兵庫県神戸市高2男子殺害事件その9(鑑定留置)
1)凶器のナイフは事件6日後に約100メートル離れた住宅街の側溝で発見され、県警の調べで、事件前月に現場近くのスーパーで販売されたものと判明した。
2)捜査関係者によると、男は事件の数カ月前、兵庫県外の高校を退学していた。事件当時は神戸市北区の親類宅に身を寄せていたが、事件後ほどなくして離れ、県外に出たという。
別の報道では
男はその数カ月前に青森県内の高校を退学し、同区筑紫が丘の親族宅に移り住んだという。
3)事件の8日前に現場付近のスーパーで凶器と同じ型のナイフが購入された記録が残っていて、元少年は自分で買ったと話しているとのこと。
4)兵庫県警は昨年、男が「人を殺したことがある」と周囲に語っていたとの情報を得て、裏付け捜査を進めていたとのこと。
5)捜査関係者によると、現場近くの店では、同型のナイフが事件前年の09年夏から事件直前までに約20本販売された。県警は事件の8日前、最後にナイフを購入した男性客が事件に関与した疑いがあるとみて、防犯カメラの映像に写った男性客のズボンなどを公開していた。
ズボンは青色で側面に白いラインが入ったジャージーで、逮捕された男は高校時代に同じタイプのジャージーをはいていたとみられるとのこと。
6)捜査関係者によると、男は逮捕前に、親しい友人に「人を殺したことがある」という趣旨の話をしていたことも判明。県警は昨年、この情報を入手し、捜査を進めていたとのこと。
別の報道では
周囲には2020年に「人を殺したことがある」という趣旨の話をしていたとのこと。
7)容疑者の同級生によると、元少年は交際相手と仲が悪かった女子生徒のほおを刃物でたたき、脅したことがあった。このトラブルの後、09年秋までに高校を退学したとのこと。
別の報道では
元少年はこの高校を10年3月末に退学し、現場近くに転居してきたとのこと。
8)元少年は事件後、愛知県へ転居し、両親と生活。16年ごろには、県内のビジネスホテルで働いていた。フロント係を務め、同僚だった60代女性は「的確に指示を出すなど、頭が良い印象だった」と話したとのこと。
ホテルを辞めた後は自宅近くの施設でパート従業員として勤務。管理会社によると19年に採用され、商品の広告作製や売り上げの集計を担当した。無遅刻、無欠勤で「トラブルは一切なかった」という。
9)10年10月4日、午後10時すぎ、被害者は同区筑紫が丘4の自動販売機の前で、中学3年の女子生徒と話をしていた。
2人が話し始めて10~20分ほどたったころだった。10メートルほど離れた道路の反対側にあった車止めの支柱に、何者かが黙って腰掛けた。
午後10時45分ごろ。無言のまま男が被害者達に近づき、襲いかかったとのこと。
午後10時50分ごろ、県警に複数の110番が入ったとのこと。
犯人は逃走。午後11時を回って、県警は男の特徴を無線で流し、周辺に警察官を配備したとのこと。
10)元少年が近くのスーパーで購入したのは事件の8日前。護身用ではなく、人を殺すために準備していたとのこと。
11)神戸地検は8月20日、殺人容疑で逮捕された当時17歳の元少年(28)=愛知県豊山町=について、神戸簡裁から鑑定留置を認められたことを明らかにした。期間は同日から12月13日まで。刑事責任能力の有無などを調べるとのこと。
12)捜査関係者によると、県警が、男が書いた小説の存在を把握していることがわかった。事件後から17年ごろに書かれたとみられるとのこと。
小説では、東北地方の高校をトラブルで退学した少年が孤独感と他人への恨みを募らせた末、自宅近くの公園で見ず知らずの高校生の男女4人をナイフで襲うという。3人が死亡し、少女1人が生き延びる。高校生たちの楽しそうな笑い声に嫉妬したことなどがつづられているとのこと。
別の報道では
捜査関係者によると、元少年は事件後、「主人公が高校生をナイフで殺害する」という内容が含まれる事件に似た内容の小説を書き、インターネット上で公開していたという。現在は読めなくなっているとのこと。
時系列
2010年
03月末 容疑者が青森県内の高校を退学。(退学の時期は諸説あり)
事件当時 容疑者が神戸市北区筑紫が丘の親族宅に引っ越す。高校には通っていなかった。
09月26日 容疑者が近所で凶器を現場近くのスーパーで購入
10月04日
22:00過 被害者と中三女子が自販機の前で話しを始めた。
22:10頃 男が道路の反対側の車止めに腰掛ける
22:45頃 男が無言で襲いかかる。
22:50頃 複数の110番通報(路上に若い男が倒れている)
23:00過 県警が周辺に警察官を配備
10月05日
00:25頃 被害者が搬送先の病院で死亡が確認
10月11日 現場から100メートル離れた側溝で凶器のナイフが発見される。
事件後から2017年頃に事件に似た小説を容疑者が書く
2014年頃 容疑者が家族とともに愛知県豊山町に引っ越してくる。
2016年 容疑者が遅くてもこの頃には愛知県豊山町で両親と生活。
2016年頃 容疑者が愛知県内のビジネスホテルでフロント係として働く
2019年 容疑者が県内の会社に就職、デザイン系の仕事で才能を発揮していた。(逮捕までこの会社で働いていた)
2021年
08月04日 容疑者が逮捕
08月05日 容疑者が送検
08月20日 鑑定留置 12月13日まで
こんなところですね。
事件から10年が過ぎて、親しい人間に「人を殺した事がある」と話していたんですよね。
まー普通に考えて、「あり得ない」いくら親しい人間でも、通報されれば終わりだし、逆にそれをネタに強請られる可能性さえある。
強いて、話しても良い相手といえば、家族か共犯者ぐらいでしょうね。
なので、確かに周囲に話すと言うのは「逮捕される事を覚悟している」と言う事なのかもしれませんね。
そして、その前の段階で事件によく似た小説を書いている。
これもある意味では、自分が犯人だと言う事を言葉にせずに訴えていたのかもしれません。
このあたりの心境はこれからの精神鑑定などで出てくるかもしれませんね。
事件当時は高校時代で、在学中にどうも交際女性と仲の悪い女性とトラブルとなり、それが元で自主退学。
青森から離れて神戸の祖母宅に同居して二人で生活していたようです。
高校には通っていなくて、この当時にどんな生活をしていたのかは不明ですね。
ただ、交際女性の為に起こした事件(だと思う)で高校を退学して、結果、交際女性と別れて神戸に単身で引っ越すと言う状況なので、かなりネガティブな感情が渦巻いていたのはわかる気がします。
そんな状況で女子と楽しく話す、自分と同じような年齢の被害者を見て、思わず、妬んだり、嫉妬したりするのも不思議では無いのかもしれませんね。
この時、どうして容疑者を一人で親類宅に預けると言う判断になったのか?その理由が知りたいですね。
頭を冷やせと言うにも、それは、そのまま「就職しろ」って話になると、それはそれで、逆にストレスなんじゃないかな?と思ったりします。
親類宅から別の高校に転校させて、学生生活を送らせていれば、友人や新たな交際相手なども出来て、結果は変わっていたかもしれないですよね。
まー、今は精神鑑定の結果を待ちましょう。
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