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2019/05/24

千葉県野田市小4女児虐待死事件その11(女性被告の初公判)

***女性被告の初公判(5月16日)***
1)傷害ほう助罪に問われた母親の女性被告(32)は16日、千葉地裁の初公判で「間違いありません」と起訴内容を認めた。

女性被告は、起訴内容に間違いがないかを裁判長に問われると、数十秒沈黙した後。裁判長に促され「間違いありません」と小さな声で述べ、起訴内容を認めたとのこと。

2)起訴状によると、父親の男性被告(41)=傷害致死罪などで起訴=は1月22日夜~24日深夜、自宅で女児に食事を与えず、長時間立たせたり肌着姿で浴室に放置したりして、十分な睡眠も取らせなかったとされる。さらに浴室で何度も冷水を浴びせるなどして飢餓と強いストレス状態に陥らせ、ショックもしくは致死性不整脈または溺水で死亡させたという。女性被告はこうした虐待を認識しながら放置し、食事を与えないことなどで傷害を手助けしたとされるとのこと。

3)論告で検察側は「母親の責任を放棄して虐待に同調した悪質な犯行だ」と指摘したこと。

検察側は冒頭陳述で、昨年末から女児が死亡した今年1月までの夫男性被告(41)による暴力などに対して「女性被告は虐待を止めることはあったが、児童相談所には通報しなかった」と指摘。女児が2017年11月に一時保護される前は「(男性被告に)問いただしたり、虐待を止めたりしていなかった」と述べたとのこと。

検察側の冒頭陳述によると、女性被告と男性被告は平成20年に結婚。女児が生まれたが、その後に離婚した。29年2月に再婚し、同年7月ごろから男性被告が夜中に長時間立たせるといった虐待を行うようになったとのこと。

29年11月、女児は学校アンケートで「父からの暴力」を訴えて児童相談所に一時保護され、家族から引き離された。だが、再び同居が始まると、虐待が再開。この際も、女性被告が「虐待を認識していたが対処しなかった」とする。

31年1月には男性被告が女児の体を引きずったり、ひっぱたりして床に打ち付けた際には、女性被告は止めに入ったが「警察や児相への通報はしなかった」とした。

検察側は、事件の証拠の一つとして、今年1月、女性被告が女児の自宅での様子を男性被告に報告したLINEの内容を明らかにした。それによると、「女児が勝手に部屋から出てきた。女児が勝手に冷蔵庫を開けていた。ありえない。マジで何様なの。むかつくね」と書かれていたとのこと。

さらに、女性被告が男性被告に対して「虐待だよ」というと男性被告が逆上し、馬乗りになったうえ、口に膝掛けをつっこまれるなどの暴行を受けたと証言したとのこと。

検察側は証拠調べの中で女性被告を取り調べた際の調書内容を朗読。女性被告が遅れて、千葉にやってきた際、女児が元気のない様子だったため、どう過ごしていたかを確認したという。その際、女児は「毎日地獄だった。夜中にずっと立たされたり、妹の世話をさせられたりしていた」などと話したとした。

ただ、一緒に生活すればこうした行為は変わるだろうと考え、女性被告は男性被告に「確認することはなかった」という。

被告(供述調書より)「旦那からされていたことはDVとは違うと思い、旦那のことが好きだった」
検察(供述調書より)「具体的にどこが優しいのか?」
女性被告(供述調書より)「すぐには思い当たりません」と答えたとのこと

女性被告は、児童相談所側に男性被告が提示した、女児の直筆の「お父さんにたたかれたのはうそ」という文章の作成にも関与していたとのこと。

文章を書かせるよう記したメッセージが男性被告から届くと、女性被告は「了解。みいちゃんにちゃんと書かせる」と返信した。

4)弁護側は「(一家が千葉に)転居してからは被告が夫の意向を無視して自分の行動を決めることができず、夫の支配下にあった」と述べ、執行猶予付きの判決を求めたとのこと。

被告人質問では、弁護側から男性被告の女児への虐待行為を見て止めようとしたことはあるか、と問われると、女性被告は「『これ以上やめて』と言ったが、床に押し倒されて、馬乗りにされた。私が『苦しい』というと膝掛けを口の中に入れられた」などと話したとのこと。

5)検察側は懲役2年を求刑し、即日結審した。判決は6月26日の予定

6)女性被告は同月22日から死亡する24日までの詳しい状況を供述していたとのこと。

男性被告は、十分な睡眠や食事を取らせず、風呂場で足踏みさせたり、関節技をかけたりしていたとのこと。「旦那の虐待に協力したことに間違いない。誰が見ても許されない虐待だった。虐待に慣れてしまっていた」と話したとのこと。

女性被告が何を言っても行為を認めず、女性被告自身も数回だが暴力を受けていたのこと。

同22日から男性被告はインフルエンザに罹患。ずっと自宅にいる状態が続いた。「心愛の存在自体が嫌だ」とし寝室に閉じ込めトイレにも行かせなかった。女児は、おもらしをしてしまう状態だったという。食事は寝室に運んで食べさせていた。

男性被告は「壁を向いて立っていろ」とし、女児はリビングの端にずっと立たされていた。女性被告は午後10時ごろまで立たされているのを確認していたとのこと。

翌23日の明け方、女性被告がトイレに立つと、男性被告は、まだ、女児が立っているのを確認していたとのこと。その後、男性被告が寝入った隙に、女児は、女性被告の寝室に入ってきた。「ずっと立たされていた」。そう話したとのこと。

午前9時、女性被告が寝室から出て食事を作り始めたとき、ソファで横になっていた男性被告が起き上がり、女児が立っていないことに気がついた。女児を寝室から連れ戻し、その場で立たせて朝食も食べさせなかったとのこと。

その後、男性被告は病院へ。その際も「風呂場で駆け足してろ」と女児に指示していたとのこと。帰ってくると、男性被告は「やっていなかっただろう。換気口から音がしなかった」といい、足踏みの続きをさせたとのこと。

夕食後、女児はおもらしをした。「どうするんだ」。そうすごむ男性被告に、女児は「そこで立っています」と話していたとのこと。

24日午前1~2時ごろには、立たされていた女児がまたおもらしをしてしまったとのこと。男性被告は「もう着替えがないぞ。いつまで立っているんだ」と詰問し、女児は「午前10時まで立っている」と言わされいたとのこと。

女児は、結局、24日朝まで風呂場に立たされていた。風呂場や廊下が寒いことは分かっていたが、女性被告は「布団をあげなかった」とのこと。

24日午前、女児は風呂場で髪と肌着1枚でぬれて、肌着から肌が透けている状態で体育座りのような格好をしていた。男性被告は「見ていないとすぐさぼろうとする。嘘をつく」といい、風呂の洗い場で立たせたとのこと。

午後3時ごろ、男性被告が「今から5秒以内に服を脱げ。5、4、3、2、1」と数え始めたが、女児は脱ぐ力もなかったとのこと。男性被告はボウルいっぱいに冷水をため、女児の頭にかけることを3回くらい繰り返したとのこと。

そのあと、「シャワーでながせよ」といい、女児はお湯を出そうとしたが冷水に変えさせ、「かせ」とシャワーをひったくると、背中や頭に躊躇なくかけた。女児は背中を丸めて震えていたとのこと。

午後4時、男性被告は女児をリビングに連れてきてうつぶせにしてプロレス技をかけた。午後5時前後にまたおもらししてしまった女児に「いい加減にしろ。俺は片付けないからな」といって、家族は夕食を食べたが女児には与えなかったとのこと。

午後9時、リビングに入って女児が女性被告に「トイレに行きたい」と言ったので、女性被告は「いいよ」と応えた。女児は「寒い、寒い」と言いながらリビングのストーブの前で手を伸ばして当たっていた。お風呂に入った方がいいと言って、女性被告は「服は軽く水洗いして浴槽に掛けておいて」と頼んだとのこと。

午後9時50分、「もう寝ようか」と寝室に入ろうとした。これが女児との最後の会話だったとのこと。女児を寝室に入れようとしていることに気付いた男性被告は「掃除をさせるから」と女児を連れ出した。しばらくすると、壁をたたくようなドンという音が2回したが、悲鳴や叫び声などはしなかった。すると男性被告が「ちょっときて。女児が動かない」と比較的冷静な様子で言ってきたので「え、なんで」と応えて浴室へ行くと、女児はあおむけで青ざめた状態で倒れていたとのこと。

お湯を掛けたが全く反応がなく、その場で立っていると、「自分で電話する」と男性被告は言ったとのこと。女児の脈は確認できず、心臓マッサージで胸を5~6回押すと、まもなく救急隊員が到着したとのこと。

6)女性被告の母親に対する証人尋問
母親は「(女性被告が)結婚後、何度か男性被告から離れて実家に戻ってきたが、連絡なくいつの間にか戻り、一緒に暮らしていた」と証言。女性被告は「仕事を辞めさせられたり、携帯をチェックされたり、行動を監視されている」と母親に訴えていたとのこと。

女性被告は男性被告から離れて沖縄の実家で生活していた頃、精神科の病院にも入院していたとのこと。

7)弁護側被告人質問(抜粋と要約)
「男性被告からDVを受けていたのか?」
「当初は思っていませんでしたが、現在、過去を振り返ってみるとDVだったのかなと思っている」

「(家族や友人の)ラインの連絡先は以前は登録していたけど、沖縄にいたころに消した」

「私たちの家族の居場所が母親に知られると、旦那に叱られると思ったから、母親に電話できなかった」

「男性被告の実家とは仲が悪かった」
「(男性被告の)実家に入れてもらったこともない」

「千葉に来た後、男性被告と2人の子供以外に会話する人はいなかった」

「女児を連れて家を出ていっても、行き先がばれたりして連れ戻されると思った」

「最近、幻聴が聞こえていたので飲む薬を増やしました」

「薬を飲むと頭がぼんやりしたり、回らなくなる感覚がある、今もそう」

8)検察側被告人質問(抜粋と要約)
「次女には虐待はなかった」

「今後、男性被告との関係をどうするのか?」
「答えられず」

こんなところですね。
詳細な虐待の経緯がでてきましたが、かなり詳しく記憶していますね。
判断力の有無は別にしても、冷静に状況を見ていたんでしょうね。

男性被告からの支配から解放された今も男性被告との関係解消について、回答できないというのは、もしかすると共依存のような関係なのかもしれませんね。

男性被告と別れない為に男性被告の虐待行為を黙認、あるいは迎合してしまったという可能性はあると思います。

ただ、今回の公判では検察、弁護側、ともに精神鑑定はしていませんね。
責任能力に疑いは無いと言う事なんでしょうが、なぜ虐待を黙認や加担した理由は精神鑑定をしないとはっきりしないのではないか?という気がしますね。

このあたりの理由に関連して、女性被告が男性被告の実家と仲が悪かったと言うのは、結婚と再婚にあたり、男性被告側の親族は反対していたという事なんじゃないかな?

離婚の経緯がはっきりわからないのですが・・・
最初の結婚の後からDVが始まったいたようですし、それが理由で離婚したという説明はよくあるケースだと思います。

そういう状態だったのであれば、女性被告側の親族も再婚には反対だったのだろうと思うんですよね。

憶測でしかないのですが、双方の親族がともに反対している中で再婚というのは、相当の執着がないと難しいと思うわけです。

なので、まだ表に出ていない人間関係というか、絆みたいな物がこの夫婦にはあるのかもしれませんね。

女性被告が再婚した理由が、この事件を防ぐ事ができなかった理由の一つなのかもしれませんね。

もし、誰かライターさんがルポを書くことがあったら、このあたりの事を調べてほしいですね。

判決を待ちましょう。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その10(虐待の詳細)

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