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2019/02/22

千葉県野田市小4女児虐待死事件その3(児相の1月28日会見)

1)女の子の腹部に大きなアザがあることが分かった。

2)県警捜査1課などによると、男性容疑者は24日午後11時10分ごろ、「娘を風呂場に連れて行ってもみ合いになり、意識や呼吸がなくなった」と自ら110番した。救急隊員が約10分後に駆け付けたが、既に女児の体は顎などに軽度の死後硬直が生じていたとのこと。

3)県警は1月28日、司法解剖の結果、女児の死因が明らかにならなかったと発表したとのこと。

発表によると、遺体は水でぬれており、致命傷となるような外傷や骨折、内臓の損傷はなかった。ただ、捜査関係者によると、胸や腹に古いあざのようなものが複数あったとのこと。

4)千葉県柏児童相談所が、虐待の疑いがあるとして実施した女児の一時保護を解除後、一度も家庭訪問をしていなかった。柏児相が1月28日に記者会見で明らかにし、「対応に不足があった」と説明したとのこと。

柏児相によると、2017年11月7日、男性容疑者から女児への虐待が疑われると市から連絡があり、女児の右ほおにあざがあったため同日中に一時保護。女児は保護前の学校の聞き取りに「母がいないところでたたかれる。『てめえ早く宿題やれ』と言われる」などと訴えた。

保護中には女児や男性容疑者らと計8回面談した。女児は「家に帰りたくない」「(同容疑者に)背中をたたかれたり、『てめえ、宿題しろ』と言われたりする」と話した。同容疑者との面談後、「まだ父が怖い」と訴えることもあったとのこと。

男性容疑者は虐待を認めなかったが、女児が親族宅でしばらく暮らすことなどを条件に、柏児相は12月27日に保護を解除したとのこと。

柏児相は18年2月までに親族宅を2度訪問し、女児や男性容疑者、親族と面談。虐待の再発がなく、女児が学校生活を元気に送り、自宅での生活を望んだことなどから、女児は3月に自宅へ戻ったとのこと。

当時、柏児相は女児の家庭生活についても情報を関係機関と共有することにしていたが、当初のけがが軽かったことなどから、状況確認は学校が女児に聞き取るだけで十分と判断していたとのこと。

しかし、学校は随時、虐待や相談がないかを尋ねたものの、女児から申し出はなく、体の見える部分に傷もなく、虐待は認知できなかったとのこと。

男性容疑者は今年1月、女児を1カ月ほど休ませると学校に連絡し、柏児相もこれを把握したが、その際も自宅の確認や家族への連絡は誰も行わなかったとのこと。

柏児相は男性容疑者が以前住んでいた沖縄県で妻に暴行を振るったとの情報があったり、柏児相に対して不信感を口にしたりするなど、虐待の潜在的なリスク要因があることも把握していた。柏児相所長は「保護解除の判断は妥当だったと思うが、その後、様子を観察して変化に気づくための対応は足りなかった」と話したとのこと。

5)女児の一時保護を解除した後の約1年間で、女児が2回にわたって学校を長期間欠席したにもかかわらず、児相の職員は一度も自宅を訪ねていなかったとのこと。

6)県柏児童相談所は1月28日、女児の長期欠席を把握したのは事件発覚の3日前だったとのこと。

柏児相によると、女児は昨年12月21日の最終登校日を最後に、市立二ツ塚小学校に登校していなかった。冬休み明けの今年1月7日、父親の男性容疑者(41)=傷害容疑で逮捕=が小学校に電話して「沖縄にいる」と伝え、11日には「2月4日に登校させる」と連絡した。しかし、同校が柏児相に連絡したのは21日で、柏児相もこの後、家庭訪問などの対応をしなかった。

千葉県の虐待防止マニュアルは、こうしたリスクがある場合は学校や児相が連携して対応するよう定めている。柏児相の所長は女児について「以前も長期の休みを取って問題がなかったので、今回も問題ないと思っていた」と釈明したとのこと。

時系列
2017年
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月   当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。

11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
2018年
01月   市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
03月   女児が自宅へ戻る。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですね。
既に分かっていますが、時系列が変です。
1月28日の児相の会見の内容だと、3月に自宅に戻っている事になりますが、しかし、女児は1月には同居して虐待を受けているんですよね。(後の報道で12月22日頃に自宅に戻っている)
で、このあたりの経緯も後の報道で出てきます。

学校も、児相もかなり楽観的に見ているのが不思議ですね。
自分の身近で事件が起きないと、緊張感が持てないのかもしれませんが・・・

千葉県内でのASKAの事件簿に残っている、虐待事件の記録だと、似たような年齢の児童に対する事件では
2012年 千葉県富里市9歳男児虐待事件、内蔵破裂の重傷です。

ぐらいかな?酷い事件は他にもありますけど、もっと小さい子が多いのかな。

とは言え、全国で見れば、他にも沢山、事件はありましたから、まさか自分の所では起きないだろうと言う楽観は出来ないと思うんですよね。

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その2(事件の予兆)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その4(沖縄からの経緯)

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2019/02/15

埼玉県戸田市乳児浴槽放置死事件

生後11カ月の乳児の首に浮輪を付けて浴槽に放置し、死亡させたとして、埼玉県警捜査1課は2月15日、30代の両親を重過失致死容疑で書類送検する事件が起きている。

警察によりますと、母親(36)が「子どもがお風呂で溺れた」と119番通報したことから事件が発覚したとのこと。

発見時、赤ちゃんは首に着けるタイプの浮輪を着けて浴槽の中で意識を失っていたとのこと。

重過失致死の疑いで書類送検されたのは、死亡した女の子の33歳の父親と36歳の母親の夫婦。

捜査関係者によると2017年1月28日18時半から約1時間半にわたり、乳幼児が入浴時に使う「首浮輪」を付けた次女を、湯を張った浴槽内に放置して脱水によるショック状態に陥らせ、低酸素脳症で死亡させた疑い。

夫婦は容疑を認め、夫は「ダイエットをさせようと思い、娘を風呂に浮かべて自分は携帯ゲームをしていた。自由な時間が確保できて好都合だった」と供述しているとのこと。

こんな事件ですね。
まー時々、こんな唖然とする事件が起きますね。
冬で脱水と言う事なので、お湯の温度は少し高めだったのかもしれませんね。

ただ、ちょっと分からないのは、なぜ、浴槽なのか?
1時間半も入れていて、温度が下がらなかったのだから、ベビーバスなどでは無かったと思うんですよね。
普通に大人も入る浴槽だったと思うのですが・・・なぜ、そこなのか?

詳しい状況が分からないのですが、父親が携帯ゲームをしながら、浴室で子供を見ていたのなら、様子がおかしくなった時点で浴槽から出すでしょう?

なので、推測ですが、父親は浴室から離れた別室で携帯ゲームをしていて、1時間半放置したのだろうと推測します。

ここが普通じゃ考えられない点なんですよね。
赤ちゃんから目を離して良いのは柵付きのベビーベッドなど安全な場所で寝ている時だけでしょ?

その意味では、浴槽から1人で出る事はできないし、暖かいから問題無いと言う判断だったのかもしれないけど・・・
もし、首の浮き輪が外れたら?と考えたらちょっと、怖くて目が離せないと思うんですよね。

それに、放置した理由がダイエットって・・・11ヶ月の子供にダイエットが必要なんでしょうか?
これが、医師からの指示なら良いけど、自分勝手な判断なら、その点も問題のような気がしますね。
仮に医師の指示だったとしても、浴槽に入れっぱなしと言うのはどうなんだろう?

いずれにせよ、「赤ちゃんから目を離さない事」は鉄則だと思います。

亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

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2019/02/09

滋賀県警19歳警官拳銃同僚射殺事件その2(一審判決懲役22年)

はじめに長文注意です。

***初公判(1月30日)***
1)元巡査は罪状認否で「その通りです。間違いありません」と事実関係を認めた。弁護側はストレスなどによる、心神耗弱を主張したとのこと。

別の報道では
弁護側は、被告が犯行前の状況について「書類作りができない自分に苦しみ、萎縮した状況で誰にも相談できず、寝ることができませんでした。この人が死んだら楽になると、フワフワした現実感のない状況で引き金を引いた」などと述べているとし、病的な心理状態で刑を減軽すべきと主張したとのこと。また被告の現在の心境として「厳しい指導で育てようとしてくれた。罪悪感でいっぱい。許されないことをした自分を激しく責めている」と述べているとしたとのこと。

弁護側は「繰り返し叱責を受け、イライラしていた元巡査は『おまえがアホなんは、親がアホやからちゃうんけ』と言われ、『この人が死んだら楽になる』ということで頭がいっぱいになった」と主張したとのこと。

2)検察側は「厳格な指導に怒りを爆発させたが、逃走時に交番を施錠して犯行の発覚を遅らせるなど合理的に行動しており、弁護側が主張するような、適応障害により責任能力が著しく減退した状況ではなかった」と述べたとのこと。

別の報道では
冒頭陳述で検察側は「書類の作成で繰り返し訂正を求められるなどして蓄積した怒りや不満が爆発し、射殺を決意した」と動機を指摘。「後頭部や背中を的確に射撃し、発覚を遅らせるため交番のドアを施錠して逃走した」と述べ、完全責任能力があると強調したとのこと。

午後は同じ交番に勤務していた警察官の証人尋問が行われた。死亡した警部の指導について「細かいと思うところはあったが、理不尽とは思わなかった」と証言。元巡査は死亡した警部からの指摘を受けて疲れ切った様子で、ラインで「(死亡した警部と)2人での勤務にびくびくしている」と送ってきたことがあったとのこと。

3)この日の大津地裁での公判では、元巡査が逮捕当時少年だったため、実名を伏せて進められたとのこと。

4)公判前の争点整理段階で、弁護側は、元巡査が心神耗弱状態で責任能力は限定的だったとしており、責任能力の範囲が争点となるとのこと。

5)地検は昨年6月、刑事責任能力を問えるとして起訴したが、大津地裁は弁護側の請求に基づき精神鑑定を行った。

6)交番で2人と一緒に勤務していた20代の男性警察官は、巡査部長について「書類指導は細かく厳しく、自分も内心びびっていた」と証言。元巡査のことは「パソコンが苦手だったが、元気であいさつがしっかりしていた」と語ったとのこと。

証言によると、事件の9日前、元巡査は書類作成を巡り、巡査部長から12~13回、訂正を求められた。修正は午前3時までかかり、元巡査はだんだん元気を失くしていったとのこと。ただ、「理不尽な指導や暴言、暴力は一切なかった」と話したとのこと。

他にも、複数の警察官の供述調書が証拠提出された。巡査部長について、親しかった警察官は「『(元巡査を)育ててやらなあかん。これからや』と話していた」。以前に部下だった若手警察官は「何度も怒られ萎縮したが、最後に『頑張ったな』と言われ、涙した。厳しさの中に優しさがあった」とのこと。

巡査部長の前に元巡査を指導した上司は「質問することも多く、まじめで仕事を早く覚えようとする姿勢があった」とのこと。

***第2回公判(1月31日)***
1)午前中は被告人質問があり、元巡査は巡査部長に何度も書類の訂正を求められ、元巡査は「巡査部長の嫌がらせではないかと思いました」と話す一方で、「自分には警察官としての資質が低いのかなと思いました」と答えました。

巡査部長から何度も指導を受け、「何を答えても『なんでやねん』と言われ、今思うと僕が見当違いの答えをしていたのだろうが、当時はゴールが見えなかった。心臓がしめつけられるような痛みがあった」と振り返ったとのこと。元巡査は、家族のことを問われると、「優しい兄」「とても賢い妹」などと答え、時折言葉に詰まることもあったとのこと。

犯行時の心境について、親を侮辱され「なんでこの人に、ここまで言われなければいけないのか」「この人を撃って自分も死んだら楽になると思ってました」
と動機について話したとのこと。

元巡査は、弁護人の質問に対し、昨年4月11日夕、彦根署河瀬駅前交番(彦根市南川瀬町)で勤務中、奥の部屋で弁当を温めている際、巡査部長=当時(41)、警部に昇任=から「行方不明届ごときなんで書けへんねん」と怒られ、続けて「お前があほなんは親があほやからちゃうんけ」とののしられたとのこと。再三の指導でたまっていた感情があふれ、トイレで涙が止まらなくなったと述べたとのこと。

その直後、「この人を撃ったら楽になれる。びくびくして仕事をする状況から逃れられる」と思い、トイレから出て拳銃の撃鉄を起こして、井本巡査部長の背後に立った。しかし、「のどがからからに渇いた」ため、一度奥の部屋に戻ってスポーツドリンクを飲み、再び背後に立って発砲した、と説明した。弁護人から「悪いことだからやめようとは思わなかったのか」と聞かれ、「全く思わなかった」と話したとのこと。

「頭が全く回らない状態で、淡々とこれで楽になるんじゃないかなと思いました」とのこと。

巡査部長と一緒に勤務したのはわずか5回。しかし、元巡査は巡査部長に叱責されるたびに「心臓を締めつけられるような痛みがあった」と当時を振り返った。一方で、「なぜあんな異常なことが頭に浮かんだのか、今から考えると他にも選択肢はあった」と話したとのこと。

2)午後
元巡査は「彦根署での実習が始まったころから、仕事を思うようにできず悩み続けていた」とし、誰かに相談できなかったのかという検察側の問いには「新人のくせに不満を言うなと思われるのが嫌で、相談できなかった」と答えたとのこと。

3)母親が証人として出廷した。母親が話し始めると、元巡査は涙を流したとのこと。

事件の数日前に、元巡査から「死にたい」という内容のメッセージを受け取っていたことを証言したとのこと。

母親は、元巡査は3人兄弟で、中でも一番優しい子だったと話していて、警察官になったときは、大変うれしく自慢の息子だと思った、と話したとのこと。

弁護側から、事件のことを聞かれると、電話に出た元巡査から「お母さん、ごめん死ぬわ」と言われ「死んだらあかん」と声をかけたとし、また「お父さん、お母さんのことまでボロくそいわれ我慢ならんかった。殺す気はなかった」と話していたとのこと。

さらに、弁護側から、事件を防ぐにはどうすればよかったかと聞かれると、愚痴や相談を聞ける環境をつくり、気づいてあげられればよかったと涙ながらに語ったとのこと。

***第3回公判(2月1日)***
1)鑑定人は元巡査の性格について「劣等感を感じやすく、他人に自分の気持ちを伝えない傾向がある」と指摘。「フラストレーションが風船のように膨らんでいき、能力を否定されたことが犯行のきっかけになった」と説明したとのこと。

2)精神鑑定を実施した臨床心理士は「精神的な疾患がある可能性は低く、平均的な社会適応能力はある」としたうえで、慣れない交番の仕事に無力感と自責の念を募らせるあまり「巡査部長の指導が悪い」などと考えて心のバランスをとるようになり、「両親をばかにされたと感じる発言をされ、バランスが崩れた」と犯行に至る心情を分析したとのこと。

犯行時の精神状態については、度重なる叱責などによるストレスや睡眠不足から「現実感を失っており、『撃ったら楽になれる』としか考えられない意識狭窄の状態だった」と述べたとのこと。

別の報道では
元巡査は犯行直前に巡査部長に両親を侮辱され、「スポットライトで一点を照らすように、『この人が死んだら楽になる』ということにしか意識が向かない状態だった」と説明したが、「物事の善悪を判断する能力はあった」と明言したとのこと。

2)精神鑑定にあたった精神科医は、犯行時の元巡査の状態を「ストレスにうまく対処できない適応障害だった」と分析。「適応障害が犯行に影響を与えたわけではない」とする一方で、「事件当時、元巡査は神経が疲弊し不安定な状態だった。衝動を抑えられずに拳銃で撃った」などと証言したとのこと。

別の報道では
精神科医は「上司の指導によるストレスなどから、衝動を抑える力が低下していた」とし、犯行に結びついた可能性があると指摘したとのこと。
精神科医は、元巡査が上司の巡査部長から何度も書類の訂正を命じられてストレスをためていたと分析。犯行時は「広い視野を持てず柔軟な思考ができない性格に加え、ストレスや不眠などから、衝動を抑える力が弱まっていたのは事実」と説明したとのと。弁護人に、「このことが凶行と結びついたと言えるのか」と問われると、精神科医は「それ以外は考えにくい」と述べたとのこと。
しかし、「衝動が抑えられなくなっている時、一般的に善悪の判断力まで失われるわけではないが、元巡査がどうだったかは言い切れない」としたとのこと。
また精神科医は「(元巡査は)ストレスを適切に処理できない適応障害に該当する」としたが、「ストレスをためて殺害に至ったという結果も含めて適応障害と判断しており、障害のせいで犯行に至ったというのは誤り」と強調。反社会的な人格障害や幻覚、妄想は認められなかったとのこと。

***第4回公判(2月4日)***
1)巡査部長の妻が証人として出廷。妻は巡査部長と同期の警察官で2児の母。
検察官の質問に妻は、巡査部長の人柄を「一緒にいて楽しく安らげる人」とし、結婚して10年ほどたって授かった長男(4)について「本当に誕生を心待ちにしており、『一緒にカブトムシを捕りに行きたい』などと楽しみにしていた」と話したとのこと。

事件の一報を聞いて病院に駆けつけると、医師から「もう何の反応もない」と告げられ、心臓マッサージの中止に同意したとのこと
妻が「長男はまだ死をはっきりと分かっておらず、『パパいつ帰ってくるの』と言い、最後の別れとなった葬儀場名をあげて『行きたい』とせがむ。父親に会えるのじゃないかと思う姿が本当につらい」などと涙ながらに話したとのこと。

妻の証言の直後、元巡査は何かを吐き戻しそうになったような様子を見せ、口元を手で押さえたとのこと。
元巡査が「両親を侮辱された」と供述していることに対し、妻は「そんなことは言っていないと信じています」と主張。検察官からどんな処罰を望むか問われると、「厳しい処罰をお願いしたい」と述べたとのこと。

別の報道では
「被告人は未成年だったという以前に、警察官であるのにと強く思う」「息子のかわいい姿を見せてあげられず、可哀想で無念」と涙ながらに語ったとのこと。
また、元巡査は巡査部長から書類の書き直しを何度も指示され、思い詰めるようになったと弁護側が主張している点については「何度も書類を訂正するのは、ごく当たり前のこと」「厳しい処罰をお願いしたい」と話したとのこと。

巡査部長が書類を再三訂正させ、元巡査が「嫌がらせ」と感じた事について、妻は「仕事は適当にしていいものはない。自分も泣いたことがある」と述べたとのこと。

「警察官は人より一段高い倫理観が当たり前で、警察官が事件を起こしたことが本当に許すことができない」と話したとのこと。

元巡査への被告人質問で妻は「今でも警察官になって良かったと思っているか」など三つ質問した。元巡査は「そう思う」などと一つ一つ時間をかけて答えたとのこと。

***論告求刑公判(2月4日)***
1)検察側は懲役25年を求刑した。
検察側は求刑の理由を「動機は自分勝手でくむべき事情がなく、現職警察官による犯行は強い非難に値する」としたとのこと。

別の報道では
論告求刑で検察側は「犯行の発見を遅らせるために交番の出入り口を施錠し制服を脱ぎ捨てるなど、合理的に行動している」として責任能力があったと指摘したとのこと。

「現職の警察官が職務上携帯していた拳銃で上司を殺害した前代未聞の行為。犯行に至る経緯で汲むべき事情もない」として懲役25年を求刑したとのこと。

2)弁護側は最終弁論で、事件当時の元巡査は現実感を失っており、「この人が死ねば楽になる」としか考えられなかったと主張。物事の善しあしを判断し、行動をコントロールする能力が著しく損なわれており、責任能力は低下していたと訴えたとのこと。

3)元巡査は最終意見陳述で「絶望の底に落とされた遺族、ものすごく大きな無念を持っている巡査部長に対して本当に申し訳なく思っています」と謝罪。被害者参加制度に基づき公判に参加した巡査部長の妻(40)に向かって、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げたとのこと。

***判決公判(2月8日)***
裁判員裁判で、大津地裁は2月8日、懲役22年(求刑・懲役25年)を言い渡したとのこと。裁判長は「親をなじられたことで拳銃を使い上司を即死させた空前絶後の重大事案」と述べ、事件直前に衝動を抑える様子もうかがえたとして、心神耗弱の主張を退けたとのこと。

元巡査が上司の巡査部長から書類の訂正を再三求められるなどして反感を募らせ、事件当日も厳しく指導され「仕事ができないのは親のせいか」と言われ殺害を決意したと指摘したとのこと。

さらに元巡査が精神的に追い詰められた側面はあるものの、「(巡査部長に気付かれないよう)離れた場所で拳銃発射を準備し、至近距離で射殺後も交番を訪れた住民に応対している」と、責任能力があったと判断したとのこと。

元巡査は未成年だったが、裁判長は「拳銃を携帯する意義の教育を受けており、犯行直前に拳銃の存在を意識した時こそ警察官の本分を思い起こし、思いとどまるべきだった」と批判したとのこと。

警察学校での新人警察官の指導については「十分教育を尽くしていると言えず、未熟な警察官が拳銃を携帯している。巡査部長は熱意があったが被告には伝わらずかみ合わなかった。組織として指導や養成の在り方が検討されるべきだった」と今後の改善を促したとのこと。

判決によると、元巡査は巡査部長から書類の訂正などの指導や注意を受けることが続き、反感を募らせていた。昨年4月11日、厳しく叱責され、できの悪さは親のせいかなどと言われて反感と憤りを一気に強め、巡査部長の殺害を決意。同日午後7時47分ごろ、交番で巡査部長の後頭部と背中を拳銃で2発撃って殺害。同日午後8時半ごろまで、実弾3発が入った拳銃を持ったまま逃走したとのこと。

こんなところですね。
うーん、普通と言うか常識的に考えれば、職務の為に貸与されている拳銃を持つことは、その責任を負うことである事は当然で、現職警官による拳銃を使った凶行ですから、より厳しい判決になると言うのは、仕方が無いだろうと思う部分ではあります。

そして、犯行前後の行動から責任能力に問題が無いだろうと言うのも、判断として間違いでは無いだろうと思います。

・・・ただ、当時19歳で初めての職場ですよね。そこで厳しい先輩当たってしまったと言うのは、自分の事を思い出してもちょっと同情できる部分はあるなと思う部分はあります。

仕事の性格上、厳しく育成するべきだと言うのは分かります。いい加減に仕事を覚えて欲しくないと言うのも、教育係としての責任感として当然有ると思います。

でも、人によっては褒めて伸びるタイプもいるわけですから、これ以外に方法が無い事も無いと思うんですよね。
あるいは精神修養として、厳しく接していたと言う側面もあったのかもしれませんけどね。

教育、育成方法については裁判長が異例のコメントも出しているので、今後、改善方法を検討して欲しいですね。

今回は現場が警察だったので、凶器として拳銃を使ったと言う事なんでしょうが、一般の企業でも、傷害事件ぐらいは起きても不思議では無いと思います。

亡くなった巡査部長のご冥福をお祈りします。

参考リンク
滋賀県警19歳警官拳銃同僚射殺事件

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2019/02/08

大阪府大阪市東淀川区2歳女児虐待死事件?

2017年大阪市で、当時2歳の女の子が義理の父親に暴行され死亡した事件で警察は2月6日、女の子に性的暴行を加えた疑いなどで男を再逮捕したとのこと。

傷害と強制性交致傷の疑いで、再逮捕されたのは男性容疑者(30)。

容疑者は、おととし12月、大阪市東淀川区の自宅で女児(当時2歳4ヵ月)の頭に暴行を加えて死亡させたとして、傷害致死の罪で起訴されている。

その後の調べで女児は、死亡の1ヵ月前にも左膝を骨折していたことや、性的暴行を受けた疑いがあり、警察は2月6日に容疑者を再逮捕したとのこと。

他の報道では
警察によりますと、容疑者はおととし11月、長女の左脚を骨折させるなどの傷害を負わせたほか、おととし12月には性的暴行を加えた疑いがあるとのこと。

調べに対し容疑者は、「一切、心当たりはありません」と容疑を否認しているとのこと。
弁護人も「性的暴行の客観的証拠はない」としているとのこと。

長女は妻の連れ子で、おととし12月に容疑者と養子縁組をした19日後に急性硬膜下血腫などにより死亡。容疑者は長女の頭に暴行を加えて死亡させたとして、すでに起訴されていますが、去年12月に保釈された際にも無罪を主張していたとのこと。

保釈後の会見では、長女への暴行を否定し、無実を訴えた。容疑者は、会見で「すごく愛情をかけて育てていたのに、いきなり逮捕されて『お前がやったんやろ』『何かやったんやろ』と言われて、すごく悔しい。裁判は堂々と戦いたい」と話していたとのこと。

警察によりますと、長女は容疑者と2人で自宅近くの公園に出かけた際、付近の防犯カメラに自力で歩く姿が映っていましたが、帰宅する時には歩けなくなり、容疑者に抱きかかえられていたとのこと。

同課によると、容疑者は長女の骨折について、逮捕前の府警の聴取に「2人で公園に行ったときに脚が痛いと言い出した」と説明したが、骨折していたのは転倒などでは折れる可能性が極めて低い部位だとのこと。

長女は29年12月16日、容疑者と2人で自宅マンションにいた際に意識を失って救急搬送され、同23日に死亡。搬送先の病院で下半身に傷があることも判明したとのこと。

府警は30年11月に殺人容疑で容疑者を逮捕。大阪地検が傷害致死罪に切り替えて起訴したとのこと。

警察によりますと、長女の左頬と左の腰あたりに殴られた際にできるようなアザが残っていたとのこと。

時系列
2017年
11月   長女が骨折する。
12月   容疑者が性的暴行を加えた。
12月04日 長女と養子縁組
12月16日 長女が容疑者と2人の自宅マンションで意識を失い救急搬送される。
12月23日 長女が死亡、左頬と左の腰あたりに殴られた際にできるようなアザが残っていた。
2018年
11月   容疑者を殺人容疑で逮捕。
12月   保釈
2019年
02月06日 傷害と強制性交致傷の疑いで再逮捕

こんな事件ですが・・・難しい事件になりそうですね。
逮捕容疑が傷害致死なので、死亡した時の事ですね。この時はマンションに二人きりなので、何らかの暴力行為があったのであれば、それが出来るのは被告人だけと言う論法が成立すると思いますが、一方で事故の可能性も否定できないと思います。
なので、決め手は死因になると思いますね。

で、さらに難しいのが、今回の強制性行致傷なんですが・・・例えば、遺体にそれに関連する傷があったとかの物証が無い限り警察は逮捕しないと思うんですよね・・・

一方で弁護人は「性的暴行の客観的証拠はない」と言っているので、このあたり、証拠がどうなのか?と言うあたりになりそうです。

当時2歳4ヶ月なので、言葉を話し始めた頃だと思うんですよね。
その時期で、本人が周囲に性的暴行を話す事はできないのでは?と思います。

まーいつもの事ですが、裁判員さんには難しい裁判になるかもしれませんね。

続報を待ちましょう。

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2019/02/05

千葉県野田市小4女児虐待死事件その2(事件の予兆)

女児の死亡が確認された24日、容疑者が、「午前10時ごろから「しつけのために立たせたり、怒鳴ったりした」と供述しているとのこと。

県警は、容疑者が24日午前10時ごろから午後11時20分ごろ、女児に自宅で冷水のシャワーを掛けたり、首付近をわしづかみにしたなどとして、傷害の疑いで逮捕した。

容疑者は妻(31)、死亡した女児、その妹(1)との4人暮らし。当日、女児は学校を休み、家には4人ともいたとのこと。

消防や警察が浴室で女児を発見した際、すでに死後硬直が始まっていたといい、県警は父親が暴行を加えた後に放置した可能性があるとみて、死亡との因果関係を調べているとのこと。

捜査関係者によると、容疑者は「(女児が)倒れてすぐに通報した」と説明。しかし、救急隊員が浴室で倒れている女児を発見した時には、すでに顎などに軽い死後硬直が生じており、遺体の状況には食い違いがあるとのこと。

女児は平成29年11月、当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案があり、県柏児童相談所で一時保護。翌30年1月、二ツ塚小に転校していたとのこと。

同小では、こうした経緯があったため、発育測定の際に女児の体に虐待が疑われるようなあざがないか確認したが、「特に報告はなかった」という。また、転校後、家庭訪問は行っていなかったとのこと。

容疑者と女児の母親が参加した昨年12月の保護者面談でも、虐待の兆候がなかったため、特に家庭での女児の様子について、聞き取りなどはしなかったとのこと。

容疑者(41)が「生活態度を注意したらもみ合いになった。うるさくて暴れるので、しつけのためにやった」と供述しているとのこと。

容疑者の自宅近くの女性によると、容疑者の自宅の方から「うるさいんだよ、お前は」「死ね」「殺してやる」との男性の暴言や、「お母さん怖いよ」などと泣きじゃくる女の子の声が1年以上前から聞こえたとのこと。最近ではほぼ毎日怒鳴り声が聞こえ、女児が死亡した24日は、午後6~7時ごろに特に大きな声だったとのこと。

女児は、2017年9月に母親(31)の実家がある沖縄県から野田市の学校に転入したとのこと。

以前住んでいた沖縄県の学校や自治体からは、虐待の情報などはなかった。市内の学校を短期間で転校したことに市教委は「家庭の教育方針と学校教育に相違があった」と説明したとのこと。

女児を以前一時保護した県柏児童相談所と学校側で月1回程度、意見交換していたが、虐待を疑われる情報はなく、昨年12月に両親と担任が面談した際にも変わった様子はなかったとのこと。

女児は冬休み明けの今年1月7日以降、学校を欠席。父親の容疑者から「家族で沖縄に滞在する」などと連絡があり、夏休み明けにも数日欠席したことから、特に疑いは持たなかったとのこと。

時系列
2017年
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月   当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
2018年
01月   市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですが・・・事件の予兆は既に1年前からあったんですね。
約1年前から女児の自宅からは怒鳴り声が頻繁に聞かれるようになっていました。
そして、時期的には昨年1月に女児が転校した直後から起きているように見えます。

転校の理由を市教委は「家庭の教育方針と学校教育に相違があった」と説明していますが、まー普通に考えると、「虐待を疑われる学校には通わせたくない」と言う事なんじゃないですか?
そして、その虐待発覚の切っ掛けとなったのが例の「アンケート」ですね。このアンケートの取り扱いについても、後で触れますが、重大な問題があると思います。

それから、ちょっと気になったのが、時刻です。24日当日は10時頃から23時頃まで虐待を続けていたと言うのはちょっと考えにくいのですが・・・単純に死亡に気付いたのが23時頃で、実はもっと早い時刻に女児は死亡していた可能性がありますね。

現在の学校では前の学校での虐待情報を知っていて注意していたが、虐待の兆候が無いので、見過ごしていたと言う事のようですが、もし、近所の住民が学校や児相、警察に通報していたら、結果は違う物になったのではないか?と思いますね。

それから事件当日、1月24日は木曜日なんですよね。容疑者は自称会社員なんですが、平日の昼間に1日中家に居るなんて、何の仕事をしていたのかな?
偶然、この日、休暇で休んでいると言う可能性もありますけどね。母親は1歳の子供がいるので専業主婦なのかな?

まー、暴力的な家庭とか人間に関わりたくないと言うのは人情なんだろうと思います。
しかし、子供1人の命が掛かっているわけで、そこは勇気を出して通報して欲しいですね。

110番はもちろん、児童虐待事案なら189番が児童相談所全国共通ダイヤルです。
110番は気が引けると言うのであれば、迷わず189番へ!

しかし、この189番は今ひとつ認知度が低いかもしれませんね。
政府広報はもっと、宣伝するべきだと思います。

次回へ続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その1(一報)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その3(児相の1月28日会見)

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福島県須賀川市猫虐待事件

福島県警須賀川署は2月4日、同県須賀川市朝日田、派遣社員、男性容疑者(31)を動物愛護法違反の疑いで逮捕する事件が起きている。

「猫を投げたことに間違いない」と容疑を認めているとのこと。

容疑は、同市の浜尾遊水地で昨年12月10日午前8時半ごろに三毛猫を、先月20日午後3時50分頃にはトラ猫を、それぞれ尾をつかんで水路に放り投げて虐待したとのこと。

動画サイトに水路でもがく三毛猫の映像が投稿され、通報を受けた同署が捜査。容疑者のパソコンを調べたところ、トラ猫の画像も見つかった。この猫2匹は特定できておらず、野良猫なのか飼い猫なのか不明とのこと。

こんな事件ですね。
31歳なので、これが罪になるのか?法に触れるのか?と言うのは当然、理解していたと思うんですよね。

それに、過去の事件でも虐待映像の動画を投稿して逮捕されている事件も複数ありました。その事件の報道の一つぐらいは容疑者も目にしてたと思うのですが・・・

そのあたりを考えると、強いストレスでもあったのかな?と思わなくも無いのですが、そのあたりの事情は報道されていませんね。

派遣社員なので3月一杯(年度内)で契約が切れるとか、派遣先での人間関係などストレスの原因になる事は色々考えられますけど・・・

しかし、どんな理由があったにせよ、そんな事をしてはダメなんですよね。
少し冷静になって自分自身を見つめれば、自分がどれだけダメな事をしたのか?と言う事に気付けると思います。

親しい友人でもいれば、お酒でも飲んで毒を吐いて、ストレス解消するとか、スポーツとか、何らかの娯楽とか、健全にストレス解消する方法を見つけて欲しいと思います。

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2019/02/04

千葉県野田市小4女児虐待死事件その1(一報)

***はじめに***
最近事件が多く、この事件も注目はしていましたが、記事にするタイミングが遅くなってしまいました。

ですが、いつもの事件簿のやり方で古い情報から時系列に記事にしていきます。この為、最近の情報で訂正されている情報があると思いますが、当時の情報のまま記載します。
*********

千葉県警は1月25日、自宅で小学4年の長女(10)に冷水シャワーを浴びせるなどの暴行を加えたとして、傷害の疑いで同県野田市、自称会社員(死亡女児の父親)の男性容疑者(41)を逮捕する事件が起きている。

女児は自宅で死亡が確認された。複数のあざがあり、県警は虐待を受けていたとみて、司法解剖して関連を捜査するとのこと。

県警や市教育委員会によると、女児は母親(31)と妹(1)も含め4人暮らし。今年1月7日の始業式から小学校を欠席しており、容疑者が学校に「妻と実家(沖縄)に戻っているので休ませる」と連絡したとのこと。

県柏児童相談所が2017年ごろに女児を一時保護したこともあったとのこと。

女児は昨年1月に今の小学校に転入。同校によると、欠席は月1回程度で、虐待を疑うような兆候はなかったとのこと。保護者面談には両親がそろって足を運び、容疑者は運動会などの学校行事に熱心に参加していたとのこと。

別の報道では
女児は約1年前に市内の別の小学校から転校してきた。

自宅の風呂場で24日夜、小学4年の女児が服を着たまま死亡しているのが見つかった。警察によると、父親の男性容疑者(41)が自ら通報し、逮捕された。容疑者は、女児に冷水のシャワーをかけて、わしづかみにするなど暴行した疑いが持たれているとのこと。

女児は4年生になった昨年4月から半年間、立候補してクラスの委員長を務めた。教室の移動時などに号令をかけては、クラスメートをまとめたとのこと。

学校によると、女児の発育は平均的で、体に不審なあざなどは確認できなかったとのこと。女児への傷害容疑で逮捕された父親の男性容疑者(41)も、担任との面談時に女児の成長ぶりを喜んでいたとのこと。

容疑者(41)が調べに「生活態度を注意したらもみ合いになった」と話しているとのこと。
県警によると、容疑者が24日23時10分頃「娘を風呂場に連れて行ってもみ合いになり、意識や呼吸がなくなった」と110番したとのこと。

女児の体にあった複数のあざが服で隠れる部分にあったとのこと。

捜査関係者によると、容疑者は逮捕前に「暴れるのを押さえようと思った。言うことをきかせようとして怒った。けがをさせようとは思っていなかった」と話したとのこと。

市などによると、女児は転校前の学校で2017年に実施されたいじめのアンケート調査に家庭内で虐待を受けていると記入。柏児童相談所が一時保護し、県警や児相が参加する協議会のリストに載った。転校先の小学校は毎月、協議会に女児の様子について報告していたが、見た目ではあざなどは分からず、虐待についての記述はなかったとのこと。

時系列
2017年  柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
2018年
01月   市内の別の小学校から現在の学校に転校
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月24日
23:10頃 110番通報により、事件発覚
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですね。
この時点では、まだこの事件がどれほど酷い事件だったのかを知る事はできませんが、次第にその酷さが表面化していきます。

毎回書きますが、こんな酷い事件はこれが最初ではありません。
これまで何度も酷い虐待死事件がありました、涙無くしては語れないような事件ばかりです。
私たちは何をすれば虐待事件をなくす事ができるのかを考えなくてはなりません。

亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その2(事件の予兆)

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