2019/05/24

千葉県野田市小4女児虐待死事件その11(女性被告の初公判)

***女性被告の初公判(5月16日)***
1)傷害ほう助罪に問われた母親の女性被告(32)は16日、千葉地裁の初公判で「間違いありません」と起訴内容を認めた。

女性被告は、起訴内容に間違いがないかを裁判長に問われると、数十秒沈黙した後。裁判長に促され「間違いありません」と小さな声で述べ、起訴内容を認めたとのこと。

2)起訴状によると、父親の男性被告(41)=傷害致死罪などで起訴=は1月22日夜~24日深夜、自宅で女児に食事を与えず、長時間立たせたり肌着姿で浴室に放置したりして、十分な睡眠も取らせなかったとされる。さらに浴室で何度も冷水を浴びせるなどして飢餓と強いストレス状態に陥らせ、ショックもしくは致死性不整脈または溺水で死亡させたという。女性被告はこうした虐待を認識しながら放置し、食事を与えないことなどで傷害を手助けしたとされるとのこと。

3)論告で検察側は「母親の責任を放棄して虐待に同調した悪質な犯行だ」と指摘したこと。

検察側は冒頭陳述で、昨年末から女児が死亡した今年1月までの夫男性被告(41)による暴力などに対して「女性被告は虐待を止めることはあったが、児童相談所には通報しなかった」と指摘。女児が2017年11月に一時保護される前は「(男性被告に)問いただしたり、虐待を止めたりしていなかった」と述べたとのこと。

検察側の冒頭陳述によると、女性被告と男性被告は平成20年に結婚。女児が生まれたが、その後に離婚した。29年2月に再婚し、同年7月ごろから男性被告が夜中に長時間立たせるといった虐待を行うようになったとのこと。

29年11月、女児は学校アンケートで「父からの暴力」を訴えて児童相談所に一時保護され、家族から引き離された。だが、再び同居が始まると、虐待が再開。この際も、女性被告が「虐待を認識していたが対処しなかった」とする。

31年1月には男性被告が女児の体を引きずったり、ひっぱたりして床に打ち付けた際には、女性被告は止めに入ったが「警察や児相への通報はしなかった」とした。

検察側は、事件の証拠の一つとして、今年1月、女性被告が女児の自宅での様子を男性被告に報告したLINEの内容を明らかにした。それによると、「女児が勝手に部屋から出てきた。女児が勝手に冷蔵庫を開けていた。ありえない。マジで何様なの。むかつくね」と書かれていたとのこと。

さらに、女性被告が男性被告に対して「虐待だよ」というと男性被告が逆上し、馬乗りになったうえ、口に膝掛けをつっこまれるなどの暴行を受けたと証言したとのこと。

検察側は証拠調べの中で女性被告を取り調べた際の調書内容を朗読。女性被告が遅れて、千葉にやってきた際、女児が元気のない様子だったため、どう過ごしていたかを確認したという。その際、女児は「毎日地獄だった。夜中にずっと立たされたり、妹の世話をさせられたりしていた」などと話したとした。

ただ、一緒に生活すればこうした行為は変わるだろうと考え、女性被告は男性被告に「確認することはなかった」という。

被告(供述調書より)「旦那からされていたことはDVとは違うと思い、旦那のことが好きだった」
検察(供述調書より)「具体的にどこが優しいのか?」
女性被告(供述調書より)「すぐには思い当たりません」と答えたとのこと

女性被告は、児童相談所側に男性被告が提示した、女児の直筆の「お父さんにたたかれたのはうそ」という文章の作成にも関与していたとのこと。

文章を書かせるよう記したメッセージが男性被告から届くと、女性被告は「了解。みいちゃんにちゃんと書かせる」と返信した。

4)弁護側は「(一家が千葉に)転居してからは被告が夫の意向を無視して自分の行動を決めることができず、夫の支配下にあった」と述べ、執行猶予付きの判決を求めたとのこと。

被告人質問では、弁護側から男性被告の女児への虐待行為を見て止めようとしたことはあるか、と問われると、女性被告は「『これ以上やめて』と言ったが、床に押し倒されて、馬乗りにされた。私が『苦しい』というと膝掛けを口の中に入れられた」などと話したとのこと。

5)検察側は懲役2年を求刑し、即日結審した。判決は6月26日の予定

6)女性被告は同月22日から死亡する24日までの詳しい状況を供述していたとのこと。

男性被告は、十分な睡眠や食事を取らせず、風呂場で足踏みさせたり、関節技をかけたりしていたとのこと。「旦那の虐待に協力したことに間違いない。誰が見ても許されない虐待だった。虐待に慣れてしまっていた」と話したとのこと。

女性被告が何を言っても行為を認めず、女性被告自身も数回だが暴力を受けていたのこと。

同22日から男性被告はインフルエンザに罹患。ずっと自宅にいる状態が続いた。「心愛の存在自体が嫌だ」とし寝室に閉じ込めトイレにも行かせなかった。女児は、おもらしをしてしまう状態だったという。食事は寝室に運んで食べさせていた。

男性被告は「壁を向いて立っていろ」とし、女児はリビングの端にずっと立たされていた。女性被告は午後10時ごろまで立たされているのを確認していたとのこと。

翌23日の明け方、女性被告がトイレに立つと、男性被告は、まだ、女児が立っているのを確認していたとのこと。その後、男性被告が寝入った隙に、女児は、女性被告の寝室に入ってきた。「ずっと立たされていた」。そう話したとのこと。

午前9時、女性被告が寝室から出て食事を作り始めたとき、ソファで横になっていた男性被告が起き上がり、女児が立っていないことに気がついた。女児を寝室から連れ戻し、その場で立たせて朝食も食べさせなかったとのこと。

その後、男性被告は病院へ。その際も「風呂場で駆け足してろ」と女児に指示していたとのこと。帰ってくると、男性被告は「やっていなかっただろう。換気口から音がしなかった」といい、足踏みの続きをさせたとのこと。

夕食後、女児はおもらしをした。「どうするんだ」。そうすごむ男性被告に、女児は「そこで立っています」と話していたとのこと。

24日午前1~2時ごろには、立たされていた女児がまたおもらしをしてしまったとのこと。男性被告は「もう着替えがないぞ。いつまで立っているんだ」と詰問し、女児は「午前10時まで立っている」と言わされいたとのこと。

女児は、結局、24日朝まで風呂場に立たされていた。風呂場や廊下が寒いことは分かっていたが、女性被告は「布団をあげなかった」とのこと。

24日午前、女児は風呂場で髪と肌着1枚でぬれて、肌着から肌が透けている状態で体育座りのような格好をしていた。男性被告は「見ていないとすぐさぼろうとする。嘘をつく」といい、風呂の洗い場で立たせたとのこと。

午後3時ごろ、男性被告が「今から5秒以内に服を脱げ。5、4、3、2、1」と数え始めたが、女児は脱ぐ力もなかったとのこと。男性被告はボウルいっぱいに冷水をため、女児の頭にかけることを3回くらい繰り返したとのこと。

そのあと、「シャワーでながせよ」といい、女児はお湯を出そうとしたが冷水に変えさせ、「かせ」とシャワーをひったくると、背中や頭に躊躇なくかけた。女児は背中を丸めて震えていたとのこと。

午後4時、男性被告は女児をリビングに連れてきてうつぶせにしてプロレス技をかけた。午後5時前後にまたおもらししてしまった女児に「いい加減にしろ。俺は片付けないからな」といって、家族は夕食を食べたが女児には与えなかったとのこと。

午後9時、リビングに入って女児が女性被告に「トイレに行きたい」と言ったので、女性被告は「いいよ」と応えた。女児は「寒い、寒い」と言いながらリビングのストーブの前で手を伸ばして当たっていた。お風呂に入った方がいいと言って、女性被告は「服は軽く水洗いして浴槽に掛けておいて」と頼んだとのこと。

午後9時50分、「もう寝ようか」と寝室に入ろうとした。これが女児との最後の会話だったとのこと。女児を寝室に入れようとしていることに気付いた男性被告は「掃除をさせるから」と女児を連れ出した。しばらくすると、壁をたたくようなドンという音が2回したが、悲鳴や叫び声などはしなかった。すると男性被告が「ちょっときて。女児が動かない」と比較的冷静な様子で言ってきたので「え、なんで」と応えて浴室へ行くと、女児はあおむけで青ざめた状態で倒れていたとのこと。

お湯を掛けたが全く反応がなく、その場で立っていると、「自分で電話する」と男性被告は言ったとのこと。女児の脈は確認できず、心臓マッサージで胸を5~6回押すと、まもなく救急隊員が到着したとのこと。

6)女性被告の母親に対する証人尋問
母親は「(女性被告が)結婚後、何度か男性被告から離れて実家に戻ってきたが、連絡なくいつの間にか戻り、一緒に暮らしていた」と証言。女性被告は「仕事を辞めさせられたり、携帯をチェックされたり、行動を監視されている」と母親に訴えていたとのこと。

女性被告は男性被告から離れて沖縄の実家で生活していた頃、精神科の病院にも入院していたとのこと。

7)弁護側被告人質問(抜粋と要約)
「男性被告からDVを受けていたのか?」
「当初は思っていませんでしたが、現在、過去を振り返ってみるとDVだったのかなと思っている」

「(家族や友人の)ラインの連絡先は以前は登録していたけど、沖縄にいたころに消した」

「私たちの家族の居場所が母親に知られると、旦那に叱られると思ったから、母親に電話できなかった」

「男性被告の実家とは仲が悪かった」
「(男性被告の)実家に入れてもらったこともない」

「千葉に来た後、男性被告と2人の子供以外に会話する人はいなかった」

「女児を連れて家を出ていっても、行き先がばれたりして連れ戻されると思った」

「最近、幻聴が聞こえていたので飲む薬を増やしました」

「薬を飲むと頭がぼんやりしたり、回らなくなる感覚がある、今もそう」

8)検察側被告人質問(抜粋と要約)
「次女には虐待はなかった」

「今後、男性被告との関係をどうするのか?」
「答えられず」

こんなところですね。
詳細な虐待の経緯がでてきましたが、かなり詳しく記憶していますね。
判断力の有無は別にしても、冷静に状況を見ていたんでしょうね。

男性被告からの支配から解放された今も男性被告との関係解消について、回答できないというのは、もしかすると共依存のような関係なのかもしれませんね。

男性被告と別れない為に男性被告の虐待行為を黙認、あるいは迎合してしまったという可能性はあると思います。

ただ、今回の公判では検察、弁護側、ともに精神鑑定はしていませんね。
責任能力に疑いは無いと言う事なんでしょうが、なぜ虐待を黙認や加担した理由は精神鑑定をしないとはっきりしないのではないか?という気がしますね。

このあたりの理由に関連して、女性被告が男性被告の実家と仲が悪かったと言うのは、結婚と再婚にあたり、男性被告側の親族は反対していたという事なんじゃないかな?

離婚の経緯がはっきりわからないのですが・・・
最初の結婚の後からDVが始まったいたようですし、それが理由で離婚したという説明はよくあるケースだと思います。

そういう状態だったのであれば、女性被告側の親族も再婚には反対だったのだろうと思うんですよね。

憶測でしかないのですが、双方の親族がともに反対している中で再婚というのは、相当の執着がないと難しいと思うわけです。

なので、まだ表に出ていない人間関係というか、絆みたいな物がこの夫婦にはあるのかもしれませんね。

女性被告が再婚した理由が、この事件を防ぐ事ができなかった理由の一つなのかもしれませんね。

もし、誰かライターさんがルポを書くことがあったら、このあたりの事を調べてほしいですね。

判決を待ちましょう。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その10(虐待の詳細)

| | コメント (0)

2019/04/05

千葉県野田市小4女児虐待死事件その10(虐待の詳細)

1)当日の暴行の詳細
男性被告は女児が死亡する2日前から妻の女性被告(32)=傷害幇助(ほうじょ)罪で起訴=に食事を与えないよう指示し、女児を飢餓状態にさせた。さらに、長時間、肌着のまま居間や暖房のない浴室に立たせ続け、十分な睡眠を与えなかったとのこと。

 女児が死亡した1月24日の午後1時ごろからは、既に肌着が水でぬれていた女児に「5秒以内に服を脱げ」と命令。「5、4、3、2、1」とカウントダウンした上で頭からボウルに入った冷水を数回浴びせかけ、さらに「シャワーで流せよ。お湯じゃないだろう」などと言って体に冷水シャワーをかけた。

 同4時ごろには居間の床にうつぶせに寝かせた女児の背中に座り、両脚をつかんで体を反らせるなどの暴行を加え、同9時50分ごろ、女児が寝室に入ろうとすると、「なんでいるの。駄目だから」と叱り、「ちょっと来い」と浴室に連れ込み、シャワーの冷水を顔面にかけ続けた。女児は同11時8分ごろ、死亡したとみられるとのこと。

2)地検は女児の死因を3つの可能性に絞ったとのこと。
A)健康状態では弱アルカリ性の血液が飢餓状態などで酸性になる「ケトアシドーシス」によるショック死
B)致死性不整脈
C)溺死
のいずれかと判断。女児が長期間の虐待で、強いストレス状態にあったこともその死に影響したとみているとのこと。

3)暴行の疑いで再逮捕された父親が3月9日、千葉地方検察庁に送られました。

4)千葉県野田市の小4女児死亡事件を巡り、文部科学省の永山賀久初等中等教育局長は3月15日の衆院文科委員会で、県柏児童相談所が2017年に女児を一時保護した後、「学校からの虐待情報が発端だった」と保護者に伝えていたと明らかにした。
野田市も同様の内容を保護者に伝えていたとのこと。

5)県警は3月18日、女児を立たせ続けるなどしたとして、強要の疑いで父親の男性容疑者(41)=傷害致死罪などで起訴=を再逮捕した。逮捕は4回目。

再逮捕容疑は今年1月5日ごろ、自宅で女児を怖がらせて浴室に追いやり、立たせ続けるなどした疑い。

男性容疑者から押収したスマートフォンの画像などから立件が可能と判断したとみられるとのこと。

6)父親が、年末年始に家族で出かけることができなくなったことに腹を立て、女児を浴室に立たせ続けるなどしたとみられるとのこと。

父親の男性容疑者は女児に対し、「年末に戻せ。時間戻してくれよ」と責めた上、浴室に立たせ続けるなどした疑いで、18日、再逮捕された。

捜査関係者によると、男性容疑者が年末年始に家族で出かけることができなくなったことについて、女児を責めていたとみられるとのこと。警察は、男性容疑者が、日常的に女児を追い詰めていたとみて調べているとのこと。
7)強要の疑いで再逮捕された父親が、3月20日朝に送検された。

8)3月28日、父親からの虐待を訴えた女児のアンケートのコピーを父親に渡した市教委学校教育部次長兼指導課長(58)を停職6か月とするなど、職員12人を懲戒処分とした。指導課長は主幹に降格させたとのこと。

市は、指導課長の行為について「地方公務員法と市個人情報条例に違反する」とし、「市教委と市、児童相談所などの情報共有が足りず、重篤性や緊急性の認識が欠けていたことが事件の一因」と説明した。懲戒処分はこのほか、学校教育部と市児童家庭部の幹部職員ら6人を減給10分の1(3か月)、5人を戒告とした。

鈴木有市長と今村繁副市長、佐藤裕教育長については既に、いずれも減給2分の1(3か月)とする関連議案が市議会で可決されている。鈴木市長は記者会見で、「幼い子供の命が失われたことや、社会的影響の大きさに鑑みて厳正な処分を行った」と述べたとのこと。

時系列
男性容疑者の出身は千葉県野田市
2009年頃 両親が結婚、女児が誕生
2009年  一家が糸満市に転入
数年後に離婚
2017年頃 両親が再婚
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。
その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。
11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
12月28日 学校が一時保護解除を知る。
2018年
01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。
01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。
01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。
02月26日 児相職員が親族宅で男性容疑者と面談、男性容疑者が女児の書面を提示した。男性容疑者が「きょうで娘を連れて帰る」と発言。
02月27日 児相から市に「女児が父のもとに帰っている可能性が高い」と報告。
02月28日 児相が女児を自宅に戻す決定をする。
03月02日 児相が死に再度一時保護の可能性を報告。
03月上旬 女児が自宅へ戻る。(実際には2/26に戻っていると思われる)
03月19日 児相が女児と面談、書面は書かされたと知る。この時、女児から戻った時期を聞いた。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
09月   女児がしないの親族宅で生活を始める
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
12月22日頃 冬休みで女児が自宅に戻る。
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。男性容疑者が初出勤
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。男性容疑者が体調不良で仕事を早退
21日以降は男性容疑者はインフルエンザを理由に欠勤
01月22日 24日まで断続的に女児を立たせ続ける。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検
02月04日 母親を共犯として傷害容疑で逮捕
02月05日 母親を送検
02月14日 父親を別の傷害容疑で再逮捕
02月15日 父親を送検
02月25日 母親を別の傷害事件で再逮捕
03月06日 両容疑者を起訴
03月09日 父親が送検
03月19日 父親を強要で再逮捕
03月20日 父親を送検

こんなところですね。
虐待の詳細が分かりましたが、家族旅行ができなくなった理由が女児にあると言う理屈が分かりません。
女児は冬休み前の3ヶ月間を親族宅で生活していたわけですが、冬休みに自宅に戻っています。
なので、年末年始に家族で出かける事ができなくなったと言うのは、女児が不在でできないと言う事では無いんですよね。

・・・そうか、アザですね。女児の見える所にアザができた為に、女児を外出させる事ができなくなったのが理由ですね。
しかし・・・そりゃあ、アザを作ったのはアナタ(容疑者自身)ですよね?とツッコミたくなりますね。

しかも、「しつけ」と言いながら、その内容はしつけとは言えない物ばかりですよね。

まるで、子供のイジメやケンカみたいですよね。

本来、親が子供に持つであろう愛情など、微塵も感じる事ができません。
「しつけ」を理由としているのは、自分の暴力行為を正当化する為の後付の理由でしょう?
最初の動機は結局、何だったのか?

再婚した直後から虐待やDVが始まっているので、再婚前に理由があったとしたら、離婚の理由が女児に関係していたのかな?
でも、離婚の理由は男性容疑者からのDVですよね?

このあたりは、公判で出てくるでしょうね。
続報も出なくなりました。

次は公判ですね。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その9(起訴)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その11(女性被告の初公判)

| | コメント (1)

大阪府大阪市知的障害者3歳児殺害事件?事故?

大阪市の自宅で3歳の弟の腹を足で踏み続けて殺害したとして、一緒に住む23歳の姉が逮捕されれる事件が起きている。

大阪市に住む23歳の姉は4月2日、自宅で一緒に住む3歳の弟の腹を足で踏み続けるなどの暴行を加えて殺害した疑いで、4月5日逮捕されたとのこと。

警察によると姉には知的障害があり、警察の調べに対し「風呂場であおむけの弟の腹に5、6分乗っていた。死ぬとは思わなかった」と供述し、殺意については否認しているとのこと。

また、司法解剖の結果、弟の死因は、腹を強く圧迫され腸が破れたことによる失血死で、腕や足にやけどの跡があったとのこと。

また姉は逮捕前、警察に「普段から弟の面倒を見させられ嫌気がさした」と話したとのこと。

一家は両親と子ども6人の8人家族で、逮捕された姉は長女で、死亡した男の子は三男だったとのこと。

またしても、嫌な事件が起きてしまいましたね。
事件と言うべきか?事故と言うべきか?悩む部分ではあります。

ただ、姉の知的障害のレベルが分かりません。
一緒に住んで、3歳児の面倒を見れるぐらいのレベルであったとは思うので、責任能力にはついては慎重な判断が必要ですね。

それから、気になったのは、
「風呂場であおむけの弟」と言うのがちょっと分かりません。
普通に考えると、風呂場で仰向けになるような状況が考えにくいですよね。
仰向けにさせたと言う事なのかな?それとも、偶然、仰向けになっていたのかな?

で、もう1点が
「腕や足にやけどの跡」の部分で、「跡」と言う事は古い傷なのか?
それとも、死亡直前についた跡なのか?

続報は出ないかもしれないけど、続報を待ちましょう。

| | コメント (0)

2019/03/26

千葉県野田市小4女児虐待死事件その9(起訴)

1)女児が父親からの暴力を訴えたアンケートのコピーが父親に渡った問題をめぐり、学校がアンケートの実施を父親に伝えたとする内容が市職員の日誌の記録に記載されていたとのこと。学校は市の聞き取りに「伝えていない」と否定しているとのこと。

市はこれまで「父親がアンケートの存在を把握していたようで、閲覧と写しの提出を求めてきた。誰が父親に存在を知らせたのかはわからないが、学校ではない」と説明していたとのこと。

だが、市児童家庭課の職員が書いた記録を確認したところ、18年1月16日に12日の話し合いに出席した市教委の担当者から聞いた話として「学校側が11月のいじめアンケートのことを父に話してしまい、父から閲覧及び写しを渡すよう求めがあった」との記載があったとのこと。

市の聞き取りに市教委の担当者は「話した記憶がない」と否定したという。市は「記載の内容は会議前のやりとりで、誤りと判断している」としているとのこと。

2)面談の記録
面談は30年2月26日に男性容疑者の親族宅で実施。関係者によると、その際のやり取りが市の記録に残っていた。また、市教育委員会によると男性容疑者が翌27日、学校に「第三者が来ても娘を渡さないように」と求めていたとのこと。

市の記録によると、男性容疑者は訪問した児相職員3人に「娘と会わせないとの指示に法的根拠はあるのか。ないなら従う義務はない」と主張し、女児の帰宅を要求。男性容疑者の親族から「何も言わないんですか」と尋ねられた職員は「止めれば覆るんですか」と消極的な発言をした上で、「児相としていいとは言えない」と述べていた。

児相は27日、市に「女児は自宅に戻ったと思われる」と伝達。男性容疑者は同日、学校に「今後は妻が娘を送り迎えする」「第三者が来ても娘を引き渡さないように」と連絡していたとのこと。

3)一家は2017年8~9月、沖縄県糸満市から野田市に転居した。捜査関係者によると、2人はその後、1年ほど前から女児に断続的に食事を与えなくなり、数日間続けることもあった。これまでの2人の供述などから明らかになったという。女児は特別に痩せてはいなかったが、県警は周囲に発覚しないような形で続けたとみているとのこと。

4)県警は2月14日、父親で団体職員の男性容疑者(41)を女児への別の傷害容疑で再逮捕し、発表した。認否は明らかにしていない。

 発表によると、男性容疑者は昨年12月30日ごろ~今年1月3日ごろ、自宅で女児の両腕をつかんで体をひきずり、顔を浴室の床に打ち付け、胸や顔を圧迫するなどの暴行を加え、顔面打撲や胸の骨が折れるけがを負わせた疑いがある。捜査関係者によると、県警は母親の女性容疑者(32)も在宅し、男性容疑者の暴行を容認していた可能性があるとみて調べているとのこと。

男性容疑者は横たわる女児に膝でのしかかるなどしていたとのこと。

父親が残していた虐待の動画が動かぬ証拠となったとのこと。

骨折後も病院を受診させていなかったとみられるとのこと、県警は死亡に至った経緯についても調べている。

母親の女性容疑者(32)が「娘がけがをしても診療には連れて行かなかった」などと話しているとのこと。

5)千葉地検松戸支部は14日、男性容疑者の1月24日の傷害容疑を処分保留としたとのこと。

6)超党派の議員連盟は2月14日、児童虐待に対応する新たな国家資格の創設などを求める決議を根本匠厚生労働相に手渡したとのこと。

児童相談所(児相)などで虐待の相談支援を担う児童福祉司は国家資格ではなく、社会福祉士ら有資格者や、大学で心理学などを学んだ人が自治体に任用される。

議連会長の塩崎恭久元厚労相は記者団に、「(事件では)児童福祉司の専門性の問題が問われている。専門的な国家資格をつくるべきだ」と強調。厚労省は今後、有識者らによる専門委員会を立ち上げ、資格創設を検討する方針とのこと。

7)男性容疑者は千葉県野田市で育ち、長女の女児(10)が亡くなるまで通っていた小学校を卒業した。沖縄県には10年間ほど暮らし、同県出身の女性容疑者(32)と結婚。一度は離婚したものの2017年に次女(1)が誕生する前に再婚したとのこと。

17年8月に一家で野田市に転居し、18年4月、沖縄の観光振興団体の東京事務所に採用された。イベントの企画や運営にあたり、上司は「対外的にも丁寧で、至って実直だった。お客さんからお礼の連絡をもらうこともあり、評判も良かった」と評する。職場内でも協調性があり、他の職員への目配りも行き届いていたとのこと。

同じアパートに住む男性も「真面目で優しそうで、あいさつすると丁寧に返してくれた。マイカーで家族4人で出かけ、どこにでもいる仲のいい家族に見えた」と話したとのこと。

8)女児が2018年9月から3カ月余り、市内の親族宅で生活していたとのこと。冬休みに合わせ12月下旬に自宅に戻っており、同居再開を契機に虐待が激化した疑いがあるとのこと。

9)根本匠厚生労働相は15日閣議後の記者会見で、児童相談所や教育現場の対応を検証し、再発防止策を検討するプロジェクトチーム(PT)を厚労省と文部科学省が合同で設置すると発表した。同日夕に初会合を開き、5月末までに中間結果を取りまとめるとのこと。

10)県警は2月15日朝、女児の胸の骨を折ったなどとして再逮捕された父親の男性容疑者(41)を、千葉地検松戸支部に送検した。捜査関係者によると、男性容疑者は「覚えていない」などと供述しているとのこと。

11)松戸簡裁は2月15日、2月4日に逮捕された女性容疑者の勾留延長を認めた。

12)県警は2月25日、年末年始にも女児を暴行しけがを負わせた同容疑で再逮捕した父親の男性容疑者(41)に同調したなどとして、同容疑で母親の女性容疑者(32)を再逮捕したとのこと。

13)千葉地検は3月6日、父親の男性容疑者(41)を傷害致死と傷害の罪で起訴し、発表した。虐待と死亡に因果関係があると判断した。母親の女性容疑者(32)も傷害の幇助の罪で起訴した。認否は明らかにしていないとのこと。

起訴状などによると、男性容疑者は1月22日午後10時~24日午後11時8分ごろ、自宅で女児に食事を与えず、長時間立たせたり肌着姿で暖房のない浴室に放置したりして十分な睡眠を取らせなかった。24日昼には浴室で「5秒以内に服を脱げ。5、4、3、2、1」などと指示し、ボウルとシャワーで頭や体に冷水を浴びせたとのこと。

さらに夕方、リビングでうつぶせにさせた女児の背中に座り、両足をつかんで体を反らせた。夜には寝室に入ろうとした女児に「なんでいるの。ダメだから。ちょっと来い」などと言って再び浴室に連れ込み、シャワーで顔面に冷水を浴びせ続けるなどの暴行を加えたとのこと。

こうした一連の行為で女児を飢餓と強度のストレス状態に陥らせるなどし、ショックまたは致死性不整脈、溺(でき)水により死亡させたとされるとのこと。

14)女性容疑者は一連の暴行を制止せずに放置したほか、指示を受けて食事を与えないことで男性容疑者の犯行を手助けしたとされる。地検によると、女児を最終的に死に至らせた24日夜の暴行については関与が認定できないため、傷害幇助の罪としたとのこと。

時系列
男性容疑者の出身は千葉県野田市
2009年頃 両親が結婚、女児が誕生
2009年  一家が糸満市に転入
数年後に離婚
2017年頃 両親が再婚
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。
その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。
11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
12月28日 学校が一時保護解除を知る。
2018年
01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。
01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。
01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。
02月26日 児相職員が親族宅で男性容疑者と面談、男性容疑者が女児の書面を提示した。男性容疑者が「きょうで娘を連れて帰る」と発言。
02月27日 児相から市に「女児が父のもとに帰っている可能性が高い」と報告。
02月28日 児相が女児を自宅に戻す決定をする。
03月02日 児相が死に再度一時保護の可能性を報告。
03月上旬 女児が自宅へ戻る。(実際には2/26に戻っていると思われる)
03月19日 児相が女児と面談、書面は書かされたと知る。この時、女児から戻った時期を聞いた。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
09月   女児がしないの親族宅で生活を始める
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
12月22日頃 冬休みで女児が自宅に戻る。
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。男性容疑者が初出勤
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。男性容疑者が体調不良で仕事を早退
21日以降は男性容疑者はインフルエンザを理由に欠勤
01月22日 24日まで断続的に女児を立たせ続ける。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検
02月04日 母親を共犯として傷害容疑で逮捕
02月05日 母親を送検
02月14日 父親を別の傷害容疑で再逮捕
02月15日 父親を送検
02月25日 母親を別の傷害事件で再逮捕
03月06日 両容疑者を起訴

こんなところですね。
今回の報道で一番気になったのは、冬休み前の3ヶ月間、女児が親族宅に預けられていたと言うのはどういう事なんだろう?と思うわけです。

児童相談所にまで食って掛かるような男性容疑者が、親族には女児を預けたと言う事なんだろうか?
そう、一家が妻の実家のある沖縄から野田市に転居した理由が分かりませんでしたが、男性容疑者自身が野田市の出身だったんですね。その結果、野田市には男性容疑者の親族がいたと言う事なんでしょう。
一時保護の時も親族宅で生活する事を条件に一時保護を解除しているんですよね。
児相との話し合いも、親族宅で行われたようですから、この親族が、同じ親族なら事情を良く知っていたと言う事なんでしょうね。

で2月26日の面談の時にも、親族が「児相に何も言わないのですか?」と促しているので、多分、この親族は女児を自宅に戻すのは反対していたのだろうと思います。

で、その後、冬休み前の3ヶ月間、女児を預かっていた事を考えると、この親族は男性容疑者に対して、大きな影響力を持っていたと思うんですよね。だから、2月26日の面談で、「児相が絶対にダメ」としていたなら、この親族が児相の味方になり、女児を引き留める事ができたのかもしれません。

まー、タラレバになってしまいますけどね。

その意味では、児相はこの親族とも事前に相談して、面談では男性容疑者を説得してくれる様に依頼するなど、方法はあったと思うのですが・・・経験不足だったのかな?

それから、もう一つ、政治家の方々が資格を作ろうと言う動きをしているようですね。
「児童福祉司の専門性の問題が問われている。専門的な国家資格をつくるべきだ」
と言う事なんですが、「専門性って何ですか?」と思わず聞き返したくなります。

資格が取れる事と、仕事が出来る事、その仕事に適正がある事は別だと思うんですよね。

多分、この児童虐待の問題の現場では、色々な意味で社会の暗黒面を垣間見る事になると思います。
大学などと協力して、早い時期に情熱を持って仕事に取り組めて、適正のある人材を見つけて育成する事を優先した方が良いと思いますね。

資格を取ったから、「今日から仕事ができます」ってわけじゃないでしょ?
専門性と言うのは、現場のOJTで育成される物の方が、テキストで覚える事よりも身につくと思うんですよね。
それに、人間相手の仕事はマニュアル通りに行かない事もありますよね。

その上で組織的な取り組み、法律やルールの整備が必要だと思います。

次回に続く


参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その8(動画)l
千葉県野田市小4女児虐待死事件その10(虐待の詳細)

| | コメント (0)

千葉県野田市小4女児虐待死事件その8(動画)

1)2月8日の官邸で開かれた児童虐待防止に関する関係閣僚会議で、威圧的な保護者に複数機関で対処するなど新たな対策の実行を指示した。

首相は今回取りまとめた新たな対策として

(A)把握している全ての虐待ケースの緊急安全確認

(B)子供の安全を第一に通告元は一切開示しないルールの設定

(C)威圧的な保護者に対する複数機関での共同対処ルールの設定

(D)新年度に児童福祉司の千人増員など体制の抜本的強化-を挙げたとのこと。

把握している虐待が疑われる全てのケースについて、1カ月以内に緊急の安全確認を行うことを決めたとのこと。

学校や児相、警察間で虐待の対応マニュアルを共有し、虐待発見後の対応能力の抜本的強化を明記したとのこと。

2)女性容疑者が事件当日の1月24日の男性容疑者の行動について「暴行を止めても無駄だと思った。どうしようもなかった」という趣旨の供述をしているとのこと。

女性容疑者(31)が「夫に『お前は娘のしつけができない無能なやつだ』と言われた」などと供述をしているとのこと。

3)国連は、日本政府に法改正を含む対策強化を勧告した。

4)県柏児童相談所は、父親の男性容疑者(41)が女児を児相の判断を待たず自宅に連れ帰った可能性を認識していたのに、黙認していたとのこと。

昨年2月26日、男性容疑者は親族宅を訪れ、同席していた児相職員に「きょうで娘を連れて帰る」と発言していた。

児相はこれに対し、「すぐには判断できないので、会議を開いて検討する」と返答していたが、野田市によると、同27日に児相から市に「女児が父のもとに帰っている可能性が高い」と報告があったとのこと。

県や児相は女児が自宅に戻った時期について「3月上旬」と説明しているが、正確な日にちは把握していない。帰宅容認の判断を両親に伝えた記録も残っていないとのこと。

野田市によると、同27日に児相から「26日に職員が親族宅を出た後、心愛さんが自宅に戻ったと思われる」と連絡があった。3月2日には「学校には児相から連絡する」と告げられたといい、市教委は学校へ伝えなかった。

小学校によると、児相からは連絡がなく、3月10日の土曜授業の際に突然、男性容疑者が迎えに来たため対応に困ったという。児相は同19日に学校で面会した女児から「3月上旬に帰宅した」と聞き、帰宅時期を把握したとのこと。

5)男性容疑者の勤務先の上司は男性容疑者について「穏やかで、怒るところを見たことがない」と話したとのこと。

6)女児の遺体の肺に水がたまっていたとのこと。

7)女児が虐待される様子を撮影した動画データを、県警が発見していた。

動画データは、父親の男性容疑者が所持していた記録媒体に保存されていたとのこと。

1月にスマートフォンで撮影された可能性が高く、女児が、男性容疑者とみられる人物から暴行を受ける様子や、ぐったりする様子などが映っていたとのこと。

警察は、容疑者か母親の女性容疑者が撮影したとみて、映像の解析などを進めているとのこと。

調べによると、動画の中には、女児が泣きながら、「お父さん、ごめんなさい」などと謝罪し、暴力をやめるよう許しを請う様子も含まれていたとのこと。

8)男性容疑者が取り調べに対し、女児を「午前10時ごろからしつけとして立たせたりしていた」「夜に髪を引っ張って風呂場へ連れていき、冷水のシャワーを掛けたら娘がぐったりした」などと話しているとのこと。

9)女性容疑者(31)が事件当日の男性容疑者(41)の行動を巡り「廊下に立たされていた娘が無断で部屋に入ったことに腹を立て、再び廊下に連れ出し、浴室に連れて行った」という趣旨の供述をしているとのこと。

女性容疑者は夫婦の力関係について「自分は支配下にあった」と供述しているとのこと。

10)柏児相はその後の3月2日に「5日午後、女児と学校で面談し、場合によっては再度一時保護の可能性がある」と市に報告。柏児相が虐待再発の危険性を認識していたと受け取れるが、柏児相はこれまでマスコミに「学校での適応状況があり、一時保護は考えなかった」と回答しているとのこと。

11)「学校が父にアンケートの実施を伝えた」と市児童家庭課の資料に記載されていた。

12)女児が児童相談所に一時保護された際、PTSD=心的外傷後ストレス障害の疑いがあると診断されていた。一時保護が解除された際には、児童相談所は市に「父親とは一定期間2人で合わせないように」などと報告していたとのこと。

13)捜査関係者によると、男性容疑者が女児に対し、「行儀が悪い」「宿題をしろ」などと言って日頃から暴行を加えていた、という趣旨の供述をしているとのこと。

14)野田市によると女児が児童相談所に一時保護され、親元に戻すことが決まっていない時期に、男性容疑者が小学校に「今後は妻が子どもの送り迎えをする」と一方的に連絡していたとのこと。

時系列

2009年頃 両親が結婚、女児が誕生

2009年  一家が糸満市に転入

数年後に離婚

2017年頃 両親が再婚

2017年

07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし

07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談

07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談

08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた

09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。

11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。

その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。

11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。

12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。

12月28日 学校が一時保護解除を知る。

2018年

01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。

01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。

01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校

01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。

02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談

02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。

02月26日 児相職員が親族宅で男性容疑者と面談、男性容疑者が女児の書面を提示した。男性容疑者が「きょうで娘を連れて帰る」と発言。

02月27日 児相から市に「女児が父のもとに帰っている可能性が高い」と報告。

02月28日 児相が女児を自宅に戻す決定をする。

03月02日 児相が死に再度一時保護の可能性を報告。

03月上旬 女児が自宅へ戻る。(実際には2/26に戻っていると思われる)

03月19日 児相が女児と面談、書面は書かされたと知る。この時、女児から戻った時期を聞いた。

04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた

     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。

12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず

12月21日 女児の最終登校日

2019年

01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。男性容疑者が初出勤

01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡

01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。男性容疑者が体調不良で仕事を早退

21日以降は男性容疑者はインフルエンザを理由に欠勤

01月22日 24日まで断続的に女児を立たせ続ける。

01月24日

10:00頃 立たせたりの虐待を始める

23:10頃 110番通報により、事件発覚

23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。

01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

02月04日 母親を共犯として傷害容疑で逮捕

02月05日 母親を送検

 

こんなところですね。

国連からも勧告が出るとは、先進国なのか?と思うような事態です。

児相な杜撰な対応が表面化してますね。

一時保護している女児を男性容疑者に勝手に連れ帰られて、虐待リスクが上昇しているのに、戻す決定をしたのは、良く言ってもツジツマ合わせ、悪く言えば、隠蔽なんじゃないかな?

 

学校がアンケートの事を男性容疑者に伝えたのは、うかつとしか言いようがありませんね。

それまでは、虐待のリスクを知らなかったのかもしれないけど、アンケート自体で虐待が報告されているわけですからね。

そんなアンケートがあったと知れば、心当たりのある男性容疑者がその内容が気になるのは自然な事のように思えますね。

 

さて、虐待の話に戻すと、動画が出てきました。

これがちょっと意味不明なんですよね。

どんな理由で動画を撮影したのだろうか?

動画の内容から考えて、常識的に外部に流出したら事件性を指摘されるような動画ですよね?

だから、家族内だけ、あるいは男性容疑者本人だけが、後で見返す為に撮影したのだろうか?

しかし、見て、面白いとか、楽しいとか言う動画じゃないわけですよね。

それを、見返す理由は無いと思うのですが・・・もし、これに精神的興奮とか性的興奮を感じていたのなら、説明は出来るのかもしれません。

 

あるいは、女児に対して、「またこんな事するぞ」と言う脅しの道具に使おうとしたのかな?

でも、そんな道具(動画)など必要無いと思うんですよね。PTSDになるほどの恐怖が刷り込まれているわけですからね。

動画を撮影した理由が知りたいですね。

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その7(首相動く)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その9(起訴)

| | コメント (1)

2019/03/21

千葉県野田市小4女児虐待死事件その7(首相動く)

1)2月5日の会見、千葉・柏児童相談所の所長
「(2月26日)父から、きょうで女児のことを家に連れて帰るといったような発言が、その後、聞かれています」
「(女児)本人からの手紙ということで見せられましたが、基本的には、父親に書かされている可能性が高いというふうに認識していたとのこと。

 

2)捜査関係者によると、女児が自宅浴室で死亡しているのが見つかった1月24日まで、女性容疑者は男性容疑者の指示により女児を外出させないようにしていたという。

 

男性容疑者の東京都内の勤務先によると、年明けは7日から出勤し、体調を崩したとして早退した21日以降は「インフルエンザにかかった」と言って休んでいた。男性容疑者が出勤して自宅を不在にした時も、女性容疑者は女児を外出させなかったとみられるとのこと。

 

捜査関係者によると、女性容疑者は事実関係を認め、「仕方なかった」などと供述。男性容疑者の暴力でできたあざを隠すために、女児いを外出させないことがよくあったと話し、「事件が起きた日も外出しないように厳しく言った。夫の指示ではない」という趣旨の説明をしているとのこと。

 

母親の女性容疑者(31)が「夫に『外に出すな』と言われ、娘を1カ月ぐらい外出させていなかった」などと供述しているとのこと。

 

女性容疑者(31)が「冬休み中に夫に暴行されて体の見える部分にあざができたため、虐待がばれないように1カ月間外に出さないようにしていた」と供述しているとのこと。

 

3)男性容疑者(41)が親族の家に身を寄せていた女児を自宅に戻すため、「お父さんにたたかれたというのはうそです」などと、女児に書かせた書面を2018年2月、児童相談所に見せていた。

 

児童相談所はこの2日後、女児を自宅に戻す決定をしたが、女児が、両親のもとに帰った日時を把握していなかったとのこと。

 

4)男性容疑者が外出している際、女性容疑者が携帯の無料通信アプリの「LINE」で女児の様子を、男性容疑者に逐一、報告していたとのこと。

 

5)容疑者(41)が事件当日、女児を室内で長時間立たせたままにしていたことがわかった。女児が疲れて床に座り込むとたたき、再び立つよう指示していた。母親の女性容疑者(31)は「2日前から断続的に続けた」などと供述しているとのこと。

 

事件当日については「朝から夜までほとんど寝させなかった。2日前から繰り返した」などと供述しているとのこと。

 

6)捜査関係者によると、事件当日、両容疑者は食事を取っていたが、女児には食べ物や飲み物を与えず、胃にはほとんど内容物がなかったとのこと。

 

7)安倍晋三首相は2月6日の参院予算委員会で、千葉県野田市立小4年の女児(10)が浴室で死亡し、両親が逮捕された事件に関し「誠に痛ましく、あってはならない。あらゆる手段を尽くして児童虐待の根絶に総力を挙げる」と述べたとのこと。

 

首相は、警察による自治体支援など行政の連携を強化する考えを示し、「やれることは全てやるという強い決意で臨む。子供の命をファースト(第一)に考え、対応しなくてはいけない」と強調したとのこと。

 

8)千葉県野田市は、女児が死亡した事件を受け、事件の検証と再発防止策を早期に講ずるため、専任職員となる特命担当の「児童虐待再発防止担当」を置くことを決めた。発令は2月6日付。

 

須田光浩・生活支援課長が就任し、今月中に県柏児童相談所と合同で設置する「児童虐待事件再発防止合同委員会」(仮称)の事務責任者として指揮を執るとのこと。

 

9)安倍晋三首相は2月7日の参院予算委員会で、千葉県野田市の小4女児死亡事件を受け、児童虐待防止に関する関係閣僚会議を8日に開くと明らかにした。「あらゆる手段を尽くし、児童虐待の根絶に向けて政府を挙げて全力で取り組む」と重ねて強調した。

 

関係閣僚会議では、緊急的な子供の安全確認や虐待の可能性のある児童の情報の取り扱いに関する新たなルールの設定や、児童相談所と学校など関係機関のさらなる連携の強化といった対応策を協議するとのこと。

 

10)県柏児童相談所が昨年2月末の会議で、虐待のリスクが高まったと認識しながら女児を自宅へ帰すことを了承していたことがわかった。柏児相からこれまで「ない」としてきた会議録が見つかり、その中に記載されていた。柏児相は書類への記録や管理が「ずさんだった」と認めたとのこと。

 

柏児相は2017年11月、小学校のアンケートで「父親からの暴力」を訴えた女児を一時保護したが、12月末、父親の男性容疑者(41)の親族宅での養育などを条件に保護を解除。昨年2月28日、柏児相の「援助方針会議」で、女児を親族宅から自宅に戻すかどうかを話し合った。

 

 見つかったのは、この会議録でA4判1枚の書類。

 

 女児への虐待のリスクを評価する「緊急度アセスメントシート」と「リスクアセスメントシート」が添付されていた。緊急度は一時保護の解除時と同じで、上から3番目の「B」だったが、虐待の程度やリスクを「はい」「いいえ」など4択方式で評価する質問表で「はい」の数は解除時よりも増えていたという。虐待リスクの上昇を知りながら、帰宅を認めた形となった。

 

会議で帰宅を了承するか判断する材料の一つとなる児童福祉司の意見書も作成されていなかった。

 

この会議で女児の帰宅を決めたかどうかの記載はなく、いつ、なぜ帰宅が許可されたのかは依然、不透明とのこと。

 

11)野田市などによりますと、女児が両親との生活を再開した後の去年5月に柏児童相談所と市、小学校が対応を協議しました。協議では、小学校が「学校内の見守り」を、児童相談所は「緊急度の高い話が出たら対応する」とそれぞれの役割分担が決まりました。ただ、家庭訪問については議論とならず、どこが担当するのかを決めていなかったとのこと。この3者の話し合い以降、児童相談所などは一度も女児の家に家庭訪問をしていなかったとのこと。

 

小学校は協議前の去年4月にそれぞれの児童の家庭訪問を実施しましたが、男性容疑者が希望しなかったため、女児の自宅への訪問は実現しなかったとのこと。

 

12)男性容疑者(41)が女児に「お父さんにたたかれたというのはうそ」などと書かせ、県柏児童相談所に提示した書面の存在を、学校側が把握していなかったことが分かった。

 

校長は、児相が書面の内容を説明した2月5日の記者会見で「初めて知った」としている。児相は「学校側と情報を共有したとの記録はないが、口頭で伝えた可能性はある」とした。

 

 校長は取材に「書面のことを把握していれば、父親がそういうことをする人だとの認識を持って対応できたかもしれない」としているとのこと。

 

時系列
2009年頃 両親が結婚、女児が誕生
2009年  一家が糸満市に転入
数年後に離婚
2017年頃 両親が再婚
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。
その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。
11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
12月28日 学校が一時保護解除を知る。
2018年
01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。
01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。
01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。
02月26日 児相職員が親族宅で男性容疑者と面談、男性容疑者が女児の書面を提示した。
02月28日 児相が女児を自宅に戻す決定をする。
03月上旬 女児が自宅へ戻る。
03月19日 児相が女児と面談、書面は書かされたと知る。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。男性容疑者が初出勤
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。男性容疑者が体調不良で仕事を早退
21日以降は男性容疑者はインフルエンザを理由に欠勤
01月22日 24日まで断続的に女児を立たせ続ける。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検
02月04日 母親を共犯として傷害容疑で逮捕
02月05日 母親を送検

 

こんなところですね。
この事件を切っ掛けに政府や政治が動きました・・・
もちろん、やらないよりやった方が良いのは間違いありません・・・・
だけど・・・どうしてもっと早くできなかったのか?酷い虐待事件は毎年のように起きている。
もっと早くできたんじゃないの?と言うのが不満ですね。

 

それは置いといて、虐待の詳細が分かってきましたが、ちょっと異常性が際立ってますね。
虐待行為自体が異常と言うのではなく(もっとも、酷い事にはかわりがありませんが)、男性容疑者の居ない場所でも、妻に監視させて、LINEで報告させたりとか、21日から仕事を休んでますが、22日から立たせて寝せなかったと言う事なんですよね。
しかし、容疑者達も監視しているので寝られないわけですよね?

 

この、虐待状態の監視に強い執着が見られると思うんです。
男性でバリバリ仕事をしている人なら、勤務時間中にLINEで連絡が来ても、そんな事、気にしてられないと思うんですよね。
夜もそう、次の日に仕事があるなら、それに備えて、睡眠を取る事を考えるけど、仕事を犠牲にしても監視をしているような事であれば、メンタル的には依存状態だったのではないのかな?と思うわけです。

 

アルコールに依存するのがアルコール依存症なら、虐待に依存する虐待依存症のような状態だったのかもしれませんね。
元はDVで妻への暴力に依存していたのが、児童虐待に対象が変わったしまったのかもしれません。

 

本質は暴力によって人を支配する事で精神的な報酬を受け取っていたと言う事になると思うのですが・・・
純粋に暴力を楽しんでいるのか?それとも、支配する事で満たされる何かがあったのか?このあたりは精神鑑定の結果を待つしかないでしょうね。

 

アルコール依存症などでは、時々、患者自身が、このままじゃダメだと感じる時があるのですが、この男性容疑者の場合は、未だに反省の弁が無いので、このままじゃダメだと感じた事が無いのかもしれませんね。

 

| | コメント (0)

2019/03/18

千葉県野田市小4女児虐待死事件その6(母親逮捕)

1)沖縄県糸満市が父(41)=傷害容疑で逮捕=の児童虐待や母親(31)に対するDV疑い相談を受けていたのに、女児本人に事実関係の聞き取りをしていなかったとのこと。

糸満市は「もし、話を聞き取っていても、虐待の有無を判断するための事実の一つであり、虐待があったと言えたかは分からない」としているとのこと。

2)女児が沖縄県に住んでいた当時、女児の同級生が虐待の痕跡を目撃していた。

幼稚園から同級生だった女児(10)は小1の時、女児から「お母さんがいないとずっとパーで殴られる。痛くていつも泣いている」「お父さんは裏表がある」と打ち明けられたとのこと。

女児は学校では明るく過ごしていたが、背中やすねにあざ、手や腕にひっかき傷があるのを、体育の着替えなどの際、他の同級生も目撃していたとのこと。

女児には2年の時に、あざについて「お父さんにやられた」と明かしたが、一方で「お父さんは優しいよ。自分が言うことを聞かなかったのが悪い」と告げたとのこと。

「(父親の男性容疑者は)裏表があるとか。友達の前では優しいのに、お母さんがいなくなったときにたたくから、お母さんにいつもいてほしいと言ってました」と話したとのこと。

そして食事についても、沖縄時代の同級生は「朝昼晩、決まった時間に食べていなくて、1日1食とか2食しか、食べてなかったと思う」と話したとのこと。

3)アンケートには自筆の書き込み以外に、担任だった女性教諭が聞き取りした「なぐられる10回(こぶし)」「きのうのたたかれたあたま、せなか、首をけられて今もいたい」「口をふさいで、ゆかにおしつける」「おきなわでは、お母さんがやられていた」といった内容も書き込まれ、被害を具体的に打ち明けていた様子がうかがえるとのこと。

4)転居前に女児が通った糸満市立小学校が、市役所から見守りを要請されたのにもかかわらず、対応を記録していなかったとのこと。

5)県警は2月4日、共犯として、母親の女性容疑者(31)を傷害容疑で逮捕し、発表したとのこと。捜査関係者によると、男性容疑者による暴行を長時間、黙認したことを重くみたとのこと。

6)一家は平成29年8月まで女性容疑者の実家がある沖縄県糸満市に住んでいた。一家の転居に際し同市は野田市に対し、男性容疑者がなぎさ容疑者に「支配的」とし、「外出や携帯電話のチェックをしている」などとしてDVが疑われるとの情報を提供していたとのこと。

糸満市で近所に住んでいた女性(65)は「女児が小さいときから母親はふさぎ込みがちだった。(男性容疑者は)結婚前は優しかったのに、結婚後、急に様子が変わったことが原因だと聞いた」と話したとのこと。

関係者の話によると、男性容疑者は約10年前に、沖縄出身の女性容疑者と結婚。女児が生まれた数年後に一度離婚したが、2017年ごろに再婚したとのこと。

その頃から、女性容疑者が男性容疑者から家庭内暴力(DV)を受けているとの情報が、行政に寄せられていたとのこと。

最初は17年7月。当時、一家が住んでいた沖縄県糸満市に、女性容疑者の親族から「妻が夫から暴力を受けている。子ども(女児)も恫喝されている」と相談があった。女性容疑者が、殴る、たたくといった暴行や「お前は無能だ。何もできないバカだ」との暴言を受け、親族や友人との連絡を禁じられているという内容だったとのこと。

電話やお金の使い方も細かく管理されていたとのこと。市は女性容疑者への聞き取りを試みたが、次女(1)が低体重で生まれた後の入院で、DVの有無を確認できなかったとのこと。

7)男性容疑者が昨年1月、アンケートを見せるよう学校に詰め寄った際には、女性容疑者も同行。その後、男性容疑者は女児が書いたとされる同意書を市教委側に提示したが、その内容に間違いないと確認したのは女性容疑者だったとのこと。

8)逮捕した母親の女性容疑者(31)が、女児が死亡した1月24日、父親の男性容疑者(41)=同容疑で逮捕=と共に「午前中から自宅にいた」と逮捕前の任意聴取に話していたとのこと。

9)県警が傷害容疑で逮捕した母親の女性容疑者(31)が「事件数日前から、夫から言われて娘に食事を与えないことがあった」と逮捕前の任意聴取に話していたとのこと。

捜査関係者によると、司法解剖の結果、女性の死因は不明。極端にやせている状態ではなかったが、胃に内容物はほぼなく、県警は事件当日も含め、十分に食事を与えられていなかった疑いがあるとみているとのこと。

捜査関係者によると、女性容疑者は「どうしようもなかった」という趣旨の供述をしているとのこと。

母親の女性容疑者(31)が「娘が暴力を振るわれていれば、自分が被害に遭うことはないと思った。仕方がなかった」といった供述をしているとのこと。

10)捜査関係者によると、女児に対する直接的な暴行は男性容疑者が行っていた。女性容疑者は一連の暴行の過程で、「廊下で立ってなさい」「正座しなさい。ごはんは抜き」などと、一緒になって叱責したとのこと。

千葉県警の任意の事情聴取では、男性容疑者が夜中に娘を起こしてずっと立たせるのを制止していたと話していた。捜査関係者によると「暴行を止められなかったことを反省している」と供述しているとのこと。

11)県警は2月5日、女性容疑者を千葉地検松戸支部に送検した。

12)一時保護解除後の2018年2月、男性容疑者(41)が女児に「お父さんにたたかれたのはうそ」「4人で暮らしたい」などと書かせた書面を柏児童相談所に提示していたとのこと。児相はその翌々日、女児に確認しないまま自宅に戻す決定をしたとのこと。

書面には「お父さんにたたかれたというのはうそです」「児童相談所の人にはもう会いたくないので来ないでください」「(父、母、妹と)4人で暮らしたいと思っていました」などと書かれていたとのこと。

児相は女児に自分の意思で書いたのか確認しないまま、28日に自宅に戻す決定をした。女児は3月上旬、自宅アパートに戻った。ところが同月19日、児相職員が小学校で女児と面会して確認したところ、「父親に書かされた」と打ち明けたとのこと。

父親から母親にメールで届いた文面を「見ながら書き写した」と打ち明けたという。職員が「書いてあったのは(女児の)気持ちと違う感じ?」と尋ねると、女児は「お父さん、お母さんに早く会いたい、一緒に暮らしたいと思っていたのは本当のこと」と答えたとのこと。

児相は「最初から書かされた可能性があるとは思っていた」と釈明したうえで、「父親が虐待を認めない中、自宅に戻すことはリスクと考えたが、学校内での見守りができており、何かあればすぐに介入できる体制をとっていたことから、総合的にみて自宅に帰した」としているとのこと。

13)女児が書かされた書面の内容

 お父さんにたたかれたというのはうそです。山崎小学校の先生に聞かれて思わず言ってしまいました。お父さん、お母さん、妹、親族の人たち(※実際は親族の名前)に、たくさんの迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい。

 ずっと前から早く4人で暮らしたいと思っていました。この前のときにも言いました。お父さんに早く会いたいです。

 児童相談所の人には、もう会いたくないのでもう会いに来ないでください。会うと嫌な気分になるので、今日でやめて下さい。お願いします。

14)県警が傷害容疑で逮捕した母親の女性容疑者(31)が「娘が夫にたたかれていたことは知っていた。夫に言われ、今年に入ってから娘を外出させなかった」と供述しているとのこと。

女性容疑者が男性容疑者(41)が学校に「娘は沖縄にいる」と、うその欠席連絡をするのを容認していたとのこと。

時系列
2009年頃 両親が結婚、女児が誕生
2009年  一家が糸満市に転入
数年後に離婚
2017年頃 両親が再婚
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。
その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。

11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
12月28日 学校が一時保護解除を知る。
2018年
01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。
01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。
01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。
02月26日 児相職員が親族宅で男性容疑者と面談、男性容疑者が女児の書面を提示した。
02月28日 児相が女児を自宅に戻す決定をする。
03月上旬 女児が自宅へ戻る。
03月19日 児相が女児と面談、書面は書かされたと知る。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですね。
母親も逮捕されました。父親の犯行を黙認していた、同調していたと言う事で共犯関係にあると言う見方なんでしょうね。
ただ、それが母親自身の意思だったのか?と言うのは公判で争点になると思いますね。

今回の報道で興味深いのは、男性容疑者との結婚の流れですね。
若干の差違はあると思いますが、10年前に両親が結婚して、女児の年齢が10歳なので、結婚と同時期に生まれたのが女児だったと言う事になると思います。

結婚が10年前なので、現在の両親の年齢から逆算しすると、父親が41歳、母親が31歳なので、結婚当時の年齢は31歳と21歳ぐらいですね。女性の方は少し若いかな?と思わなくもないけど、男性の方は31歳、仕事でも中堅のポジションになるぐらいの年齢だから、結婚が早いと言う年齢では無いと思いますね。

ところが、数年後に離婚しているようです。
離婚の理由は分かりませんが・・・近所の住民の話によると
女児が小さいときから母親はふさぎ込みがちだった。(男性容疑者は)結婚前は優しかったのに、結婚後、急に様子が変わったことが原因だと聞いたとのことで・・・

詳細が分かりませんが、優しい人がそうで無くなったと言うのは、DVの兆候がこの頃からあったのでしょうか?
だとしたら、離婚の理由も納得ではありますが、詳細は不明です。

ところが、2017年頃に再婚してます。
再婚したから2017年に下の子が生まれたんでしょうけど・・・どういう事なんだろう?と思うわけですね。
再婚が男性容疑者39歳、女性容疑者29歳。

男性容疑者の側は結婚を望むなら、年齢的に厳しい時期になって来てますから、自分の子供と一緒に暮らしたいと言うのであれば、再婚と言うのはベターの方法だったのかもしれませんね。

ただ、女性容疑者の方は再婚を急ぐ理由があったのか?は分かりませんね。
実家で子供と暮らしていたのであれば、経済的な援助なども受けれたと思いますし。育児も手伝って貰えていたと思うんですよね。

で、下の子が生まれてまもなく、DVが始まっているようですね。
ここも分かりませんね。DVする為に再婚したのではないか?とさえ疑りたくなります。

そう考えると、実の子の女児への執拗な虐待も説明できるけど・・・何のために?
常識的に考えると、そんな事をする理由がありませんね。

なので、メンタル面で何らかの問題があったのかな?と思わなくもないですよね。
人格の偏りだけでは、説明できない様な気がします。

離婚した理由と再婚した理由が知りたいですね。

それから、もう1点、女児の沖縄時代の証言で、「母親の居ない時にたたかれる」とあり、男性容疑者が母親に知られないようにしていた可能性があります。

しかし、死亡当日は母親のいる時に暴行してますから、次第に母親の存在が虐待の障害でなくなったと言う事なんでしょうね。これが、母親が虐待に同調した事による結果だとしたら、やはり、母親は虐待を止めるべきだったと思います。母親が止めていれば、虐待がエスカレートする事は無かったと言う事なんでしょうが・・・

その一方で、虐待を止める事は自分自身がDVの被害を受ける事の裏返しですから、根本的な対策をしないと、虐待もDVも止められない状態だったと言う事なんだろうと思いますね。

その意味では、DVを止めさせる事が、根本的な解決方法だったのかもしれませんね。
虐待に注目が集まってかすんでしまいますが、DV対策はどうだったのだろう?

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その5(アンケート)

千葉県野田市小4女児虐待死事件その7(首相動く)

| | コメント (0)

2019/03/13

千葉県野田市小4女児虐待死事件その5(アンケート)

1)アンケート全文
女児はアンケートの自由記入欄に「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたりたたかれたりされています。先生、どうにかできませんか。」と記載。

このほか、選択式の設問では、
「あなたは今いじめられていますか」との質問に「はい」
「いじめを誰から受けましたか」との質問に「家族」などと回答。
いじめの内容を問う設問では、9つの例のうち
(1)いやなことを繰り返し言われたり、怖い言葉で言われたりする
(2)思い切りぶつかられたり、たたかれたり、蹴られたりする
(3)いやなことや恥ずかしいこと、危ないことをされたり、させられたりする
(4)その他-を選択し、(4)に「ぼう力を受けている」と記入していたとのこと。

2)2017年12月末に一時保護が解除され、18年1月12日に校長や担任らが、両親と面談した。容疑者は「(アンケートの)実物を見せろ」と要求。学校側は「児童の同意なしに渡せない」と答える一方、同容疑者の求めに応じ、「児童への対応が必要な場合、保護者への情報開示を即座に実施する」などとする念書を作り、同容疑者に渡したとのこと。

容疑者は1月15日、女児の「同意書」を持って市教委を訪れ、応対した担当課長らは上司や児相に相談せず、独断でアンケートのコピーを渡した。課長は「威圧的な態度に恐怖を感じ、屈して渡してしまった」と話したとのこと。

課長は「(12日の面会で担当者が)大きな声で恫喝され、威圧的な態度に恐怖を感じ、強い要求に屈してしまった。その後、どのような影響が出るか、心にひっかかりながらも渡してしまった」と話したとのこと。

厚生労働省は、市教委の行為が違法だった可能性を指摘しているとのこと。

その後、女児は18日に市内の別の学校に転校。2回あったアンケートでいじめを訴えることはなかったとのこと。

野田市の会見「(教育委員会は)恐怖感に屈した部分が多かった。一時保護に納得できない訴訟も辞さないというような怒りを鎮めるために、恐怖感から(アンケートを)出してしまった部分が大きい」

また、市は一時保護の後、容疑者が小学校の校長に対し、今後、女児を保護する際にはすぐに父親に情報を開示することなどを約束させる「念書」を書かせていたとのこと。

別の報道では
一時保護解除後の30年1月12日、女児の父母、小学校、市教育委員会の三者が会談。児相は都合がつかず、市児童家庭課も父親と関係が悪かったので、参加しなかった。

父親はアンケートのことを知っていたようで、コピーを渡すよう求めてきたが、女児の同意を得ていなかったので、拒否した。

だが、同月15日、女児の手書きと思われる同意書を父母が市教委まで持ってきたので、アンケートのコピーを渡してしまった。

指導課長 12日の三者会談で、父親は「訴訟を起こすぞ」「名誉毀損だ」「保護が解除されたということは暴力がないという証拠じゃないか」などと大声を出し、恫喝のようだった。父親の威圧的な態度に押されてしまった。配慮を欠いていたとのこと。

アンケートのコピーを渡したことは、約1カ月後の2月20日に開かれた「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料に記載する形で、初めて報告。市は、アンケートが情報公開条例の不開示情報に該当し、「渡してはならないものだった」と指摘。地方公務員法の信用失墜行為などを視野に、職員の処分を検討するとのこと。

時系列
2009年  一家が糸満市に転入
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月06日 女児が学校でアンケートに回答する。
その後  当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。

11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
12月28日 学校が一時保護解除を知る。
2018年
01月12日 容疑者が学校との面談でアンケートの閲覧を要求、学校側は念書を渡す。
01月15日 容疑者が女児の同意書を持って市教委にアンケートのコピーを要求、恫喝に屈して、コピーを渡す。
01月18日 市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
02月20日 市教委がアンケートのコピーを渡した事を「要保護児童対策地域協議会」の会議で配布した資料で報告。
03月   女児が自宅へ戻る。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですね。
時系列を見るとアンケートのコピーを渡した後から、虐待が酷くなっているのでは?と思われるんですよね。

渡した人達も、渡せばどうなるか?と言うのは分かっていたと思います。
それでも、結局は自分達を守る為に、渡してしまったんですね。

とは言え、その責任が現場の担当者だけに有ると言うのも、私としては違和感があります。

こういう事態と言うのは「想定の範囲内」だと思うわけです。
だから、組織としてこの場合、どう対応するのか?と言うのは、あらかじめ決められていて然るべきだと思うんですよね。

その意味では上層部も含めて、危機感が無かったのではないのかな?

とは言え、課長級以上の人間がその場にいたのであれば、「この場では判断できないので、持ち帰って検討します」ぐらいの機転は必要だったかと思いますね。

このアンケートの件で女児がその後のアンケートに虐待の事を書かなくなったのは、アンケートにあった「ひみつをまもりますので、しょうじきにこたえてください」が破られてしまい、誰も信られなくなってしまったからなんだろうと思いますね。

もし、このアンケートが渡されなかったら、その後のアンケートでも虐待を訴えて、一時保護に動いた可能性が高いですよね。

本当に救えた命だったのだと思うとやるせないですね。

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その4(沖縄からの経緯)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その6(母親逮捕)

| | コメント (0)

2019/03/07

千葉県野田市小4女児虐待死事件その4(沖縄からの経緯)

1)父親の男性容疑者(41)について、母親(31)が事情聴取に「事件前にも夜中に娘を起こして立たせることがあった。ずっと立たせるのはやめてと言ったが聞いてもらえなかった」と話しているとのこと。

捜査関係者によると、男性容疑者は女児を深夜に起こし、室内に立たせるようになった。親族が「しつけ名目で日常的だった」などと県警に証言しているとのこと。

「夜中に夫が娘を屋外に立たせることがあった。止めようとしても聞いてくれなかった」(母親)

2)男性容疑者は1月上旬、学校に女児は「沖縄の母方の実家にいる」と連絡し、学校を休ませていました。沖縄県にいる母方の祖父によると「1年半前に千葉に行ってからは全くの音信不通で、沖縄の実家には来ていない」と否定したとのこと。

3)男性容疑者が事件当日、女児に対し、「スクワットをさせた」「廊下に立たせていた」という趣旨の供述をしているとのこと。

男性容疑者(41)が「その日は午前10時から休ませずに立たせた」と供述しているとのこと。

男性容疑者が「(事件当日の24日は)娘を廊下に立たせた。親としてのしつけで、間違いだとは思っていない」と供述しているとのこと。

4)一家が2017年8月まで沖縄県糸満市内に住んでいたが同年7月には、父親で自称会社員の男(41)=傷害容疑で逮捕=から沖縄県中央児童相談所に対し「娘を祖父母が引き取ったが、返してくれない」という内容の相談があったとのこと。

糸満市によると記録上、一家は2009年に同市に転入し、17年8月まで住んでいた。転出時、女児は両親と生まれた直後の妹の4人家族だった。複数の関係者によると、市内に母親の実家があり、近くの小学校に1年から3年の1学期末まで通っていたとのこと。

県青少年・子ども家庭課によると、容疑者から児相に直接電話があったのは17年7月7日。「祖父母が娘を返してくれない」との内容で、児相の担当者は「児相が支援できるか検討したいので来所してほしい」と求めた。容疑者は結局、来所しなかったとのこと。

さらに1週間後の同月14日には糸満市から児相に対し、容疑者から妻への暴力が疑われる事案として、対応への助言を求める電話があったとのこと。児相は市の担当者に対し「情報が少なく判断が難しい。糸満市で支援体制を整えてほしい」と回答したとのこと。

沖縄当時の担任は親から市内の別の学校に転校すると聞いていたが、同年9月に千葉へ転校したとの知らせが学校に届いたとのこと。

5)糸満市は「(女児が容疑者から)どう喝を受けていて不安」と、親族から虐待を疑う相談を受けていたと説明したとのこと。

虐待や妻へのDVを疑う相談があったのは17年7月で、当時、女児は容疑者と2人暮らし。母(31)は次女(1)の出産で入院していた。市は、小学校に要請した調査などで身体的虐待を確認できなかったという。容疑者と2度、面談日程を設定したがキャンセルされ、家庭訪問もできなかったとのこと。

市によると同年8~9月に家族が転居した野田市に対する情報提供文には「(容疑者が妻に)支配的で、携帯を確認してメールを削除している」など精神的なDVの記述がある。虐待疑いの記載はないとのこと。

出産後も母の体調が優れず、次女も低体重で生まれるなど、一家をフォローが必要な「ハイリスク世帯」とみていた市は「担当職員が野田市側に電話する中で、虐待疑いも伝えた可能性はあるが、記録が残っていない」と話したとのこと。

野田市に連絡した際、親族から2017年7月に提供された「父から娘がどう喝を受けている」との部分を伝えていなかったと明らかにした。

どう喝の情報を伝えなかったのは、容疑者が「家庭訪問に応じず、虐待を確認できなかったため」としているとのこと。

6)父が沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)東京事務所の嘱託職員だったとのこと。

OCVBによると、容疑者は2018年4月から同事務所で観光関連のイベント運営業務などに携わっていた。仕事ぶりは真面目で、職員ともコミュニケーションも積極的に取っていたという。

1月29日、OCVBの定例記者会見で会長から報告があり、「2度とこのような悲しい事件が起こらないよう役職員一丸となって内部管理体制および社員教育の強化に取り組む」と謝罪したとのこと。

時系列
2009年  一家が糸満市に転入
2017年
07月   母親が出産の為、父親と女児が2人暮らし
07月07日 父親が沖縄の児相に娘を帰してくれないと相談
07月14日 父親のDVが疑われる事案として市が児相に相談
08月   一家が沖縄県糸満市内に住んでいた
09月   女児が沖縄から野田市の学校に転入。
11月   当時通っていた市内の別の小学校で行われたアンケートの結果、容疑者からの虐待が疑われる事案が発覚。

11月07日 柏児童相談所が女児を一時保護、対象リストに掲載される。
12月27日 一時保護を解除、女児は親族宅で生活する。
2018年
01月   市内の別の小学校から現在の学校に転校
01月頃  女児の自宅の近所で怒鳴り声が聞かれるようになる。
02月までに、児相が親族宅を2度訪問し関係者と面談
03月   女児が自宅へ戻る。
04月   4年生になり半年間クラス委員長を務めた
     父親がOCVBの東京事務所に嘱託職員として採用される。
12月   小学校の保護者面談で聞き取りせず
12月21日 女児の最終登校日
2019年
01月07日 始業式から女児は不登校、男性容疑者が学校に嘘の説明をする。
01月11日 男性容疑者が2月4日に登校させると学校に連絡
01月21日 小学校が児相に長期欠席を連絡。
01月24日
10:00頃 立たせたりの虐待を始める
23:10頃 110番通報により、事件発覚
23:20頃 救急隊が駆けつけたが、女児の顎などに軽度の死後硬直が生じていた。
01月26日 容疑者を千葉地検松戸支部に送検

こんなところですね。
時系列を見て気付いたのですが、この容疑者はトラブルが起きると引っ越しや転校をするようですね。
沖縄の糸満市でもDVが疑われ、虐待が疑われると本土に引っ越して転校、さらに、虐待を疑われると、転校と都合が悪くなると逃げ出しているような印象ですね。

本当に自分に後ろめたい事が無いなら、そのまま、生活を続けそうなんですが・・・やはり、自分なりに虐待の自覚があったのかもしれませんね。

それで居て、逃げ出してしまうのは、自分自身を変える事ができなかったからなのかな?

で、もう一つ気になったのが、仕事です。以前から観光関係の仕事をしていると言う事ですが、その仕事についたのが2018年の4月なんですよね。
野田市に転校したのが2017年9月なんですが、その時はどんな仕事をしていたのだろう?

沖縄にいた時から虐待やDVが指摘されていたようなんですが・・・7月に生まれた子供も低体重児だし、母親の体調も良くないと言う状態で、家庭の事を考えれば、母親の実家がある糸満市に住んだ方が、実家からの支援を受けやすいし、容疑者にとっても色々と都合が良かったと思います。

それでも、引っ越してしまうのは、それだけ居づらかったと言う事なのか?あるいは、神経質というか外から視線に対してすごく敏感なタイプだったのかな?

この部分は、沖縄時代からずっと変わっていないようですね。

糸満市で母親の実家とトラブルになった理由が今のところ出てないですね。
想像するに、男1人で子供(女児)の面倒を見るのは大変だろうと、善意で女児を引き取ったけれど、女児から虐待の話を聞いて、容疑者の元に戻す事を拒否したと言うあたりだろうか?

しかし、児相に電話で相談するも、実際には児相に出向く事はなく、女児を取り戻す事に成功したと言う事なのかな?
それで、実家との折り合いもわるくなり、DVや虐待の話もでて、野田市に引っ越したと言うあたりなんだろうか?

でも、もし、この時、女児を容疑者から引き離す事ができてれいば、この事件は起きなかったかもしれませんね。

それから、事件の原因には容疑者の人格が大きく影響しているように見えますね。

次回に続く

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その3(児相の1月28日会見)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その5(アンケート)

| | コメント (0)

2019/03/05

神奈川県横浜市3歳女児重傷火傷放置事件

3歳の長女が大やけどを負っているのに放置したとして、神奈川県警は3月5日、母親で無職の女性(22)=横浜市鶴見区=と、同居する交際相手の自称運転手男性21)の両容疑者を保護責任者遺棄の疑いで逮捕し、発表する事件が起きている。

調べに2人は容疑を認め、「パチンコに行っていた」と供述しているとのこと。

逮捕容疑は重度のやけどを負った容疑者の長女(3)に治療を受けさせず4日正午ごろ、自宅アパートに放置したとしている。

長女は背中から腰にかけて3カ月以上の入院が必要な重傷。母親は「シャワーを浴びた際、過って熱湯をかけた」と説明しているとのこと。

同署によると女性容疑者は長男(5)、長女の2人の連れ子とともに男性容疑者と昨年11月ごろから生活していた。

長男が近くの自動車修理工場の男性(49)に助けを求めた。4日午後4時半ごろ、雨が降りしきる中、作業中の男性のもとに、パジャマ姿で雨にぬれた長男が飛び込んできた。男性に対し「お母さんに会いたい」と話してきたため、「おじさんが家まで連れて行ってあげる」と家まで同行したとのこと。

男性によると「「男の子がパジャマ1枚で『お母さんがいないの』って、『お母さんに会いたいの』って、必死な感じで男児が話したとのこと。

徒歩約3分ほど先の家に到着すると、長男は「家に入りたくない」とおびえたような様子を見せると「妹がいるの」「皮がむけてる」と続けたとのこと。
男性はことの重大性を認識し「放っておくわけにはいかない」と鶴見署に連絡したとのこと。

駆けつけた同署員が施錠されていない自宅室内から、背中から腰にかけて重度のやけどを負い、上からラップを巻かれた状態で布団に寝かされている長女を発見したとのこと。長女は救急搬送され、3カ月以上の入院が必要と診断されたとのこと。
長女は命に別状はないとのこと。

容疑者らは同日午後9時ごろに帰宅し、同署員に「正午ごろからパチンコに行っていた」などと話したとのこと。

女性容疑者は長女のやけどについて「今月はじめにシャワーを浴びた際に誤って熱湯をかけた」「やけどを治すには、体をラップで覆うとよいと、インターネットで見た」などと供述しており、同署は引き続き詳しい経緯を調べている。

事件の発覚後、長男は児童相談所に一時保護されたとのこと。

時系列
03月01日? 長女に誤って熱湯のシャワーを掛ける。
03月04日
12:00頃 両容疑者がパチンコに外出
16:30頃 5歳長男が近所の男性に助けを求める
その後、火傷の長女が搬送、入院、男児は児相に一時保護
21:00頃 両容疑者が帰宅

こんなところですが・・・
色々と間違っていますね。
1)火傷を負った長女をなぜ病院に連れて行かないのか?
 経済的な問題があったのかもしれないが、多くの自治体では子供の治療費を助成しているところが多いので、経済的な面が原因とは思えないですよね。
 
と思って調べてみたら、
・所得制限なしで無料(窓口負担なし)なのは0歳のみ。
・1歳から小学校1年生までは無料(窓口負担なし)、所得制限あり。
で所得制限も616万以上ぐらいなので、この家族ならパスしていると思いますね。
(ちなみに2019年4月から対象が拡大されるようです)

いずれにせよ、子供で、しかも女児ですから、将来の事など考えると、病院に連れて行かない方が不思議ですね。

2)子供だけを残して、大人が外出してしまったこと。
しかも、その内1人は3歳で大やけどをしている状態と言うのが信じられない。
どうしても、仕方が無い用事と言うわけではなく、出かけた先がパチンコと、もう、言葉もありませんね。

5歳の長男の勇気を讃えたいです。
子供ながらに、妹が危ないと感じたのかもしれませんね。

・・・しかし、世間でこれほど、児童虐待のニュースが溢れているのに、自分たちが虐待している事に気付かないのかな?
まー暴力などが無いから虐待では無いと考えていたのかもしれませんね。

あるいは、パチンコ依存症の可能性もあるかもしれませんね。

| | コメント (2)

より以前の記事一覧