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2020/04/27

広島廿日市市女子高生殺害事件その4(一審判決)

長文注意
***初公判(3月3日)***
冒頭陳述
1)検察側は冒頭陳述で犯行の動機について「犯行前日に寝坊したことをきっかけに自暴自棄になり、(当時勤めていた)会社の寮を飛び出した。やりたいことをやろうと思い、女性暴行しようと考えた」と指摘したとのこと。
 
2)起訴状によると、被告は04年10月5日午後3時ごろ、乱暴目的で被害者方の離れにある女子の部屋に侵入し、折り畳みナイフで脅迫。乱暴する前に逃げられたため、胸や腹を多数回刺して殺害し、祖母の女性(88)を刺して殺そうとした疑い。
 
別の報道では
検察側が冒頭陳述で、性行為の経験がないことから偶然見掛けた廿日市市上平良の廿日市高2年女子=当時(17)=を乱暴しようと企てたとのこと。
 
3)被告は「間違っていません」と起訴内容を認めたとのこと。
 
4)弁護側は「被告は適切な判断ができる心理状態ではなかった」などと寛大な判決を求めたとのこと。
 
別の報道では
弁護側は「計画性のない突発的な犯行で、自身にとって不利なことも明らかにするなど後悔し、反省している」とし情状酌量を主張したとのこと。
 
別の報道では
家族関係の不和や勤務先への不満から「自暴自棄になっていた」
 
***第二回公判(3月4日)***
被告人質問
弁護側
1)被告は逮捕されてからの2年間について、「事件のことを思い出したくなくて考えないようにしていたが、この場でちゃんと話そうと思い出そうとしていた」と涙を流しながら語り、遺族に向けては「自分勝手な都合で事件を起こし申し訳ない」と謝罪したとのこと。
 
2)なぜナイフを持っていたのかという質問に対し、「会社を逃げ出し東京へ行こうとしている途中に野宿をしようと思い、方位磁石とともにホームセンターで買った」と、女性を襲うつもりで携帯していたのではないと主張したとのこと。
 
3)事件当日については、山口県から広島県に入り、下校中の高校生を見かけ、性的暴行を加えようと思い、物色していたところ、たまたま女子が家に入るところを見かけたとのこと。
 
敷地に車がなかったから、親や保護者がいないと思ったとのこと。
 
4)その後、女子の自宅に侵入。折り畳みナイフを取り出し、階段を上がり、女子の部屋をのぞいたとき、ベッドで横になっていた女子と目があったとのこと。
 
部屋に一歩入って、『動くな』と言いました。ナイフの刃は、女子に向けている状態だったとのこと。
 
その後、被告が女子にナイフを向けたまま『脱げ』と脅すと、女子は、部屋から走って逃げ、階段から転げ落ちたとのこと。
 
逃げられる。通報されるという思いから追いかけた。その後、押し合いになり、手にもっていたナイフでおなかを刺したとのこと
 
刺したとき女子は「え、なんで」という表情をしていた。クソ、クソと言いながら、何回も女子を刺したとのこと。
 
被告は、その後、感情が高まり、自分がどうなってもいいと考え、「自らの環境などへの不満を女子にぶつけてしまった」と述べたとのこと。
 
扉を開けると、女子の祖母がいたので、刺して逃げた後、原付に乗って東京方面に向かい、ホームセンターで顔や手について血を洗い、上の服を着替えたとのこと。
 
3日間ぐらいひどく後悔して、嫌な気持ちになって、寝ずに、何も食べず、ずっと原付を走らせていたとのこと。
 
2週間後、東京に着いたものの、所持金が底をつき、事件から1か月後には、実家の宇部に戻ったとのこと。
 
事件を思い出すたびに女子の「えっ」という表情とクソ、クソと何回も刺したことを思い出すので、思い出さないように違うことをしたりしていたとのこと。
 
弁護側から最後に言いたいことを問われ、
 
「取り返しのつかないことをしてしまい、自分は死刑がふさわしいと思っています。大変申し訳ありませんでした。」と話したとのこと。
 
検察側
5)「なぜ女子だったのか」という質問に対しては「女子がたまたまいたから。八つ当たりです」と述べたとのこと。
 
6)逮捕までの約13年半について「捕まらないことに甘え、自首は考えていなかった」と述べたとのこと。
 
7)女子を刺した理由を問われ、被告は「1回目は女子が逃げたことへの怒り。2回目以降は自分の置かれた環境への不満をぶつけ『くそ、くそ』と言いながら何回も刺した。八つ当たりです」と説明したとのこと。
 
裁判官
「女子高校生なら誰でもよかったのか」と尋ねられると、「そうだったと思う」と認めた。事件後は「(殺害時の)女子の『えっなんで』という表情と、くそ、くそと言いながら何度も刺したことを思い出し、考えないようにしていた」と述べたとのこと。
 
証人尋問
被告の父親
検察側席の遺族に対し「同じ親として大変申し訳ない」と謝罪の言葉を重ねたとのこと。
 
***第三回公判(3月5日)***
鑑定人尋問
去年5月からおよそ3か月間、被告の精神鑑定をした医師
1)被告について精神病の症状がないことや当時の記憶や話の内容などから「事件当時、社会適応ができ、精神病ではなかった」と述べたとのこと。
 
一方で、情緒的な発達の乏しさがあったとし、「予測できないことに対して極端な決定をすることがあった」と指摘したとのこと。
 
別の報道では
被告について「人格的な偏りはあるが社会適応できていた」、「精神障害ではない」と指摘。
また、「遅刻し会社を辞めただけで全てのことを失った感覚に陥り、住んでいた町を捨て自暴自棄になるといった極端な決定を下す特性がある」と説明したとのこと。
 
別の報道では
「被告は自分に興味がなく情緒的な発達が乏しかった」「寝坊をきっかけにふるさとを捨てるという極端な行動をとるなど人格的に偏りはあるが精神障害ではない」と話したとのこと。
 
***論告求刑公判(3月10日)***
被害者参加制度による意見陳述(被害者父)
1)「娘の命を奪い、母親の命も奪おうとした被告に対して死刑を望みます。自分の命で償ってほしい」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「娘の命は奪われたのに被告は生きているという悪夢には遭いたくない」「被告は、自分の命で罪を償ってほしい」と訴えたとのこと。
 
2)被告は最終意見陳述で証言台に立ち、被害者家族の方を向いて「自分勝手な思いで事件を起こし、大切なご家族の命を奪い傷つけた。これまでご家族の皆さんを苦しめ悲しませてきて申し訳ございません」と頭を下げたとのこと。
 
3)検察側は論告で、被告は帰宅中の北口さんを見かけ、わいせつ目的で襲おうとしたが、逃げられたことに激高して殺害したと指摘。「被害者に落ち度はない。被告の動機は身勝手で、再犯も懸念される」などとした。
 
検察側は「強い殺意に基づく残虐で非道な犯行」として無期懲役を求刑したとのこと。
 
別の報道では
検察側は論告で、北口さんは必死に逃げようとしたが、何度も刺されたと指摘。「恐怖や苦痛、無念さは察するに余りあるという、月並みの言葉では言い表せない」と批判したとのこと。
 
別の報道では
「自暴自棄になったという身勝手極まりなく、理不尽極まりない犯行」「逮捕されるまでの13年間、遺族に苦しい思いをさせた結果は重大である」と指摘した一方で、「被告は事実を認め、後悔している」などとして、無期懲役を求刑したとのこと。
 
4)弁護側は最終弁論で、被告は当時勤務していた金属加工会社で長時間労働を強いられていたとし、「大きなストレスで極端な意思決定をする特性があった。殺害は突発的な行動だった」と刑を軽くするよう求めたとのこと。
 
別の報道では
「計画性は乏しく、被告は反省や後悔の意思を示している」「若い時の犯行で再犯性が低い」などとして、刑を軽くするよう求めたとのこと。
 
別の報道では
弁護側は「検察も求刑しておらず死刑にはすべきでない」と述べ、「若くて家族も見放しておらず更生の余地がある」として有期刑が相当としたとのこと。
 
5)遺族側の弁護士も意見として「ただの『1人死亡した事件』とは異なる。最高刑を回避する理由はない」として死刑を求めたとのこと。
 
***判決公判(3月18日)***
1)一審判決 無期懲役
 
2)裁判長は「一人の生命を奪い、一人に生命の危険が迫る重傷を負わせた結果はあまりに重大」と指摘。
(祖母は1か月の重傷を負い一時重体となった。)
 
被告の発達の偏りの影響や計画的な殺害ではなかった点を認めつつも「強い非難に値する。事実の重大性を厳粛に受け止めさせ、贖罪の日々を送らせるのが相当」と述べ、有期刑を求めた弁護側の訴えを退けたとのこと。
 
裁判長は女子は自宅でくつろいでいるところを突然襲われており、「肉体的苦痛や恐怖感は想像を絶する」と述べた。
 
弁護側の主張通り計画性はなかったとしたが、「わいせつ目的が遂げられなかった怒りという動機は身勝手極まりなく、強い非難に値する」としたとのこと。
 
裁判長は「将来ある人生を奪われた女子の悔しさや、家族の悲しみは筆舌に尽くしがたく、祖母の命も危険にさらされた」と指摘。「長期間、犯人が特定されず、家族は恐怖にさいなまれ、地域社会への影響も大きかった」と述べたとのこと。
 
「有期刑が相当といえるほど軽い事案ではない」としたとのこと。
 
裁判長は「強姦が成功しなかったことや自己の境遇に対する怒りから八つ当たりで殺害行為に及んだことは身勝手極まりない」と指摘。
 
「女子は何の落ち度もないのに将来ある人生を終えねばならなかった悔しさや悲しみは表現するすべもない」として無期懲役の判決を言い渡したとのこと。
 
3)判決などによると、被告は04年10月5日午後3時ごろ、乱暴目的で離れの女子の部屋に侵入し、折り畳みナイフで脅迫。腹や胸を多数回刺して殺害し、物音を聞いて駆け付けた祖母(88)を刺して殺そうとした。
 
***無期懲役確定(4月2日)***
被告(37)と検察側の双方が4月1日の控訴期限までに控訴せず、4月2日に判決が確定した。
 
こんなところですね。
強姦目的で襲撃して、死亡が一人、重症が一人と言うあたりで、無期懲役と死刑のボーダーライン上だったと思いますが・・・
死亡が二人か、強姦が成功して、罪状に強の字が付けば、死刑が出てもおかしくない事件でした。
 
精神鑑定の結果、事件当時の責任能力に問題は無かったわけですが・・・
仕事に遅刻をしたからと言って、それで人生が終わったような感覚になるほど、事件当時は何かに追い詰められていたのかな?
 
製造ライン担当で、休むと製造ラインが止まるなんて環境だと、休み難いでしょうが・・・それでも、普通はそれをカバーできるような上位職が居て、突発的な欠勤でも対応できるようになっていると思うんですよね。
 
なので、正直に寝坊しましたと電話をすれば、普通は済む話しだと思うんですよ。
寝坊が言いにくいなら、そのまま、風邪などで病欠(仮病だけど)すると電話すれば済む話しだと思うんですよね。
 
あるいは、通常なら通勤途中での事故などを心配して、会社側から電話連絡するでしょう?
それで、寝坊なら、すぐに来いとか、具合が悪いなら休めとかと言うやり取りがあっても良い話なんですよね。
 
本人は当時携帯電話を持っていて、携帯電話を川に捨てたのは、寝坊の翌々日ぐらいのはずです。
 
なので、寝坊で無断欠勤の当日か翌日に誰かが電話していれば、この事件は防げたのではないのかな?
その意味では防げた事件なのではないか?と言う印象はありますね。
 
そして、事件から13年ですか、同僚の足を蹴って傷害事件を起こした時に、指紋とDNAが採取されて、事件が発覚。
この13年が遺族を苦しめたのは間違いないのですが、私はこの13年の時間が被告が事件と向き合う為に必要な時間だったのかな?と感じています。
 
自分の境遇や社会を恨んで自暴自棄となって起こした事件なわけで、もし、事件直後に逮捕されたとしても、誰かのせいにして、責任転嫁で事件から逃げてしまっただろうと思うわけです。
 
この13年間の時間を通して、仕事をして、人に信頼され、人間性などを向上したからこそ、今、事件に向き合える状態になったんでしょうね。判決にも不満を持たずに控訴していません。
 
まー被告自身は自業自得なので、被告よりも遺族を優先すべきで、事件後、早い段階で逮捕するべきだったとは思います。
 
ただ、その場合、結局、事件に向き合わずに、刑期だけが終わって、被告が社会復帰する事になる可能性が高いので、更生を考えると、この13年と言う時間は良い方向に働くのかもしれないと思います。
 
しかし、逮捕できたのは偶然なんですよね。
もし、被告が障害事件を起こさなかったら、この事件は未解決のままになっていたかもしれません。
まー流しの事件で、被害者との関係が無いから、被害者をいくら調べても犯人にはたどり着けないし、他県から家出して偶然、通りかかった場所での事件で、普段そこにいるはずの無い人間による犯行と言うのも、捜査を難しくした原因かもしれませんね。
 
とは言え、現在、同じ事件が起きたとしたら、犯行時刻が判明しているので、付近の防犯カメラやNシステム、ドラレコの映像などで、その場所に居た人間と言うのは高い確率で割り出せそうですね。その意味ではドラレコの普及は犯罪捜査に対してプラスに働いていると思います。もう、GPS(ナビ)とセットで標準装備にして欲しいですね。
 
最後に亡くなった女子のご冥福をお祈りします。

参考リンク
広島廿日市市女子高生殺害事件その3(続報)

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2020/04/20

神奈川県湯河原町女性殺人放火事件その3(動画公開)

事件から5年目の節目報道を見て、神奈川県警のHPを覗いてみたところ、動画公開されていました。
 
ちょっと、事件当時には気付かなかったのですが、この動画を見て気付いた事があるので、メモしておきます。
 
 
【湯河原駅に現れた人物の特徴】
 
身長 ・・・・・ 170センチメートルくらい
体格 ・・・・・ やせ型
髪型 ・・・・・ 耳に被るくらいの長さ
当時服装 ・・・・・ 黒っぽい長袖上衣・黒っぽい長ズボン・白色マスク
所持品 ・・・・・ 青色チェック柄の手提げ紙袋
黒色リュックサック
 
事件当時の情報と大きく変わる部分は無いですね。
 
さて、動画公開されていました。
で、動画を見て気付いたのですが、この人の履いているズボンは「ニッカボッカ」じゃないかな?
 
Photo_20200420195902 Photo_20200420195901 Photo_20200420200001
一番右の写真はエスカレーターに乗る時の後ろ足のふくらはぎ部分を後ろから撮った写真です。
それで、上下黒でそろえているのかな?と思うと、靴は白なんですよね。
 
もしかして、この服装はこの人の普段の作業服なんじゃないかな?
作業の内容までは想像できないですが・・・
 
とりあえず、根拠はありません。
でも、作業服としてもニッカボッカは普通の人は選ばないと思うんですよね。
 
事件当時はすぐに逮捕されると思っていたのですが、5年も過ぎてしまいましたね。
犯人逮捕に期待しましょう。

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2020/04/17

千葉県野田市小4女児虐待死事件その15(父親の一審判決)

***判決公判(3月19日)***
1)裁判長は懲役16年(求刑懲役18年)を言い渡した。
 
2)裁判長は、起訴された六つの罪を全て認定した上で、「尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待だった」と述べた。
 
別の報道では
「理不尽な支配欲から虐待をした。情状酌量の余地など微塵もない」「妻と女児に責任を転嫁して不合理な弁解をし反省がみられない」として、被告に懲役16年の判決を言い渡した。裁判長は重い量刑となったことについて、「先例と比べても極めて悪質性が高く、もっとも重い部類である」と述べたとのこと。
 
3)裁判長は、長期間にわたる日常的な虐待を認め、「理不尽極まりない虐待を受け続け、絶命した」と指摘。女児が理由もなく暴れたり自ら進んで立ったりしたという被告の供述については、不整合で信用できないとし、「自己の責任を女児に転嫁しており、反省が見られない」と非難したとのこと。
 
別の報道では
被告の「女児に対する暴行はなかった」とする供述については、「その供述を裏づけるものはなく、到底信用できない」とした。
 
被告の供述は「都合のいいことをつまみ食いして話していて、信用できない」と指摘した。
 
裁判長は「ほかの証拠に照らしてあり得ない。被告の供述は信用できない。自己の責任を転嫁し、女児の人格をおとしめる不合理な弁解に終始し反省は見られない」などと述べ、退けた。
 
そのうえで、事件について、「被告の意固地なまでに融通の利かない独善的な考えと、単に自分の言うことを聞かせたいという理不尽な支配欲から、虐待を加え続けたと評するほかはない」と述べたとのこと。
 
4)裁判長は、生前の女児の供述(アンケ―ト等)が十分信用できると認定。「児童を守る社会的なシステムがどうして機能しなかったのか」としながらも、児相や親族に対する被告の対応について「他者からの助けを排除し、徹底的な支配により、肉体的にも精神的にも追い詰め、死亡させた」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「女児が『父親に暴力を受けている』と書き残したアンケートなどは率直かつ具体的なエピソードを伴っており内容に矛盾は無い」と認定。
 
5)判決によると、被告は19年1月22~24日、女児を自宅の浴室に立たせ続けた上、顔に冷水シャワーを浴びせ続けるなどの暴行を加えて衰弱させ、飢えやストレスによるショック、致死性不整脈、溺水のいずれかで24日夜に死亡させた。
 
***控訴(4月1日)***
被告(42)が判決を不服として控訴した。
 
こんなところですね。
量刑としては、従来の児童虐待事件の量刑よりも重い物になっているようですが・・・
私としては、不満です。
死亡が一人だから、児童虐待だからと言う枠に囚われていて、本当に適切な量刑なのか?と言うのが疑問です。
法律に照らして適切と言う事なんでしょうが・・・もう、今の法律では裁けないと言う事なんじゃないのかな?
 
即死と虐待、拷問の末の死亡が、同じ殺人、同じ致死だから、同じ量刑と言うのが納得できません。
この女児の生前の苦痛が一体どれほどのものか?信頼した教師も恫喝によって裏切られ、そして、最愛の母親にも裏切られて、食べ物も制限され、暴行虐待され、放置され、空腹と絶望、苦痛の中で死んでいった、この苦痛が即死と同じだとは、到底思えない。
 
虐待殺人罪、拷問殺人罪のような罪が必要だと思います。
 
他にもこの事件では、教育現場の問題、児相の問題など数々の問題が噴出しているので、このあたりは専門家に検証していただき、改善する事を期待したいですね。
 
さて、この裁判の情報を見てきて、この虐待がなぜ起きたのか?私なりの解釈と言うか、印象というか、そんな物を書いてみようと思います。
 
結論から言うと、この事件が起きた理由は、被告が理想の家庭を作ろうとした結果だろうと考えています。
ただし、この理想の家庭とは、家族全員が被告に従い、被告に対する意見や、反抗などが無い家族によって作られる家庭なんでしょうね。
 
こう考えた根拠と言うか理由ですが
A)公判の証人尋問の中で被告の両親がともに、「当時、虐待は無いと考えていた」と証言しています。
しかし、女児本人、女児から話しを聞いた娘が虐待を主張しているわけです。
更には、児童相談所までが一時保護をしている状況を見ても、被告の虐待は無いと言う「嘘」を盲目的に信じていると言う事なんですよね。
 
それで、この妄信がこの時だけ、起きた事では無いだろうと思うわけです。
つまり、被告の幼少期から自立するまでの間、この妄信が継続していて、その結果、被告は親子カプセルと呼ぶような環境の中で、成長して、その人格形成に強く影響したのだろうと思うわけです。
 
その結果、被告は家庭の中で支配者となるような無意識の願望を持っていたのではないか?と言うのが私の仮説ですね。
(かつての親子カプセルを自分の家庭で再現しようとしたとも言えますね)
 
B)裁判の中で被告が暴力や、食事制限を否定して、あからさまに「嘘」と分かる証言をした理由が、A)によって説明できます。
幼少期から両親から妄信された被告は、何か問題が起きても、否定しておけば、最終的に両親から信じてもらえる事ができた。
その結果、両親からの罰を回避してきたのではないか?と考えています。
 
この為、今回の裁判も誰が見ても「嘘」と思われる証言も、量刑を軽くする為ではなく、両親に信じてもらう為の「嘘」なのではないか?と思うわけです。
 
なぜ、こんな証言をするのか?かなり疑問がありました。
利口な被告なら、妻の公判の結果などから考えて、有罪は確定で少しでも量刑を軽くする為に、罪を認めて、反省した振りをするところですよね。
死刑や無期懲役になるような事件では無いので、イチかバチかで無罪を主張するような事件でもないでしょう?
被告の証言は、良く練り上げられた言い訳ですよね。まっとうな人生を歩んでいれば、それなりに出来る人間と言う印象です。
 
C)妻のDVについても、A)から妻を洗脳して自分に服従させる為の方法だったと考えています。
妻の洗脳の結果、意思を表現できない赤ちゃんの次女は除外されて、残るは長女(女児)だけが自分に反抗する人間になってしまった。
 
D)ビデオの中で「家族に入れない」と言うのは、自分に反抗する人間は例え、実子であっても家族では無いと言う被告の無意識の回答でしょう。
 
女児に対して暴力(虐待)による洗脳を試みたが、学校のアンケートや、叔母(妹)への虐待の訴えなどによって、ことごとく失敗してしまい、支配する為の虐待、暴力と言う洗脳を止める事ができなくなっていたと言うのが私の考えです。
 
被告が虐待を認識していなかったと証言していますが、妻が暴行を止める為に「虐待だよ」と話した時、妻に対しても暴行してますよね。妻が反抗したのでその報復をしたと言う見方もできますが、私は「本当の事を言われて、暴力で口止めした」と言う事だと解釈しています。
 
他にも、年末の旅行が中止せざるを得なくなった時も、アザから虐待を疑われると考えたからでしょ?
同様に学校を休ませた事も同じ理由ですよね。
 
支配する為に暴行虐待を続けて、エスカレートした結果がこの事件なのではないか?と言うのが私の結論です。
 
まー、このあたりは専門家のご意見を伺いたいですね。
 
しかし、最悪の結果になる前にどこかで、この事件は防げたと思うと、残念でなりません。
 
女児が亡くなる3カ月前の30年10月に書いた自分宛ての手紙で「未来のあなたが見たいです。あきらめないで下さい」を見ると、熱い物がこみあげてきます。
 
両親が再婚するまでは、こんな未来が自分を待ち受けているなんて、思いもしなかったでしょうね。
ホント、女性が子連れで再婚する時は、当人だけでなく、家族で良く相手を吟味して再婚して欲しいですね。
(この事件では、再婚に反対する声はいなかったのかな?)
 
最後に亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

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千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

長文注意
***第六回公判(3月2日)***
証人尋問
***県柏児童相談所に当時勤務した児童心理司
1)被告について「自分の意見が通らないとどんな手段を使ってでも意思を通そうとする」と表現し、女児が一時保護中に「夜眠れず、お父さんの夢を見てしまう」とおびえていたことも明かしたとのこと。
 
2)17年12月の一時保護解除後に「女児に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあると診断された」と被告に伝えると、被告から「心理の資格を持っているのか。証明書を見せろ」と詰め寄られ、身分証の職員番号を書き取って「児相ではなく職員個人として訴える」などと脅されたとのこと。
 
***司法解剖した医師
1)女児は胸の骨が折れていたほか、皮下出血が頭や顔・手足など全身に及んでいて、医師は傷の多くが「自分で転倒した際にはできにくい部位だった」と指摘したとのこと。
 
死因については、「飢餓状態に陥っていて、そこに強いストレスが加わったことにより、急死した可能性がある」と述べたとのこと。
 
別の報道では
ストレスや飢餓で蓄積される体内の成分の濃度が異常に高く「我々の考えが及ばないほどの飢餓や強いストレスがあったのでは」と推測。胸部が陥没するほど骨折し、頭や顔、両手足など全身に皮下出血があったといい、「目やほお、あご下などの皮下出血は日常生活の転倒などでできるものではなく非偶発的に生じたと考えるべきだ」などと虐待の可能性を示唆したとのこと。
 
胸の中心の骨が折れたことは「胸全体に力がかかる動作なら肋骨も折れることが多いため、あくまで限られた範囲に力がかかった可能性がある」と話したとのこと。
 
2)解剖の結果、女児は病死の可能性は低く、急死したといえる。死因はケトアシドーシスによるショック死か致死性不整脈、または溺水の可能性があるとのこと。
 
糖尿病などの原因でもケトアシドーシスになるが、女児の場合は考えにくい。原因は飢餓やストレスだろう。女児の血中ケトン濃度は専門家でも見たことがないほど高い数値だったので、相当強い飢餓やストレス状態だったと考えられるとのこと。
 
また、肺に水が入っていたことなどから、溺水の可能性もあるとのこと。
 
3)検察側が説明した医師の所見によると、女児の遺体には、頭から足まで全身に数十カ所のあざ(皮下出血)があった。胸の骨が折れ、髪も数カ所抜けている。胃の中には食べ物がなく、肺には溺れた時にみられる特徴があらわれていたとのこと。
 
***第七回公判(3月4日)***
証人尋問
***精神科医で臨床心理士の武蔵野大教授
1)父親が女児を虐待する動画が残っていた。専門ではないが、虐待の加害者がこういった動画を撮影するのは、自己愛的な性格が根底にあり、子供のちょっとした言動も自分を脅かすものと考えていたからではないかとのこと。
 
2)事件前、女児が学校のアンケートで父親からの暴力を訴えていたことについて、臨床心理士が「『助けてほしい』「『打ち明けるといいことがある』と期待していたのでは」と指摘したとのこと。
 
***被告の母親
1)息子には何があったのか、真実を話してほしい。話次第ではあるが、親子の縁を切らず、刑務所に面会に行き、更生するよう支えていきたいとのこと。
 
2)初公判で、冷水を浴びせ続けたことなどの暴行を否定したが、母親が衝立越しに「本当のことを言って、女児に謝ってください。幼い命を摘み取ることはあってはならない。自分の子です」などと訴えると、被告はうつむいて眼鏡を外し、何度も涙をぬぐっていたとのこと。
 
被告人質問
弁護側:
1)女児が父親から暴力を受けていると学校で書いたアンケートについて聞かれると、「暴行はしていません」「女児されてもいないのにウソを書いたと思います」と述べたとのこと。
 
別の報道では
被告は「布団を掛け直したのを勘違いしたかもしれない」と述べ、暴行については「思い当たらない」と説明したとのこと。
 
 
2)妻が女児を妊娠したと分かったときは飛び上がるほどうれしかった。平成20年9月に女児が生まれ、家族3人での生活は幸せだった。
 
しかしその生活も2カ月ほどしか続かなかった。私が仕事に行っている間に妻が女児を連れて実家へ戻ってしまった。何度も実家に通ったが、妻や女児には会えなかった。3年後の23年10月、離婚が成立したとのこと。
 
3)28年7月ごろ、妻から連絡があり、再会した。7歳になった女児はかわいくて、私にそっくりだった。その後、沖縄で3人の生活を始め、妻と再婚した。沖縄にいる間、心愛や妻に暴力を振るったことは一度もないとのこと。
 
4)29年6月に次女が生まれてから2週間ほどして、女児と妻が実家へ帰り、戻ってこなくなった。ある日、女児が熱を出し、学校から連絡を受けた私が女児を連れ帰った。女児は「ばあば(母方の祖母)の家は地獄だから、パパのところへ行きたい」と言っていたとのこと。
 
入院していた次女が7月末に退院し、翌日、次女と女児を連れて野田市の実家に行った。夜中に次女にミルクをあげていると、寝相の悪い女児がぶつかり、次女が泣きだした。女児が「うるさい」と言うので、「次女が泣くのはお姉ちゃんにも原因がある」と注意したが、夜中立たせたり、次女の面倒を見させたりしたことはない。(当時同居していた被告の妹らに話したことは)女児の嘘だと思うとのこと。
 
5)22日に児相で(一時保護中の)女児と面会した。女児は私と妻がいる面会室の入り口ではにかんだような表情で立ち止まった。私が手を差し伸べると、女児も手を差し出し、私の手を握った。女児が「パパの手冷たい」と言って、すぐ離したとのこと。
 
6)女児の目の周りにアザができたときのことを聞かれ「女児と脱衣所でもみ合いになっているときに床に女児の体を押さえつけたときや洗面台にしがみついている女児を引っ張りあげようとしたときにつけてしまったものだと思います」と答えたとのこと。
 
その際に、たたいたり、圧迫したことはあるかと聞かれると被告は、「ありません」と述べ、暴行については否定したとのこと。
 
***第八回公判(3月5日)***
被告人質問
弁護側
 
1)被告人質問で被告は、女児を骨折させたとされる2018年12月~19年1月の傷害罪について、宿題をしないことを注意した際に「女児が暴れたため押さえ付けようとした」と虐待を否定したとのこと。
 
2)女児の母への暴行は、暴れるのを止めるため、馬乗りになったり平手打ちをしたりしたと説明したとのこと。
 
別の報道では
1月1日に被告が女児と勉強に対する態度をめぐってもめていたところ、妻が突然暴れ始め、女児の背中を蹴るなどしたため、女児と次女を寝室に逃した上で、「馬乗りになって制止しようとしたが止めらなかったので平手打ちをした」などと説明したとのこと。
 
「お願いだから止めて」と告げると、妻は泣きながら暴れるのを止めたといい、妻に蹴られた背中について女児は「大丈夫」と答えたと述べた。被告は「『しっかりしてよ、2人の母親でしょ』と言い、妻の尻をたたいた」と話したが、起訴内容にある妻の足を蹴ったとされる行為については、言及しなかったとのこと。
 
3)トイレに行きたがっていた女児に屈伸をさせる動画については「『屈伸をすれば良いんだろ』と女児が言った」「女児が途中で屈伸をやめたので、『カメラで撮ってるぞ』と言って撮り始めた」と話したとのこと。
 
4)去年1月、女児は満足な食事を与えられず飢餓状態に陥り、死亡したとされる。この日になにがあったのか。
 
24日午後には、失禁した女児が反省の態度を見せなかったことから「廊下から風呂場に引っ張って連れていき、水をかけた」という被告。その際、女児の様子がどうだったかを問われ下を向いて声を上げて泣きながら、「首を振って嫌がっていました。何度も出ようとしていたのに私が手を引っ張ったり、押さえつけて水をかけようとした」と認めた。
 
その後、女児が暴れなくなったためシャワーを止めると「女児が座るようにしてストンと落ちた」。その後約5分間、抱きかかえてゆすったり、シャワーで温水をかけ続けたとのこと。
 
5)「では全般的な質問をします。女児にしてきたことは虐待ですか?」
 
被告:「はい。虐待です。大事な、大好きな自分の娘に夜中、長い時間立たせたり屈伸をやらせる必要は、全くありませんでした」
 
被告は“虐待”を認め、女児に謝らせてもらえるようつぐなっていきたいと反省の言葉述べたとのこと。
(有罪判決を受け、刑務所に入る場合について問われた時のこと)
 
別の報道では
被告は、女児を浴室に連れて行った時の状況について、「女児が浴室から何度も出ようとしていたのに、私が手をひっぱったり押さえつけたりして水をかけようとしました」と述べる一方で、殴る蹴るなどの暴行については「ありません」と否定したとのこと。
 
その後、「あなたがしたことは虐待ですか、そうではないですか」と問われると、被告は「虐待です」と答えたとのこと。
 
また、虐待した理由については「当時、女児に言ったことは最後までやらせようという気持ちが強く、女児が何を言ってもやらせるという理由で虐待をしました」と涙ながらに答えたとのこと。
 
別の報道では
どの行為が虐待に当たるかについては「女児に対しての『お前』という発言、暴れた女児を押さえつけたり、持ち上げたり、屈伸や立たせたりすること、そうしたことすべて」と答えたとのこと。
 
6)被告は女児の母親(33)が女児のために食事を作るのを止めたことがあるかを問われ「止めたことは一度もない」と断言したとのこと。
 
7)30年7月30日に女児に便を持たせ、携帯電話で撮影した(2)の強要罪について。
被告は、虐待の一環で行われた犯行であるという検察側の主張を、改めて否定したとのこと。
 
被告によると、次女が夜泣きをして自身があやしていたところ、女児が「うるさい騒ぐな。やめろ」と叫んだと主張。「女児がクローゼットの壁を手でたたいたり、大声で騒いだりした」と証言したとのこと。
 
その後、女児が洋室に入り、書類やネクタイを散らかしたため被告は注意したところ、女児は「屈伸すればいいんだろ」と話したという。ただ、途中でやめたので、被告は女児を携帯電話で撮影し始めた。
 
便意をもよおした女児が「トイレ行きたい」と訴えたが、被告は行かせなかったといい「(女児は)自ら風呂場に行って、そこで便をしていた。あきれた気持ちになった」と述べたとのこと。
 
被告が片づけるためのポリ袋を持って浴室に戻ると、女児が便を手で丸めて持ち「撮りたければ撮れよ」と話したため、「はいはいわかりましたよ、という気持ちで撮った」と主張。無理やり女児に便を持たせ、撮影したことを否定したとのこと。
 
8)検察側がこれまで様々な人が証言をしたなかで、被告の話だけ話が合わないとし、「みんながウソをついているということか」と問いただすと、被告は「そういうことになります」と述べたとのこと。
 
9)弁護側からの質問に対し、虐待が始まった時期を「2018年7月ごろ」と答えたが、当時は虐待との認識はなかったとしたとのこと。
 
10)女児の動画を撮影した理由については「なぜ女児が大声で騒ぐのかわからなかったので、病院に連れて行こうと考え、状況を知りたいという話があったときに見せようと思ったのが始まり。女児に『誰かに見せるぞ』と言うと、ピタッとやめることがあって、続けていた」と述べたとのこと。
 
11)自身の性格について「きっちりとやらないと気が済まない」と分析し「子供を育てるのが思い通りに行かないのが許せなかったのかと問われると「最初からそういう気持ちを持っていたことはないが、虐待といわれる期間を振り返ると、そのように思っていたと思う」と話したとのこと。
 
12)学校や児童相談所に対する自身の行動について「支配欲求の強さからそうした行動をとったのか」と聞かれると「今になってそう言われると、そうとしか言えない」とした上で「(児相に事件の責任は)ありません」としたとのこと。
 
13)最後に妻との関係について聞かれると、「離婚するつもりです」と答えたとのこと。
 
検察側:
14)女児が自ら立っているとか屈伸するとか言ったからさせた」「暴れたから押さえつけた」などと女児の言動が発端だったと主張。
 
これに対して検察官が「責任を女児になすりつけているのでは」と問いただすと「事実を述べただけで、女児が言ったからこうなったと思っているわけではない」と弁解したとのこと。
 
15)被告は平成30年2月に「お父さんにたたかれたのは嘘」と女児に書面を書かせたことは認め、「2回目の児童相談所との面接があると聞いていたのと、前々から私たちとアパートで一緒に暮らしたいと言っているのを知っていたので、女児の気持ちを伝えるということで書かせた」と経緯を説明したとのこと。
 
16)検察官から、「女児の認識とは無関係に文案を作成したのか」と指摘されると「今考えてみると、おっしゃる通り」と肯定したとのこと。
 
17)年末年始に女児に暴行を加え、胸を骨折させたとする傷害事件については、妻が証人尋問で「被告が両腕を引っ張って持ち上げ、洗面台に打ちつけて骨折させた」とするのに対し、被告は「引っ張った際に女児が顔を上下させたはずみで骨折したのではないか」とし、妻の証言が嘘だと主張した。ただ、検察官から「なぜ嘘をついたと思うか」と問われると「言葉が見つかりません」と繰り返したとのこと。
 
18)検察側は最後に、傷害致死事件について質問。「女児はなぜ亡くなったのか」という問うと、被告は「私がしていた虐待行為が原因の一つだと思っている」と認めたとのこと。
 
***第九回公判(3月6日)***
被告人質問
1)被告は女児が死亡する2日前から風呂場に立たせ続けたことについて「心愛が自分から『立っている』と言ったのでさせた」、食事を与えなかったことについては「覚えていません」としたとのこと。
 
2)女児の肺に水が入っていたことから冷水のシャワーを掛け続けたとされることについては「口には掛けていない」「長くても3秒くらい」だと否定したとのこと。
 
3)検察側から死亡した女児の全身に多数の皮下出血があったことについて、なぜできたものか聞かれると「私が持ち上げたり床にうちつけたりして、できたものではないかと思います」「それ以外はありません」と答え、殴るなどの暴行については否定したとのこと。
 
4)被告は、女児が死亡する当日の朝まで風呂場で立たされていたとする、女児の母の証言を否定したうえで、「暴れていた心愛を落ち着かせるため、おでこの付近から3回くらい、長くても3秒、冷水シャワーをかけた。女児は目のあたりをふいて座るようにストンと落ちてしまい、びっくりした」と話したとのこと。
 
5)被告と妻の証言に食い違いがあることから「妻はうそをついているのか」と問われると「私は事実を話しているだけです」と何度も答えたとのこと。
 
6)女児が自宅の風呂場で死亡した19年1月24日の様子を問われた被告は「女児は朝から風呂場にいたが、様子を見に行くと、浴槽の縁に腰掛けて鼻歌を歌っていた」と返答。
 
鼻歌を歌っていたので、このままでいいと思った。
 
プロレス技をかけたとされる暴行に関しても「一回もやっていない」とし、長時間にわたって立たせ続け、激しい暴力をふるったとする検察側主張をことごとく否定したとのこと。
 
7)被告は、女児が暴れたため押さえ付けたなどと述べたが、これまで証人として出廷した女児の母や叔母、児童相談所職員らはいずれも否定する証言をしており、裁判長から「本当に女児がおかしいと思っていたか」とただされると、沈黙する場面もあったとのこと。
 
8)平成30年7月10日の動画。女児が「じゃあ許せよ。家族に入れろよ」と言うと、あなたは「無理」とふざけて答えた。女児を家族から疎外している。
 
被告:していない。
 
裁判員:なぜ「無理」と言ったのか?
 
被告:当時、女児にいろいろ聞かれ、いやになってそっけなく答えてしまった。
 
裁判長:何を聞かれたのか?
 
被告:いろいろ話しかけてきて、イライラした。
 
裁判長:子が親に話を聞いてほしいというのは普通だ。なぜうっとうしいと思ったのか?
 
被告:分かりません。
 
9)死亡当日の状況を巡り、女児が浴室で倒れた後から110番通報するまでに証拠隠滅を図ったのではないかとの検察側の質問に、被告は「天地神明に誓ってありません」とはっきりと答えた。
 
検察側は心愛さんが亡くなった24日の状況について質問。勇一郎被告は浴室で意識を失った心愛さんに呼び掛けたり、体をゆすったりして「一生懸命やっていた」と述べ、通報するまでの時間は「10~15分だと思う」と説明した。
 
通報するまでに「心愛さんに何かしていたのではないか」と尋ねられると「天地神明に誓ってありません」と語気を強めた。検察側は女児の死亡を認識し、温水シャワーを掛け証拠隠滅を図ったのではないかと質問したが、被告は「絶対にありません」と述べたとのこと。
 
10)女児が飢餓状態に陥った原因など虐待の詳細に踏み込んだ質問には「覚えていない」を繰り返した。女児が23、24日の朝昼晩の食事を取ったか否かは、いずれの時点でも「分からない」とし、22日夜に女児を立たせ続けた理由も不明としたとのこと。
 
11)女児が死亡する以前の事件の経緯や状況についても、記憶が一部あいまいだと説明した。女児が被告との生活を嫌がり、同市の祖父母方で暮らすことになった2018年9月ごろ、女児がどのような状況に置かれていたかは「はっきりと覚えていない」と答えたとのこと。
 
12)。最後に、巌裁判長から「本当のことを話していますか」と改めて聞かれた被告は、「話しています」とハッキリと述べたとのこと。
 
***論告求刑公判(3月9日)***
1)検察側は「女児の母親らの証人の証言は十分に信用でき、虐待行為で死亡させたことは明らか。凄惨で非道な犯行で、拷問と表現してもいい程」として懲役18年を求刑した。
 
別の報道では
検察側は「長期間、日常的に壮絶な虐待を行ったことは明らかで、法廷でも女児に責任を押し付ける態度に開いた口がふさがらない。今も被告の虐待は続いている」として懲役18年を求刑した。
 
検察側は「女児を筆舌に尽くしがたい壮絶な虐待の末、死亡させた」と指摘し、「被告は謝罪を述べていたが空虚であり反省の態度はみじんも感じられない。今なお女児への虐待が続いている。」
 
被告の犯行の多くを目撃した女児の母親(33)=傷害幇助罪で有罪確定=の証言は信用できると述べた。その上で「(被告は)いまだに虐待を実質的には認めていない。10歳の命が奪われた被害は重大」と非難し、児童虐待の傷害致死事件の中でも「比類なき重い事案」と主張したとのこと。
 
2)弁護側は、母親は「共犯者であり、一般的に相手に不利な証言をする」と証言の信用性を疑問視。犯行について「しつけがエスカレートし虐待につながった」とする一方で、「日常的な虐待はなかった」と述べ、「被告は深く反省している」として適正な処罰を求めたとのこと。
 
3)被告は最後に涙ながらに「大好きだったのに未来を奪ってしまった」と謝罪したうえで、「裁判で話したことは事実で、支配的な立場にはありませんでした」と述べたとのこと。
 
別の報道では
最終意見陳述で、「みーちゃん、本当につらい思いをさせてごめんなさい。自分のことが許せません」と謝罪した。一方で、女児の母親に対する暴力を否定し、「私が支配的立場にあり、それに家族が逆らうことができなかったことはありません」と述べたとのこと。
 
「私がしてしまったことに言い訳はありません。いいことも悪いこともありのままにお話ししました」と述べた。
 
こんなところですね。
裁判長でさえ、「真実を話しているのか?」と念を押すような証言ですよね。
検察側に「他の人間が嘘をついているのか?」と聞かれて「そうだ」と答える。
被告がこの裁判に臨む気持ちがその証言に表れていると思います。
 
次はいよいよ、判決公判ですね。
 

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2020/04/15

千葉県野田市小4女児虐待死事件その13(父親の一審公判)

長文注意
***初公判(2月21日)***
1)被告は傷害致死罪の起訴内容について「飢餓状態にしたりストレスを与えて衰弱させたりしたことは一度もない。立たせ続けたり冷水シャワーをかけたりしたこともない」と否認したとのこと。
 
そのうえで「罪は争わない」と述べたとのこと。
 
別の報道では
検察官は、被告が31年1月22~24日、飢餓状態やストレスで衰弱させてもかまわないと考え、女児に食事を与えず、リビングや浴室に立たせ続けたり、肌着のみで浴室に放置するなどして十分な睡眠をとらせなかったとした。また、24日には水にぬれた肌着だけを着た女児に冷水を浴びせ、リビングでうつぶせにして背中に座り、両足をつかんで身体をそらせるなどし、夜には寝室に入ろうとした女児を浴室に連れ込み、シャワーで顔面に冷水を浴びせて、一連の行為による飢餓状態やストレスなどで死亡させた、と説明したとのこと。
 
2)被告は「娘にしてきたことはしつけの範囲を超える。深く反省している」と述べたとのこと。
 
「事件直後から、しつけの範囲を超えたものだと深く後悔してきた。未来のみーちゃんの姿を私が自ら見られなくしてしまった。みーちゃん、本当にごめんなさい」と謝罪の言葉を並べたとのこと。
 
3)起訴状では、被告は19年1月22~24日、女児に食事も与えないまま浴室に立たせ続け、十分な睡眠を取らせなかったうえ、シャワーで冷水を浴びせ続けるなどし、飢餓状態やストレスが原因のショックか不整脈、または水による窒息で24日夜に死亡させたとしている。
 
4)検察側は冒頭陳述で、被告が妻と離婚して、事件で死亡した女児とは数年にわたって離れて生活し、妻との復縁後に次女が生まれた経緯について説明。「被告は次女に愛情を注ぐ一方、離れて成長していた女児を疎ましく感じていた。被告は頑固で自己主張が強く、気に入らないことがあると女児を繰り返し虐待した」と指摘したとのこと。
 
5)弁護側は、被告に女児を死亡させた責任があるとして、傷害致死罪の成立を認めた一方、「(暴行は)あくまで教育で、結果的に行き過ぎた行為があった。自分なりに家族が幸せになることを考えていた。深い後悔をしている」と訴えたとのこと。
 
6)弁護人「被告は長女の出産から1年は会っていない。妻は長女を出産後、育児ノイローゼになり、実家に帰った。そのため、全く妻や子供と会えなくなった。その後、妻から連絡があり、8年ぶりに妻と長女と再会しました。再び交際が始まり、再婚。妻は双極性傷害で、病院にも付き合うなどしました」とのこと。
 
7)被告の父の供述調書
母について被告から女児とその妹に対して育児放棄のような状態だと聞いていたため、被告の妻と認めず、自宅に入れたことがなかったと説明。会話もなかったとのこと。
 
妻や長女(被告の妹)から、女児の体にいくつかあざがあったと聞きました。長女は『家族だろうが何だろうが通報するべき』と言っていました。しかし、私は被告が虐待をしていると認めたくない気持ちが半分、仮にそうでも息子を通報することに抵抗があったのが半分。女児を預かっていれば大丈夫だろうと思い、通報しませんでした。しかしこの時に厳しい心をもって通報すべきでしたとのこと。
 
とりあえず、こんなところですね。
弁護側の話しなので、微妙な部分はありますが、離婚の理由が育児ノイローゼだったにせよ、実家に帰った妻に一度も会わないと言うのが理解できませんね。
 
そして、被告の実家の対応も疑問ですね。
被告の言葉を疑わないと言うのが、女児と母親(妻)を追い詰めています。被告の妹の方がよほど正常な感覚を持っていると思う。
 
***第二回公判(2月25日)***
叔母の供述調書によると
女児については「優しくて明るくて頑張り屋さん」。被告については「(女児を)所有物と思っていたのではないか」と指摘しているとのこと。
 
証人尋問
1)女児の叔母(被告の妹)
「心愛はわたしの大事な娘です。女児を返して」と訴え、女児が自宅から祖父母宅に母親に連れられて来た18年9月ごろ、被告によるとみられる暴行の痕があったことを証言したとのこと。
 
叔母の証言によると、女児の頭には髪が抜けた痕があり、首回りも真っ白になっていて、頰の辺りに1センチほどのあざが2カ所あった。全身の状況を確認したところ、腰と尻の辺りにもいずれも3センチほどのあざがあったという。女児に「どうして?」と尋ねたら、女児はしくしく泣きながら「(被告に)髪をひっぱられた」と打ち明けた。その後、祖父母宅を訪れた被告に対して「次やったら通報する」と告げたとのこと。
 
叔母は法廷で「(女児を)抱きしめて『ごめんね、ごめんね』と謝った」と涙声で振り返った。当時の被告については「(女児の)しつけにこだわりすぎていた。ノイローゼのようになっていた」と話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は女児が死亡する約1年半前、「女児が『5時間立たされた』と泣いていた」「『腰にあざがある』と見せてきた」と虐待の兆候を伝えてきたことを話しました。叔母はそれを受けて兄の被告に「しつけを軽減して自分の仕事に集中すれば」と伝えたと話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は、「2017年9月ごろに女児の腰にあざを見つけ、どうしたのか尋ねると、女児が『パパに蹴られた』と話した」「被告に尋ねると、『やっていない。女児の寝相が悪くてぶつかったんじゃないか』と話していた」などと証言したとのこと。
 
他の報道では
死亡する約4か月前、被告の実家に滞在していた女児がご飯をむさぼるように食べていたことに気づき、どうしたのか尋ねると、「家で食べさせてもらえなかったから、ここでいっぱい食べないと痩せてみんなに心配かける」と話していたと証言したとのこと。
 
2)法廷では検察側の証拠調べで女児と被告のやり取りが撮影された動画が流されました。
2018年7月30日午前5時40分から撮影された27分31秒の動画には、女児が被告から命じられた屈伸を繰り返し、「助けてママ、助けて。お願いママ」泣いて助けを求める様子が映っていたとのこと。
 
 女児は「すみません」と荒い息で何度も言う。被告は「屈伸やれよ」と言いつけ、直後に「パシッ」という音が2回続いた。この後、「お願い、トイレ行かせて」と懇願も。直後に撮影された写真には、汚物を手に持つ女児の姿があった。検察側は被告がカメラ付き携帯電話で撮影した、と説明したとのこと。
 
別の報道では
30年7月10日ごろの動画には、自宅玄関で「家族に入れろよ」とせがむ女児に、被告が複数回「無理~」と拒否する様子が収められていた。女児が「うち(私)のことなんかどうでもいいんだね」と言うと、被告は「だいぶ前から面倒くさいと思っていた」と突き放し、土下座をさせたとのこと。
 
別の報道では
死亡する直前の平成31年1月に自宅リビングで土下座して両親に謝る映像などが証拠として示された。
 
この動画は31年1月5日に撮影されたとみられ、被告は女児に「楽しい予定もあったのにおまえのせいでなしだよ」「時間戻せよ」などと土下座を要求。乳児の次女を高い声であやす一方、女児に「お前、何やってんだよ」と怒鳴る様子などが記録されていたとのこと。
 
検察側の冒頭陳述によると、被告は1月2~3日ごろ、ディズニーランド近くの千葉県浦安市のホテルと沖縄県のホテルをキャンセル。年末から女児に暴行を加えた結果、旅行できなくなったが、それを女児のせいにして責めたとみられるとのこと。
 
3)被告の母親(女児の祖母)
祖母は、事件前に女児と一緒に暮らしていた際、夜中に女児が泣いているところを目撃し、「女児が被告のアパートに帰りたくないと言っていることを聞いていた」などと証言した。その一方で、「当時は息子を信じていた」「虐待に気づくことができなかった」などと述べたとのこと。
 
別の報道では
検察側から言いたいことはあるかと聞かれ、「女児がちょっとしたアザで児童相談所へ連れて行かれた、という被告の言葉を信じてしまった。被告に味方してしまった。虐待は頭になかった」と語ったとのこと。
 
***第三回公判(2月26日)***
証人尋問
女児の母親
母親は「心愛を助けてあげたくても(被告の)監視や束縛が強く何もすることができなかった。(被告に言ったら)女児への虐待がもっとひどくなるのではと思った」と後悔の言葉を口にした
 
母親は再婚後の被告について「LINEや電話で常に私の行動を確認してきた。平手でビンタされたり押し倒されたりした」と証言したとのこと。
 
再婚して被告と女児は8年ぶりに再会した。その時の様子について母親は「仲の良い親子に見えた」と言い、検察官に「虐待を疑うことはあったのか」と問われると、「まったくありませんでした」と答えたとのこと。
質問にはっきりとした口調で答えた母親だったが、どのような暴力を受けたのか尋ねられると、数秒間押し黙ることもあったとのこと。
 
17年9月に再び一緒に住むようになった女児からは「毎日地獄だった。夜中にパパから起こされたり立たされたりした」と打ち明けられた。そうした行為について女児は「(被告が祖父らに)『本当に信じるのか』と言っていた。自分(女児)が悪者にされた」とも話したとのこと。
 
母親は、死亡前の平成30年12月30日に風呂場でドンという音が聞こえ、女児を見ると「(左右の)まぶたが腫れ、ボクシングをしたようだった」と証言。被告は「こいつ(女児)が自分でやったんだよ」と虐待を否定したとのこと。
 
年明けの昨年1月1日には、自宅で被告が女児に繰り返し屈伸をするよう要求。座り込んだ女児の両手首をつかんで引きずったり、上に引っ張った状態から落として床に打ち付けたりする暴行を数回繰り返したとのこと。
 
ぐったりした女児を見て、母親は「もうやめて。虐待だよ」と止めたが、被告に胸ぐらをつかまれプロレス技を2度かけられたとのこと。
 
それまでは虐待を止めようとしなかったが、「女児がぐったりしていた。命が危ないと思った」と理由を説明したとのこと。
 
女児は「胸が痛い」と呼吸がしづらそうになり、4日ごろには自力でトイレにも行けず、おむつをさせたと話したとのこと。
 
7日には小学校の冬休みが終わったが、被告らは女児に外出を禁じ、被告が会社に行っている間は母親が無料通信アプリ「LINE(ライン)」で様子を報告。亡くなる3日前の21日午後10時ごろから翌22日午前10時ごろまで、被告は女児を寝させず台所に立たせるなどしたとのこと。
 
公判では、被告と母親のラインによるやり取りも開示された。母親によると、被告は30年7月ごろから母親が見ていないところで暴力を振るうなどし、女児の体にあざや傷ができた。同月12日にはラインで母親に「明日学校どうする?」「今週は休ます?」と相談。翌13日は小学校を休ませることで、虐待の痕を隠そうとしたと説明したとのこと。
 
母親は、女児が書いた「たたかれたのはうそ」という文書について、児童相談所での一時保護が解除された女児をアパートに連れて帰るため同被告が書かせたもので、本人の意思に反していたと証言したとのこと。
 
1月1日、被告が女児を虐待するのを止めようとしたが、私も暴力を受けた。警察に通報しようと家を出たが、自宅に残した女児と次女が心配で通報せずに戻ったとのこと。
 
母親 7日に小学校の冬休みは終わったが、あざがあったので学校に行かせず、寝室に閉じ込めた。飲み物や甘いものをねだる女児について、被告にラインで「お前何様なんだよ。むかつくね」と送った。毎日のように女児を虐待する被告にストレスがたまり、女児に向けてしまった。とても後悔しているとのこと。
 
***第四回公判(2月27日)***
証人尋問
女児の母親
1)母親は被告が虐待に及んだ理由を「正義感が強い女児の性格が気に入らなかったのではないか」と述べ「できる限り重い刑にしてほしい」と強い処罰感情を示したとのこと。
母親は最後に「できる限り重い刑にしてほしい。理由は言いたいが、言葉にならない」と話したとのこと。
 
2)母親は被告の性格について「二面性がある」とし、他人には自分をよく見せて、家庭内では「自己中心的で、思い通りにならないとすぐに怒る」と説明したとのこと。
 
3)母親は「女児が死亡する前日から、女児のご飯の用意をしていなかった」と話し、その理由を「被告から食べさせないように監視されていたから」と話したとのこと。
また、初公判の際、被告が否定した死亡した当日の暴行などについても「馬乗りになっていた」「肌着のみで冷水のシャワーを掛けていた」と証言したとのこと。
 
そして、女児は風呂場に延々と立たされて衰弱していったとしたうえで、「風呂場で倒れて動かなくなり、信じたくないが、死んだと思った」と話したとのこと。
 
別の報道では
証言によると、トイレに行かせてもらえなかった女児は19年1月23日夜にお漏らしした罰として風呂場に立たされたとのこと。
その際、被告からは。
「『女児が自分で“明日の朝までここに立っている”と言った』と聞かされた」とのこと。
 
翌朝、母親が目を覚ますと、女児は、まだ風呂場に立ち続けていた。そして被告が女児の頭から肩にかけ、強い勢いで冷水を浴びせる様子や、リビングで女児をうつぶせにして馬乗りになり、体を反らせたところを目撃したとのこと。
 
24日午後1時ごろに浴室で肌着姿で衰弱した女児に「5秒以内に服を脱げ」と命令し、脱げないとボウルに入れた冷水をかけることを5回ほど繰り返したとのこと。
 
午後10時ごろ、女児が寝るために寝室に行くと、寝ていた被告が目を覚まし、「寝るのは駄目だから」と廊下に女児を引っ張り出したとのこと。
 
寝室にいた母親は、しばらくして浴室からドンという大きな音が聞こえ、部屋に入ってきた被告に「女児が息をしていない」と言われたとのこと。
浴室に行くと女児が白目をむいて、口が半開きの状態で倒れていた。「信じたくなかったが、亡くなったのだと思った」と語ったとのこと。
 
女児が肌着がぬれた状態で倒れていた。足に触れると「とても冷たかった」。この時、被告は女児の体に湯をかけていたとしたうえで、当時の様子などから「被告が水をかけたと思った」と語ったとのこと。
 
被告は少し落ち着かない様子で、自ら110番通報をすると、「女児に心臓マッサージをして」などと母親に指示したとのこと。
 
被告が警察に通報する間、心臓マッサージをしたが、体はとても冷たかったとのこと。
 
4)弁護側は冒頭陳述で、被告は女児が暴れていたのを落ち着かせようとシャワーをかけた、と主張している。これに対し、母親はこの日の証人尋問で、女児は「疲れていて元気がなく、暴れられない状態だったと思う」と話したとのこと。
 
***第五回公判(2月28日)***
証人尋問
***女児の担任の女性教師
女児は小学3年の時、小学校で行われた“いじめに関するアンケート”に「お父さんから暴力を受けています。先生、どうにかできませんか」と記入した。
 
当時の担任は「女児は被告に頭を押さえ付けられるしぐさを自分でやり、泣きながら話してきた」と証言した。
 
「(女児が)お母さんがいない時にグーで頭を10回ぐらい殴られる」と説明していたと証言した。
 
検察官から「きょうはどういう思いで来ましたか?」と聞かれると「女児が伝えたかったことを代わりに全部、伝えてくるね」と話した。
 
女児が書いたアンケートが廷内のモニターに映し出されましたが、被告はモニターを見ることはありませんでした。
 
「お母さんは味方してくれるけど、お父さんは『保護者だ』と言ってお母さんの言うことを聞いてくれない」とも訴えたとのこと。
 
アンケート記入日にも暴力があったといい「頭、背中、首を蹴られた。今も頭が痛い」と泣きながら訴えたとのこと。数日前には女児の目が赤くなっており、当時は「結膜炎」と答えていたが、改めて聞くと「お父さんに殴られた」と話したとのこと。
 
***女児を担当していた児童相談所の女性職員
保護を解除した理由について、父親の被告が「2人きりでは会わない」と約束したことや「被告の両親が安全に配慮すると言っていて、解除の条件に適していると思ったから」と話したとのこと。
 
また、別の職員は「私がどうなってもいいから止めてあげたかったなと事件の当日から思っていて、今でも夢に見ます」と涙声で話したとのこと。
 
別の報道では
2017年に女児を一時保護した児童相談所の担当職員
職員は、女児に被告と母親が面会を希望していると伝えた際、女児が「お母さんにだけ会う」「お父さんには何をされるか分からないから、今は会いません」と訴えていたと証言したとのこと。
 
2週間ほどして両親に面会した際、女児は被告から手を差し伸べられると自分の手を引っ込め、被告は「照れているのでは」などと話していたということです。
 
面会の際、部屋に近づくにつれ「女児の表情がこわばっていった」、被告が握手しようとすると「女児がびくっとして手を引っ込めた」「下を向き泣きそうだった」と証言したとのこと。
職員は、一時保護の解除後、被告から「個人として訴える」と言われ、精神的に追い詰められたとも証言した。そして「尊い命を守ってあげることができなくて本当に後悔している」と述べたとのこと。
 
児童心理司 女児から、お父さんに夜中に起こされ、「窓の外に誰かいるから見て」と言われ、見に行くとズボンを脱がされ、パンツも一緒に脱げてしまったと聞いた。カーテンが開いていたので「誰かに見られたか心配」と言っていたとのこと。
 
こんなところですね。
ここまでの情報を見て、どうも、これまで感じていた動機とは少し違っているのかな?と考えています。
一部の週刊誌では、理想の家族を作る事に執着した結果と言うような事が書かれていましたが、それだけでは説明できないと思います。執着しているのも違う物のように感じます。プラスして被告自身の生育環境を含めた人格の問題があるのでは?と考えています。
 
詳しくは、判決の記事に書く事にしますね。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その12(女性被告の一審判決)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

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2020/04/07

東京都豊島区池袋ホテル女性殺人事件その4(一審判決)

長文注意、全ての公判の記録できているかわかりません。
***初公判(2019年12月2日)***
嘱託殺人の罪に問われた大東文化大四年の男性被告(22)=埼玉県入間市=の初公判
 
1)起訴状によると、九月十二日、豊島区池袋のホテルで、女性の依頼を受け首を絞めて殺害したとされる。
 
2)検察側は冒頭陳述で、被告が七月中旬ごろから、ツイッターで自殺志願者の投稿を見るようになったと指摘。被害女性とは八月中旬ごろにツイッター上で知り合い、「殺してくれませんか」と頼まれたとしたとのこと。
 
「三、四人殺してから、自分も死のうと思った」。自身の将来を悲観した被告が、複数の自殺志願者を殺害した上で自殺しようと計画していたとのこと。
 
被害女性のほかにも二人とツイッター上で知り合い、実行には至らなかったものの殺害の約束を取りつけていたとのこと。
 
検察側の冒頭陳述や法廷で読み上げられた供述調書などによると、被告は中学の教員を目指していたが、今年七月に受けた採用試験について、「出来が悪かった」と感じたとのこと。
 
直後の同月中旬ごろから、ツイッターで閲覧するようになったのが、自殺志願者たちの投稿内容。ネット上にあふれていたのは「自殺したい」というつぶやきだった。そのうちの何人かに「死にたいなら殺してあげましょうか」とメッセージを送ると、「自殺する勇気がない。殺してください」と返してくる人もいたとのこと。
 
被告は同月下旬、自殺志願者を殺した上で自殺しようと決意。捜査段階で「自分が自殺するまでに、ばれずに殺せるのは三、四人だと思った」と供述したとのこと。
 
被害女性から初めてメッセージ「ツイートを見ました。私を殺してくれませんか」が届いたのは八月中旬。何度かやりとりを重ね、九月十二日に池袋の裏通りのホテルで落ち合うことになったとのこと。
客室ではお互いのメッセージの履歴を消去したとのこと。女性が便せんに「もう疲れました。死にます」と記すと、被告は両手で首を絞めて殺害したとのこと。
 
前日には自殺志願の別の女性と池袋のホテルで会い、殺害する約束をしていたが、直前に連絡が取れなくなり、会うことはなかったとのこと。
 
補足として時系列にします
07月上旬 被告が教員採用試験を受験
07月中旬 自殺志願者のツイッターを閲覧するようになる
07月下旬 自殺志願者を殺害後に自殺する事を決意
08月中旬 被害女性から初めてのメッセージが届く
09月11日 別の女性とホテルで落ち合う予定だったが、連絡が取れず断念
09月12日 被害者女性とホテルで落ち合う
 
***第二回?公判(2020年01月28日)***
被告人質問
1)検察側が、自殺志願の投稿をした延べ百八十三人にツイッターで殺害を持ちかけたと指摘したのに対し、被告は「軽い気持ちで送った」と述べたとのこと。
 
裁判長の質問「自分は自殺したい。他人の自殺に関与したい。両者はどういう関係にあるのか?」
これに対して被告人は明確な回答ができなかった。
 
被告は、昨年七月の教員採用試験に失敗したことで自殺を考えるようになり、ツイッターで自殺志願者の投稿を見るようになったと説明。「本当に死ぬことを望んでいる人もいて、力になりたいと思った」ことから、殺害を持ち掛けるようになったとしたとのこと。
 
「きっかけははっきりしないが、6月に教育実習をして、教師に向いていないと思った。7月には採用試験を受けたが、結果が出る前に、不合格で間違いないと思って、正直、落ち込む原因になった」とのこと。
 
自殺願望のある人を殺害したことについて、「役に立ちたかった」と証言する一方で、犯行の理由について「自分の中で順序立てて言えない」などと話したとのこと。
 
被告が自殺志願者らに送ったメッセージとして、検察側が「死後に金銭や価値があるものをいただいています」「報酬二十万円用意できそうですか」などと読み上げると、被告は「自分も死ぬつもりだった。本気で金をもらおうと考えていたわけではない」と釈明したとのこと。他に性行為を約束させるようなケースもあった。
 
女性の遺族に「残される家族の気持ちを考えず、申し訳ない」と謝罪する一方、詳しい説明を求められると沈黙する場面が多かったとのこと。
 
被害女性は、ホテルの部屋に来ると、立っていられない状態ですぐに横になったとのこと。そこで、被告は手順を確認した。
 
「(被害女性がなぜ自殺したいかは)詳しいことは聞いていないが、病気で、延命処置を受けたくないと言っていた。(殺害方法は)こちらから手で首を締めると言った。あちらは何も言わなかった」とのこと。
 
「方法にこだわりはない。ナイフで刺すと血が出る。気持ちいいものではない。なるべく血が出ない方法を考えた」とのこと。
 
被害女性が亡くなったことは脈や心音で確認したとのこと。犯行後、被告は「我に返って、とりかえしのつかないことをしたと思い、気が動転した。そのときは冷静ではなかった」と話したとのこと。
 
持ってきたキャリーケースには、被害女性を入れて運ぶ予定だったが、「(遺体が)入らず、そのままにした」と答えた。そして、キャリーケースは持ち帰っている、事前に大きさは測っていないと証言したとのこと。
 
2)弁護人は精神鑑定の実施を請求。地裁は次回公判で実施の可否を判断するとのこと。
 
***論告求刑公判(2月27日)***
1)遺族の陳述書、「被告は娘の命と未来を奪ったことを本当に理解しているとは思えない」「できるだけ重い刑を科してほしい」とする心情が明かされたとのこと。
 
2)検察側は「自殺願望を持った人を無差別に狙った嘱託殺人で、命を軽視した犯行に酌量の余地は無い」と指摘し、懲役7年を求刑したとのこと。
 
3)弁護側は「被告は内省を深め、『再び犯行をしない』と誓っている。家族のもとで社会内処遇を受けるのが相当だ」として、保護観察が付いた執行猶予付きの判決を求めたとのこと。
 
4)最後に被告は、「どのような判決になったとしても、今後、自分の人生をかけて償っていく方法を考えていきたいです」と述べたとのこと。
 
***判決公判(4月6日)***
1)懲役5年(求刑・懲役7年)の判決を言い渡した。
 
2)判決によると、被告は昨年9月12日、ツイッターを通じて知り合った女性(当時36歳)から依頼され、ホテルの一室で女性の首を両手で絞めて窒息死させた。
 
3)裁判長は「事情を深く知りもせず軽々しく自殺に関与することが(被告の言う)人助けであるはずはなく、非常に悪質」と述べた。「女性の両親は、女性を支えて生きようとしていた。悪質性が高く、実刑は免れない」としたとのこと。
 
4)被告は遺体を収容する布団圧縮袋を事前に用意しており、地裁は「犯行は計画的で、犯意も強固で態様は悪質」と認定したとのこと。
 
「人助けだった」とする被告の供述についても、同様の手法で知り合った別の女性と性的関係を持つことをほのめかすやりとりをしていたことを挙げ「疑問が生じる」としたとのこと。
 
5)裁判長は判決言い渡し後、「当たり前すぎるが」と前置きして「命の大切さや重みを改めて考えてほしい」と説諭。「被害者の未来の可能性や家族の愛情を考えると、本気で依頼されても殺害するべきでない。贖罪に何をすべきか、生きて真剣に考えてほしい」と述べたとのこと。
 
こんなところですね。
人助けと言うのは、金銭や性行為の要求を考えると、後付けの言い訳と判断されたんでしょうね。
本人としては、今後の自分の人生を悲観して、どうせダメな人生なら最後に好きな事をしてやろうと言うあたりなのかな?
こう考えた方が全体をすっきりと説明できそうです。
 
ただ、自殺の件が微妙ですね。本人が本当に自殺するつもりだったのか?
自殺するつもりなら、お金は必要ないはずなんです。
まー、自殺するタイミングもあるけど、自殺するまでに3、4人を殺害するのに、必要な期間があって、その期間の生活費と考えたと言うなら説明できますが・・・
 
公判での被告の説明は「本気で金をもらおうと考えていたわけではない」なんですよね。
それなら最初からそんな話をする必要が無いわけです。
 
そして、驚いたのは、事件の動機なんですよね。
被告は教師を目指していたようですが、なぜか教育実習で自信喪失して、教師に向いていないと感じたようです。
で、決定打は採用試験の出来が良くなく、不合格と自己判断したんですよね。
 
被告の場合、目標にしていた教師に「向いていない」と実感した事が、大きな挫折だったのかもしれません。
大学卒業を前に、希望していた職業に「向いていない」と言うのは相当なショックだろうとは思います。
 
ただ、まだ7月の話なので、他の仕事への進路変更は十分可能な時期だと思うんですよね。
昨年だと求人も悪くなかった時期ですよね。
教師がダメなら他の仕事を探せば全然問題ないと思うのですが・・・
 
なので、「この程度の事で」どうして自暴自棄になってしまうのか?ちょっと理解できないです。
 
その原因としては、公判の中で「身近に相談できる人がいなかった」と言う話が出ていますね。
 
これもちょっと、責任転嫁のようにも感じます。
極論すると「生きるべきか?死ぬべきか?」と言う問題は誰かに相談して決めるって話じゃないと思うんです。
 
人生なんて生きる事が前提で、苦労も挫折も乗り越えてみんな生きているわけでしょ?
 
なので、私なりの結論としては、被告は生きる事に執着がなく、その上で、思い込みが人一倍強かった。そして、周囲に相談できる人がおらず、挫折を乗り越えることができずに、自暴自棄の状態になり。そこに「悪魔の囁き」を聞いて犯罪を思い立ったと言うあたりなのかな?と妄想しています。
 
そのあたりから、この事件を防ぐにはと考えると・・・
1)コミュニケーション能力は重要ですね。
もし、被告にコミュニケーション能力が人並にあれば、例えば、教師を目指す前の段階で、経験者などに話しを聞いてを「向いてない」と早期に気付けたかもしれません。
 
さらに、挫折した時にも、友人や家族に相談する事ができたと思うんですよね。そうすれば、この事件は防げただろうと考えています。
 
2)人生観の教育が必要?
目標に向かって頑張るみたいな方法(生き方)もあるし、その一方で才能が無いならあきらめて、自分に向いた方法(生き方)を選ぶ事ができる。いろんな生き方ができて、どちらが正解かは分からないって教育も必要なのかな?と言うのも感じますね。
 
挫折からの切り替えができれば、この事件は起きなかったかもしれませんね。

参考リンク
東京都豊島区池袋ホテル女性殺人事件その3(10月1日までの報道)

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滋賀県東近江市山路町猫首無し死骸事件(20年04月03日)

4月3日午前9時半ごろ、滋賀県東近江市山路町の用水路ののり面に頭部がない猫の死骸があるのを、通りがかった同市職員が見つけ、滋賀県警東近江署に通報する事件が起きている。
 
同署によると、猫は鋭利な刃物のようなもので切断されていたといい、動物愛護法違反の疑いで調べているとのこと。
 
最近の滋賀県の事件
2020年04月03日(金)滋賀県東近江市山路町で頭部の無い猫の死骸を発見
2020年03月15日(日)滋賀県彦根市の民家の駐車場で、猫のしっぽのようなもを発見
2020年03年09日(月)滋賀県甲賀市水口町山の民家敷地内で、ボーガンの矢が刺さったネコを発見。
2020年03月07日(土)滋賀県彦根市の空き地で猫の首なしの死骸を発見。
2020年02月10日(月)滋賀県彦根市芹川町で、通学中の中学生が側溝に猫の首を発見。
2019年10月25日(金)滋賀県長浜市八幡中山町の長浜北小の昇降口前に胴体が切断された子猫の死骸を発見。
2018年02月15日(木)長浜市平方南町の空き家の駐車場にネコの頭部を発見。
2018年02月14日(水)長浜市平方町の民家の花壇でネコの下半身が埋められていた。
 
場所としては、彦根市に隣接と言うわけでは無いけど、彦根市境からざっと1キロぐらいの場所なのかな?
乗り物を使えば、遠い距離ではないですよね。
用水路ののり面と言うのも、必ず発見される場所とも限らないので、特に世間を騒がせようとしているとも言えないかもしれませんね。このあたりは、彦根市の空き地の事件や、側溝の事件も同じかもしれません。
 
純粋に虐待を楽しんだ後に、不要になった死骸を目立たない場所に遺棄したと言う感じなのかもしれません。
見つからないように埋めるほどには気を使ってないけれども、場所は変えていると言う事なのかな?
時間的には、前回の事件から約2週間ぐらいか。
 
昨年(2019年)はこれほど連続した事件が起きていない(表面化していない)のに、今年に多いのは、新たな犯人による犯行なのかな?
 
流石にここまで続くと、犯人のメンタル面にも変化が出てきそうですが・・・大丈夫かな?
 
いずれにせよ、滋賀県内の方は注意してくださいませ。

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2020/04/03

茨城県境町就寝中夫婦殺人事件その17(妄想2追記20200404)

沢山のコメントありがとうございます。
頂いたコメントを読んでいるうちに、前回の「夫婦殺人+長女誘拐」説には問題がある事に気付きました。
 
最大の問題は、長女の誘拐が目的であるなら、子供部屋に入って、そこに長女が居ない事を知った段階で、のんびり子供達を暴行している時間的余裕が無いと言う事です。
 
つまり、犯人が通報された事に気付いていないとしても、異変に気付いた長女が逃亡する可能性は認識していたはずです。
 
1階の長女が寝室の怒鳴り声に気付いたのだから、犯人もその怒鳴り声は聞いているはずです。(そもそも、怒鳴り声の原因は犯人だし)
 
だから、長女を誘拐するつもりならば、間違って入った子供部屋で時間を浪費する事はできないはずです。
 
とは言え、おそらく寝室の怒鳴り声に子供達も気付いている可能性があるし、深夜に見知らぬ男が部屋に入ってきただけでも、子供達が不審に思うのは確実です。
 
なので、通報などの動きを止める為に手短に暴行すると言うのはアリだと思いますが、ここでのんびり暴行している間に、目的の長女に逃亡されては意味がありません。
 
こう考えてみると、犯人は長女の存在を知らないと考えた方が矛盾が少ないような気がしてきました。
長女の存在を知っているなら、コメントにあったように、子供達に長女の所在を聞くなり、催涙スプレーで手短に暴行するなりして、短時間で部屋を出て長女を探すと思うんですよね。
 
まー長女の存在自体を知らないのか?事件当日に長女が在宅である事を知らないのか?その判断をする材料は無いですが。
 
だとすると、夫婦を殺害して子供達を殺害しない、それどころか、催涙スプレーで怪我をさせる事を避けた理由に戻ってきますね。
 
1)唯一無傷の次女を狙った事件の場合
夫婦を無慈悲に殺害しているのだから、同じ理由で長男を殺害しない理由がありません。
どのみち、長男も口封じに殺害する事になりますし。
 
追記2020/04/04
頂いたコメントで気付いたのですが、長男は重症の為、犯人がこのまま放置しても死亡すると考えたなら、この後、次女への暴行や誘拐と言う可能性はありますね。

2)夫婦に対する怨恨で子供達に恨みは無い場合
でも、それなら夫婦の殺害で目的は達成しているのだから、他の部屋に入る理由が無い。
強いてあげれば、子供の存在を知っていて、通報を遅らせる為に暴行する必要があった場合かな。
 
3)夫婦の殺害が偶発的な場合
夫婦の殺害は意図しない物で偶発的な物だった。それで他の部屋に入ったのであれば、窃盗目的と言う事だろうか?
しかし、それなら、なぜ、最初に人がいる夫婦の部屋に入ったのだろうか?
 
在宅の家に侵入する「忍び込み」と言う窃盗の手口があるので、可能性はあると思うけど・・・
でも、この場合、寝室に物色の痕跡が無い事を説明できない。
もし、意図せず殺害した事が理由で、夫婦の寝室を物色しなかったのであれば、他の部屋に入って物色する理由が無い。
死体が怖いからという理由で物色しないと言うのは、逆に無いと思うんですよね。
 
二人殺害で死刑になる可能性さえあるのに、何も盗まないで帰るなら、やはり他の部屋に入る理由が無いですよね。
 
なので窃盗目的の可能性はちょっと低いかな?と思うのですが・・・
「殺しとタタキ(強盗)はバカのやる事」と言うドラマのセリフがありましたが・・・
二人殺害の上、罪状に強の字(強盗の事ね)がついてしまったら、死刑の可能性はかなり高くなりますからね。
 
ただ、若年者の初犯とか、経験の少ない犯罪者なら、このあたりの計算は出来ていない可能性はあると思います。
 
4)快楽殺人、体験殺人の場合
最初から一家殺傷を狙った事件だと考えると、長女の存在を知らないなら、一番の障害は父親と母親の夫婦になるので、最初に全力で夫婦を殺害して障害を排除した。
 
その後に、体力で劣る子供達を支配して、犯行を楽しむと言う計画なら、この流れもアリですよね。
ただし、最初から殺害を計画しているなら、ちょっと冷静と言うか、犯行が淡泊すぎるのが気になります。
 
例えば、凶器の刃物が今のところ複数あると言う情報がありません。
夫婦の殺害は必死だったから、途中で凶器を変える事ができなかったとしても、その後の子供部屋での犯行が同じ凶器と言うのは、ちょっと地味と言うか、淡泊というか、殺人を楽しむと言う雰囲気が足りませんね。
同じ理由で、催涙スプレーがあるなら、スタンガンなどがあっても良いはずなんですよね。
 
で、犯人の腰にポーチがあったのも変ですよね。まー他の荷物は別のバッグやリュックにでも入れて、廊下にでも置いていたと言う可能性は否定できないのですが・・・
 
総合的に快楽殺人にしては犯行が地味と言う印象です。
ただ、逆に凶器を平凡な物にして入手経路から犯人を絞り込まれる事を避けたと言う可能性は否定できないですね。
だけど・・・いきなり難易度の高い一家4人の殺傷を考えるのだろうか?と言うのは素朴な疑問です。
 
こう考えると、「夫婦殺害+通報遅延工作」と言うのが今のところ、一番、違和感が無いのかな?
 
夫婦殺害の動機(理由)が怨恨なのか?それとも逆恨みや妄想なのか?は分からないですね。
これまで、目立ったトラブルはなさそうなので、怨恨では無いのかもしれません。
ただ、夫婦を同時に同じ理由で恨むとしたら、どんな理由だろう?と言う疑問が生まれますね。
結局、夫婦のどちらかだけを恨んでの犯行なら、ターゲットが一人でいる時を狙えばよい話なんですよね。
 
深夜寝ているところを襲撃するのが成功の確率が高いと言う判断もあるけど、普通なら無関係の人物を巻き込むのは避けると思うんです。
 
とここまで書いてきて、地味に堂々巡りになっていると言う事に気付きました。
何か、新しい情報が欲しいですね。

参考リンク
茨城県境町就寝中夫婦殺人事件その16(妄想)

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