2020/12/28

北海道札幌市2歳女児虐待死事件その6(女性被告の一審判決)

懲役9年(求刑懲役14年)です。

***初公判(11月2日)***
被告は2019年5月中旬から交際相手の男と共謀して、娘で2歳の女児に十分な食事を与えず衰弱死させたとして、保護責任者遺棄致死の罪に問われている。
 
1)被告は「娘は元気な状態で突然亡くなった」などと無罪を主張したとのこと。
 
『私は娘にご飯を食べさせていた。亡くなる直前まで元気だったのに急に亡くなった。起訴内容は絶対に事実ではない』と主張したとのこと。
 
2)検察は司法解剖の結果から女児は2、3週間ほとんど食事を与えられず、低栄養で衰弱死したと指摘したとのこと。
 
検察側は「長期間、閉じ込め食事を与えず治療も受けさせなかったことは残酷かつ悪質」と指摘したとのこと。
 
3)弁護側は女児は直前まで自力で食事していたが、喉に食べ物を詰まらせて窒息死したと主張したとのこと。
 
弁護側は「命の危険がある低栄養状態ではなかった。衰弱死ではなく窒息死」と主張したとのこと。
 
***第二回公判(11月4日)***
証人尋問(男性被告)
弁護側質問
亡くなる前の密室内の状況を証言した。
女児は直前まで部屋の中を歩いたり、自分で食事をしたりするほど元気だったと話し、保護が必要な状況ではなく、死因は窒息死だったと証言したとのこと。
 
検察側質問
検察:「(事件後)女性被告にこの場にいなかったことにしてほしいと頼みましたか?」
 
男性被告:「頼みましたね」
 
検察:「窒息死なら事件ではなく事故なので頼まなくていいのでは?」
 
男性被告:「警察に話を作られたりするので、巻き込まれたらめんどくさいなと」
 
男性被告:「(女性被告は)出かけるときも何時間とか決めずに、適当に出かけていた。(女児に)決まった時間にご飯をあげる意識は全くなかった」
 
弁護側、検察側どちらの質問か不明な内容なので、以下に記載します。
 
「こっちゃんと呼んだら、洋室から自分で歩いてきて3人で食事した。食事後、こっちゃんバイバイと言ったら、バイバイと手を振って洋室に戻った」などと証言したとのこと。
 
女児の頭が腫れ、病院に電話した際「女性被告は何もしなかったから、自分が電話をした」「家の中で服を着せず、おむつ1枚にしていた」と証言したとのこと。
 
亡くなる3時間前の食事には「"こっちゃん"と呼ぶと歩いてきた。アクアパッツァといももちとスクランブルエッグとドーナツを食べた」と証言したとのこと。
 
女児が搬送される約30分前に、膝をつき前かがみで首を抑え苦しそうにしている様子を男性被告が発見し、水を飲ませるなどの処置をしたことも明らかにし、体調が急変したことも主張したとのこと。
 
***第三回公判(11月5日)***
被告人質問
食事を与えていなかったのでは?
亡くなるまでの2週間の買い物リストを示しながら、女児の好物の「飲むヨーグルト」や「とろろそば」などを買って食事を与えていたと主張した。
 
「亡くなる2日前にちょっとやせたかなと思っていた」「イヤイヤ期だと思っていた。普通の食事を与えても食べてくれないことがあった」
 
女児の身体に残っていたケガについて
「一弥君(男性被告)とのケンカをしたあと、娘にケガがあることに気づいた」
 
被告は自身の入浴中に女児の容体が急変したと話したうえで「入浴中に一弥君が女児を暴行したと思う」と証言した。
また、入浴後の状況について「女児の舌の上に血があった」「洋室に血を水で薄めたような水たまりがあった」と説明した。
検察はスマートフォンに女児がおむつ1枚で生活している写真が残っていたことなどから、被告に育児放棄の傾向があったと指摘したとのこと。
 
女児が亡くなった日の様子については「呼吸がおかしかったので、詰まらせたかと思って口の中を見ました」と、あくまでも女児は急に亡くなったと証言したとのこと。
 
「お風呂は娘と交際相手の男と3人や、娘と2人でほぼ毎日入っていた」などと証言したとのこと。
 
女児が死亡する2日前にやせていると感じたと証言した被告。検察が、「毎日お風呂に入れていたということだが、それ以前に気づかなかったのか」と質問すると「時間に余裕が無くてバーッと(風呂に)入れて寝かせていた」「娘と過ごす時間が減っていて気付くのに遅れた」と答えたとのこと。
 
「一弥くんはお金に困っていました。だから外で仕事をしている私に暴力をふるうわけにはいかなかったんだと思います。私のせいで、娘を犠牲にしてしまいました」
 
***第四回公判(11月6日)***
証人尋問
検察側証人(司法解剖した解剖医)
「女児の遺体はろっ骨がうきでるほど痩せ細っていた」と証言した上で、死因は低栄養による衰弱死であると主張した。さらに女児の頭の骨折やアザなどについては、直接的な死因ではないものの死期を1日~2日早めたという見解を示したとのこと。
 
女児が低体温になっていたことから、窒息死のような突然の死なら、亡くなるまでに大きく体温が下がるはずはないと否定。胃に残っていた食べ物については「低栄養で消化器系がかなり弱っているので健康な人とは違う」と反論。血糖値も死後変化するので「信用できない」と主張したとのこと。
 
司法解剖の結果では、女児は、お腹の皮下脂肪が3ミリから5ミリになるほど痩せていて、低栄養により衰弱死したと結論付けているとのこと。
 
女児は体重を維持するための栄養が足りず、全身の臓器が弱っていたと証言。
 
女児が亡くなる5日前の2019年5月30日ごろには、体力が落ちて、歩いたり、大声を出したりすることはできず、数日前には意識障害が生じていたと見ているとしたとのこと。
 
また大腸からは綿ごみや毛のようなものが見つかっていて「飢えて落ちていたものを食べていた可能性がある」と証言した。
 
頭の骨折などのケガは死期を早め、傷も複数あることから、何度も暴行されていると指摘したとのこと。
 
弁護側証人(脳神経外科医)
女児の頭のけがは脳には影響を及ぼしていないため、十分自然治癒する程度のものであったと死への因果関係を否定した。さらに死因についても、太ももの皮下脂肪が14ミリ残っていたことなどを根拠に、低栄養状態にあったのは間違いないが、飢餓状態ではなかったとして衰弱死を否定し、死因は喉に嘔吐物を詰まらせたことによる窒息死であると反論したとのこと。
 
胃に多くの食べ物が残っていることや血糖値が高かったことから、「食べた直後でないと説明がつかない」と証言。
 被告の供述が「100%正しい」と主張し、のどを詰まらせたことなどによる「窒息死」の可能性を指摘したとのこと。
 
***第五回公判(11月9日)***
証人尋問
弁護側証人(消化器内科の医師)
「女児の死因は衰弱死ではなく窒息死」だと証言した。
 
医師は女児の大腸全体に便が残っていたことに着目し「死亡する前日~数日前までは食事をしていた」と指摘したとのこと。
 
また血液検査の結果も低値でありつつも、正常の域だとし衰弱はしていなかったとしたとのこと。
 
6日の裁判では女児を鑑定した医師が、大腸に毛やほこりがあり「飢えて食べた可能性がある」としていましたが、弁護側の医師は「2歳児くらいの子どもは、食事のときに誤って毛髪やペットの毛、ほこりなどを口にすることはある」とした上、「飢えた状態なのであれば、おむつや観葉植物なども食べてしまう」と反論したとのこと。
 
男性被告の「女児が首を押さえ苦しそうな様子をしていた」という供述や、女性被告が通報時、救急隊に「口に食べ物があり、苦しそうにしている」などと話している録音の証拠と、胃の中にいももちが残っていたことから、いももちが胃から逆流し、窒息した可能性があるとしたとのこと。
 
複数回食事していた根拠の一つが、トマト。女児の胃には赤いトマトの皮、大腸には色が抜けたトマトの皮のようなものがあった。
 
弁護側の医師は、消化機能が維持されていたことを示していて、同じときに食べたトマトではないと分析。女性被告の交際相手・男性被告は、亡くなる3日前と当日に女児がアクアパッツァを食べたという証言をしていますが、トマトの状態はこの証言と整合するとのこと。その上で、救急搬送時、女児の口の中には吐いたものがあったことなどから、吐いたものをのどに詰まらせた「窒息死」の可能性を指摘したとのこと。
 
(6日に証言の)司法解剖をした医師は、トマトの皮だけでは複数回食事したとは言えないと反論。消化機能が低下してトマトの皮の一部が胃に残り、一部が大腸へたどり着いた可能性もあると指摘。改めて「衰弱死」と証言したとのこと。
(この部分が9日の証言かは不明)
 
***第六回公判(11月10日)***
被告人質問
5月末から女児が亡くなる前までコンビニで購入した弁当や手作りの料理、ヨーグルトやバナナを与えていたと証言し、育児放棄を否定したとのこと。
 
また、女児の遺体を解剖した鑑定医の「亡くなる約5日前には衰弱していて、数日前には意識障害に生じていた」の指摘には、「亡くなる直前まで様子は変わらなかった。呼びかけると『はーい』と歩いてきた」と反論したとのこと。
 
検察官:「女児が痩せているのをもっと早く気づけたとは思いませんか?」
 
被告:「私なりに仕事も育児も家事も精いっぱいやっていました。今となっては、もっと見てあげればよかったなと思います」
 
裁判官:「窒息死だったとしても、ちゃんと栄養を与えていたら(嘔吐物を)吐き出す力があって、こうはならなかったとは思いませんか?」
被告:「いまとなっては、もっと食事を気をつければよかったと思います」
 
女児の死を避けるためにはどうすればよかったのかを裁判官に問われると。
 
被告:「男性被告と付き合ったことが間違いでした。私が男性被告を信じ切っていました。忙しく時間がなくても、寝る間を惜しんで娘との時間を作ってあげればよかったなと思います」
 
***論告求刑公判(11月11日)***
検察は、11日、懲役14年を求刑した。
検察は「子どもの命よりも男との遊びや関係の維持を優先した罪は重い」として、池田被告に懲役14年を求刑した。
 
検察側は「およそ20日間にわたり女児を家に閉じ込め食事も与えず、男性被告からの暴行を認識しながら治療を受けさせなかったことは残酷というほかない。
我が子を死に追いやりながら犯行を否認し反省があるとは言えない」として懲役14年を求刑したとのこと。
 
以下はいつの時点の証言か不明です。
「私は娘の母親です。育児や生活面で母親として足りないところはたくさんあったと思っています。このような結果を招いたのは事実です。責任を感じています。いまさらとわかっていますが、後悔してもしきれません。このことは一生背負っていかなきゃいけないと思っています」
 
***判決公判(11月20日)***
地裁は「食事を与えるという最も基本的な責務を果たさず、生存の確保をないがしろにして誠に悪質」として、懲役9年(求刑懲役14年)を言い渡したとのこと。
 
判決によると、被告は交際相手の男性被告(26)=保護責任者遺棄致死罪などで懲役13年の実刑判決、控訴=とともに、昨年5月15日ごろから女児に必要な食事を与えず、男性被告の暴行によるけがの治療を受けさせないで放置し、低栄養状態に陥らせて同6月5日に衰弱死させたとのこと。
 
判決は、遺体を解剖した医師の見解に基づき、同5月31日ごろには衰弱が進み、生存のため保護が必要な状態にあったと認定。暴行によるけがが衰弱の程度を強めたとし、死亡の数時間前には高度の意識障害も生じていたと推認したとのこと。
 
また、体重約8・2キロだった女児が同4月下旬から約6週間でその約18%が失われるほど低栄養状態だったと認め、「明らかに特異だ」と指摘した。女児の身の回りの世話をしていた被告が体重の減少やけがに気がつかないのは不自然だとして、被告の供述は信用できないと断じたとのこと。
 
さらに、女児を1人で部屋に残して男性被告と長時間外出していたと指摘し、「機会があったのに育児支援を受けようとせず、男性被告との遊興や関係維持を優先させ、あまりに無責任だ」と非難したとのこと。
 
一方で、裁判長は
「自らの過ちを真摯に振り返る姿勢がうかがわれない点は相応に非難されるべきであるが当時若年である被告人の未熟さや想像力の乏しさが影響している」と述べたとのこと。
 
***控訴(11月20日)***
被告(22)が、懲役9年(求刑懲役14年)とした20日の札幌地裁判決を不服として札幌高裁に控訴した。20日付。
 
こんなところですね。
男性被告が有罪になっていますので、検察側の主張が認められるのかな?と言う予想はありました。
ただ、医学的見解が180度違うところが、ちょっと微妙だなと感じるところではありますね。
死亡直前の様子についても、男性被告と証言が一致してます。
まー、事件後にその場にいない事にしてくれなんて事を話しているので、口裏を合わせたと言う可能性もあるけど・・・
 
低栄養状態だった事は弁護側証人の医師も認めているところではあるんですけどね。
女児の死因が「低栄養」による「衰弱死」であった事を証明するには決定打が足りない気もします。
 
なので、控訴審で逆転する可能性もあるのかな?と言う気もしますが・・・
死因はともかく、同居する男性の虐待行為を見逃していた事、育児をないがしろにして、自分の遊びを優先した事は無かった事にはできませんね。
 

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2020/10/18

北海道札幌市2歳女児虐待死事件その5(男性被告の一審判決)

懲役13年です。
***初公判(9月29日)***
女性被告の交際相手の男性被告は、女児を殴ったり踏みつけたり、たばこの火を押し付けたりした上、放置して死亡させたとして傷害致死と保護責任者遺棄致死の罪に問われている。
 
起訴状によると、男性被告は2019年5月上旬~6月5日ごろ、女児に殴ったり、たばこの火を押し付けたりするなどの暴行を加え、頭蓋骨骨折などのけがをさせた上で放置し、死亡させたとされるとのこと。
 
1)起訴内容について男性被告は「(検察官が)読み上げたことに関しては、一切やってませんので、やってません」と無罪を主張したとのこと。
 
2)弁護人も「暴行は加えておらず、保護責任者でもない。無罪です」と述べたとのこと。
 
弁護側は暴力を振るっていたのは母親の女性被告(22)=保護責任者遺棄致死罪で起訴=だとし、男性被告は気付いていなかったと主張したとのこと。
 
検察は司法解剖の結果から死因を衰弱死としていますが、弁護側は「食べ物をのどに詰まらせたことによる窒息死だ」と争う姿勢を示したとのこと。
 
女児のけがについては「転んだ」などとする女性被告の話を信じたと訴えた。虐待を疑った道警の捜査員が居室を訪れた5月15日以降は「巻き込まれたら面倒だと思い、最低限の食事の世話などを除き、子どものことには口を出さなくなった」と述べたとのこと。
 
3)冒頭陳述で検察側は、状況などから暴行を加えたのは男性被告だと指摘。「2歳児に対して暴行を繰り返したのは卑劣だ」と述べたとのこと。
 
冒頭陳述で「男性被告と、女児の母親である女性被告は、女児が亡くなる直前の20日間、部屋に閉じ込めほとんど食事を与えなかった。その上、男性被告が全身に暴行していた」と指摘したとのこと。
 
冒頭陳述で「女児の顔のあざは男性被告のこぶしの大きさと矛盾しない」「近くの住民が子どもの泣き声と男のどなり声を聞いている」として、男性被告がけがをさせたと指摘したとのこと。
 
検察側の証拠調べでは、女児を放置した状態で、場外馬券場など、遊興のため外出を繰り返していたと指摘。男性被告のスマートフォンからは、女児搬送後3時間以内に「子供虐待 疑われる」「虐待 死亡 懲役」と検索。ネット上の百科事典「ウィキペディア」で、2010年に発生した大阪2児餓死事件のページを閲覧した履歴が残っていたことも明かしたとのこと。
 
4)女児が死亡する3週間ほど前に、虐待の通報を受けて女児の安否を最後に確認した警察官の証言。
 
当時、女児の顔や腕には1センチ未満のあざがあり、両足の裏に絆創膏が貼られていたということですが、女性被告の「ヘアアイロンをふんだ」といった説明に、納得したと述べたとのこと。
 
しかし、女性被告に、絆創膏をはがすと「痛がって泣く」と断られたため、傷は直接確認していないとのこと。
 
警察官は女性被告が部屋を離れたとき、女児に「お母さん好き?」「痛いことされてない?」と問いかけたとのこと。
 
女児は無表情のままで、30分ほど、ほぼ動かなかったとのこと。
 
警察官は女性被告に電話してもらい、男性被告と直接話したことを明らかにしましたが、名前を聞くと、「強制じゃないなら教えたくない」と断られたとのこと。
このとき、警察官は「暴力はない」と判断し、児童相談所に結果を報告したとのこと。
 
***第二回公判(9月30日)***
証人尋問
1)女児の祖母が証人として出廷し、男と一緒に暮らす前は、女児にけがはなかったと述べたとのこと。
祖母は、男性被告が女児と母親の女性被告の3人で暮らす前の、去年3月はじめ、女児を入浴させた際に「女児にけがはなかった」と証言したとのこと。
 
2)警察官は、男性被告の指の根元の「基節関節」の間隔は、女性被告よりもおよそ4ミリ長く、女児の顔のあざと一致すると証言したとのこと。
 
弁護側が「誤差はあるか」と聞くと警察官は「多少はある」と答えました。裁判長が何ミリを誤差と考えたか聞くと、警察官は「2、3ミリ」と返答したとのこと。
 
***第三回公判(10月1日)***
証人尋問
1)女性被告(22)の同僚の女性の証言
女性は「2019年5月ごろに職場の喫煙所で女性被告から『男性被告が女児が吹っ飛ぶくらい頭を殴る。怖い』と2回以上は相談を受けた」と証言したとのこと。男性被告は女児が泣いている時に、殴っていたとのこと。
 
2)弁護側からは、女性被告が通っていた美容室の従業員の供述調書が証拠として提出。その中で女性被告が従業員に「男性被告は女児に怒鳴ることはあるが、暴行はしない」と話していたとのこと。
 
3)現場マンションの男性住民の証言
去年2月ごろから「子どもの泣き声が昼夜問わず聞こえた」と証言。4月には、同居の女性が児童相談所に通報しましたが、5月にかけて、泣き声や物を叩きつけるような音が増えていったとのこと。
 
「男の大声の後に、ドンガンという物音、子どもの泣き声が聞こえた」(証人)
 
そして、女児が亡くなる4日前から、泣き声は「聞こえていない」と証言したとのこと。検察官は、これらの証言から、同居していた男性被告がけがをさせたと主張したとのこと。
 
しかし、男性は、泣き声は「男の子のものだと思っていた」、どの部屋から聞こえたか「断定はできない」とも話し、男性被告側は、「泣き声は女児」とする検察官に疑問を投げかけ、無罪を主張しているとのこと。
 
***第四回公判(10月2日)***
証人尋問
1)司法解剖した医師の証言(検察側証人)
「体には脂肪が数ミリしかなかった。2週間から3週間の間に急激に体重が減少し、低栄養状態で亡くなった」と証言。提出している証拠では、下腹部の皮下脂肪は3ミリだったとのこと。
 
女児の大腸から綿ごみや毛が見つかり、飢えて口にした可能性があると証言したとのこと。
 
他の報道では
胃から「とうがらし」成分、腸から「ほこりや毛のようなもの」が見つかり、香辛料やごみを食べていた可能性もあるとも指摘したとのこと。
 
免疫を作る「胸腺」という臓器が通常の子どもの約4分の1の大きさになっていたとのこと。
 
さらに、頭部の骨折などのケガが死期を早めたと主張。虐待を受けていた可能性があるとしたとのこと。
 
「腰のやけどの痕は、一生残るような深さでたばこの火で負わされたもの」「頭のけがは死亡の2週間前から継続的に頭を叩かれたり、圧迫されたりしたもの」と証言したとのこと。
 
また、死から2日後の身体検査で、母親の女性被告の爪は、1センチほど伸びていて「爪が邪魔で強い力で殴れない」と指摘したとのこと。
傷害致死などの罪に問われている男性被告には、右手の人差し指の第2関節に傷があり、けがをさせたのは男性被告の可能性が高いと述べたとのこと。
 
更に別の報道では
5月15日ごろからほとんど食事をしておらず、6月に入ってからは「衰弱が進行して意識障害があり、普通に歩いたり大声を出したりできない状態だった」と指摘し、死亡直前は低体温症だったとしたとのこと。歯でかまれていないと思われる胃の内容物があり、「無理に飲み込まされたものと考えられる」と指摘したとのこと。
 
2)弁護側の医師の証言
弁護側の証人として出廷した医師は女児の気管支や肺などのCT画像に異物とみられるものがみられたと説明。死因は吐しゃ物をのどに詰まらせた可能性を主張し、「窒息死と考えるのが自然」と反論したとのこと。
 
別の報道では
弁護側証人の内科医は弁護側に開示された資料を基に、衰弱が進行していたことは認めたが、血液中の栄養分や皮下脂肪がある程度残っていたなどとして、「死を招く危険な状態ではなかった。何かを詰まらせたことによる窒息死の可能性が高い」と反論したとのこと。
 
***第五回公判(10月5日)***
証人尋問
1)女性被告(母親)の証言
「3月ごろに男性被告から娘への暴力が始まった。4月、モンブランを食べられたことに腹を立て、床に倒れるほど強くぶったたき、引きずった」と証言したとのこと。
 
さらに当時の状況を詳しく語り、「5月には口にバナナを突っ込み、粘着テープで口を塞いだうえ、手足をベビーカーにグルグル巻きにくくりつけて就寝したこともあった」と男性被告が虐待していたと主張したとのこと。
 
女性被告も男性被告から連日暴言を受けていましたが、金を貸していて別れることができなかったとしたとのこと。
 
別の報道では
冒頭で検察に「あなたは女児に暴行したことはありますか」と聞かれると「ありません」と証言したとのこと。
 
一方、男性被告が女児の頭を平手でたたき、引きずるのは見たことがあると話しました。また、女児が亡くなる6日前には、手や足をガムテープで巻かれ、ベビーカーに固定された状態を見たたこともあるとのこと。翌日の未明、女児の頭にはたんこぶがありましたが、男性被告に「虐待が疑われるとネットに書いてあった」と言われたほか、朝には腫れがひいていたため、病院に連れて行かなかったと証言したとのこと。
 
女児は、死亡したときには頭の骨が折れ、やけどやあざなど、顔から足先まで全身に大けがをしていた。しかし、女性被告はそのけがを男性被告がさせた確信は持てず、逮捕された後も「信じ切っていた」と話したとのこと。
 
その後、様々な証拠を見ながら思い出していくと、女児にけがをさせたのは男性被告しかいないと思うようになったとのこと。
 
更に別の報道では
女児が亡くなる数時間前には女児の体が持ち上がるほど髪の毛を引っ張った」などと証言したとのこと。
 
「4月上旬に女児が男性被告のモンブランを勝手に食べた際に、思いきり平手で床に倒れこむまでたたき、洗面所に引きずっていった」
 
「(男性被告が)女児の頭を殴って泣き叫んだことがあった。暴行を見るたびにやめるように言った」
 
女児が亡くなった2019年6月5日。男性被告は午前2時に女児に立つように指示。
しかし立ち上がることができなかった女児の髪を引っ張って立たせる暴行をしていたとのこと。
その約3時間後、女児は死亡が確認されたとのこと。
 
「もともと小柄なので極端に衰弱しているとは思わなかった。イヤイヤ期で食べなかったためだと思っていた」
 
翌日(5月31日)には仕事中に男性被告から「女児が骨折しているかもしれない」とLINEで連絡があった。女児が亡くなった6月5日の直前にも、男性被告が女児をげんこつで殴っていたと証言したとのこと。
 
***第六回公判(10月6日)***
被告人質問
1)「自分が気づかないうちに女児の体に"あざ"ができていたことがあった」「女児がいたずらをした時に、女性被告が頭をたたいていた」などと時折涙を見せながら証言したとのこと。
 
弁護側からの「女児を叩いたりしたことがありますか」という質問に「食べ物を投げたときに軽く叩いた」などと答えたとのこと。
 
一方、同じマンションの住人が警察に通報した5月12日以降、女児が亡くなる6月5日まで“虐待”に関わりたくないとして「暴力はふるわなかった」と証言したとのこと。
 
弁護側の質問で、女児が死亡した2019年6月5日前後の経緯について答えた。
4日夜、男性被告と女児と母親の女性被告は、男性被告が用意した食事をとった。その後、男性被告と女性被告は1時間ほど入浴し、男性被告が先にあがると女児の苦しそうな声が聞こえた。女児はマット上で体を抱え込むようにうつぶせになり、手でのどを押さえて苦しんでいた。女性被告と2人で女児を逆さまに抱えて背中を叩くなどし、人工呼吸をほどこした。その後、女児と女性被告が救急車で病院に向かったとのこと。
 
検察から死亡した女児の傷について問われると「僕は一切やっていないし、(母親の)女性被告がやったんだと思います」と答えた。女児の頭部外傷、顔や体の皮下出血の原因については「わかりません」と答えた。検察は、女児が家ではおむつ姿で過ごしていて、一緒に住んでいた男性被告が傷の原因もわからないのは不自然だと指摘したとのこと。
 
「(女性被告は)「産んだこと後悔した」オムツを替えるとき『生きた心地しない』と毎回言ってました。ごはんも全部コンビニ弁当で、家で服を着させているのも見たことない」とのこと。
 
男性被告は5月下旬、女児が頭を痛がっていると病院に通報しました件について
「病院の担当者の態度が悪かったのでムキになった。イラっとしたし、他人の子を病院に連れていく立場ではないと思った」
 
結局、女性を病院に連れて行くことはなかった。
 
***論告求刑公判(10月7日)***
1)男性被告に対し検察は懲役18年を求刑した。
 
2)検察側は7日の裁判で「犯行のあらゆる点を否認し反省の色も感じられない」として懲役18年を求刑したとのこと。
 
別の報道では
検察側は「暴行を繰り返した上、医師の治療を受けさせず悪質だ」として懲役18年を求刑したとのこと。
 
「20日間にわたって暴行を繰り返して、食事も与えず家に閉じ込めた。熱い液体をかけるなど暴行を楽しむような犯行態様で残虐だ。女児にとっては生き地獄と言える状況だった」として、懲役18年を求刑したとのこと。
 
3)裁判長「最後に一言ありますか?」
男性被告「僕は検察官のいうようなことは絶対にやっていません」と述べたとのこと。
 
***判決公判(10月16日)***
被告に懲役13年(求刑懲役18年)の実刑判決を言い渡したとのこと。
 
1)札幌地裁は「すべてのケガが男性被告によるものとは断定できないものの、死期を早めた頭の大けがは男性被告によるもの」と指摘したとのこと。
 
裁判長は判決理由で「暴行したのは被告と考えるのが自然」と退けた。その上で衰弱した女児を救命しなかったのは保身のためと指摘。「身勝手極まりなく誠にむごく悪質だ」と述べたとのこと。
 
札幌地裁は、男性被告による暴行はあったものの、直接的に死亡につながるものではなかったとして、傷害致死は認定せず、傷害罪を適用したとのこと。
 
そのうえで、「被告は不合理な弁解に終始している」、「死亡した女児は孤独で哀れというほかない」と述べ、懲役13年の実刑判決を言い渡したとのこと。
 
別の報道では
裁判所は女児が男性被告と2人でいる時にケガをしていることなどから、男性被告の暴行があったと認めて「傷害罪」を適用したとのこと。
 
そのうえで「ケガの原因はわからない」などという証言については、「同居していたのに不合理だ」として認めず、懲役13年の判決(求刑 懲役18年)を言い渡したとのこと。
 
親子関係になくても、女児に「必要な保護を与える立場にいた」と認定。必要な食事や医療を与えず、女児を「衰弱死」させたと指摘したとのこと。
 
こんなところですね。
判決を整理すると
A)死因は衰弱死
B)すべてのケガが男性被告のものとは断定できないが、頭の大けがは男性被告のもの
C)男性被告の暴力は直接の死因ではないので「傷害罪」
D)親子関係になるくても、女児に「必要な保護を与える立場にいた」
E)「ケガの原因が分からない」と言うのは認めない
 
死亡の経緯が男性、女性両被告が入浴中に死亡していたと言う事なので、直接、暴行による死亡では無いと言う事なんですね。
もし、女性被告が入浴中で男性被告と女児が二人きりの時に女児が死亡していたなら、傷害致死を疑われる状況だったから、その意味では男性被告は運が良かったのかもしれませんね。
 
D)については、親子関係になくても同居していたら、「保護責任」があると言う事なんでしょうね。
常識的に考えればそうなると思います。
で一緒に住んでいるのに「ケガの原因が分からない」と言う言い訳は通用しないと言う事ですね。
 
量刑についてですが、あの虐待の限りを尽くした野田の小4女児虐待死事件でも男性被告の判決は懲役16年(求刑懲役18年)なんですよね。
この野田の事件でも裁判官は「情状酌量の余地は微塵もない」と言ってます。
 
こちらの事件では、不合理な弁解で反省している様子はありません。
ただし、死因が被告の直接の暴力でないので傷害致死ではなく、傷害罪になった為に、懲役13年(求刑懲役18年)なんでしょうね。
 
それでも、私は軽すぎると思う。
生前の女児の苦痛を考えれば、どう考えても軽い。やはり、虐待致死罪とか、拷問致死罪を作るべきだと思います。
 
さて、男性被告についてはこれで一区切りですが、一方の女性被告の公判はこれからですね。
少なくとも、女性被告には女児を保護する責任があったはずなので、医師に治療させなかった事、食事を十分に与えなかった事は追及されるでしょうね。
問題は、女性被告による虐待が他にあったのかどうかですね。
 
女性被告の公判に注目しましょう。
 

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2020/09/29

大阪府大阪市知的障害者3歳児殺害事件その2(一審判決)

***判決公判(9月18日)***
傷害致死罪に問われた無職、女性被告(24)の裁判員裁判の判決公判が9月18日、大阪地裁で開かれた。
 
1)裁判長は、被告の軽度の知的障害や劣悪な家庭環境の影響を認め、懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)を言い渡したとのこと。
 
2)判決などによると、被告は6人きょうだいの長女として、両親と計8人で生活。弟らの育児を母から押しつけられて不満を募らせていた19年4月2日、弟の腹を踏みつけ、腹部圧迫による失血で死亡させたとのこと。
 
別の報道では
40代の両親、被告は長女にあたり、下に20代の弟と2~5歳の幼い兄弟がいた。
 
3)裁判長は判決理由で「何ら落ち度のない3歳の子供の命が奪われた結果は重大」と述べた。
一方、被告は母親から幼い4人のきょうだいの世話や家事を押し付けられ、逃れることもできず不満を募らせていたとも指摘。障害の影響で腹部を踏む行為の危険性を十分に認識できていなかった上、「劣悪な家庭環境は相応に酌むべき事情といえる」として、執行猶予付きの有罪判決としたとのこと。
 
別の報道では
判決は、被告が9~10歳程度の知能で、暴行の危険性を十分に認識していなかったと指摘。幼少時などに父から暴力を受け、母からは弟や妹への暴力を指示されるなど、「暴力に肯定的な家庭で育った」と言及した。弟らの世話が過度な負担になったが、両親に逆らえなかったと認定したとのこと。
 
今後は両親と別居して障害者向けのグループホームに入居する準備があり、成年後見人が選任されているなどの点を考慮し、執行猶予付きの判決が相当だと結論付けたとのこと。
 
4)被告は裁判長から「これまで通り、朝晩弟に手を合わせてください」と言われ、小さな声で「はい」と答えたとのこと。
 
***その他の公判情報***
公判、その他の情報ですが、どの時点の情報なのか不明なので、こちらにまとめます。
A)精神鑑定を経て大阪地検は傷害致死罪で女を起訴した。
 
B)公判で被告は事件当日、自宅風呂場の脱衣場であおむけになった弟の腹を踏んだことを認めた上で「まさか死ぬとは思わなかった。大好きだったのにごめん、ごめんなさい」と述べた。
 
C)被告は家庭環境について
「母親は子供の世話を何もしないのに、(弟や妹を)『怒れ』とか『しばけ』とか言ってきた」「父親にはバットやヘルメットで殴られた」「働こうとしたけど『お前には無理や』と証明写真を撮るお金もくれなかった。障害年金もほとんど取られた」と証言した。
 
被告は勾留された大阪拘置所について「他の人と話せて、誰にも縛られず自分のご飯も3食食べられる。ここの生活は100点」と証言したとのこと。裁判が終わった後も「両親には一生会いたくない」と証言したとのこと。
 
D)この事件で自宅の捜索に入った府警の捜査員が、内側からドアを開けられない部屋に、知的障害のある20代の弟がいるのを発見。府警は昨年6月、弟を自宅の一室に閉じ込めたとする監禁容疑で両親を逮捕したとのこと。両親は当時、「(弟が)悪さをするので閉じ込めていた」と容疑を認める供述。地検はその後、両親を不起訴処分(起訴猶予)としているとのこと。
 
発覚当時、弟は食事は与えられていたものの、室内には照明器具がなく、バケツで用を足していたとみられる。被告は公判で「バケツは私がかえていた。(弟が)悪さをしたら、両親から『お前がちゃんと見ていないから』と怒られた」と証言したとのこと。
 
E)(証人尋問と推定)
被告の精神鑑定を実施した医師の証言。被告については9~10歳くらいの発達年齢とした上で、行動を制御する能力や情緒的・社会的な面が未成熟だと説明し、「過酷で劣悪な家庭環境が影響した」とも述べたとのこと。
 
知能や発達状態の成熟には、周囲にモデルとなる人・ものの存在が不可欠だが、被告の場合は両親に命じられるまま幼い兄弟の世話や家事に追われ、社会性や情緒面を学ぶ機会がなかったと述べたとのこと。
 
鬱積する両親への不満。医師は出口を失い、行き詰まった女が八つ当たりのように事件を起こしたのだと指摘したとのこと。
 
こんなところですね。
事件当時、詳しい報道が出ずに事故?とも思っていましたが、事件でした。
今回の報道を見ると、知的障碍者を取り巻く環境は依然として厳しい環境ですね。
8人家族の内、両親が2名、長女が被告、その下の長男が20代、その下の兄弟は5から2歳が4人(死亡したのが3歳)なので全員が年子か一組の双子が居ると言う状況でしょうね。
 
公判の証言やその他の報道情報を見ると、20代の長男も知的障害があり、事件当時は監禁状態。被告である長女も軽度の知的障害(10歳程度の知能)があり、家事と兄弟の世話を押し付けられる。
母親は子供の世話を何もしない、ネグレクト状態。父親についての情報が無いけど、障害年金もほぼ搾取されている。
 
この現実は厳しいですね。この事情を踏まえて懲役5年の求刑に対して、懲役3年、執行猶予5年の恩情判決となっているんですね。
それにもともと、起訴された罪状も傷害致死で殺意が無いと検察も認めているわけです。
 
この事件を防ぐには?と考えると、福祉の問題に行きつきますよね。
市や児童相談所はこの家庭の情報をどの程度把握していたのだろうか?
 
知的障害が分かっている、長女と長男は少なくとも義務教育の間、学校は特別支援学校か、通常学校の特別学級で学んでいたはずなので、少なくとも市の職員は、長女と長男の知的障碍者が居ると言う事は把握していたと思うわけです。
 
その上でさらに、下の5歳以下の兄弟が4人もいたら、注意すべき家庭と言う判断があってもよさそうな気がするんですよね。
下の兄弟の3歳児健診や1歳健診などは受診されていたのか?とか、5歳児は通園していたのか?など児相のアンテナに引っかかる情報はこれまで無かったのかな?
 
言ってしまえば、両親がダメダメって事なんだけど・・・長女、長男に知的障害があるので、次の子供に期待して出産と言うのは、人情だと思うのですが・・・
それにしても、4人の年子(少なくとも2組は年子だと思う)ってのは計画性が無いよね?
 
出産について行政が口出しできる問題でもないから、その意味では親族や周囲の人間が、ちゃんと子育て出来るの?と言う話を両親にしないといけないと思います。
市や児相の人間以外にも、近い親族、親しい友人などで家に入った事がある人間なら、この家庭の状況は知っていたと思うんですよね。
 
親族だから、友人だから事情を知っても通報しないと言うのは、間違った優しさなのではないか?と思います。
通報と言わず、市の福祉窓口で相談するだけでも、この事件は防げたかもしれません。
 
情報がないけど、この被告の両親は健常者なのかな?
これによっては、事件の背景がかなり変わってきますね。
 
東京でパラリンピックを開くと言うのに、この福祉の現状で良いのでしょうか?
 
この手の事件は今までもありました。そのたびに絶望的な気持ちになります。
日本全体の意識を向上する為に、親の教育を小学校の教育から進めていくしかないのでしょうね。何十年とかかるかもしれないけど、それしか方法を思いつきません。
 
亡くなった男児のご冥福をお祈りします。

参考リンク
大阪府大阪市知的障害者3歳児殺害事件?事故?

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2020/07/13

東京都大田区蒲田3歳女児餓死事件その3(言い訳)

1)母親(24)が調べに対し、「当時、居間のドアをソファで塞ぎ開けられないようにして外出した」と供述しているとのこと。女児が居間から出た形跡は確認されておらず、母親の8日間の外出の間ずっと居間に閉じ込められていたとみられるとのこと。
容疑者は、台所にある包丁などに長女が触れないようにするためだったと説明しているとのこと。
 
2)容疑者が、実際にはいないはずの親族が面倒をみているかのように普段から周囲に装っていたとのこと。
 
容疑者の知人の談
「(長女を)連れてこないときは、いつも『パパがみている』って言うの」
「お兄さんと妹と一緒に住んでいるみたいな。『お兄さんとすごく仲良くて一緒に住んでいるよ』みたい話は聞いていました」
 
3)容疑者は、「子どもの面倒をみるのが大変でリラックスをしたくて旅行に行った」と供述しているということで、警視庁は、育児へのストレスから放置を繰り返していたとみて調べているとのこと。
 
4)「エアコンをつけて部屋に食べ物を置いていったので大丈夫だと思った」とも供述していて、警視庁は容疑者が長女を長期間、部屋に閉じ込めるつもりだったとみて調べているとのこと。
 
5)警視庁捜査1課は9日午前、容疑者を送検。
 
6)容疑者が調べには「早く帰るつもりだったが飛行機が満席だった」などと説明したとのこと。しかし、同課が調べたところ、飛行機には空席があったことが確認されたとのこと。
 
7)疑者は都内の居酒屋に勤務していた。だが、警察には当初、「無職」と話していたとのこと。
 
8)容疑者の知人の談
新型コロナウイルスの感染拡大で今年3月ころから、居酒屋の勤務が減り、長女と一緒に自宅にいることが多くなったとのこと。
 
9)捜査関係者によると「鹿児島県の男性は子供がいることも知らなかったようだ」とのこと。
 
10)自治体が心身の発育状況や栄養状態などをチェックする3歳児健診(昨年末に予定)を受けさせていなかったとのこと。
区の担当者が2回母子に接触を試みたが、連絡がつかなかったとのこと。
 
区役所の職員が5月に自宅を訪問した際も容疑者は旅行中だったとのこと。
 
長女は1歳ごろまで乳幼児健康診査は受診していたとのこと。
 
11)容疑者が5月8~11日にも鹿児島県に滞在していたとのこと。
容疑者は6月5日から同13日の間、鹿児島県を訪れて知人男性と会っていた。飛行機の航空券は往路のみ購入しており、復路は旅行中の同11日に予約していたとのこと。
 
12)捜査関係者によると、自宅前の防犯カメラを分析したところ、5月初旬を最後に長女の姿は写っていなかった。
長女は昨年夏ごろまでは容疑者に連れられて毎日のように近所のコンビニを訪れていたが、最近は容疑者が1人で来店するようになっていたとのこと。
 
別の報道では
捜査関係者によると、母子宅の玄関付近を映す防犯カメラに残っていた記録では、5月上旬の深夜、容疑者が長女を抱き、外出してすぐ戻る様子が映っていたほかは、長女の姿は確認できなかった。容疑者が1人で出かけるところは何度も映っていたとのこと。
 
13)容疑者は勤務先に少なくとも8連休になるよう休みを申請していたほか、鹿児島旅行の航空券についても、事前に予約していたのは行きのチケットだけだったとのこと。
 
14)捜査1課などによると容疑者は6月5日、長女を自宅に1人放置し、鹿児島県を訪問。予約していたホテルの宿泊を、自らすすんで現地でさらに延長し、13日午後に帰宅したとのこと。
 
15)容疑者は2016年に長女を出産後、当時交際していた自動車関係で働く男性と入籍するもすぐに離婚したとのこと。
 
16)「容疑者は8歳の時に母親から『身の回りのことをキチンとしない』などの理由で平手で殴られ全治2週間の怪我を負わされています。食事を十分に取っていない状態だった。県警は『緊急事態』と判断し、母親は傷害と保護責任者遺棄、父親は保護責任者遺棄の容疑で逮捕したとのこと。
 
17)容疑者はこの事件後に入院し、児童相談所に保護され、その後は養護施設に入所。事件後に両親は離婚したとのこと。
 
18)長女は免疫に関する臓器である『胸腺』が委縮してしまっていたとのこと。
 
19)捜査関係者によると鹿児島在住の元同僚男性は、「『家には(容疑者が)来たけど、別れたかった』と話している」とのこと。
 
時系列
2004年頃 容疑者が8歳の時、両親が逮捕、本人はその後、施設へ
2016年  容疑者が長女を出産
時期不明 長女の父親と結婚
2017年
時期不明 長女の父親と離婚
07月   現場マンションに母子で暮らし始める
2019年
12月   法定の3歳児健診を受信せず。
2020年
05月上旬 これ以降は長女を外出させず
05月08日~11日まで容疑者が長女を残して鹿児島に滞在。
06月05日 長女を残して鹿児島へ旅行(知人男性と過ごす)
この後、予約したホテルの宿泊を延長
06月13日
14:55頃 帰宅(推定)
その後、遺体を洗い、新しいおむつに替える。
その後、LINEの会話を削除(推定)
15:55頃 119番通報
その後、搬送先の病院で長女の死亡を確認
その後、容疑者が入院
07月07日 容疑者が退院、その後、逮捕
07月09日 保護責任者遺棄致死容疑で容疑者を送検。
 
こんなところですね。
容疑者は日常生活の中で、存在しない夫や兄と同居していると話していたようです。
それによって、子供を放置していないと言うアリバイ作りをしていたんでしょうね。
子供を放置(育児放棄)する事がダメな事だと言う事を容疑者も認識はしていたんでしょうね。
 
そんな嘘をついて、周囲を欺いて、それでも容疑者自身として求める物があったんでしょう。
それが何なのか?は本人に話してもらわないと分からないですね。
 
嘘をついていたのは、自分自身も含めてなのかもしれないですね。
ネグレクトをしても良い理由を自分に言い訳して、無意識にネグレクトを正当化していたのかもしれません。
「エアコンをつけて、食べ物も置いた」から大丈夫だってね。
 
でも、まだおむつをしていた、長女のおむつは8日間、そのままにしておくってのは、言い訳できないですよね。
 
どうやら、鹿児島の男性も容疑者に子供がいる事を知らなかったようです。
その上、容疑者とは別れたかったとか・・・
もし、容疑者が結婚を考えているなら、子供の事は話していたと思うんですよね。
結婚するなら、いずれ、子供の事は話さないといけないわけですし。
 
しかし、子供を犠牲にしてまで、ただの遊び相手にわざわざ、飛行機に乗ってまで会いにいくだろうか?
費用だって、宿泊費や食費、運賃、小遣いなど合わせれば10万円は超えると思うんですけど・・・
 
ふと思ったのですが、2度目の鹿児島行が6月5日ってのは、10万円の特別定額給付金をあてにしての旅行だったじゃないのかな?
 
特別定額給付金は「予算案を4月27日に国会提出し、5月1日までの成立を目指す」と言う報道が4月21日の段階で出されてますね。
1回目の鹿児島旅行が5月8日ですから、定額給付金の親子2人分の20万円をあてにした旅行だったとしても不思議では無いですね。
 
もしそうなら、3歳の子供の命を奪ったネグレクト事件の遠因が国民全員の為の特別給付金と言うのは、皮肉がききすぎてる。
3歳の子供の為に使われるべき給付金がその子の命を奪う為に使われるなんて、言葉もありません。
 
ただ、容疑者がまだ保育園に通わせていたなら、事情は少し変わっていたのかな?と思う部分もあります。
結局、容疑者には誰も頼れる人が居なかったんでしょうね。
心を許せる人間が周囲に居なかったので、子供の面倒を見る人がいるなんて嘘を言わなきゃいけなかったし、誰かに預ける事もできなかった。
容疑者が8歳の時に虐待で逮捕された母親との交流も続いていたようですが、母親にも何の話もしていないんでしょ?
 
だから、もし、容疑者が保育園に長女を通わせ続けていて、ママ友がいて、育児の愚痴をこぼせるような相手が居れば、この事件は防げたのかもしれません。
 
もしかすると、容疑者が探していたのは、「本当の事を話せる相手」だったのかもしれませんね。
 
続報を待ちましょう。

参考リンク
東京都大田区蒲田3歳女児餓死事件その2(続報)

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2020/07/08

東京都大田区蒲田3歳女児餓死事件その2(続報)

1)長女は発見時、新品のおむつをつけていたが、尻がただれており、捜査1課は容疑者が帰宅後、長女の世話をしていたように偽装した可能性があるとみているとのこと。
 
別の報道では
長女のおむつは新しく、室内には空のペットボトルやパンの袋もあった。だが、捜査で119番の約1時間前に帰宅したとみられることが判明した。同課は容疑者が通報までの間に、交際相手と鹿児島県で食事をするなどして遊んでいたことを隠蔽しようとおむつを替えるなどした可能性があるとみているとのこと。
 
別の報道では
救急隊が到着する前、容疑者が長女の体を洗って新しいオムツにはき替えさせていたことが新たに分かりました。部屋からは使用済みのオムツが見つかっているとのこと。
 
2)外出先から6月13日に帰宅し、午後3時55分ごろ「子どもが呼吸をしていない」と119番した。救急隊が駆けつけると、長女は物が散乱した室内のマットレスの上に心肺停止の状態で倒れていたとのこと。
 
3)容疑者は長女を出産した後、長女の父親に当たる男性と結婚し、間もなく離婚した。2017年7月から母子で現場マンションで暮らしていた。長女は保育園に1年以上前から通っておらず、容疑者が居酒屋での仕事に行っている間は自宅に1人でいたとみられるとのこと。
 
別の報道では
長女は一時保育園に通っていたが、昨年通園をやめていた。警察や自治体、児童相談所に虐待に関する情報は寄せられていなかったとのこと。
 
捜査関係者などによると、容疑者は約3年前に長女の父親と離婚し、保育園に通わせながら働いていた。
 
4)容疑者は6月5日~13日、自宅に長女を放置し餓死させたとして逮捕された。13日までの8日間、知人男性と一緒に鹿児島県で過ごしていた。
 
5)捜査関係者によると、容疑者は5月にも長女を自宅に置き去りにしたまま、3日間外出していた。この際も知人に会いに行ったとみられているとのこと。(今回と同じ男性)
 
6)容疑者が長女を「放置しても大丈夫だと思った」と供述しているとのこと。警視庁はこれまでにも容疑者が長女を3日ほど放置して外出したのを確認していて、詳しい経緯を調べているとのこと。
 
7)司法解剖の結果、長女は死後数日が経過していた。体にあざなどの目立った外傷はなかったが、極度の脱水状態で、胃の中は空っぽだった。体重も3歳児としては軽く、普段から食事を十分に与えられていなかった可能性もあるとのこと。
 
別の報道では
長女の体重は、同じ年ごろの子どもよりも3kgほど少なく、警視庁が育児放棄の経緯を調べているとのこと。
 
8)容疑者の友人が「(容疑者は)娘を数日間放置して外出したり、深夜遅くに帰宅したりしていた」と証言しているとのこと。
 
別の報道では
容疑者は居酒屋で働きながら一人で長女を育てていた。出勤時は長女を自宅に残していたが、仕事後にパチンコに行くなどして帰宅が遅くなることもあったとのこと。
 
9)容疑者の携帯電話からこの鹿児島の知人男性とやりとりしたメッセージが削除されていたとのこと。(無料通信アプリLINEのこと)
 
容疑者は逮捕前に話を聞かれた際、長女について「数日前から具合が悪かった」などと説明しており、警視庁は容疑者が長女と一緒にいたように装ったとみて調べているとのこと。
 
時系列
2017年
時期不明 長女の父親と離婚
07月   現場マンションに母子で暮らし始める
2020年
06月05日 長女を残して鹿児島へ旅行(知人男性と過ごす)
06月13日
14:55頃 帰宅(推定)
その後、遺体を洗い、新しいおむつに替える。
その後、LINEの会話を削除(推定)
15:55頃 119番通報
その後、搬送先の病院で長女の死亡を確認
その後、容疑者が入院
07月07日 容疑者が退院、その後、逮捕
 
こんなところですね。
シングルマザーで子供を保育園に預けて仕事をしていたんですね。
仕事は居酒屋なんですよね。これだけ見ると、仕事は夜で23時ぐらいまで仕事をしていたのかな?と思わなくも無いのですが・・・
8日間、鹿児島にいたのだから、当然その間、仕事は休んでいたんですよね。
 
まーコロナの影響で緊急事態宣言が発令(4月10日)された東京では、5月25日に緊急事態宣言が解除されましたが、その後も、飲食店の営業時間は制限の要請がありましたよね。
 
※営業時間の短縮については、これまで夜8時以降から朝5時までの間に営業している店舗に対して、朝5時から夜8時までの間の営業を要請し、酒類の提供は夜7時までとすることを要請。(宅配・テークアウトを除く。)
 
まー、仕事の居酒屋もコロナ影響で暇だったと言う事で、休みがとりやすかったのかもしれませんね。
緊急事態宣言も解除されて、他県への移動の制限も無くなったので、鹿児島に行くのも、ダメってわけじゃないけど、行くなら、一緒に長女も連れて行けば問題無かったはずなんですけど・・・鹿児島の知人男性には、子供がいると言う事は話してないのかな?
 
将来的に結婚するなら、子供も同居するわけだから、この知人男性が子供を受け入れられる人間かどうかを判断する良い機会だと思うのですが・・・そんなふうには考えなかったんでしょうね。
 
警察や児童相談所への相談はこれまで無かったようです。
まーご近所さんが、「小さな子供が一人で家にいる」なんて通報でもしなければ、児童相談所の目にも止まらないかもしれませんね。
もし、通報があれば、児童相談所の注意対象になっていたかもしれません。
 

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2020/07/07

東京都大田区蒲田3歳女児餓死事件

長女(3)を自宅に放置し餓死させたとして、警視庁捜査1課は7月7日、保護責任者遺棄致死容疑で母親の女性容疑者(24)を逮捕する事件が起きている。
 
「間違いありません」と容疑を認めているとのこと。
 
逮捕容疑は6月13日までの約1週間、東京都大田区蒲田の自宅マンションに長女(3)を放置し餓死させた疑いとのこと。
 
逮捕されたのは東京都大田区蒲田1丁目の飲食店店員女性容疑者(24)。
 
別の報道では
容疑者は長女を自宅に残したまま、約8日間、鹿児島県に旅行しており、警視庁は育児放棄(ネグレクト)だったとみているとのこと。
 
捜査1課によると、容疑者は6月上旬、2人暮らしの長女(3)を自宅に放置して衰弱させ、容体が悪化しても医師の診断を受けさせず、十分な食事も与えないまま死亡させた疑いがある。
 
捜査関係者によると、同13日午後4時すぎ、「子どもが呼吸をしていない」と自ら119番通報。長女(3)は搬送先の病院で死亡が確認された。司法解剖の結果、胃の中はほぼ空っぽだった。極端にやせた状態ではなく、目立った外傷はなかったとのこと。
 
任意の聴取に対し、容疑者は当初、「長女は体調を崩して食事をとれなくなった」と説明していたとのこと。
 
別の報道では
容疑者は当時、警視庁の任意聴取に対して「数日前から体調が悪く、食欲もないため様子を見ていたら、息をしていなかった」と話していたとのこと。
 
その後の捜査で、長女(3)を自宅に1人置き去りにし、男性宅で過ごしていたことがわかったとのこと。
事件後に入院したため、警視庁は7日の退院を待って逮捕したとのこと。
 
母子に関する虐待の通報や相談は確認されていないとのこと。
 
母子が暮らしていたマンション周辺で姿を見かけられるようになったのは2年ほど前。同じマンションに住む70代男性は「女の子は今年に入ってから一度も見ていない」と話したとのこと。
 
別の報道では
捜査関係者によると、容疑者は長女と2人暮らしだった。司法解剖の結果、脱水症状などを発症していたことが分かったとのこと。
容疑者は外出先から6月13日に帰宅し、午後3時55分ごろ「子どもが呼吸をしていない」と119番した。長女(3)は搬送先の病院で死亡が確認されたとのこと。
 
時系列
06月05日? 長女を残して鹿児島へ旅行(推定)
06月13日 帰宅
15:55頃 119番通報
その後、搬送先の病院で長女の死亡を確認
その後、容疑者が入院
07月07日 容疑者が退院、その後、逮捕
 
こんな事件ですね。
逮捕当日の情報なので、分からない事も多いのですが・・・
普通に考えると、3歳児を8日も放置すれば、命の危険がある事は当然、容疑者も理解していたと思うんですよね。
 
この事件を聞いて、2010年の大阪の姉弟の放置死事件を思い出しました。
3歳の姉と2歳の弟が夏の大阪のマンションの一室に置き去りにされて、照明はおろか、エアコンも無く、食べ物も無いまま死亡した事件です。母親が戻ったのは50日後でした。
もう、涙なくしては語れない、日本の児童虐待史に残る事件です。(今でも思い出すと涙が止まりません)
この大阪の事件で容疑者は「ご飯をあげたり、風呂に入れたりするのが嫌になった。ご飯も水も与えず、子供たちだけで生きてはいけないことはわかっていた。『助けてやらなければ』という気にはならなかった。(置き去りにしてから)1週間後には死んでいるかもしれないと思った」と話していました。
 
他には「ホストクラブで遊ぶのが楽しくて育児が面倒になった。もっと遊びたくて家を出た」とも話してました。
「家に帰ってあげなかったことを後悔している。2人は私のことを恨んでいると思う」とも話していました。
 
この事件は懲役30年でしたね。
 
あの事件からもう10年が過ぎました。今回の事件の容疑者が24歳ですから、大阪の事件当時、14歳頃ですね。
当時報道されていたニュースやワイドショーを見て、この14歳の少女はどう感じていたのだろう?
 
人生はちゃんと生きないと、取り返しのつかない事ってあるんですよね。
まずは動機が知りたいです。
 
最近の続発する児童虐待事件で児童相談所などの対応が注目されていますが、この事件では児童相談所はこの母子についてどのように対応していたのだろうか?
新型コロナの影響などがあったのだろうか?
 
続報を待ちましょう。
 
最後に亡くなった女児のご冥福をお祈りします。
次に生まれてくる時は普通の家庭に生まれて欲しいです。

参考リンク
東京都大田区蒲田3歳女児餓死事件その2(続報)

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2020/04/17

千葉県野田市小4女児虐待死事件その15(父親の一審判決)

***判決公判(3月19日)***
1)裁判長は懲役16年(求刑懲役18年)を言い渡した。
 
2)裁判長は、起訴された六つの罪を全て認定した上で、「尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待だった」と述べた。
 
別の報道では
「理不尽な支配欲から虐待をした。情状酌量の余地など微塵もない」「妻と女児に責任を転嫁して不合理な弁解をし反省がみられない」として、被告に懲役16年の判決を言い渡した。裁判長は重い量刑となったことについて、「先例と比べても極めて悪質性が高く、もっとも重い部類である」と述べたとのこと。
 
3)裁判長は、長期間にわたる日常的な虐待を認め、「理不尽極まりない虐待を受け続け、絶命した」と指摘。女児が理由もなく暴れたり自ら進んで立ったりしたという被告の供述については、不整合で信用できないとし、「自己の責任を女児に転嫁しており、反省が見られない」と非難したとのこと。
 
別の報道では
被告の「女児に対する暴行はなかった」とする供述については、「その供述を裏づけるものはなく、到底信用できない」とした。
 
被告の供述は「都合のいいことをつまみ食いして話していて、信用できない」と指摘した。
 
裁判長は「ほかの証拠に照らしてあり得ない。被告の供述は信用できない。自己の責任を転嫁し、女児の人格をおとしめる不合理な弁解に終始し反省は見られない」などと述べ、退けた。
 
そのうえで、事件について、「被告の意固地なまでに融通の利かない独善的な考えと、単に自分の言うことを聞かせたいという理不尽な支配欲から、虐待を加え続けたと評するほかはない」と述べたとのこと。
 
4)裁判長は、生前の女児の供述(アンケ―ト等)が十分信用できると認定。「児童を守る社会的なシステムがどうして機能しなかったのか」としながらも、児相や親族に対する被告の対応について「他者からの助けを排除し、徹底的な支配により、肉体的にも精神的にも追い詰め、死亡させた」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「女児が『父親に暴力を受けている』と書き残したアンケートなどは率直かつ具体的なエピソードを伴っており内容に矛盾は無い」と認定。
 
5)判決によると、被告は19年1月22~24日、女児を自宅の浴室に立たせ続けた上、顔に冷水シャワーを浴びせ続けるなどの暴行を加えて衰弱させ、飢えやストレスによるショック、致死性不整脈、溺水のいずれかで24日夜に死亡させた。
 
***控訴(4月1日)***
被告(42)が判決を不服として控訴した。
 
こんなところですね。
量刑としては、従来の児童虐待事件の量刑よりも重い物になっているようですが・・・
私としては、不満です。
死亡が一人だから、児童虐待だからと言う枠に囚われていて、本当に適切な量刑なのか?と言うのが疑問です。
法律に照らして適切と言う事なんでしょうが・・・もう、今の法律では裁けないと言う事なんじゃないのかな?
 
即死と虐待、拷問の末の死亡が、同じ殺人、同じ致死だから、同じ量刑と言うのが納得できません。
この女児の生前の苦痛が一体どれほどのものか?信頼した教師も恫喝によって裏切られ、そして、最愛の母親にも裏切られて、食べ物も制限され、暴行虐待され、放置され、空腹と絶望、苦痛の中で死んでいった、この苦痛が即死と同じだとは、到底思えない。
 
虐待殺人罪、拷問殺人罪のような罪が必要だと思います。
 
他にもこの事件では、教育現場の問題、児相の問題など数々の問題が噴出しているので、このあたりは専門家に検証していただき、改善する事を期待したいですね。
 
さて、この裁判の情報を見てきて、この虐待がなぜ起きたのか?私なりの解釈と言うか、印象というか、そんな物を書いてみようと思います。
 
結論から言うと、この事件が起きた理由は、被告が理想の家庭を作ろうとした結果だろうと考えています。
ただし、この理想の家庭とは、家族全員が被告に従い、被告に対する意見や、反抗などが無い家族によって作られる家庭なんでしょうね。
 
こう考えた根拠と言うか理由ですが
A)公判の証人尋問の中で被告の両親がともに、「当時、虐待は無いと考えていた」と証言しています。
しかし、女児本人、女児から話しを聞いた娘が虐待を主張しているわけです。
更には、児童相談所までが一時保護をしている状況を見ても、被告の虐待は無いと言う「嘘」を盲目的に信じていると言う事なんですよね。
 
それで、この妄信がこの時だけ、起きた事では無いだろうと思うわけです。
つまり、被告の幼少期から自立するまでの間、この妄信が継続していて、その結果、被告は親子カプセルと呼ぶような環境の中で、成長して、その人格形成に強く影響したのだろうと思うわけです。
 
その結果、被告は家庭の中で支配者となるような無意識の願望を持っていたのではないか?と言うのが私の仮説ですね。
(かつての親子カプセルを自分の家庭で再現しようとしたとも言えますね)
 
B)裁判の中で被告が暴力や、食事制限を否定して、あからさまに「嘘」と分かる証言をした理由が、A)によって説明できます。
幼少期から両親から妄信された被告は、何か問題が起きても、否定しておけば、最終的に両親から信じてもらえる事ができた。
その結果、両親からの罰を回避してきたのではないか?と考えています。
 
この為、今回の裁判も誰が見ても「嘘」と思われる証言も、量刑を軽くする為ではなく、両親に信じてもらう為の「嘘」なのではないか?と思うわけです。
 
なぜ、こんな証言をするのか?かなり疑問がありました。
利口な被告なら、妻の公判の結果などから考えて、有罪は確定で少しでも量刑を軽くする為に、罪を認めて、反省した振りをするところですよね。
死刑や無期懲役になるような事件では無いので、イチかバチかで無罪を主張するような事件でもないでしょう?
被告の証言は、良く練り上げられた言い訳ですよね。まっとうな人生を歩んでいれば、それなりに出来る人間と言う印象です。
 
C)妻のDVについても、A)から妻を洗脳して自分に服従させる為の方法だったと考えています。
妻の洗脳の結果、意思を表現できない赤ちゃんの次女は除外されて、残るは長女(女児)だけが自分に反抗する人間になってしまった。
 
D)ビデオの中で「家族に入れない」と言うのは、自分に反抗する人間は例え、実子であっても家族では無いと言う被告の無意識の回答でしょう。
 
女児に対して暴力(虐待)による洗脳を試みたが、学校のアンケートや、叔母(妹)への虐待の訴えなどによって、ことごとく失敗してしまい、支配する為の虐待、暴力と言う洗脳を止める事ができなくなっていたと言うのが私の考えです。
 
被告が虐待を認識していなかったと証言していますが、妻が暴行を止める為に「虐待だよ」と話した時、妻に対しても暴行してますよね。妻が反抗したのでその報復をしたと言う見方もできますが、私は「本当の事を言われて、暴力で口止めした」と言う事だと解釈しています。
 
他にも、年末の旅行が中止せざるを得なくなった時も、アザから虐待を疑われると考えたからでしょ?
同様に学校を休ませた事も同じ理由ですよね。
 
支配する為に暴行虐待を続けて、エスカレートした結果がこの事件なのではないか?と言うのが私の結論です。
 
まー、このあたりは専門家のご意見を伺いたいですね。
 
しかし、最悪の結果になる前にどこかで、この事件は防げたと思うと、残念でなりません。
 
女児が亡くなる3カ月前の30年10月に書いた自分宛ての手紙で「未来のあなたが見たいです。あきらめないで下さい」を見ると、熱い物がこみあげてきます。
 
両親が再婚するまでは、こんな未来が自分を待ち受けているなんて、思いもしなかったでしょうね。
ホント、女性が子連れで再婚する時は、当人だけでなく、家族で良く相手を吟味して再婚して欲しいですね。
(この事件では、再婚に反対する声はいなかったのかな?)
 
最後に亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

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千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

長文注意
***第六回公判(3月2日)***
証人尋問
***県柏児童相談所に当時勤務した児童心理司
1)被告について「自分の意見が通らないとどんな手段を使ってでも意思を通そうとする」と表現し、女児が一時保護中に「夜眠れず、お父さんの夢を見てしまう」とおびえていたことも明かしたとのこと。
 
2)17年12月の一時保護解除後に「女児に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあると診断された」と被告に伝えると、被告から「心理の資格を持っているのか。証明書を見せろ」と詰め寄られ、身分証の職員番号を書き取って「児相ではなく職員個人として訴える」などと脅されたとのこと。
 
***司法解剖した医師
1)女児は胸の骨が折れていたほか、皮下出血が頭や顔・手足など全身に及んでいて、医師は傷の多くが「自分で転倒した際にはできにくい部位だった」と指摘したとのこと。
 
死因については、「飢餓状態に陥っていて、そこに強いストレスが加わったことにより、急死した可能性がある」と述べたとのこと。
 
別の報道では
ストレスや飢餓で蓄積される体内の成分の濃度が異常に高く「我々の考えが及ばないほどの飢餓や強いストレスがあったのでは」と推測。胸部が陥没するほど骨折し、頭や顔、両手足など全身に皮下出血があったといい、「目やほお、あご下などの皮下出血は日常生活の転倒などでできるものではなく非偶発的に生じたと考えるべきだ」などと虐待の可能性を示唆したとのこと。
 
胸の中心の骨が折れたことは「胸全体に力がかかる動作なら肋骨も折れることが多いため、あくまで限られた範囲に力がかかった可能性がある」と話したとのこと。
 
2)解剖の結果、女児は病死の可能性は低く、急死したといえる。死因はケトアシドーシスによるショック死か致死性不整脈、または溺水の可能性があるとのこと。
 
糖尿病などの原因でもケトアシドーシスになるが、女児の場合は考えにくい。原因は飢餓やストレスだろう。女児の血中ケトン濃度は専門家でも見たことがないほど高い数値だったので、相当強い飢餓やストレス状態だったと考えられるとのこと。
 
また、肺に水が入っていたことなどから、溺水の可能性もあるとのこと。
 
3)検察側が説明した医師の所見によると、女児の遺体には、頭から足まで全身に数十カ所のあざ(皮下出血)があった。胸の骨が折れ、髪も数カ所抜けている。胃の中には食べ物がなく、肺には溺れた時にみられる特徴があらわれていたとのこと。
 
***第七回公判(3月4日)***
証人尋問
***精神科医で臨床心理士の武蔵野大教授
1)父親が女児を虐待する動画が残っていた。専門ではないが、虐待の加害者がこういった動画を撮影するのは、自己愛的な性格が根底にあり、子供のちょっとした言動も自分を脅かすものと考えていたからではないかとのこと。
 
2)事件前、女児が学校のアンケートで父親からの暴力を訴えていたことについて、臨床心理士が「『助けてほしい』「『打ち明けるといいことがある』と期待していたのでは」と指摘したとのこと。
 
***被告の母親
1)息子には何があったのか、真実を話してほしい。話次第ではあるが、親子の縁を切らず、刑務所に面会に行き、更生するよう支えていきたいとのこと。
 
2)初公判で、冷水を浴びせ続けたことなどの暴行を否定したが、母親が衝立越しに「本当のことを言って、女児に謝ってください。幼い命を摘み取ることはあってはならない。自分の子です」などと訴えると、被告はうつむいて眼鏡を外し、何度も涙をぬぐっていたとのこと。
 
被告人質問
弁護側:
1)女児が父親から暴力を受けていると学校で書いたアンケートについて聞かれると、「暴行はしていません」「女児されてもいないのにウソを書いたと思います」と述べたとのこと。
 
別の報道では
被告は「布団を掛け直したのを勘違いしたかもしれない」と述べ、暴行については「思い当たらない」と説明したとのこと。
 
 
2)妻が女児を妊娠したと分かったときは飛び上がるほどうれしかった。平成20年9月に女児が生まれ、家族3人での生活は幸せだった。
 
しかしその生活も2カ月ほどしか続かなかった。私が仕事に行っている間に妻が女児を連れて実家へ戻ってしまった。何度も実家に通ったが、妻や女児には会えなかった。3年後の23年10月、離婚が成立したとのこと。
 
3)28年7月ごろ、妻から連絡があり、再会した。7歳になった女児はかわいくて、私にそっくりだった。その後、沖縄で3人の生活を始め、妻と再婚した。沖縄にいる間、心愛や妻に暴力を振るったことは一度もないとのこと。
 
4)29年6月に次女が生まれてから2週間ほどして、女児と妻が実家へ帰り、戻ってこなくなった。ある日、女児が熱を出し、学校から連絡を受けた私が女児を連れ帰った。女児は「ばあば(母方の祖母)の家は地獄だから、パパのところへ行きたい」と言っていたとのこと。
 
入院していた次女が7月末に退院し、翌日、次女と女児を連れて野田市の実家に行った。夜中に次女にミルクをあげていると、寝相の悪い女児がぶつかり、次女が泣きだした。女児が「うるさい」と言うので、「次女が泣くのはお姉ちゃんにも原因がある」と注意したが、夜中立たせたり、次女の面倒を見させたりしたことはない。(当時同居していた被告の妹らに話したことは)女児の嘘だと思うとのこと。
 
5)22日に児相で(一時保護中の)女児と面会した。女児は私と妻がいる面会室の入り口ではにかんだような表情で立ち止まった。私が手を差し伸べると、女児も手を差し出し、私の手を握った。女児が「パパの手冷たい」と言って、すぐ離したとのこと。
 
6)女児の目の周りにアザができたときのことを聞かれ「女児と脱衣所でもみ合いになっているときに床に女児の体を押さえつけたときや洗面台にしがみついている女児を引っ張りあげようとしたときにつけてしまったものだと思います」と答えたとのこと。
 
その際に、たたいたり、圧迫したことはあるかと聞かれると被告は、「ありません」と述べ、暴行については否定したとのこと。
 
***第八回公判(3月5日)***
被告人質問
弁護側
 
1)被告人質問で被告は、女児を骨折させたとされる2018年12月~19年1月の傷害罪について、宿題をしないことを注意した際に「女児が暴れたため押さえ付けようとした」と虐待を否定したとのこと。
 
2)女児の母への暴行は、暴れるのを止めるため、馬乗りになったり平手打ちをしたりしたと説明したとのこと。
 
別の報道では
1月1日に被告が女児と勉強に対する態度をめぐってもめていたところ、妻が突然暴れ始め、女児の背中を蹴るなどしたため、女児と次女を寝室に逃した上で、「馬乗りになって制止しようとしたが止めらなかったので平手打ちをした」などと説明したとのこと。
 
「お願いだから止めて」と告げると、妻は泣きながら暴れるのを止めたといい、妻に蹴られた背中について女児は「大丈夫」と答えたと述べた。被告は「『しっかりしてよ、2人の母親でしょ』と言い、妻の尻をたたいた」と話したが、起訴内容にある妻の足を蹴ったとされる行為については、言及しなかったとのこと。
 
3)トイレに行きたがっていた女児に屈伸をさせる動画については「『屈伸をすれば良いんだろ』と女児が言った」「女児が途中で屈伸をやめたので、『カメラで撮ってるぞ』と言って撮り始めた」と話したとのこと。
 
4)去年1月、女児は満足な食事を与えられず飢餓状態に陥り、死亡したとされる。この日になにがあったのか。
 
24日午後には、失禁した女児が反省の態度を見せなかったことから「廊下から風呂場に引っ張って連れていき、水をかけた」という被告。その際、女児の様子がどうだったかを問われ下を向いて声を上げて泣きながら、「首を振って嫌がっていました。何度も出ようとしていたのに私が手を引っ張ったり、押さえつけて水をかけようとした」と認めた。
 
その後、女児が暴れなくなったためシャワーを止めると「女児が座るようにしてストンと落ちた」。その後約5分間、抱きかかえてゆすったり、シャワーで温水をかけ続けたとのこと。
 
5)「では全般的な質問をします。女児にしてきたことは虐待ですか?」
 
被告:「はい。虐待です。大事な、大好きな自分の娘に夜中、長い時間立たせたり屈伸をやらせる必要は、全くありませんでした」
 
被告は“虐待”を認め、女児に謝らせてもらえるようつぐなっていきたいと反省の言葉述べたとのこと。
(有罪判決を受け、刑務所に入る場合について問われた時のこと)
 
別の報道では
被告は、女児を浴室に連れて行った時の状況について、「女児が浴室から何度も出ようとしていたのに、私が手をひっぱったり押さえつけたりして水をかけようとしました」と述べる一方で、殴る蹴るなどの暴行については「ありません」と否定したとのこと。
 
その後、「あなたがしたことは虐待ですか、そうではないですか」と問われると、被告は「虐待です」と答えたとのこと。
 
また、虐待した理由については「当時、女児に言ったことは最後までやらせようという気持ちが強く、女児が何を言ってもやらせるという理由で虐待をしました」と涙ながらに答えたとのこと。
 
別の報道では
どの行為が虐待に当たるかについては「女児に対しての『お前』という発言、暴れた女児を押さえつけたり、持ち上げたり、屈伸や立たせたりすること、そうしたことすべて」と答えたとのこと。
 
6)被告は女児の母親(33)が女児のために食事を作るのを止めたことがあるかを問われ「止めたことは一度もない」と断言したとのこと。
 
7)30年7月30日に女児に便を持たせ、携帯電話で撮影した(2)の強要罪について。
被告は、虐待の一環で行われた犯行であるという検察側の主張を、改めて否定したとのこと。
 
被告によると、次女が夜泣きをして自身があやしていたところ、女児が「うるさい騒ぐな。やめろ」と叫んだと主張。「女児がクローゼットの壁を手でたたいたり、大声で騒いだりした」と証言したとのこと。
 
その後、女児が洋室に入り、書類やネクタイを散らかしたため被告は注意したところ、女児は「屈伸すればいいんだろ」と話したという。ただ、途中でやめたので、被告は女児を携帯電話で撮影し始めた。
 
便意をもよおした女児が「トイレ行きたい」と訴えたが、被告は行かせなかったといい「(女児は)自ら風呂場に行って、そこで便をしていた。あきれた気持ちになった」と述べたとのこと。
 
被告が片づけるためのポリ袋を持って浴室に戻ると、女児が便を手で丸めて持ち「撮りたければ撮れよ」と話したため、「はいはいわかりましたよ、という気持ちで撮った」と主張。無理やり女児に便を持たせ、撮影したことを否定したとのこと。
 
8)検察側がこれまで様々な人が証言をしたなかで、被告の話だけ話が合わないとし、「みんながウソをついているということか」と問いただすと、被告は「そういうことになります」と述べたとのこと。
 
9)弁護側からの質問に対し、虐待が始まった時期を「2018年7月ごろ」と答えたが、当時は虐待との認識はなかったとしたとのこと。
 
10)女児の動画を撮影した理由については「なぜ女児が大声で騒ぐのかわからなかったので、病院に連れて行こうと考え、状況を知りたいという話があったときに見せようと思ったのが始まり。女児に『誰かに見せるぞ』と言うと、ピタッとやめることがあって、続けていた」と述べたとのこと。
 
11)自身の性格について「きっちりとやらないと気が済まない」と分析し「子供を育てるのが思い通りに行かないのが許せなかったのかと問われると「最初からそういう気持ちを持っていたことはないが、虐待といわれる期間を振り返ると、そのように思っていたと思う」と話したとのこと。
 
12)学校や児童相談所に対する自身の行動について「支配欲求の強さからそうした行動をとったのか」と聞かれると「今になってそう言われると、そうとしか言えない」とした上で「(児相に事件の責任は)ありません」としたとのこと。
 
13)最後に妻との関係について聞かれると、「離婚するつもりです」と答えたとのこと。
 
検察側:
14)女児が自ら立っているとか屈伸するとか言ったからさせた」「暴れたから押さえつけた」などと女児の言動が発端だったと主張。
 
これに対して検察官が「責任を女児になすりつけているのでは」と問いただすと「事実を述べただけで、女児が言ったからこうなったと思っているわけではない」と弁解したとのこと。
 
15)被告は平成30年2月に「お父さんにたたかれたのは嘘」と女児に書面を書かせたことは認め、「2回目の児童相談所との面接があると聞いていたのと、前々から私たちとアパートで一緒に暮らしたいと言っているのを知っていたので、女児の気持ちを伝えるということで書かせた」と経緯を説明したとのこと。
 
16)検察官から、「女児の認識とは無関係に文案を作成したのか」と指摘されると「今考えてみると、おっしゃる通り」と肯定したとのこと。
 
17)年末年始に女児に暴行を加え、胸を骨折させたとする傷害事件については、妻が証人尋問で「被告が両腕を引っ張って持ち上げ、洗面台に打ちつけて骨折させた」とするのに対し、被告は「引っ張った際に女児が顔を上下させたはずみで骨折したのではないか」とし、妻の証言が嘘だと主張した。ただ、検察官から「なぜ嘘をついたと思うか」と問われると「言葉が見つかりません」と繰り返したとのこと。
 
18)検察側は最後に、傷害致死事件について質問。「女児はなぜ亡くなったのか」という問うと、被告は「私がしていた虐待行為が原因の一つだと思っている」と認めたとのこと。
 
***第九回公判(3月6日)***
被告人質問
1)被告は女児が死亡する2日前から風呂場に立たせ続けたことについて「心愛が自分から『立っている』と言ったのでさせた」、食事を与えなかったことについては「覚えていません」としたとのこと。
 
2)女児の肺に水が入っていたことから冷水のシャワーを掛け続けたとされることについては「口には掛けていない」「長くても3秒くらい」だと否定したとのこと。
 
3)検察側から死亡した女児の全身に多数の皮下出血があったことについて、なぜできたものか聞かれると「私が持ち上げたり床にうちつけたりして、できたものではないかと思います」「それ以外はありません」と答え、殴るなどの暴行については否定したとのこと。
 
4)被告は、女児が死亡する当日の朝まで風呂場で立たされていたとする、女児の母の証言を否定したうえで、「暴れていた心愛を落ち着かせるため、おでこの付近から3回くらい、長くても3秒、冷水シャワーをかけた。女児は目のあたりをふいて座るようにストンと落ちてしまい、びっくりした」と話したとのこと。
 
5)被告と妻の証言に食い違いがあることから「妻はうそをついているのか」と問われると「私は事実を話しているだけです」と何度も答えたとのこと。
 
6)女児が自宅の風呂場で死亡した19年1月24日の様子を問われた被告は「女児は朝から風呂場にいたが、様子を見に行くと、浴槽の縁に腰掛けて鼻歌を歌っていた」と返答。
 
鼻歌を歌っていたので、このままでいいと思った。
 
プロレス技をかけたとされる暴行に関しても「一回もやっていない」とし、長時間にわたって立たせ続け、激しい暴力をふるったとする検察側主張をことごとく否定したとのこと。
 
7)被告は、女児が暴れたため押さえ付けたなどと述べたが、これまで証人として出廷した女児の母や叔母、児童相談所職員らはいずれも否定する証言をしており、裁判長から「本当に女児がおかしいと思っていたか」とただされると、沈黙する場面もあったとのこと。
 
8)平成30年7月10日の動画。女児が「じゃあ許せよ。家族に入れろよ」と言うと、あなたは「無理」とふざけて答えた。女児を家族から疎外している。
 
被告:していない。
 
裁判員:なぜ「無理」と言ったのか?
 
被告:当時、女児にいろいろ聞かれ、いやになってそっけなく答えてしまった。
 
裁判長:何を聞かれたのか?
 
被告:いろいろ話しかけてきて、イライラした。
 
裁判長:子が親に話を聞いてほしいというのは普通だ。なぜうっとうしいと思ったのか?
 
被告:分かりません。
 
9)死亡当日の状況を巡り、女児が浴室で倒れた後から110番通報するまでに証拠隠滅を図ったのではないかとの検察側の質問に、被告は「天地神明に誓ってありません」とはっきりと答えた。
 
検察側は心愛さんが亡くなった24日の状況について質問。勇一郎被告は浴室で意識を失った心愛さんに呼び掛けたり、体をゆすったりして「一生懸命やっていた」と述べ、通報するまでの時間は「10~15分だと思う」と説明した。
 
通報するまでに「心愛さんに何かしていたのではないか」と尋ねられると「天地神明に誓ってありません」と語気を強めた。検察側は女児の死亡を認識し、温水シャワーを掛け証拠隠滅を図ったのではないかと質問したが、被告は「絶対にありません」と述べたとのこと。
 
10)女児が飢餓状態に陥った原因など虐待の詳細に踏み込んだ質問には「覚えていない」を繰り返した。女児が23、24日の朝昼晩の食事を取ったか否かは、いずれの時点でも「分からない」とし、22日夜に女児を立たせ続けた理由も不明としたとのこと。
 
11)女児が死亡する以前の事件の経緯や状況についても、記憶が一部あいまいだと説明した。女児が被告との生活を嫌がり、同市の祖父母方で暮らすことになった2018年9月ごろ、女児がどのような状況に置かれていたかは「はっきりと覚えていない」と答えたとのこと。
 
12)。最後に、巌裁判長から「本当のことを話していますか」と改めて聞かれた被告は、「話しています」とハッキリと述べたとのこと。
 
***論告求刑公判(3月9日)***
1)検察側は「女児の母親らの証人の証言は十分に信用でき、虐待行為で死亡させたことは明らか。凄惨で非道な犯行で、拷問と表現してもいい程」として懲役18年を求刑した。
 
別の報道では
検察側は「長期間、日常的に壮絶な虐待を行ったことは明らかで、法廷でも女児に責任を押し付ける態度に開いた口がふさがらない。今も被告の虐待は続いている」として懲役18年を求刑した。
 
検察側は「女児を筆舌に尽くしがたい壮絶な虐待の末、死亡させた」と指摘し、「被告は謝罪を述べていたが空虚であり反省の態度はみじんも感じられない。今なお女児への虐待が続いている。」
 
被告の犯行の多くを目撃した女児の母親(33)=傷害幇助罪で有罪確定=の証言は信用できると述べた。その上で「(被告は)いまだに虐待を実質的には認めていない。10歳の命が奪われた被害は重大」と非難し、児童虐待の傷害致死事件の中でも「比類なき重い事案」と主張したとのこと。
 
2)弁護側は、母親は「共犯者であり、一般的に相手に不利な証言をする」と証言の信用性を疑問視。犯行について「しつけがエスカレートし虐待につながった」とする一方で、「日常的な虐待はなかった」と述べ、「被告は深く反省している」として適正な処罰を求めたとのこと。
 
3)被告は最後に涙ながらに「大好きだったのに未来を奪ってしまった」と謝罪したうえで、「裁判で話したことは事実で、支配的な立場にはありませんでした」と述べたとのこと。
 
別の報道では
最終意見陳述で、「みーちゃん、本当につらい思いをさせてごめんなさい。自分のことが許せません」と謝罪した。一方で、女児の母親に対する暴力を否定し、「私が支配的立場にあり、それに家族が逆らうことができなかったことはありません」と述べたとのこと。
 
「私がしてしまったことに言い訳はありません。いいことも悪いこともありのままにお話ししました」と述べた。
 
こんなところですね。
裁判長でさえ、「真実を話しているのか?」と念を押すような証言ですよね。
検察側に「他の人間が嘘をついているのか?」と聞かれて「そうだ」と答える。
被告がこの裁判に臨む気持ちがその証言に表れていると思います。
 
次はいよいよ、判決公判ですね。
 

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2020/04/15

千葉県野田市小4女児虐待死事件その13(父親の一審公判)

長文注意
***初公判(2月21日)***
1)被告は傷害致死罪の起訴内容について「飢餓状態にしたりストレスを与えて衰弱させたりしたことは一度もない。立たせ続けたり冷水シャワーをかけたりしたこともない」と否認したとのこと。
 
そのうえで「罪は争わない」と述べたとのこと。
 
別の報道では
検察官は、被告が31年1月22~24日、飢餓状態やストレスで衰弱させてもかまわないと考え、女児に食事を与えず、リビングや浴室に立たせ続けたり、肌着のみで浴室に放置するなどして十分な睡眠をとらせなかったとした。また、24日には水にぬれた肌着だけを着た女児に冷水を浴びせ、リビングでうつぶせにして背中に座り、両足をつかんで身体をそらせるなどし、夜には寝室に入ろうとした女児を浴室に連れ込み、シャワーで顔面に冷水を浴びせて、一連の行為による飢餓状態やストレスなどで死亡させた、と説明したとのこと。
 
2)被告は「娘にしてきたことはしつけの範囲を超える。深く反省している」と述べたとのこと。
 
「事件直後から、しつけの範囲を超えたものだと深く後悔してきた。未来のみーちゃんの姿を私が自ら見られなくしてしまった。みーちゃん、本当にごめんなさい」と謝罪の言葉を並べたとのこと。
 
3)起訴状では、被告は19年1月22~24日、女児に食事も与えないまま浴室に立たせ続け、十分な睡眠を取らせなかったうえ、シャワーで冷水を浴びせ続けるなどし、飢餓状態やストレスが原因のショックか不整脈、または水による窒息で24日夜に死亡させたとしている。
 
4)検察側は冒頭陳述で、被告が妻と離婚して、事件で死亡した女児とは数年にわたって離れて生活し、妻との復縁後に次女が生まれた経緯について説明。「被告は次女に愛情を注ぐ一方、離れて成長していた女児を疎ましく感じていた。被告は頑固で自己主張が強く、気に入らないことがあると女児を繰り返し虐待した」と指摘したとのこと。
 
5)弁護側は、被告に女児を死亡させた責任があるとして、傷害致死罪の成立を認めた一方、「(暴行は)あくまで教育で、結果的に行き過ぎた行為があった。自分なりに家族が幸せになることを考えていた。深い後悔をしている」と訴えたとのこと。
 
6)弁護人「被告は長女の出産から1年は会っていない。妻は長女を出産後、育児ノイローゼになり、実家に帰った。そのため、全く妻や子供と会えなくなった。その後、妻から連絡があり、8年ぶりに妻と長女と再会しました。再び交際が始まり、再婚。妻は双極性傷害で、病院にも付き合うなどしました」とのこと。
 
7)被告の父の供述調書
母について被告から女児とその妹に対して育児放棄のような状態だと聞いていたため、被告の妻と認めず、自宅に入れたことがなかったと説明。会話もなかったとのこと。
 
妻や長女(被告の妹)から、女児の体にいくつかあざがあったと聞きました。長女は『家族だろうが何だろうが通報するべき』と言っていました。しかし、私は被告が虐待をしていると認めたくない気持ちが半分、仮にそうでも息子を通報することに抵抗があったのが半分。女児を預かっていれば大丈夫だろうと思い、通報しませんでした。しかしこの時に厳しい心をもって通報すべきでしたとのこと。
 
とりあえず、こんなところですね。
弁護側の話しなので、微妙な部分はありますが、離婚の理由が育児ノイローゼだったにせよ、実家に帰った妻に一度も会わないと言うのが理解できませんね。
 
そして、被告の実家の対応も疑問ですね。
被告の言葉を疑わないと言うのが、女児と母親(妻)を追い詰めています。被告の妹の方がよほど正常な感覚を持っていると思う。
 
***第二回公判(2月25日)***
叔母の供述調書によると
女児については「優しくて明るくて頑張り屋さん」。被告については「(女児を)所有物と思っていたのではないか」と指摘しているとのこと。
 
証人尋問
1)女児の叔母(被告の妹)
「心愛はわたしの大事な娘です。女児を返して」と訴え、女児が自宅から祖父母宅に母親に連れられて来た18年9月ごろ、被告によるとみられる暴行の痕があったことを証言したとのこと。
 
叔母の証言によると、女児の頭には髪が抜けた痕があり、首回りも真っ白になっていて、頰の辺りに1センチほどのあざが2カ所あった。全身の状況を確認したところ、腰と尻の辺りにもいずれも3センチほどのあざがあったという。女児に「どうして?」と尋ねたら、女児はしくしく泣きながら「(被告に)髪をひっぱられた」と打ち明けた。その後、祖父母宅を訪れた被告に対して「次やったら通報する」と告げたとのこと。
 
叔母は法廷で「(女児を)抱きしめて『ごめんね、ごめんね』と謝った」と涙声で振り返った。当時の被告については「(女児の)しつけにこだわりすぎていた。ノイローゼのようになっていた」と話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は女児が死亡する約1年半前、「女児が『5時間立たされた』と泣いていた」「『腰にあざがある』と見せてきた」と虐待の兆候を伝えてきたことを話しました。叔母はそれを受けて兄の被告に「しつけを軽減して自分の仕事に集中すれば」と伝えたと話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は、「2017年9月ごろに女児の腰にあざを見つけ、どうしたのか尋ねると、女児が『パパに蹴られた』と話した」「被告に尋ねると、『やっていない。女児の寝相が悪くてぶつかったんじゃないか』と話していた」などと証言したとのこと。
 
他の報道では
死亡する約4か月前、被告の実家に滞在していた女児がご飯をむさぼるように食べていたことに気づき、どうしたのか尋ねると、「家で食べさせてもらえなかったから、ここでいっぱい食べないと痩せてみんなに心配かける」と話していたと証言したとのこと。
 
2)法廷では検察側の証拠調べで女児と被告のやり取りが撮影された動画が流されました。
2018年7月30日午前5時40分から撮影された27分31秒の動画には、女児が被告から命じられた屈伸を繰り返し、「助けてママ、助けて。お願いママ」泣いて助けを求める様子が映っていたとのこと。
 
 女児は「すみません」と荒い息で何度も言う。被告は「屈伸やれよ」と言いつけ、直後に「パシッ」という音が2回続いた。この後、「お願い、トイレ行かせて」と懇願も。直後に撮影された写真には、汚物を手に持つ女児の姿があった。検察側は被告がカメラ付き携帯電話で撮影した、と説明したとのこと。
 
別の報道では
30年7月10日ごろの動画には、自宅玄関で「家族に入れろよ」とせがむ女児に、被告が複数回「無理~」と拒否する様子が収められていた。女児が「うち(私)のことなんかどうでもいいんだね」と言うと、被告は「だいぶ前から面倒くさいと思っていた」と突き放し、土下座をさせたとのこと。
 
別の報道では
死亡する直前の平成31年1月に自宅リビングで土下座して両親に謝る映像などが証拠として示された。
 
この動画は31年1月5日に撮影されたとみられ、被告は女児に「楽しい予定もあったのにおまえのせいでなしだよ」「時間戻せよ」などと土下座を要求。乳児の次女を高い声であやす一方、女児に「お前、何やってんだよ」と怒鳴る様子などが記録されていたとのこと。
 
検察側の冒頭陳述によると、被告は1月2~3日ごろ、ディズニーランド近くの千葉県浦安市のホテルと沖縄県のホテルをキャンセル。年末から女児に暴行を加えた結果、旅行できなくなったが、それを女児のせいにして責めたとみられるとのこと。
 
3)被告の母親(女児の祖母)
祖母は、事件前に女児と一緒に暮らしていた際、夜中に女児が泣いているところを目撃し、「女児が被告のアパートに帰りたくないと言っていることを聞いていた」などと証言した。その一方で、「当時は息子を信じていた」「虐待に気づくことができなかった」などと述べたとのこと。
 
別の報道では
検察側から言いたいことはあるかと聞かれ、「女児がちょっとしたアザで児童相談所へ連れて行かれた、という被告の言葉を信じてしまった。被告に味方してしまった。虐待は頭になかった」と語ったとのこと。
 
***第三回公判(2月26日)***
証人尋問
女児の母親
母親は「心愛を助けてあげたくても(被告の)監視や束縛が強く何もすることができなかった。(被告に言ったら)女児への虐待がもっとひどくなるのではと思った」と後悔の言葉を口にした
 
母親は再婚後の被告について「LINEや電話で常に私の行動を確認してきた。平手でビンタされたり押し倒されたりした」と証言したとのこと。
 
再婚して被告と女児は8年ぶりに再会した。その時の様子について母親は「仲の良い親子に見えた」と言い、検察官に「虐待を疑うことはあったのか」と問われると、「まったくありませんでした」と答えたとのこと。
質問にはっきりとした口調で答えた母親だったが、どのような暴力を受けたのか尋ねられると、数秒間押し黙ることもあったとのこと。
 
17年9月に再び一緒に住むようになった女児からは「毎日地獄だった。夜中にパパから起こされたり立たされたりした」と打ち明けられた。そうした行為について女児は「(被告が祖父らに)『本当に信じるのか』と言っていた。自分(女児)が悪者にされた」とも話したとのこと。
 
母親は、死亡前の平成30年12月30日に風呂場でドンという音が聞こえ、女児を見ると「(左右の)まぶたが腫れ、ボクシングをしたようだった」と証言。被告は「こいつ(女児)が自分でやったんだよ」と虐待を否定したとのこと。
 
年明けの昨年1月1日には、自宅で被告が女児に繰り返し屈伸をするよう要求。座り込んだ女児の両手首をつかんで引きずったり、上に引っ張った状態から落として床に打ち付けたりする暴行を数回繰り返したとのこと。
 
ぐったりした女児を見て、母親は「もうやめて。虐待だよ」と止めたが、被告に胸ぐらをつかまれプロレス技を2度かけられたとのこと。
 
それまでは虐待を止めようとしなかったが、「女児がぐったりしていた。命が危ないと思った」と理由を説明したとのこと。
 
女児は「胸が痛い」と呼吸がしづらそうになり、4日ごろには自力でトイレにも行けず、おむつをさせたと話したとのこと。
 
7日には小学校の冬休みが終わったが、被告らは女児に外出を禁じ、被告が会社に行っている間は母親が無料通信アプリ「LINE(ライン)」で様子を報告。亡くなる3日前の21日午後10時ごろから翌22日午前10時ごろまで、被告は女児を寝させず台所に立たせるなどしたとのこと。
 
公判では、被告と母親のラインによるやり取りも開示された。母親によると、被告は30年7月ごろから母親が見ていないところで暴力を振るうなどし、女児の体にあざや傷ができた。同月12日にはラインで母親に「明日学校どうする?」「今週は休ます?」と相談。翌13日は小学校を休ませることで、虐待の痕を隠そうとしたと説明したとのこと。
 
母親は、女児が書いた「たたかれたのはうそ」という文書について、児童相談所での一時保護が解除された女児をアパートに連れて帰るため同被告が書かせたもので、本人の意思に反していたと証言したとのこと。
 
1月1日、被告が女児を虐待するのを止めようとしたが、私も暴力を受けた。警察に通報しようと家を出たが、自宅に残した女児と次女が心配で通報せずに戻ったとのこと。
 
母親 7日に小学校の冬休みは終わったが、あざがあったので学校に行かせず、寝室に閉じ込めた。飲み物や甘いものをねだる女児について、被告にラインで「お前何様なんだよ。むかつくね」と送った。毎日のように女児を虐待する被告にストレスがたまり、女児に向けてしまった。とても後悔しているとのこと。
 
***第四回公判(2月27日)***
証人尋問
女児の母親
1)母親は被告が虐待に及んだ理由を「正義感が強い女児の性格が気に入らなかったのではないか」と述べ「できる限り重い刑にしてほしい」と強い処罰感情を示したとのこと。
母親は最後に「できる限り重い刑にしてほしい。理由は言いたいが、言葉にならない」と話したとのこと。
 
2)母親は被告の性格について「二面性がある」とし、他人には自分をよく見せて、家庭内では「自己中心的で、思い通りにならないとすぐに怒る」と説明したとのこと。
 
3)母親は「女児が死亡する前日から、女児のご飯の用意をしていなかった」と話し、その理由を「被告から食べさせないように監視されていたから」と話したとのこと。
また、初公判の際、被告が否定した死亡した当日の暴行などについても「馬乗りになっていた」「肌着のみで冷水のシャワーを掛けていた」と証言したとのこと。
 
そして、女児は風呂場に延々と立たされて衰弱していったとしたうえで、「風呂場で倒れて動かなくなり、信じたくないが、死んだと思った」と話したとのこと。
 
別の報道では
証言によると、トイレに行かせてもらえなかった女児は19年1月23日夜にお漏らしした罰として風呂場に立たされたとのこと。
その際、被告からは。
「『女児が自分で“明日の朝までここに立っている”と言った』と聞かされた」とのこと。
 
翌朝、母親が目を覚ますと、女児は、まだ風呂場に立ち続けていた。そして被告が女児の頭から肩にかけ、強い勢いで冷水を浴びせる様子や、リビングで女児をうつぶせにして馬乗りになり、体を反らせたところを目撃したとのこと。
 
24日午後1時ごろに浴室で肌着姿で衰弱した女児に「5秒以内に服を脱げ」と命令し、脱げないとボウルに入れた冷水をかけることを5回ほど繰り返したとのこと。
 
午後10時ごろ、女児が寝るために寝室に行くと、寝ていた被告が目を覚まし、「寝るのは駄目だから」と廊下に女児を引っ張り出したとのこと。
 
寝室にいた母親は、しばらくして浴室からドンという大きな音が聞こえ、部屋に入ってきた被告に「女児が息をしていない」と言われたとのこと。
浴室に行くと女児が白目をむいて、口が半開きの状態で倒れていた。「信じたくなかったが、亡くなったのだと思った」と語ったとのこと。
 
女児が肌着がぬれた状態で倒れていた。足に触れると「とても冷たかった」。この時、被告は女児の体に湯をかけていたとしたうえで、当時の様子などから「被告が水をかけたと思った」と語ったとのこと。
 
被告は少し落ち着かない様子で、自ら110番通報をすると、「女児に心臓マッサージをして」などと母親に指示したとのこと。
 
被告が警察に通報する間、心臓マッサージをしたが、体はとても冷たかったとのこと。
 
4)弁護側は冒頭陳述で、被告は女児が暴れていたのを落ち着かせようとシャワーをかけた、と主張している。これに対し、母親はこの日の証人尋問で、女児は「疲れていて元気がなく、暴れられない状態だったと思う」と話したとのこと。
 
***第五回公判(2月28日)***
証人尋問
***女児の担任の女性教師
女児は小学3年の時、小学校で行われた“いじめに関するアンケート”に「お父さんから暴力を受けています。先生、どうにかできませんか」と記入した。
 
当時の担任は「女児は被告に頭を押さえ付けられるしぐさを自分でやり、泣きながら話してきた」と証言した。
 
「(女児が)お母さんがいない時にグーで頭を10回ぐらい殴られる」と説明していたと証言した。
 
検察官から「きょうはどういう思いで来ましたか?」と聞かれると「女児が伝えたかったことを代わりに全部、伝えてくるね」と話した。
 
女児が書いたアンケートが廷内のモニターに映し出されましたが、被告はモニターを見ることはありませんでした。
 
「お母さんは味方してくれるけど、お父さんは『保護者だ』と言ってお母さんの言うことを聞いてくれない」とも訴えたとのこと。
 
アンケート記入日にも暴力があったといい「頭、背中、首を蹴られた。今も頭が痛い」と泣きながら訴えたとのこと。数日前には女児の目が赤くなっており、当時は「結膜炎」と答えていたが、改めて聞くと「お父さんに殴られた」と話したとのこと。
 
***女児を担当していた児童相談所の女性職員
保護を解除した理由について、父親の被告が「2人きりでは会わない」と約束したことや「被告の両親が安全に配慮すると言っていて、解除の条件に適していると思ったから」と話したとのこと。
 
また、別の職員は「私がどうなってもいいから止めてあげたかったなと事件の当日から思っていて、今でも夢に見ます」と涙声で話したとのこと。
 
別の報道では
2017年に女児を一時保護した児童相談所の担当職員
職員は、女児に被告と母親が面会を希望していると伝えた際、女児が「お母さんにだけ会う」「お父さんには何をされるか分からないから、今は会いません」と訴えていたと証言したとのこと。
 
2週間ほどして両親に面会した際、女児は被告から手を差し伸べられると自分の手を引っ込め、被告は「照れているのでは」などと話していたということです。
 
面会の際、部屋に近づくにつれ「女児の表情がこわばっていった」、被告が握手しようとすると「女児がびくっとして手を引っ込めた」「下を向き泣きそうだった」と証言したとのこと。
職員は、一時保護の解除後、被告から「個人として訴える」と言われ、精神的に追い詰められたとも証言した。そして「尊い命を守ってあげることができなくて本当に後悔している」と述べたとのこと。
 
児童心理司 女児から、お父さんに夜中に起こされ、「窓の外に誰かいるから見て」と言われ、見に行くとズボンを脱がされ、パンツも一緒に脱げてしまったと聞いた。カーテンが開いていたので「誰かに見られたか心配」と言っていたとのこと。
 
こんなところですね。
ここまでの情報を見て、どうも、これまで感じていた動機とは少し違っているのかな?と考えています。
一部の週刊誌では、理想の家族を作る事に執着した結果と言うような事が書かれていましたが、それだけでは説明できないと思います。執着しているのも違う物のように感じます。プラスして被告自身の生育環境を含めた人格の問題があるのでは?と考えています。
 
詳しくは、判決の記事に書く事にしますね。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その12(女性被告の一審判決)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

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2020/03/13

大阪府寝屋川市16年監禁死亡事件その3(一審判決)

長文注意
***初公判(2月7日)***
1)起訴状によると、両被告は07年3月ごろから長女を小屋に監禁。衣服を身につけさせず、十分な食事も与えなかったため、17年12月18日ごろ、栄養失調の状態で凍死させたとされる。
 
2)二人は「監禁するつもりはなかった。命に関わる危険な状態だと思いもしなかった」と述べた。
 
3)弁護側は「監禁だったとしても長女の療養目的で必要だった」などと起訴内容を否認
 
別の報道だと
弁護側は、精神疾患のある長女が暴れて自らを傷つけるなどしたため、小屋に入れたと反論。「監禁の意思はなく、療養や精神的安定の目的だった」と主張した。死因についても凍死ではない可能性を指摘し、全面的に争う姿勢を示したとのこと。
 
4)検察側は冒頭陳述で「幼少期から愛情を抱けなかった被告らが、一緒に生活したくないと考え、やがて精神疾患を発症した長女をプレハブ小屋に監禁した」と主張
 
別の報道だと
検察側は冒頭陳述で、両被告が少なくとも07年から、長女を監禁するようになったと指摘。自宅内に作った、窓のない1畳ほどのプレハブ小屋に鍵をかけて閉じ込めていたと主張した。内部に設置したカメラの映像で監視していたとのこと。
 
食事は1日1回しか与えず、水分は部屋の外から引き入れたチューブを通して補給。長女は死亡時、身長が145センチ、体重は約19キロで、痩せ細っていた。10年以上、部屋から一度も出られず、入浴や歯磨きもまったくできなかったため、発見時は歯が何本も抜け落ちていたとのこと。
 
冷暖房は外部からしか操作できず、亡くなる直前の設定温度は10度だった。検察側は、長女が真冬も全裸で生活させられて衰弱し、毛布にくるまって動かなくなっていったと指摘したとのこと。
 
更に別の報道だと
検察は「1畳ほどの小屋から10年以上、長女を一度も外に出さず、入浴や歯磨きもさせなかった。死亡時の体重は19キロで、ひざは折れ曲がり伸びない状態になっていた」と指摘したとのこと。
 
5)判決は3月12日の予定
 
***第二回?公判(2月21日)***
証人尋問
次女(30)が「姉と話した記憶は一度もない。小さい頃からなので違和感はなかった」と話したとのこと。
 
証言によると、次女は17~18歳ごろまで長女=死亡当時(33)=と同居していた。両被告は「統合失調症と自閉症」と説明し、プレハブで過ごすことについて「長女にはこの状態がいい。人と関わると(病気が)悪化する」と話していたとのこと。
 
***第三回?公判(2月25日)***
被告人質問
弁護側は幼少期の長女が部屋の隅でじっと座り込んでいる様子を撮影したビデオを流し、男性被告が「14歳くらいの頃から下ばかりを向くようになり様子がおかしくなった」と述べたとのこと。
 
父親の男性被告は「娘は狭い所が好きだった」と述べた。
 
「親子で公園に行ったり、海に行ったりしました。誕生日にはケーキを一人で全部食べてしまうくらい、長女は食べることが好きでした」と娘との思い出を淡々と語ったとのこと。
 
弁護士:「長女には、どんな特徴がありましたか?」
 
男性被告:「不登校になった後は、下ばかり向いていて、おかしな行動をすることがよくありました。とにかく狭いところが好きで、部屋の隅っこでよく寝転がっていました」
 
女性被告:「犬の鳴き声や車の音が聞こえると、部屋の壁を叩いて暴れるようになりました」
 
また、男性被告が、所有していたワンボックスカーの中にも、鍵がかかる小部屋を作っていたことが明らかになったとのこと。
 
弁護士:「なぜこんな部屋を作ったんですか?」
 
男性被告「長女を病院に連れて行ったり、親戚が住む九州へ行くためです。長女は光や音に敏感で、外の刺激を遮るために車の中にも部屋を作りました」とのこと。
 
***第四回?公判(2月26日)***
被告人質問
男性被告:
「娘が小屋から出たいと言ったことも出ようとしたことも一度もない。娘にとっていい環境だったと思う」と述べた。また、監視カメラを設置した理由については、「医者に見せるためだった。変な行動をしているときに録画していた」と話し、監禁ではなく精神疾患の療養だと主張したとのこと。
 
***第五回?公判(2月27日)***
被告人質問
男性被告:「死亡した前日まで食事をとっていて、死ぬような状態ではないと思っていた」と主張。長女については「かけがえのない大切な存在でした」と述べたとのこと。
 
女性被告:「亡くなるまで何の兆候もなく、信じられませんでした」と述べ、死亡した際に警察に通報しなかったのは「長女のそばにいたくて、連れていかれるのが嫌だった」と話したとのこと。
 
***25日から27日の間の被告人質門の内容***
(何日の発言か特定できませんでした)
 
男性被告:
「医者に囲われた所を作るといいといわれたので小部屋を作った」
「窓をつけると時間が分かり、ストレスになるのでつけなかった」
「外に飛び出すと危険だから鍵をかけた」
 
検察:「歯磨きはどれぐらいのペースでしていた?
 
両 被告:「2週間に1回ぐらいです」
 
検察:「なぜお風呂に入れなかった?」
 
両 被告:「長女が気を遣うと思ったからです」
 
検察:「プレハブにいつまで入れておくつもりだったんですか?」
 
両 被告:「このままでいいとは思っていませんでした」
 
男性被告:「暴れて服を脱いで引きちぎって危なかったので、裸で生活させていました」
 
女性被告:「センサーで室温を管理しているので、寒さを感じることはないと思います」
 
男性被告:「身体を動かさず筋肉がつかないから、やせたと思っていました」
 
女性被告「かなりやせていると感じていましたが、衰弱しているとは思いませんでした。死ぬ理由は思い当たりません」
 
弁護側は、「精神疾患の療養のためで、長女の安全、精神の安定の為に必要だった」と主張。ただ、被告夫妻は、医師に勧められても、長女を入院させることはなく、17歳ごろを最後に病院へ連れて行っていないとのこと。
 
女性被告:「暴れるなどの症状が安定していたので、もう連れていく必要はないと思いました。傍においておきたかった。私たちにとって長女は宝です」
 
検察側:「幼少期から長女に愛情を抱くことができず、同じ空間で生活したくないと思い監禁した」と指摘したとのこと。
 
***論告求刑公判(3月4日)***
保護責任者遺棄致死と監禁の罪に問われている。
 
1)検察側はいずれも懲役13年を求刑した。
 
2)論告で検察側は、両被告は理想通りに育たない長女=死亡当時(33)=に愛情が持てず煩わしかったと指摘。衰弱を認識していたのに治療を受けさせておらず「やむにやまれず罪を犯したのではなく、外に出られない環境でやせ衰え、死を待つだけの状態にした殺人に近い冷酷非道な犯行だ」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「医師による診察や投薬を放棄し、療養とは言えない。娘をうとましく思う感情に起因した殺人に近い、冷酷かつ非人道的な犯行だ」と指摘したとのこと。
 
さらに別の報道では
2人が医師らから福祉施設や行政に相談するよう勧められていたのに、相談しなかったことなどを挙げ「精神疾患がある子どもに困窮していた事件とは違う」と指摘した。
長女が10年以上も裸で生活し、亡くなった時には骨と皮だけになるほどやせ細っていたことにも触れ「療養とはいえない」として、懲役13年を求刑したとのこと。
 
「長女が衰弱していることを認識していたにもかかわらず室温を10度にまで下げ、医師の診察も受けさせなかった」と指摘した。
 
「冷酷非道な犯行で殺人行為に近い」と厳しく非難し、2人に懲役13年を求刑した。
 
***判決公判(3月12日)***
1)大阪地裁は12日、いずれも求刑通り懲役13年を言い渡した。
 
2)判決によると、父親の男性被告(57)、母親の女性(55)両被告は共謀し、07年3月から自宅内の小部屋に長女を入れ、外側から施錠して監禁。17年12月上旬頃、極度にやせていたのに十分な食事を与えず、全裸で生活させ、同月18日頃、栄養不足で凍死させたとのこと。
 
3)「主文。被告人両名を懲役13年に処する。本件は精神障害者の治療に思い悩む通常の家族の場合とは質的に異なっている」
 
大阪地裁は「当初こそ、長女に安定した生活を送らせようとしていたことは認められるものの、その後は看護意欲を失い、適切な処置を取っていたと認める余地はない」と指摘した。
 
裁判長は、小部屋は基本的に施錠されていたとして、療養ではなく監禁に当たると認定。「長女は外に出ることを諦めていた」と判断した。
 
さらに、両被告は小部屋に設置したカメラで監視し、長女が極度にやせていることを認識していたのに、医師の診察を受けさせなかったと指摘。症状を安定させる目的で閉じ込めた側面があったことも認めたが、「自由を奪って社会から隔離し、心身の健全な成長を阻害した。事態の発覚を恐れて現状を維持した」と批判したとのこと。
 
「両被告は長女にあまりに無関心で、(他の精神障害者の監禁事案とは)質的に異なる」と述べたとのこと。
 
別の報道では
大阪地裁は「医師の治療を受けさせずに監禁を続けたため、長女の心身の健康は極限まで失われ、療養とは言えない」と指摘。「人間としての最低限の尊厳をも否定する非人道的な行為だ」として、2人にそれぞれ懲役13年の実刑判決を言い渡したとのこと。
 
4)裁判員の会見
40代の男性:
「精神疾患の家族の悩みと今回は全く別。両被告は長女を病院にも通わせず、愛情が全く感じられなかった」と批判したとのこと。
 
40代の女性:
「両被告がもっと周囲に頼ることができたら、命は救えたと思う」と話した。
 
別の女性:「一度も謝罪の言葉を聞けなかったのは残念」と語り、「公的機関が関与していれば、事件を防げたのではないか」と訴えたとのこと。
 
***3月12日***
弁護側は12日、懲役13年とした大阪地裁判決を不服として大阪高裁に控訴した。
 
こんなところですね。
弁護側の主張した、療養目的と言うのは、医学的な治療(投薬など)が行われていない事で否定されますね。
なので、逆に、専門医にビデオを見せて、意見(診察)を聞き、その指導の下、投薬や、生活環境を整えていたのであれば、療養目的も認められた可能性はあると思います。
 
今回の場合は、通院、投薬なども行っていないので、「監禁」と認定されているわけですね。
 
百歩譲って、療養だったとしても、室内温度を10度にして、全裸で生活、入浴もさせず、歯も磨かず、外での運動もしていないですから、これが長女の為に行った行為だとは思えないですね。
 
判決でも指摘されている看護意欲を喪失して、生きていればいいや的な投げやりに、そして無関心になっていったのでしょうね。
 
ただ、法律で裁けばこうなると言う事だと思います。
 
コメントもいただいているのですが、被告が悪いと裁いただけでは、この問題は解決しないと言う事なんだろうと思います。
入院治療にはお金が掛かり、経済的な問題を伴います。自宅で看護と言っても、予測不能な行動をするなら、常時監視する必要があって、その労力は大変な物になります。その結果、座敷牢での監禁と言う選択に行き着いてしまったと言う側面もあると思います。
そして、治らないと言う見立てがでていたとしたら、看護意欲を喪失したのも仕方なかったかもしれません。
 
このあたりについて、つれづれさんのコメントを再掲載させていただきます。
***ここから***
統合失調症でしたか。報道内容から考えるに解体型(破瓜型)であったのではないかと思います。破瓜型は妄想幻覚といった陽性症状よりも無気力や感情平板化などの陰性症状の方がよく見られるようです。
不登校の原因として、こういった無気力があったかもしれません。診断がついていない、無気力による登校拒否では学校側もアプローチしずらかったでしょう。
15年前では破瓜型は予後不良と言われていた頃ですから、診断をした医師は容疑者達にかなり厳しい予測を語ったと思われます。それで容疑者達は「治らないなら」と、次回以降の受診もせず被害者を閉じ込めることを選んだのかもしれません。
それ以降は、ある意味で被害者の好きなようにさせていたように見受けられます。ただ放置していただけですが。
後ろめたい思いは監視カメラに表れていますが、徐々に人格荒廃となっていく被害者をいつの頃からか自分達とは異なる生物と見なすようになっていたのではないでしょうか。
 
破瓜型の治療結果が多少良くなってきているのですね。
仮定に仮定を重ねた話ではありますが、もし被害者が破瓜型であり容疑者達がこの情報を目にして「娘も治るのでは」と再度の受診を決意していたら、今回の結末はなかったかもしれません。
そう考えると、医療系の報道がもっと沢山あってもいいのかもしれません。
 
投稿: つれづれ | 2018/01/07 02:30
***ここまで***
 
一方で精神疾患の家族からのコメントも再掲載させていただきます。
***ここから***
暴れるくらいに症状が酷く出ている統合失調症の家族をASKAさんも持てば、この御両親の行動も、もう少し深い部分から理解できるようになりますよ、きっと。
 
入院させるのも高額だからね、この手の疾病の長期入院は。特にベッドの空きがある病院はね(笑)
 
頭で考え想像するよりも実際は厳しいものです…。
 
投稿: 名無しのA | 2018/01/07 15:41
 
ASKAさんへ
 
詳細なご返信をありがとうございます。
 
とりあえず、「自立支援医療」についてですが、あくまでもこれは「保険適用」の部分についてのみ、医療費が安くなるというだけのものです。入院でなく通院できる状況であれば、診断書などの作成依頼など以外は「自立支援医療」を"申請"して"受理"されてれれば、もちろん適用されます。
 
現在は、病院の方から申請をしないか?と説明をしてきてくれるようですが、昔は、そんな話をしてくる病院は無かった。障害年金についても現代でも知らぬまま通院していらっしゃる患者さまも多いです。
 
入院した経験があるとわかると思いますが、どんな病であっても「差額ベッド代」のような部分は、安くはならないですよね…実費です。
治療も保険適用外の薬などを使えば実費。
 
短期の一時的な入院で済む程度な病状であれば、統合失調症は大きな問題もなく日常生活もおくれますが。
 
ただ…度々、重症な症状の出現(幻覚・幻聴・被害妄想・奇声・独り言・激しく暴れる・突然の気絶・食事が正常に摂れない・薬を毒だと嫌がり飲まない・睡眠を取らない・勝手に家から飛び出し徘徊・人様の家へ「助けてくれ!殺される!」と真夜中に叫びながら、そのような状況が全く無いのに押し掛けて迷惑をかける…などなど)し、入院しなければいけないとなると、最低でも病状が落ち着くまでに2ヶ月ほど必要だったりで…(羅列した症状は我が家の患者から実際に私が経験したことです)綺麗事では決して語れないんですよ、悲しいかな当事者は…。
 
毎日、家族の誰かが一人はついていないといけないし、こちらは一睡もできませんから…何日も何日も…。
 
重症の認知症のご家族を抱えていらっしゃる方々も、あまり表沙汰にはなりませんが、同様にドアに南京錠を取り付けて自宅の一室に監禁してるご家庭は、かなり存在しています。そうしないと核家族は付きっきりで働きに出れなくなると生活していけないから仕方なくです。統合失調症患者を持つ人々と似たような状況で認知症患者を抱えて苦しんでいるご家庭は多い。
 
どちらも社会の闇ですけどね…(苦笑)
 
投稿: 名無しのA | 2018/01/16 03:30
***ここまで***
 
経済的な問題、労力の問題、さらに膨大のストレスを一つの家族だけで負担するのは無理なのかもしれません。
「我が家の母はビョーキです」の場合も一人娘が献身的な看護をしていても、ストレスに負けてしまう事もあったようですし、娘の結婚した夫が理解者で、さらに外部施設の利用などでなんとか落ち着いている感じですね。
 
「ボクには世界がこうみえていた」の方では父親が退職金をはたいて飲食店を作って、息子との自立生活を始めるも、その後に何度か発作を起こして入院してますね。最後は支援施設での共同生活と言うところに落ち着いたようですが・・・
 
この二つはどちからと言えば、失礼な言い方かもしれませんが「軽い方」ですよね?
人格崩壊していくような状況に直面した時、果たして看護意欲を維持できるのか?と言うのは、私も自信がありません。
 
一方で明るい未来を期待したいのは、近年の精神医学が進歩していると思える点ですね。
「救急精神病棟」と言う本の中では、急性期症状で入院した患者を短期間で回復して退院させると言う取り組みが行われていると言うことが書かれていました。
 
政治や行政も含めて、日本の精神医療をどうするのか?と言うのは、ちゃんと考えなくてはならない時期なんだろうと思います。
経済的な問題だけでなく、労力やストレスの問題に支援が必要です。
 
社会の小さな闇から目を背けてきた日本の社会が生み出した事件が、この事件なんじゃないでしょうか?
消費税からこう言った方面への費用に使って欲しいと思いますね。
 
他にも、病気で仕事ができないと言って毎日パチンコをしているような人もいるので、何か自立するような支援ができないのか?などいろいろと問題はありますね。
 

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