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2019/08/14

東京都練馬区元事務次官息子殺害事件(6月5日までの報道)

6月1日午後3時40分ごろ、東京都練馬区早宮の民家で「息子を刺し殺した」と男から110番通報する事件が起きている。
 
警視庁練馬署員が駆けつけたところ、44歳男性が1階和室の布団の上で胸などから血を流して倒れており、約1時間後、搬送先の病院で死亡が確認されたとのこと。
 
同署は男を殺人未遂容疑で現行犯逮捕し、容疑を殺人に切り替えて事情を聞いている。
 
同署などによると、逮捕されたのは元農林水産省事務次官の男性容疑者(76)。
 
亡くなったのは容疑者の長男とみられ「長男を包丁で刺したのは間違いない」と供述しているとのこと。
 
容疑者は、妻と死亡した長男との3人暮らし。長男は仕事をしておらず、近所の住民は姿を見たことがなかったとのこと。
 
練馬署は、容疑者が自宅にあった包丁で長男を刺したとみて、動機を調べているとのこと。
 
現場は東京メトロ有楽町線・副都心線平和台駅から約700メートルの住宅街。
 
容疑者は東大卒業後、1967年に当時の農林省に入省。農水省経済局長などを経て2001年1月に事務次官に就任した。在任中にBSE(牛海綿状脳症)を巡る同省の対応が批判され、02年1月に辞任。退官後はチェコ大使を務めたとのこと。
 
近所の住民によると「10年ほど前に引っ越してきたと思うが、長男の姿は見たことがない」とのこと。
 
容疑者が警視庁の調べに対し、「長男は引きこもりがちで、家庭内で暴力を振るうこともあった」という趣旨の供述をしているとのこと。「周囲に迷惑をかけたくないと思った」とも話しているとのこと。
 
事件前には「小学校の運動会の音がうるさい」と言う長男を注意した、と説明していることも判明。当日は朝から隣接する区立小で運動会が開かれていたとのこと。
 
同署によると、長男は室内の布団の上にあおむけの状態で倒れており、布団には大量の血痕が付着していた。周囲に引きずったような痕はなく、同署は容疑者が布団の上で長男を刺したとみているとのこと。
 
容疑者の自宅から「長男を殺す」などと記された書き置きが見つかっていたことが分かりました。取り調べに対して「息子が中学生の時から家庭内で暴力を受けていた。身の危険を感じ、周囲に迷惑が掛かると思い殺した」などと容疑を認めているとのこと。
 
容疑者が川崎市で児童ら20人が殺傷された事件に触れて「長男も人に危害を加えるかもしれない。周囲に迷惑をかけたくなかった」との趣旨の供述をしているとのこと。
 
同署は3日、容疑者の容疑を長男(44)に対する殺人容疑に切り替えて送検した。
 
捜査関係者によると、長男の刺し傷は上半身を中心に十数カ所あった。
 
捜査関係者によると、長男は10年以上前から都内の別の場所に住んでいたが、本人の希望で5月25日から実家に戻っていた。別居中にはごみ出しをめぐり近隣住民ともめることもあったとのこと。
 
しかし容疑者は「長男は仕事もなく、部屋にこもることが多かった。家庭内暴力もあり、妻も暴力を受けていた」という趣旨の供述をしているとのこと。
 
長男は中学2年生の頃から、家族に暴力を振るっていて、一時、一人暮らしをしていた。
 
事件の数時間前には、近所の小学校であった運動会の音がうるさいと腹を立てた長男と容疑者が口論になったとのこと。
 
容疑者は長男から日常的に暴力を受けていたとみられているが、「最終的には自分が刺さなければやられていた」とも供述しているとのこと。
 
容疑者の体には暴行を受けたとみられるアザがあった。
 
長男と同姓同名のツイッターアカウントがある。
他ユーザーとのDMでは「BSE問題で話題になった元事務次官の愚息であります」と名乗っている。
 
「愚母はエルガイムMK-II(編注:ロボットアニメ「重戦機エルガイム」に登場する兵器)を壊した大罪人だ」(17年6月1日)との書き込みもある。
 
人気オンラインゲームに関するやり取りが頻繁に行われ、ゲームに没頭していた様子とのこと。
 
司法解剖の結果、死因は首を切られたことによる失血死で、胸より上に数十カ所の切り傷や刺し傷があった。
 
事件当日は朝から隣接する区立小学校で運動会が開かれていた。「運動会の音がうるさい。ぶっ殺すぞ」と言う長男を容疑者は注意。長男が不機嫌になるのを見て、「怒りの矛先が子どもに向いてはいけない」と感じたといい、数時間後に殺害したとされるとのこと。
 
司法解剖の結果、死因は右首を深く切られたことによる失血死と判明。傷の多さから、長男が倒れた後も刺し続けたとみられる。練馬署は、容疑者が強い殺意を持ち、執拗に刺したとみて容疑を殺人に切り替えて東京地検に送検したとのこと。
 
容疑者は5月26日に息子の長男から暴行を受けた際、妻に対して「次に暴力を振るわれたら危害を加える」という趣旨の話をしていたとのこと。
 
練馬署や練馬区役所によると、容疑者から長男に関する相談が寄せられたことはなかったとのこと。
 
凶器は自宅にあった包丁が使われていたが、自宅からこの他にも複数の刃物が見つかっていたとのこと。一部は容疑者が護身用に準備していたとみられているとのこと。
護身用に用意したとみられるペティーナイフなどが見つかった。
 
 
疑者が警視庁の調べに対し、事件6日前(5月26日)に長男から激しい暴行を受けた、と供述している
 
長男はこの頃、「俺の人生は何なんだ」と叫んで父親を暴行していた。
 
「長男は中学時代にいじめを受け、引きこもりがちになった」と供述しているとのこと。
 
長男は約20年前、大学進学を機に一人暮らしをしていたが、事件のちょうど1週間前の先月25日、容疑者に「帰りたい」と電話してきて、その日のうちに実家に戻り、同居を再開していたとのこと。
 
長男は、エリート校である私立駒場東邦中学、高校の出身。毎年、数十人が東大に入るなか、代々木アニメーション学院に進んだとのこと。
 
台所にあった包丁で長男(44)を刺したとみられるとのこと。
 
台所は、長男が血を流して倒れていた和室のすぐそばにあり、容疑者は、この付近で長男とトラブルになり、包丁を持ちだしたとみられるとのこと。
 
時系列
1975年  誕生
1999年(推定) 長男と別居
2019年
05月25日 長男と同居を開始
05月26日 長男から暴力を受け、妻に報復を話す
05月28日 川崎無差別殺傷事件が発生
06月01日
数時間前 小学校の騒音について長男とトラブル
15:40頃 110番通報
その後  駆け付けた警官により現行犯逮捕
06月03日 殺人容疑で送検
 
こんな事件ですね。
この手の事件はそれほど珍しい事件ではありません。
特に責任感が強い父親が家族を守る為という理由で起こす場合が多いですね。
 
ただ、この事件の場合、同居翌日に暴行を受けて、その1週間後に事件を起こしているので、実際には同居する前の頃の家庭内暴力によって、容疑者自身の決意は半ば固まっていたのかもしれません。
20年経過しても何も変わらないなら、「仕方が無い」と言う心境だったのかもしれませんね。
 
その上で決定打になったのが5月28日の川崎無差別殺傷事件ですね。
引きこもりで状態が似ている川崎事件の容疑者の姿が父親には長男とダブって見えたのかもしれません。
 
そう思っているところに、小学校の騒音での「ぶっ殺すぞ」を聞いては、もう自分が片を付けるしかないと思い込んでしまったのかもしれませんね。
 
容疑者には同情できる部分はあるけど、でも、まだできる事は残っていたと思うんですよね。
なぜ、外部の人間に相談できなかったのか?
相談していれば、第三者が介入していれば、もしかすると家庭内暴力の状況は変わっていたかもしれませんね。
 
一方の殺害された長男についての印象としては、結局、挫折から立ち直れずに現実逃避していた、ある種可哀そうな人なのかもしれませんね。
 
もともとは優秀な人間だったのに、立ち直れずに「俺の人生は何なんだ」と言われても、44歳ですから、親の責任云々が言えるのは20歳までなんじゃないかな?
結局は自分が選んだ人生なんだと思うんですよね・・・誰かに強制されたわけでも、経済的に他に方法が無かったわけでも無いでしょ?
 
親の側としても「おまえの人生は何なんだ?」と逆に聞きたいぐらいの心情だったのではないか?と思います。
 
親には親の考えがあり、子供には子供の考えがあるんだろうけど・・・どこで折り合いをつけるべきだったのか?
どの時点でこの事件を防ぐ事ができたのか?なかなか難しいですね。
 

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