びが下手で困る時がありますが、当時は何も発せず、何も言えない様な状態だったので私も彼と同じ代償行為に走っていたのだと思います。

だからと言って彼も私にも正当性はありません。

ただ理想を言うならば、親というものは社会や家庭の為に貢献する美しい姿を子供の目に焼き付け、更に他者にも関心を持つ姿勢の手本となり、よく話し、幼児期の言葉を解さない時期であっても反応してあげる事で自己表現の有意義さを身に付けていかせる事が大事なのだと私は考えております。

投稿: まめ | 2018/06/15 09:19

まめさん、こんにちは

この事件については、初期の報道で発達障害がクローズアップした報道が批判された結果、容疑者のパーソナルな部分が報道されない傾向があるのかもしれませんね。

まめのさん指摘の①で、父親はいるが、父子関係が破たんしている状態と言うのは、なかなか複雑なのかもしれませんね。
(当初の報道で、父親が「今は家族じゃないですから」と言う言葉に象徴されているんでしょうね)

通常だと、もっと早い時期に家出をしてしまうのでしょうが、不登校と言う事もあって、家の中で父親と対立したまま、生活するしかなく・・・

ここで、父親が弱いと、息子が家庭を暴力で支配するような関係になってしまうところが、父親が強かった。

その為、強い緊張状態で日々過ごしていたのかもしれませんね。

②と③については、特にトラブルがあったと言う報道がなく、つれづれさんのコメントにあるように、学生生活では、問題が表面化する事が無かっただけなのかもしれません。

だけど、就職して自分自身の問題に気づいて、挫折してしまったと言う事なのかもしれませんね。

親の理想像と言うのはあるんだと思いますが、なかなか難しいと思います。特に現代では・・・

この家庭の問題と言うわけではなく、児童虐待事件などを見ると、親が子供のままなんだろうと思う、事件がたくさんありますからね。

でも、いずれにしても、家庭が子供の社会の第一歩なので、そこでの生活は生涯に渡って大切になるんでしょうね。

投稿: ASKA | 2018/06/17 11:59

私も若い頃は父親と冷戦状態でしたが、子供が親に反発するのは自然なことで、ある意味必要なコトだと思います。子供は親を否定することでより良い大人を目指して巣立っていく。その後いろいろ苦労して自分の人生築いていく中で親への共感と感謝の念を覚えるわけです。皆んながそう上手く行ってれば、こんな事件は起きないんでしょうが。
でもこの父親はおかしい。本当に子供を捨ててしまったと言うか、親を辞めた?! 普通は親子の間が如何であろうと、子供が他人を殺害したんだから、外部に対しては ひたすら申しわけありませんでした。と言うしかないでしょう。この父親を見て千葉の英語講師殺人事件の市橋の父親を思い出した。淡々と他人事みたいなこと話してた。

投稿: まーぷる | 2018/06/17 13:59

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