2020/04/17

千葉県野田市小4女児虐待死事件その15(父親の一審判決)

***判決公判(3月19日)***
1)裁判長は懲役16年(求刑懲役18年)を言い渡した。
 
2)裁判長は、起訴された六つの罪を全て認定した上で、「尋常では考えられないほどに凄惨で陰湿な虐待だった」と述べた。
 
別の報道では
「理不尽な支配欲から虐待をした。情状酌量の余地など微塵もない」「妻と女児に責任を転嫁して不合理な弁解をし反省がみられない」として、被告に懲役16年の判決を言い渡した。裁判長は重い量刑となったことについて、「先例と比べても極めて悪質性が高く、もっとも重い部類である」と述べたとのこと。
 
3)裁判長は、長期間にわたる日常的な虐待を認め、「理不尽極まりない虐待を受け続け、絶命した」と指摘。女児が理由もなく暴れたり自ら進んで立ったりしたという被告の供述については、不整合で信用できないとし、「自己の責任を女児に転嫁しており、反省が見られない」と非難したとのこと。
 
別の報道では
被告の「女児に対する暴行はなかった」とする供述については、「その供述を裏づけるものはなく、到底信用できない」とした。
 
被告の供述は「都合のいいことをつまみ食いして話していて、信用できない」と指摘した。
 
裁判長は「ほかの証拠に照らしてあり得ない。被告の供述は信用できない。自己の責任を転嫁し、女児の人格をおとしめる不合理な弁解に終始し反省は見られない」などと述べ、退けた。
 
そのうえで、事件について、「被告の意固地なまでに融通の利かない独善的な考えと、単に自分の言うことを聞かせたいという理不尽な支配欲から、虐待を加え続けたと評するほかはない」と述べたとのこと。
 
4)裁判長は、生前の女児の供述(アンケ―ト等)が十分信用できると認定。「児童を守る社会的なシステムがどうして機能しなかったのか」としながらも、児相や親族に対する被告の対応について「他者からの助けを排除し、徹底的な支配により、肉体的にも精神的にも追い詰め、死亡させた」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「女児が『父親に暴力を受けている』と書き残したアンケートなどは率直かつ具体的なエピソードを伴っており内容に矛盾は無い」と認定。
 
5)判決によると、被告は19年1月22~24日、女児を自宅の浴室に立たせ続けた上、顔に冷水シャワーを浴びせ続けるなどの暴行を加えて衰弱させ、飢えやストレスによるショック、致死性不整脈、溺水のいずれかで24日夜に死亡させた。
 
***控訴(4月1日)***
被告(42)が判決を不服として控訴した。
 
こんなところですね。
量刑としては、従来の児童虐待事件の量刑よりも重い物になっているようですが・・・
私としては、不満です。
死亡が一人だから、児童虐待だからと言う枠に囚われていて、本当に適切な量刑なのか?と言うのが疑問です。
法律に照らして適切と言う事なんでしょうが・・・もう、今の法律では裁けないと言う事なんじゃないのかな?
 
即死と虐待、拷問の末の死亡が、同じ殺人、同じ致死だから、同じ量刑と言うのが納得できません。
この女児の生前の苦痛が一体どれほどのものか?信頼した教師も恫喝によって裏切られ、そして、最愛の母親にも裏切られて、食べ物も制限され、暴行虐待され、放置され、空腹と絶望、苦痛の中で死んでいった、この苦痛が即死と同じだとは、到底思えない。
 
虐待殺人罪、拷問殺人罪のような罪が必要だと思います。
 
他にもこの事件では、教育現場の問題、児相の問題など数々の問題が噴出しているので、このあたりは専門家に検証していただき、改善する事を期待したいですね。
 
さて、この裁判の情報を見てきて、この虐待がなぜ起きたのか?私なりの解釈と言うか、印象というか、そんな物を書いてみようと思います。
 
結論から言うと、この事件が起きた理由は、被告が理想の家庭を作ろうとした結果だろうと考えています。
ただし、この理想の家庭とは、家族全員が被告に従い、被告に対する意見や、反抗などが無い家族によって作られる家庭なんでしょうね。
 
こう考えた根拠と言うか理由ですが
A)公判の証人尋問の中で被告の両親がともに、「当時、虐待は無いと考えていた」と証言しています。
しかし、女児本人、女児から話しを聞いた娘が虐待を主張しているわけです。
更には、児童相談所までが一時保護をしている状況を見ても、被告の虐待は無いと言う「嘘」を盲目的に信じていると言う事なんですよね。
 
それで、この妄信がこの時だけ、起きた事では無いだろうと思うわけです。
つまり、被告の幼少期から自立するまでの間、この妄信が継続していて、その結果、被告は親子カプセルと呼ぶような環境の中で、成長して、その人格形成に強く影響したのだろうと思うわけです。
 
その結果、被告は家庭の中で支配者となるような無意識の願望を持っていたのではないか?と言うのが私の仮説ですね。
(かつての親子カプセルを自分の家庭で再現しようとしたとも言えますね)
 
B)裁判の中で被告が暴力や、食事制限を否定して、あからさまに「嘘」と分かる証言をした理由が、A)によって説明できます。
幼少期から両親から妄信された被告は、何か問題が起きても、否定しておけば、最終的に両親から信じてもらえる事ができた。
その結果、両親からの罰を回避してきたのではないか?と考えています。
 
この為、今回の裁判も誰が見ても「嘘」と思われる証言も、量刑を軽くする為ではなく、両親に信じてもらう為の「嘘」なのではないか?と思うわけです。
 
なぜ、こんな証言をするのか?かなり疑問がありました。
利口な被告なら、妻の公判の結果などから考えて、有罪は確定で少しでも量刑を軽くする為に、罪を認めて、反省した振りをするところですよね。
死刑や無期懲役になるような事件では無いので、イチかバチかで無罪を主張するような事件でもないでしょう?
被告の証言は、良く練り上げられた言い訳ですよね。まっとうな人生を歩んでいれば、それなりに出来る人間と言う印象です。
 
C)妻のDVについても、A)から妻を洗脳して自分に服従させる為の方法だったと考えています。
妻の洗脳の結果、意思を表現できない赤ちゃんの次女は除外されて、残るは長女(女児)だけが自分に反抗する人間になってしまった。
 
D)ビデオの中で「家族に入れない」と言うのは、自分に反抗する人間は例え、実子であっても家族では無いと言う被告の無意識の回答でしょう。
 
女児に対して暴力(虐待)による洗脳を試みたが、学校のアンケートや、叔母(妹)への虐待の訴えなどによって、ことごとく失敗してしまい、支配する為の虐待、暴力と言う洗脳を止める事ができなくなっていたと言うのが私の考えです。
 
被告が虐待を認識していなかったと証言していますが、妻が暴行を止める為に「虐待だよ」と話した時、妻に対しても暴行してますよね。妻が反抗したのでその報復をしたと言う見方もできますが、私は「本当の事を言われて、暴力で口止めした」と言う事だと解釈しています。
 
他にも、年末の旅行が中止せざるを得なくなった時も、アザから虐待を疑われると考えたからでしょ?
同様に学校を休ませた事も同じ理由ですよね。
 
支配する為に暴行虐待を続けて、エスカレートした結果がこの事件なのではないか?と言うのが私の結論です。
 
まー、このあたりは専門家のご意見を伺いたいですね。
 
しかし、最悪の結果になる前にどこかで、この事件は防げたと思うと、残念でなりません。
 
女児が亡くなる3カ月前の30年10月に書いた自分宛ての手紙で「未来のあなたが見たいです。あきらめないで下さい」を見ると、熱い物がこみあげてきます。
 
両親が再婚するまでは、こんな未来が自分を待ち受けているなんて、思いもしなかったでしょうね。
ホント、女性が子連れで再婚する時は、当人だけでなく、家族で良く相手を吟味して再婚して欲しいですね。
(この事件では、再婚に反対する声はいなかったのかな?)
 
最後に亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

| | コメント (0)

千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

長文注意
***第六回公判(3月2日)***
証人尋問
***県柏児童相談所に当時勤務した児童心理司
1)被告について「自分の意見が通らないとどんな手段を使ってでも意思を通そうとする」と表現し、女児が一時保護中に「夜眠れず、お父さんの夢を見てしまう」とおびえていたことも明かしたとのこと。
 
2)17年12月の一時保護解除後に「女児に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあると診断された」と被告に伝えると、被告から「心理の資格を持っているのか。証明書を見せろ」と詰め寄られ、身分証の職員番号を書き取って「児相ではなく職員個人として訴える」などと脅されたとのこと。
 
***司法解剖した医師
1)女児は胸の骨が折れていたほか、皮下出血が頭や顔・手足など全身に及んでいて、医師は傷の多くが「自分で転倒した際にはできにくい部位だった」と指摘したとのこと。
 
死因については、「飢餓状態に陥っていて、そこに強いストレスが加わったことにより、急死した可能性がある」と述べたとのこと。
 
別の報道では
ストレスや飢餓で蓄積される体内の成分の濃度が異常に高く「我々の考えが及ばないほどの飢餓や強いストレスがあったのでは」と推測。胸部が陥没するほど骨折し、頭や顔、両手足など全身に皮下出血があったといい、「目やほお、あご下などの皮下出血は日常生活の転倒などでできるものではなく非偶発的に生じたと考えるべきだ」などと虐待の可能性を示唆したとのこと。
 
胸の中心の骨が折れたことは「胸全体に力がかかる動作なら肋骨も折れることが多いため、あくまで限られた範囲に力がかかった可能性がある」と話したとのこと。
 
2)解剖の結果、女児は病死の可能性は低く、急死したといえる。死因はケトアシドーシスによるショック死か致死性不整脈、または溺水の可能性があるとのこと。
 
糖尿病などの原因でもケトアシドーシスになるが、女児の場合は考えにくい。原因は飢餓やストレスだろう。女児の血中ケトン濃度は専門家でも見たことがないほど高い数値だったので、相当強い飢餓やストレス状態だったと考えられるとのこと。
 
また、肺に水が入っていたことなどから、溺水の可能性もあるとのこと。
 
3)検察側が説明した医師の所見によると、女児の遺体には、頭から足まで全身に数十カ所のあざ(皮下出血)があった。胸の骨が折れ、髪も数カ所抜けている。胃の中には食べ物がなく、肺には溺れた時にみられる特徴があらわれていたとのこと。
 
***第七回公判(3月4日)***
証人尋問
***精神科医で臨床心理士の武蔵野大教授
1)父親が女児を虐待する動画が残っていた。専門ではないが、虐待の加害者がこういった動画を撮影するのは、自己愛的な性格が根底にあり、子供のちょっとした言動も自分を脅かすものと考えていたからではないかとのこと。
 
2)事件前、女児が学校のアンケートで父親からの暴力を訴えていたことについて、臨床心理士が「『助けてほしい』「『打ち明けるといいことがある』と期待していたのでは」と指摘したとのこと。
 
***被告の母親
1)息子には何があったのか、真実を話してほしい。話次第ではあるが、親子の縁を切らず、刑務所に面会に行き、更生するよう支えていきたいとのこと。
 
2)初公判で、冷水を浴びせ続けたことなどの暴行を否定したが、母親が衝立越しに「本当のことを言って、女児に謝ってください。幼い命を摘み取ることはあってはならない。自分の子です」などと訴えると、被告はうつむいて眼鏡を外し、何度も涙をぬぐっていたとのこと。
 
被告人質問
弁護側:
1)女児が父親から暴力を受けていると学校で書いたアンケートについて聞かれると、「暴行はしていません」「女児されてもいないのにウソを書いたと思います」と述べたとのこと。
 
別の報道では
被告は「布団を掛け直したのを勘違いしたかもしれない」と述べ、暴行については「思い当たらない」と説明したとのこと。
 
 
2)妻が女児を妊娠したと分かったときは飛び上がるほどうれしかった。平成20年9月に女児が生まれ、家族3人での生活は幸せだった。
 
しかしその生活も2カ月ほどしか続かなかった。私が仕事に行っている間に妻が女児を連れて実家へ戻ってしまった。何度も実家に通ったが、妻や女児には会えなかった。3年後の23年10月、離婚が成立したとのこと。
 
3)28年7月ごろ、妻から連絡があり、再会した。7歳になった女児はかわいくて、私にそっくりだった。その後、沖縄で3人の生活を始め、妻と再婚した。沖縄にいる間、心愛や妻に暴力を振るったことは一度もないとのこと。
 
4)29年6月に次女が生まれてから2週間ほどして、女児と妻が実家へ帰り、戻ってこなくなった。ある日、女児が熱を出し、学校から連絡を受けた私が女児を連れ帰った。女児は「ばあば(母方の祖母)の家は地獄だから、パパのところへ行きたい」と言っていたとのこと。
 
入院していた次女が7月末に退院し、翌日、次女と女児を連れて野田市の実家に行った。夜中に次女にミルクをあげていると、寝相の悪い女児がぶつかり、次女が泣きだした。女児が「うるさい」と言うので、「次女が泣くのはお姉ちゃんにも原因がある」と注意したが、夜中立たせたり、次女の面倒を見させたりしたことはない。(当時同居していた被告の妹らに話したことは)女児の嘘だと思うとのこと。
 
5)22日に児相で(一時保護中の)女児と面会した。女児は私と妻がいる面会室の入り口ではにかんだような表情で立ち止まった。私が手を差し伸べると、女児も手を差し出し、私の手を握った。女児が「パパの手冷たい」と言って、すぐ離したとのこと。
 
6)女児の目の周りにアザができたときのことを聞かれ「女児と脱衣所でもみ合いになっているときに床に女児の体を押さえつけたときや洗面台にしがみついている女児を引っ張りあげようとしたときにつけてしまったものだと思います」と答えたとのこと。
 
その際に、たたいたり、圧迫したことはあるかと聞かれると被告は、「ありません」と述べ、暴行については否定したとのこと。
 
***第八回公判(3月5日)***
被告人質問
弁護側
 
1)被告人質問で被告は、女児を骨折させたとされる2018年12月~19年1月の傷害罪について、宿題をしないことを注意した際に「女児が暴れたため押さえ付けようとした」と虐待を否定したとのこと。
 
2)女児の母への暴行は、暴れるのを止めるため、馬乗りになったり平手打ちをしたりしたと説明したとのこと。
 
別の報道では
1月1日に被告が女児と勉強に対する態度をめぐってもめていたところ、妻が突然暴れ始め、女児の背中を蹴るなどしたため、女児と次女を寝室に逃した上で、「馬乗りになって制止しようとしたが止めらなかったので平手打ちをした」などと説明したとのこと。
 
「お願いだから止めて」と告げると、妻は泣きながら暴れるのを止めたといい、妻に蹴られた背中について女児は「大丈夫」と答えたと述べた。被告は「『しっかりしてよ、2人の母親でしょ』と言い、妻の尻をたたいた」と話したが、起訴内容にある妻の足を蹴ったとされる行為については、言及しなかったとのこと。
 
3)トイレに行きたがっていた女児に屈伸をさせる動画については「『屈伸をすれば良いんだろ』と女児が言った」「女児が途中で屈伸をやめたので、『カメラで撮ってるぞ』と言って撮り始めた」と話したとのこと。
 
4)去年1月、女児は満足な食事を与えられず飢餓状態に陥り、死亡したとされる。この日になにがあったのか。
 
24日午後には、失禁した女児が反省の態度を見せなかったことから「廊下から風呂場に引っ張って連れていき、水をかけた」という被告。その際、女児の様子がどうだったかを問われ下を向いて声を上げて泣きながら、「首を振って嫌がっていました。何度も出ようとしていたのに私が手を引っ張ったり、押さえつけて水をかけようとした」と認めた。
 
その後、女児が暴れなくなったためシャワーを止めると「女児が座るようにしてストンと落ちた」。その後約5分間、抱きかかえてゆすったり、シャワーで温水をかけ続けたとのこと。
 
5)「では全般的な質問をします。女児にしてきたことは虐待ですか?」
 
被告:「はい。虐待です。大事な、大好きな自分の娘に夜中、長い時間立たせたり屈伸をやらせる必要は、全くありませんでした」
 
被告は“虐待”を認め、女児に謝らせてもらえるようつぐなっていきたいと反省の言葉述べたとのこと。
(有罪判決を受け、刑務所に入る場合について問われた時のこと)
 
別の報道では
被告は、女児を浴室に連れて行った時の状況について、「女児が浴室から何度も出ようとしていたのに、私が手をひっぱったり押さえつけたりして水をかけようとしました」と述べる一方で、殴る蹴るなどの暴行については「ありません」と否定したとのこと。
 
その後、「あなたがしたことは虐待ですか、そうではないですか」と問われると、被告は「虐待です」と答えたとのこと。
 
また、虐待した理由については「当時、女児に言ったことは最後までやらせようという気持ちが強く、女児が何を言ってもやらせるという理由で虐待をしました」と涙ながらに答えたとのこと。
 
別の報道では
どの行為が虐待に当たるかについては「女児に対しての『お前』という発言、暴れた女児を押さえつけたり、持ち上げたり、屈伸や立たせたりすること、そうしたことすべて」と答えたとのこと。
 
6)被告は女児の母親(33)が女児のために食事を作るのを止めたことがあるかを問われ「止めたことは一度もない」と断言したとのこと。
 
7)30年7月30日に女児に便を持たせ、携帯電話で撮影した(2)の強要罪について。
被告は、虐待の一環で行われた犯行であるという検察側の主張を、改めて否定したとのこと。
 
被告によると、次女が夜泣きをして自身があやしていたところ、女児が「うるさい騒ぐな。やめろ」と叫んだと主張。「女児がクローゼットの壁を手でたたいたり、大声で騒いだりした」と証言したとのこと。
 
その後、女児が洋室に入り、書類やネクタイを散らかしたため被告は注意したところ、女児は「屈伸すればいいんだろ」と話したという。ただ、途中でやめたので、被告は女児を携帯電話で撮影し始めた。
 
便意をもよおした女児が「トイレ行きたい」と訴えたが、被告は行かせなかったといい「(女児は)自ら風呂場に行って、そこで便をしていた。あきれた気持ちになった」と述べたとのこと。
 
被告が片づけるためのポリ袋を持って浴室に戻ると、女児が便を手で丸めて持ち「撮りたければ撮れよ」と話したため、「はいはいわかりましたよ、という気持ちで撮った」と主張。無理やり女児に便を持たせ、撮影したことを否定したとのこと。
 
8)検察側がこれまで様々な人が証言をしたなかで、被告の話だけ話が合わないとし、「みんながウソをついているということか」と問いただすと、被告は「そういうことになります」と述べたとのこと。
 
9)弁護側からの質問に対し、虐待が始まった時期を「2018年7月ごろ」と答えたが、当時は虐待との認識はなかったとしたとのこと。
 
10)女児の動画を撮影した理由については「なぜ女児が大声で騒ぐのかわからなかったので、病院に連れて行こうと考え、状況を知りたいという話があったときに見せようと思ったのが始まり。女児に『誰かに見せるぞ』と言うと、ピタッとやめることがあって、続けていた」と述べたとのこと。
 
11)自身の性格について「きっちりとやらないと気が済まない」と分析し「子供を育てるのが思い通りに行かないのが許せなかったのかと問われると「最初からそういう気持ちを持っていたことはないが、虐待といわれる期間を振り返ると、そのように思っていたと思う」と話したとのこと。
 
12)学校や児童相談所に対する自身の行動について「支配欲求の強さからそうした行動をとったのか」と聞かれると「今になってそう言われると、そうとしか言えない」とした上で「(児相に事件の責任は)ありません」としたとのこと。
 
13)最後に妻との関係について聞かれると、「離婚するつもりです」と答えたとのこと。
 
検察側:
14)女児が自ら立っているとか屈伸するとか言ったからさせた」「暴れたから押さえつけた」などと女児の言動が発端だったと主張。
 
これに対して検察官が「責任を女児になすりつけているのでは」と問いただすと「事実を述べただけで、女児が言ったからこうなったと思っているわけではない」と弁解したとのこと。
 
15)被告は平成30年2月に「お父さんにたたかれたのは嘘」と女児に書面を書かせたことは認め、「2回目の児童相談所との面接があると聞いていたのと、前々から私たちとアパートで一緒に暮らしたいと言っているのを知っていたので、女児の気持ちを伝えるということで書かせた」と経緯を説明したとのこと。
 
16)検察官から、「女児の認識とは無関係に文案を作成したのか」と指摘されると「今考えてみると、おっしゃる通り」と肯定したとのこと。
 
17)年末年始に女児に暴行を加え、胸を骨折させたとする傷害事件については、妻が証人尋問で「被告が両腕を引っ張って持ち上げ、洗面台に打ちつけて骨折させた」とするのに対し、被告は「引っ張った際に女児が顔を上下させたはずみで骨折したのではないか」とし、妻の証言が嘘だと主張した。ただ、検察官から「なぜ嘘をついたと思うか」と問われると「言葉が見つかりません」と繰り返したとのこと。
 
18)検察側は最後に、傷害致死事件について質問。「女児はなぜ亡くなったのか」という問うと、被告は「私がしていた虐待行為が原因の一つだと思っている」と認めたとのこと。
 
***第九回公判(3月6日)***
被告人質問
1)被告は女児が死亡する2日前から風呂場に立たせ続けたことについて「心愛が自分から『立っている』と言ったのでさせた」、食事を与えなかったことについては「覚えていません」としたとのこと。
 
2)女児の肺に水が入っていたことから冷水のシャワーを掛け続けたとされることについては「口には掛けていない」「長くても3秒くらい」だと否定したとのこと。
 
3)検察側から死亡した女児の全身に多数の皮下出血があったことについて、なぜできたものか聞かれると「私が持ち上げたり床にうちつけたりして、できたものではないかと思います」「それ以外はありません」と答え、殴るなどの暴行については否定したとのこと。
 
4)被告は、女児が死亡する当日の朝まで風呂場で立たされていたとする、女児の母の証言を否定したうえで、「暴れていた心愛を落ち着かせるため、おでこの付近から3回くらい、長くても3秒、冷水シャワーをかけた。女児は目のあたりをふいて座るようにストンと落ちてしまい、びっくりした」と話したとのこと。
 
5)被告と妻の証言に食い違いがあることから「妻はうそをついているのか」と問われると「私は事実を話しているだけです」と何度も答えたとのこと。
 
6)女児が自宅の風呂場で死亡した19年1月24日の様子を問われた被告は「女児は朝から風呂場にいたが、様子を見に行くと、浴槽の縁に腰掛けて鼻歌を歌っていた」と返答。
 
鼻歌を歌っていたので、このままでいいと思った。
 
プロレス技をかけたとされる暴行に関しても「一回もやっていない」とし、長時間にわたって立たせ続け、激しい暴力をふるったとする検察側主張をことごとく否定したとのこと。
 
7)被告は、女児が暴れたため押さえ付けたなどと述べたが、これまで証人として出廷した女児の母や叔母、児童相談所職員らはいずれも否定する証言をしており、裁判長から「本当に女児がおかしいと思っていたか」とただされると、沈黙する場面もあったとのこと。
 
8)平成30年7月10日の動画。女児が「じゃあ許せよ。家族に入れろよ」と言うと、あなたは「無理」とふざけて答えた。女児を家族から疎外している。
 
被告:していない。
 
裁判員:なぜ「無理」と言ったのか?
 
被告:当時、女児にいろいろ聞かれ、いやになってそっけなく答えてしまった。
 
裁判長:何を聞かれたのか?
 
被告:いろいろ話しかけてきて、イライラした。
 
裁判長:子が親に話を聞いてほしいというのは普通だ。なぜうっとうしいと思ったのか?
 
被告:分かりません。
 
9)死亡当日の状況を巡り、女児が浴室で倒れた後から110番通報するまでに証拠隠滅を図ったのではないかとの検察側の質問に、被告は「天地神明に誓ってありません」とはっきりと答えた。
 
検察側は心愛さんが亡くなった24日の状況について質問。勇一郎被告は浴室で意識を失った心愛さんに呼び掛けたり、体をゆすったりして「一生懸命やっていた」と述べ、通報するまでの時間は「10~15分だと思う」と説明した。
 
通報するまでに「心愛さんに何かしていたのではないか」と尋ねられると「天地神明に誓ってありません」と語気を強めた。検察側は女児の死亡を認識し、温水シャワーを掛け証拠隠滅を図ったのではないかと質問したが、被告は「絶対にありません」と述べたとのこと。
 
10)女児が飢餓状態に陥った原因など虐待の詳細に踏み込んだ質問には「覚えていない」を繰り返した。女児が23、24日の朝昼晩の食事を取ったか否かは、いずれの時点でも「分からない」とし、22日夜に女児を立たせ続けた理由も不明としたとのこと。
 
11)女児が死亡する以前の事件の経緯や状況についても、記憶が一部あいまいだと説明した。女児が被告との生活を嫌がり、同市の祖父母方で暮らすことになった2018年9月ごろ、女児がどのような状況に置かれていたかは「はっきりと覚えていない」と答えたとのこと。
 
12)。最後に、巌裁判長から「本当のことを話していますか」と改めて聞かれた被告は、「話しています」とハッキリと述べたとのこと。
 
***論告求刑公判(3月9日)***
1)検察側は「女児の母親らの証人の証言は十分に信用でき、虐待行為で死亡させたことは明らか。凄惨で非道な犯行で、拷問と表現してもいい程」として懲役18年を求刑した。
 
別の報道では
検察側は「長期間、日常的に壮絶な虐待を行ったことは明らかで、法廷でも女児に責任を押し付ける態度に開いた口がふさがらない。今も被告の虐待は続いている」として懲役18年を求刑した。
 
検察側は「女児を筆舌に尽くしがたい壮絶な虐待の末、死亡させた」と指摘し、「被告は謝罪を述べていたが空虚であり反省の態度はみじんも感じられない。今なお女児への虐待が続いている。」
 
被告の犯行の多くを目撃した女児の母親(33)=傷害幇助罪で有罪確定=の証言は信用できると述べた。その上で「(被告は)いまだに虐待を実質的には認めていない。10歳の命が奪われた被害は重大」と非難し、児童虐待の傷害致死事件の中でも「比類なき重い事案」と主張したとのこと。
 
2)弁護側は、母親は「共犯者であり、一般的に相手に不利な証言をする」と証言の信用性を疑問視。犯行について「しつけがエスカレートし虐待につながった」とする一方で、「日常的な虐待はなかった」と述べ、「被告は深く反省している」として適正な処罰を求めたとのこと。
 
3)被告は最後に涙ながらに「大好きだったのに未来を奪ってしまった」と謝罪したうえで、「裁判で話したことは事実で、支配的な立場にはありませんでした」と述べたとのこと。
 
別の報道では
最終意見陳述で、「みーちゃん、本当につらい思いをさせてごめんなさい。自分のことが許せません」と謝罪した。一方で、女児の母親に対する暴力を否定し、「私が支配的立場にあり、それに家族が逆らうことができなかったことはありません」と述べたとのこと。
 
「私がしてしまったことに言い訳はありません。いいことも悪いこともありのままにお話ししました」と述べた。
 
こんなところですね。
裁判長でさえ、「真実を話しているのか?」と念を押すような証言ですよね。
検察側に「他の人間が嘘をついているのか?」と聞かれて「そうだ」と答える。
被告がこの裁判に臨む気持ちがその証言に表れていると思います。
 
次はいよいよ、判決公判ですね。
 

| | コメント (0)

2020/04/15

千葉県野田市小4女児虐待死事件その13(父親の一審公判)

長文注意
***初公判(2月21日)***
1)被告は傷害致死罪の起訴内容について「飢餓状態にしたりストレスを与えて衰弱させたりしたことは一度もない。立たせ続けたり冷水シャワーをかけたりしたこともない」と否認したとのこと。
 
そのうえで「罪は争わない」と述べたとのこと。
 
別の報道では
検察官は、被告が31年1月22~24日、飢餓状態やストレスで衰弱させてもかまわないと考え、女児に食事を与えず、リビングや浴室に立たせ続けたり、肌着のみで浴室に放置するなどして十分な睡眠をとらせなかったとした。また、24日には水にぬれた肌着だけを着た女児に冷水を浴びせ、リビングでうつぶせにして背中に座り、両足をつかんで身体をそらせるなどし、夜には寝室に入ろうとした女児を浴室に連れ込み、シャワーで顔面に冷水を浴びせて、一連の行為による飢餓状態やストレスなどで死亡させた、と説明したとのこと。
 
2)被告は「娘にしてきたことはしつけの範囲を超える。深く反省している」と述べたとのこと。
 
「事件直後から、しつけの範囲を超えたものだと深く後悔してきた。未来のみーちゃんの姿を私が自ら見られなくしてしまった。みーちゃん、本当にごめんなさい」と謝罪の言葉を並べたとのこと。
 
3)起訴状では、被告は19年1月22~24日、女児に食事も与えないまま浴室に立たせ続け、十分な睡眠を取らせなかったうえ、シャワーで冷水を浴びせ続けるなどし、飢餓状態やストレスが原因のショックか不整脈、または水による窒息で24日夜に死亡させたとしている。
 
4)検察側は冒頭陳述で、被告が妻と離婚して、事件で死亡した女児とは数年にわたって離れて生活し、妻との復縁後に次女が生まれた経緯について説明。「被告は次女に愛情を注ぐ一方、離れて成長していた女児を疎ましく感じていた。被告は頑固で自己主張が強く、気に入らないことがあると女児を繰り返し虐待した」と指摘したとのこと。
 
5)弁護側は、被告に女児を死亡させた責任があるとして、傷害致死罪の成立を認めた一方、「(暴行は)あくまで教育で、結果的に行き過ぎた行為があった。自分なりに家族が幸せになることを考えていた。深い後悔をしている」と訴えたとのこと。
 
6)弁護人「被告は長女の出産から1年は会っていない。妻は長女を出産後、育児ノイローゼになり、実家に帰った。そのため、全く妻や子供と会えなくなった。その後、妻から連絡があり、8年ぶりに妻と長女と再会しました。再び交際が始まり、再婚。妻は双極性傷害で、病院にも付き合うなどしました」とのこと。
 
7)被告の父の供述調書
母について被告から女児とその妹に対して育児放棄のような状態だと聞いていたため、被告の妻と認めず、自宅に入れたことがなかったと説明。会話もなかったとのこと。
 
妻や長女(被告の妹)から、女児の体にいくつかあざがあったと聞きました。長女は『家族だろうが何だろうが通報するべき』と言っていました。しかし、私は被告が虐待をしていると認めたくない気持ちが半分、仮にそうでも息子を通報することに抵抗があったのが半分。女児を預かっていれば大丈夫だろうと思い、通報しませんでした。しかしこの時に厳しい心をもって通報すべきでしたとのこと。
 
とりあえず、こんなところですね。
弁護側の話しなので、微妙な部分はありますが、離婚の理由が育児ノイローゼだったにせよ、実家に帰った妻に一度も会わないと言うのが理解できませんね。
 
そして、被告の実家の対応も疑問ですね。
被告の言葉を疑わないと言うのが、女児と母親(妻)を追い詰めています。被告の妹の方がよほど正常な感覚を持っていると思う。
 
***第二回公判(2月25日)***
叔母の供述調書によると
女児については「優しくて明るくて頑張り屋さん」。被告については「(女児を)所有物と思っていたのではないか」と指摘しているとのこと。
 
証人尋問
1)女児の叔母(被告の妹)
「心愛はわたしの大事な娘です。女児を返して」と訴え、女児が自宅から祖父母宅に母親に連れられて来た18年9月ごろ、被告によるとみられる暴行の痕があったことを証言したとのこと。
 
叔母の証言によると、女児の頭には髪が抜けた痕があり、首回りも真っ白になっていて、頰の辺りに1センチほどのあざが2カ所あった。全身の状況を確認したところ、腰と尻の辺りにもいずれも3センチほどのあざがあったという。女児に「どうして?」と尋ねたら、女児はしくしく泣きながら「(被告に)髪をひっぱられた」と打ち明けた。その後、祖父母宅を訪れた被告に対して「次やったら通報する」と告げたとのこと。
 
叔母は法廷で「(女児を)抱きしめて『ごめんね、ごめんね』と謝った」と涙声で振り返った。当時の被告については「(女児の)しつけにこだわりすぎていた。ノイローゼのようになっていた」と話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は女児が死亡する約1年半前、「女児が『5時間立たされた』と泣いていた」「『腰にあざがある』と見せてきた」と虐待の兆候を伝えてきたことを話しました。叔母はそれを受けて兄の被告に「しつけを軽減して自分の仕事に集中すれば」と伝えたと話したとのこと。
 
他の報道では
叔母は、「2017年9月ごろに女児の腰にあざを見つけ、どうしたのか尋ねると、女児が『パパに蹴られた』と話した」「被告に尋ねると、『やっていない。女児の寝相が悪くてぶつかったんじゃないか』と話していた」などと証言したとのこと。
 
他の報道では
死亡する約4か月前、被告の実家に滞在していた女児がご飯をむさぼるように食べていたことに気づき、どうしたのか尋ねると、「家で食べさせてもらえなかったから、ここでいっぱい食べないと痩せてみんなに心配かける」と話していたと証言したとのこと。
 
2)法廷では検察側の証拠調べで女児と被告のやり取りが撮影された動画が流されました。
2018年7月30日午前5時40分から撮影された27分31秒の動画には、女児が被告から命じられた屈伸を繰り返し、「助けてママ、助けて。お願いママ」泣いて助けを求める様子が映っていたとのこと。
 
 女児は「すみません」と荒い息で何度も言う。被告は「屈伸やれよ」と言いつけ、直後に「パシッ」という音が2回続いた。この後、「お願い、トイレ行かせて」と懇願も。直後に撮影された写真には、汚物を手に持つ女児の姿があった。検察側は被告がカメラ付き携帯電話で撮影した、と説明したとのこと。
 
別の報道では
30年7月10日ごろの動画には、自宅玄関で「家族に入れろよ」とせがむ女児に、被告が複数回「無理~」と拒否する様子が収められていた。女児が「うち(私)のことなんかどうでもいいんだね」と言うと、被告は「だいぶ前から面倒くさいと思っていた」と突き放し、土下座をさせたとのこと。
 
別の報道では
死亡する直前の平成31年1月に自宅リビングで土下座して両親に謝る映像などが証拠として示された。
 
この動画は31年1月5日に撮影されたとみられ、被告は女児に「楽しい予定もあったのにおまえのせいでなしだよ」「時間戻せよ」などと土下座を要求。乳児の次女を高い声であやす一方、女児に「お前、何やってんだよ」と怒鳴る様子などが記録されていたとのこと。
 
検察側の冒頭陳述によると、被告は1月2~3日ごろ、ディズニーランド近くの千葉県浦安市のホテルと沖縄県のホテルをキャンセル。年末から女児に暴行を加えた結果、旅行できなくなったが、それを女児のせいにして責めたとみられるとのこと。
 
3)被告の母親(女児の祖母)
祖母は、事件前に女児と一緒に暮らしていた際、夜中に女児が泣いているところを目撃し、「女児が被告のアパートに帰りたくないと言っていることを聞いていた」などと証言した。その一方で、「当時は息子を信じていた」「虐待に気づくことができなかった」などと述べたとのこと。
 
別の報道では
検察側から言いたいことはあるかと聞かれ、「女児がちょっとしたアザで児童相談所へ連れて行かれた、という被告の言葉を信じてしまった。被告に味方してしまった。虐待は頭になかった」と語ったとのこと。
 
***第三回公判(2月26日)***
証人尋問
女児の母親
母親は「心愛を助けてあげたくても(被告の)監視や束縛が強く何もすることができなかった。(被告に言ったら)女児への虐待がもっとひどくなるのではと思った」と後悔の言葉を口にした
 
母親は再婚後の被告について「LINEや電話で常に私の行動を確認してきた。平手でビンタされたり押し倒されたりした」と証言したとのこと。
 
再婚して被告と女児は8年ぶりに再会した。その時の様子について母親は「仲の良い親子に見えた」と言い、検察官に「虐待を疑うことはあったのか」と問われると、「まったくありませんでした」と答えたとのこと。
質問にはっきりとした口調で答えた母親だったが、どのような暴力を受けたのか尋ねられると、数秒間押し黙ることもあったとのこと。
 
17年9月に再び一緒に住むようになった女児からは「毎日地獄だった。夜中にパパから起こされたり立たされたりした」と打ち明けられた。そうした行為について女児は「(被告が祖父らに)『本当に信じるのか』と言っていた。自分(女児)が悪者にされた」とも話したとのこと。
 
母親は、死亡前の平成30年12月30日に風呂場でドンという音が聞こえ、女児を見ると「(左右の)まぶたが腫れ、ボクシングをしたようだった」と証言。被告は「こいつ(女児)が自分でやったんだよ」と虐待を否定したとのこと。
 
年明けの昨年1月1日には、自宅で被告が女児に繰り返し屈伸をするよう要求。座り込んだ女児の両手首をつかんで引きずったり、上に引っ張った状態から落として床に打ち付けたりする暴行を数回繰り返したとのこと。
 
ぐったりした女児を見て、母親は「もうやめて。虐待だよ」と止めたが、被告に胸ぐらをつかまれプロレス技を2度かけられたとのこと。
 
それまでは虐待を止めようとしなかったが、「女児がぐったりしていた。命が危ないと思った」と理由を説明したとのこと。
 
女児は「胸が痛い」と呼吸がしづらそうになり、4日ごろには自力でトイレにも行けず、おむつをさせたと話したとのこと。
 
7日には小学校の冬休みが終わったが、被告らは女児に外出を禁じ、被告が会社に行っている間は母親が無料通信アプリ「LINE(ライン)」で様子を報告。亡くなる3日前の21日午後10時ごろから翌22日午前10時ごろまで、被告は女児を寝させず台所に立たせるなどしたとのこと。
 
公判では、被告と母親のラインによるやり取りも開示された。母親によると、被告は30年7月ごろから母親が見ていないところで暴力を振るうなどし、女児の体にあざや傷ができた。同月12日にはラインで母親に「明日学校どうする?」「今週は休ます?」と相談。翌13日は小学校を休ませることで、虐待の痕を隠そうとしたと説明したとのこと。
 
母親は、女児が書いた「たたかれたのはうそ」という文書について、児童相談所での一時保護が解除された女児をアパートに連れて帰るため同被告が書かせたもので、本人の意思に反していたと証言したとのこと。
 
1月1日、被告が女児を虐待するのを止めようとしたが、私も暴力を受けた。警察に通報しようと家を出たが、自宅に残した女児と次女が心配で通報せずに戻ったとのこと。
 
母親 7日に小学校の冬休みは終わったが、あざがあったので学校に行かせず、寝室に閉じ込めた。飲み物や甘いものをねだる女児について、被告にラインで「お前何様なんだよ。むかつくね」と送った。毎日のように女児を虐待する被告にストレスがたまり、女児に向けてしまった。とても後悔しているとのこと。
 
***第四回公判(2月27日)***
証人尋問
女児の母親
1)母親は被告が虐待に及んだ理由を「正義感が強い女児の性格が気に入らなかったのではないか」と述べ「できる限り重い刑にしてほしい」と強い処罰感情を示したとのこと。
母親は最後に「できる限り重い刑にしてほしい。理由は言いたいが、言葉にならない」と話したとのこと。
 
2)母親は被告の性格について「二面性がある」とし、他人には自分をよく見せて、家庭内では「自己中心的で、思い通りにならないとすぐに怒る」と説明したとのこと。
 
3)母親は「女児が死亡する前日から、女児のご飯の用意をしていなかった」と話し、その理由を「被告から食べさせないように監視されていたから」と話したとのこと。
また、初公判の際、被告が否定した死亡した当日の暴行などについても「馬乗りになっていた」「肌着のみで冷水のシャワーを掛けていた」と証言したとのこと。
 
そして、女児は風呂場に延々と立たされて衰弱していったとしたうえで、「風呂場で倒れて動かなくなり、信じたくないが、死んだと思った」と話したとのこと。
 
別の報道では
証言によると、トイレに行かせてもらえなかった女児は19年1月23日夜にお漏らしした罰として風呂場に立たされたとのこと。
その際、被告からは。
「『女児が自分で“明日の朝までここに立っている”と言った』と聞かされた」とのこと。
 
翌朝、母親が目を覚ますと、女児は、まだ風呂場に立ち続けていた。そして被告が女児の頭から肩にかけ、強い勢いで冷水を浴びせる様子や、リビングで女児をうつぶせにして馬乗りになり、体を反らせたところを目撃したとのこと。
 
24日午後1時ごろに浴室で肌着姿で衰弱した女児に「5秒以内に服を脱げ」と命令し、脱げないとボウルに入れた冷水をかけることを5回ほど繰り返したとのこと。
 
午後10時ごろ、女児が寝るために寝室に行くと、寝ていた被告が目を覚まし、「寝るのは駄目だから」と廊下に女児を引っ張り出したとのこと。
 
寝室にいた母親は、しばらくして浴室からドンという大きな音が聞こえ、部屋に入ってきた被告に「女児が息をしていない」と言われたとのこと。
浴室に行くと女児が白目をむいて、口が半開きの状態で倒れていた。「信じたくなかったが、亡くなったのだと思った」と語ったとのこと。
 
女児が肌着がぬれた状態で倒れていた。足に触れると「とても冷たかった」。この時、被告は女児の体に湯をかけていたとしたうえで、当時の様子などから「被告が水をかけたと思った」と語ったとのこと。
 
被告は少し落ち着かない様子で、自ら110番通報をすると、「女児に心臓マッサージをして」などと母親に指示したとのこと。
 
被告が警察に通報する間、心臓マッサージをしたが、体はとても冷たかったとのこと。
 
4)弁護側は冒頭陳述で、被告は女児が暴れていたのを落ち着かせようとシャワーをかけた、と主張している。これに対し、母親はこの日の証人尋問で、女児は「疲れていて元気がなく、暴れられない状態だったと思う」と話したとのこと。
 
***第五回公判(2月28日)***
証人尋問
***女児の担任の女性教師
女児は小学3年の時、小学校で行われた“いじめに関するアンケート”に「お父さんから暴力を受けています。先生、どうにかできませんか」と記入した。
 
当時の担任は「女児は被告に頭を押さえ付けられるしぐさを自分でやり、泣きながら話してきた」と証言した。
 
「(女児が)お母さんがいない時にグーで頭を10回ぐらい殴られる」と説明していたと証言した。
 
検察官から「きょうはどういう思いで来ましたか?」と聞かれると「女児が伝えたかったことを代わりに全部、伝えてくるね」と話した。
 
女児が書いたアンケートが廷内のモニターに映し出されましたが、被告はモニターを見ることはありませんでした。
 
「お母さんは味方してくれるけど、お父さんは『保護者だ』と言ってお母さんの言うことを聞いてくれない」とも訴えたとのこと。
 
アンケート記入日にも暴力があったといい「頭、背中、首を蹴られた。今も頭が痛い」と泣きながら訴えたとのこと。数日前には女児の目が赤くなっており、当時は「結膜炎」と答えていたが、改めて聞くと「お父さんに殴られた」と話したとのこと。
 
***女児を担当していた児童相談所の女性職員
保護を解除した理由について、父親の被告が「2人きりでは会わない」と約束したことや「被告の両親が安全に配慮すると言っていて、解除の条件に適していると思ったから」と話したとのこと。
 
また、別の職員は「私がどうなってもいいから止めてあげたかったなと事件の当日から思っていて、今でも夢に見ます」と涙声で話したとのこと。
 
別の報道では
2017年に女児を一時保護した児童相談所の担当職員
職員は、女児に被告と母親が面会を希望していると伝えた際、女児が「お母さんにだけ会う」「お父さんには何をされるか分からないから、今は会いません」と訴えていたと証言したとのこと。
 
2週間ほどして両親に面会した際、女児は被告から手を差し伸べられると自分の手を引っ込め、被告は「照れているのでは」などと話していたということです。
 
面会の際、部屋に近づくにつれ「女児の表情がこわばっていった」、被告が握手しようとすると「女児がびくっとして手を引っ込めた」「下を向き泣きそうだった」と証言したとのこと。
職員は、一時保護の解除後、被告から「個人として訴える」と言われ、精神的に追い詰められたとも証言した。そして「尊い命を守ってあげることができなくて本当に後悔している」と述べたとのこと。
 
児童心理司 女児から、お父さんに夜中に起こされ、「窓の外に誰かいるから見て」と言われ、見に行くとズボンを脱がされ、パンツも一緒に脱げてしまったと聞いた。カーテンが開いていたので「誰かに見られたか心配」と言っていたとのこと。
 
こんなところですね。
ここまでの情報を見て、どうも、これまで感じていた動機とは少し違っているのかな?と考えています。
一部の週刊誌では、理想の家族を作る事に執着した結果と言うような事が書かれていましたが、それだけでは説明できないと思います。執着しているのも違う物のように感じます。プラスして被告自身の生育環境を含めた人格の問題があるのでは?と考えています。
 
詳しくは、判決の記事に書く事にしますね。

参考リンク
千葉県野田市小4女児虐待死事件その12(女性被告の一審判決)
千葉県野田市小4女児虐待死事件その14(父親の一審求刑)

| | コメント (0)

2020/03/13

大阪府寝屋川市16年監禁死亡事件その3(一審判決)

長文注意
***初公判(2月7日)***
1)起訴状によると、両被告は07年3月ごろから長女を小屋に監禁。衣服を身につけさせず、十分な食事も与えなかったため、17年12月18日ごろ、栄養失調の状態で凍死させたとされる。
 
2)二人は「監禁するつもりはなかった。命に関わる危険な状態だと思いもしなかった」と述べた。
 
3)弁護側は「監禁だったとしても長女の療養目的で必要だった」などと起訴内容を否認
 
別の報道だと
弁護側は、精神疾患のある長女が暴れて自らを傷つけるなどしたため、小屋に入れたと反論。「監禁の意思はなく、療養や精神的安定の目的だった」と主張した。死因についても凍死ではない可能性を指摘し、全面的に争う姿勢を示したとのこと。
 
4)検察側は冒頭陳述で「幼少期から愛情を抱けなかった被告らが、一緒に生活したくないと考え、やがて精神疾患を発症した長女をプレハブ小屋に監禁した」と主張
 
別の報道だと
検察側は冒頭陳述で、両被告が少なくとも07年から、長女を監禁するようになったと指摘。自宅内に作った、窓のない1畳ほどのプレハブ小屋に鍵をかけて閉じ込めていたと主張した。内部に設置したカメラの映像で監視していたとのこと。
 
食事は1日1回しか与えず、水分は部屋の外から引き入れたチューブを通して補給。長女は死亡時、身長が145センチ、体重は約19キロで、痩せ細っていた。10年以上、部屋から一度も出られず、入浴や歯磨きもまったくできなかったため、発見時は歯が何本も抜け落ちていたとのこと。
 
冷暖房は外部からしか操作できず、亡くなる直前の設定温度は10度だった。検察側は、長女が真冬も全裸で生活させられて衰弱し、毛布にくるまって動かなくなっていったと指摘したとのこと。
 
更に別の報道だと
検察は「1畳ほどの小屋から10年以上、長女を一度も外に出さず、入浴や歯磨きもさせなかった。死亡時の体重は19キロで、ひざは折れ曲がり伸びない状態になっていた」と指摘したとのこと。
 
5)判決は3月12日の予定
 
***第二回?公判(2月21日)***
証人尋問
次女(30)が「姉と話した記憶は一度もない。小さい頃からなので違和感はなかった」と話したとのこと。
 
証言によると、次女は17~18歳ごろまで長女=死亡当時(33)=と同居していた。両被告は「統合失調症と自閉症」と説明し、プレハブで過ごすことについて「長女にはこの状態がいい。人と関わると(病気が)悪化する」と話していたとのこと。
 
***第三回?公判(2月25日)***
被告人質問
弁護側は幼少期の長女が部屋の隅でじっと座り込んでいる様子を撮影したビデオを流し、男性被告が「14歳くらいの頃から下ばかりを向くようになり様子がおかしくなった」と述べたとのこと。
 
父親の男性被告は「娘は狭い所が好きだった」と述べた。
 
「親子で公園に行ったり、海に行ったりしました。誕生日にはケーキを一人で全部食べてしまうくらい、長女は食べることが好きでした」と娘との思い出を淡々と語ったとのこと。
 
弁護士:「長女には、どんな特徴がありましたか?」
 
男性被告:「不登校になった後は、下ばかり向いていて、おかしな行動をすることがよくありました。とにかく狭いところが好きで、部屋の隅っこでよく寝転がっていました」
 
女性被告:「犬の鳴き声や車の音が聞こえると、部屋の壁を叩いて暴れるようになりました」
 
また、男性被告が、所有していたワンボックスカーの中にも、鍵がかかる小部屋を作っていたことが明らかになったとのこと。
 
弁護士:「なぜこんな部屋を作ったんですか?」
 
男性被告「長女を病院に連れて行ったり、親戚が住む九州へ行くためです。長女は光や音に敏感で、外の刺激を遮るために車の中にも部屋を作りました」とのこと。
 
***第四回?公判(2月26日)***
被告人質問
男性被告:
「娘が小屋から出たいと言ったことも出ようとしたことも一度もない。娘にとっていい環境だったと思う」と述べた。また、監視カメラを設置した理由については、「医者に見せるためだった。変な行動をしているときに録画していた」と話し、監禁ではなく精神疾患の療養だと主張したとのこと。
 
***第五回?公判(2月27日)***
被告人質問
男性被告:「死亡した前日まで食事をとっていて、死ぬような状態ではないと思っていた」と主張。長女については「かけがえのない大切な存在でした」と述べたとのこと。
 
女性被告:「亡くなるまで何の兆候もなく、信じられませんでした」と述べ、死亡した際に警察に通報しなかったのは「長女のそばにいたくて、連れていかれるのが嫌だった」と話したとのこと。
 
***25日から27日の間の被告人質門の内容***
(何日の発言か特定できませんでした)
 
男性被告:
「医者に囲われた所を作るといいといわれたので小部屋を作った」
「窓をつけると時間が分かり、ストレスになるのでつけなかった」
「外に飛び出すと危険だから鍵をかけた」
 
検察:「歯磨きはどれぐらいのペースでしていた?
 
両 被告:「2週間に1回ぐらいです」
 
検察:「なぜお風呂に入れなかった?」
 
両 被告:「長女が気を遣うと思ったからです」
 
検察:「プレハブにいつまで入れておくつもりだったんですか?」
 
両 被告:「このままでいいとは思っていませんでした」
 
男性被告:「暴れて服を脱いで引きちぎって危なかったので、裸で生活させていました」
 
女性被告:「センサーで室温を管理しているので、寒さを感じることはないと思います」
 
男性被告:「身体を動かさず筋肉がつかないから、やせたと思っていました」
 
女性被告「かなりやせていると感じていましたが、衰弱しているとは思いませんでした。死ぬ理由は思い当たりません」
 
弁護側は、「精神疾患の療養のためで、長女の安全、精神の安定の為に必要だった」と主張。ただ、被告夫妻は、医師に勧められても、長女を入院させることはなく、17歳ごろを最後に病院へ連れて行っていないとのこと。
 
女性被告:「暴れるなどの症状が安定していたので、もう連れていく必要はないと思いました。傍においておきたかった。私たちにとって長女は宝です」
 
検察側:「幼少期から長女に愛情を抱くことができず、同じ空間で生活したくないと思い監禁した」と指摘したとのこと。
 
***論告求刑公判(3月4日)***
保護責任者遺棄致死と監禁の罪に問われている。
 
1)検察側はいずれも懲役13年を求刑した。
 
2)論告で検察側は、両被告は理想通りに育たない長女=死亡当時(33)=に愛情が持てず煩わしかったと指摘。衰弱を認識していたのに治療を受けさせておらず「やむにやまれず罪を犯したのではなく、外に出られない環境でやせ衰え、死を待つだけの状態にした殺人に近い冷酷非道な犯行だ」と述べたとのこと。
 
別の報道では
「医師による診察や投薬を放棄し、療養とは言えない。娘をうとましく思う感情に起因した殺人に近い、冷酷かつ非人道的な犯行だ」と指摘したとのこと。
 
さらに別の報道では
2人が医師らから福祉施設や行政に相談するよう勧められていたのに、相談しなかったことなどを挙げ「精神疾患がある子どもに困窮していた事件とは違う」と指摘した。
長女が10年以上も裸で生活し、亡くなった時には骨と皮だけになるほどやせ細っていたことにも触れ「療養とはいえない」として、懲役13年を求刑したとのこと。
 
「長女が衰弱していることを認識していたにもかかわらず室温を10度にまで下げ、医師の診察も受けさせなかった」と指摘した。
 
「冷酷非道な犯行で殺人行為に近い」と厳しく非難し、2人に懲役13年を求刑した。
 
***判決公判(3月12日)***
1)大阪地裁は12日、いずれも求刑通り懲役13年を言い渡した。
 
2)判決によると、父親の男性被告(57)、母親の女性(55)両被告は共謀し、07年3月から自宅内の小部屋に長女を入れ、外側から施錠して監禁。17年12月上旬頃、極度にやせていたのに十分な食事を与えず、全裸で生活させ、同月18日頃、栄養不足で凍死させたとのこと。
 
3)「主文。被告人両名を懲役13年に処する。本件は精神障害者の治療に思い悩む通常の家族の場合とは質的に異なっている」
 
大阪地裁は「当初こそ、長女に安定した生活を送らせようとしていたことは認められるものの、その後は看護意欲を失い、適切な処置を取っていたと認める余地はない」と指摘した。
 
裁判長は、小部屋は基本的に施錠されていたとして、療養ではなく監禁に当たると認定。「長女は外に出ることを諦めていた」と判断した。
 
さらに、両被告は小部屋に設置したカメラで監視し、長女が極度にやせていることを認識していたのに、医師の診察を受けさせなかったと指摘。症状を安定させる目的で閉じ込めた側面があったことも認めたが、「自由を奪って社会から隔離し、心身の健全な成長を阻害した。事態の発覚を恐れて現状を維持した」と批判したとのこと。
 
「両被告は長女にあまりに無関心で、(他の精神障害者の監禁事案とは)質的に異なる」と述べたとのこと。
 
別の報道では
大阪地裁は「医師の治療を受けさせずに監禁を続けたため、長女の心身の健康は極限まで失われ、療養とは言えない」と指摘。「人間としての最低限の尊厳をも否定する非人道的な行為だ」として、2人にそれぞれ懲役13年の実刑判決を言い渡したとのこと。
 
4)裁判員の会見
40代の男性:
「精神疾患の家族の悩みと今回は全く別。両被告は長女を病院にも通わせず、愛情が全く感じられなかった」と批判したとのこと。
 
40代の女性:
「両被告がもっと周囲に頼ることができたら、命は救えたと思う」と話した。
 
別の女性:「一度も謝罪の言葉を聞けなかったのは残念」と語り、「公的機関が関与していれば、事件を防げたのではないか」と訴えたとのこと。
 
***3月12日***
弁護側は12日、懲役13年とした大阪地裁判決を不服として大阪高裁に控訴した。
 
こんなところですね。
弁護側の主張した、療養目的と言うのは、医学的な治療(投薬など)が行われていない事で否定されますね。
なので、逆に、専門医にビデオを見せて、意見(診察)を聞き、その指導の下、投薬や、生活環境を整えていたのであれば、療養目的も認められた可能性はあると思います。
 
今回の場合は、通院、投薬なども行っていないので、「監禁」と認定されているわけですね。
 
百歩譲って、療養だったとしても、室内温度を10度にして、全裸で生活、入浴もさせず、歯も磨かず、外での運動もしていないですから、これが長女の為に行った行為だとは思えないですね。
 
判決でも指摘されている看護意欲を喪失して、生きていればいいや的な投げやりに、そして無関心になっていったのでしょうね。
 
ただ、法律で裁けばこうなると言う事だと思います。
 
コメントもいただいているのですが、被告が悪いと裁いただけでは、この問題は解決しないと言う事なんだろうと思います。
入院治療にはお金が掛かり、経済的な問題を伴います。自宅で看護と言っても、予測不能な行動をするなら、常時監視する必要があって、その労力は大変な物になります。その結果、座敷牢での監禁と言う選択に行き着いてしまったと言う側面もあると思います。
そして、治らないと言う見立てがでていたとしたら、看護意欲を喪失したのも仕方なかったかもしれません。
 
このあたりについて、つれづれさんのコメントを再掲載させていただきます。
***ここから***
統合失調症でしたか。報道内容から考えるに解体型(破瓜型)であったのではないかと思います。破瓜型は妄想幻覚といった陽性症状よりも無気力や感情平板化などの陰性症状の方がよく見られるようです。
不登校の原因として、こういった無気力があったかもしれません。診断がついていない、無気力による登校拒否では学校側もアプローチしずらかったでしょう。
15年前では破瓜型は予後不良と言われていた頃ですから、診断をした医師は容疑者達にかなり厳しい予測を語ったと思われます。それで容疑者達は「治らないなら」と、次回以降の受診もせず被害者を閉じ込めることを選んだのかもしれません。
それ以降は、ある意味で被害者の好きなようにさせていたように見受けられます。ただ放置していただけですが。
後ろめたい思いは監視カメラに表れていますが、徐々に人格荒廃となっていく被害者をいつの頃からか自分達とは異なる生物と見なすようになっていたのではないでしょうか。
 
破瓜型の治療結果が多少良くなってきているのですね。
仮定に仮定を重ねた話ではありますが、もし被害者が破瓜型であり容疑者達がこの情報を目にして「娘も治るのでは」と再度の受診を決意していたら、今回の結末はなかったかもしれません。
そう考えると、医療系の報道がもっと沢山あってもいいのかもしれません。
 
投稿: つれづれ | 2018/01/07 02:30
***ここまで***
 
一方で精神疾患の家族からのコメントも再掲載させていただきます。
***ここから***
暴れるくらいに症状が酷く出ている統合失調症の家族をASKAさんも持てば、この御両親の行動も、もう少し深い部分から理解できるようになりますよ、きっと。
 
入院させるのも高額だからね、この手の疾病の長期入院は。特にベッドの空きがある病院はね(笑)
 
頭で考え想像するよりも実際は厳しいものです…。
 
投稿: 名無しのA | 2018/01/07 15:41
 
ASKAさんへ
 
詳細なご返信をありがとうございます。
 
とりあえず、「自立支援医療」についてですが、あくまでもこれは「保険適用」の部分についてのみ、医療費が安くなるというだけのものです。入院でなく通院できる状況であれば、診断書などの作成依頼など以外は「自立支援医療」を"申請"して"受理"されてれれば、もちろん適用されます。
 
現在は、病院の方から申請をしないか?と説明をしてきてくれるようですが、昔は、そんな話をしてくる病院は無かった。障害年金についても現代でも知らぬまま通院していらっしゃる患者さまも多いです。
 
入院した経験があるとわかると思いますが、どんな病であっても「差額ベッド代」のような部分は、安くはならないですよね…実費です。
治療も保険適用外の薬などを使えば実費。
 
短期の一時的な入院で済む程度な病状であれば、統合失調症は大きな問題もなく日常生活もおくれますが。
 
ただ…度々、重症な症状の出現(幻覚・幻聴・被害妄想・奇声・独り言・激しく暴れる・突然の気絶・食事が正常に摂れない・薬を毒だと嫌がり飲まない・睡眠を取らない・勝手に家から飛び出し徘徊・人様の家へ「助けてくれ!殺される!」と真夜中に叫びながら、そのような状況が全く無いのに押し掛けて迷惑をかける…などなど)し、入院しなければいけないとなると、最低でも病状が落ち着くまでに2ヶ月ほど必要だったりで…(羅列した症状は我が家の患者から実際に私が経験したことです)綺麗事では決して語れないんですよ、悲しいかな当事者は…。
 
毎日、家族の誰かが一人はついていないといけないし、こちらは一睡もできませんから…何日も何日も…。
 
重症の認知症のご家族を抱えていらっしゃる方々も、あまり表沙汰にはなりませんが、同様にドアに南京錠を取り付けて自宅の一室に監禁してるご家庭は、かなり存在しています。そうしないと核家族は付きっきりで働きに出れなくなると生活していけないから仕方なくです。統合失調症患者を持つ人々と似たような状況で認知症患者を抱えて苦しんでいるご家庭は多い。
 
どちらも社会の闇ですけどね…(苦笑)
 
投稿: 名無しのA | 2018/01/16 03:30
***ここまで***
 
経済的な問題、労力の問題、さらに膨大のストレスを一つの家族だけで負担するのは無理なのかもしれません。
「我が家の母はビョーキです」の場合も一人娘が献身的な看護をしていても、ストレスに負けてしまう事もあったようですし、娘の結婚した夫が理解者で、さらに外部施設の利用などでなんとか落ち着いている感じですね。
 
「ボクには世界がこうみえていた」の方では父親が退職金をはたいて飲食店を作って、息子との自立生活を始めるも、その後に何度か発作を起こして入院してますね。最後は支援施設での共同生活と言うところに落ち着いたようですが・・・
 
この二つはどちからと言えば、失礼な言い方かもしれませんが「軽い方」ですよね?
人格崩壊していくような状況に直面した時、果たして看護意欲を維持できるのか?と言うのは、私も自信がありません。
 
一方で明るい未来を期待したいのは、近年の精神医学が進歩していると思える点ですね。
「救急精神病棟」と言う本の中では、急性期症状で入院した患者を短期間で回復して退院させると言う取り組みが行われていると言うことが書かれていました。
 
政治や行政も含めて、日本の精神医療をどうするのか?と言うのは、ちゃんと考えなくてはならない時期なんだろうと思います。
経済的な問題だけでなく、労力やストレスの問題に支援が必要です。
 
社会の小さな闇から目を背けてきた日本の社会が生み出した事件が、この事件なんじゃないでしょうか?
消費税からこう言った方面への費用に使って欲しいと思いますね。
 
他にも、病気で仕事ができないと言って毎日パチンコをしているような人もいるので、何か自立するような支援ができないのか?などいろいろと問題はありますね。
 

| | コメント (2)

2020/02/25

福岡県田川市1歳男児エアガン虐待死事件その3(12月26日までの報道)

1)三男の体重は約5・6キロで、把握できている生後8カ月当時より2キロ程度減っていた。健康な乳児の場合、生後1年で体重は約3倍に増え、大幅な減少は異例。県警は食事を十分に与えないなど育児放棄の可能性もあるとみて調べるとのこと。
 
捜査関係者や市によると、2017年11月、生後3カ月が経過した三男の体重は4・27キロ。厚生労働省の乳幼児身体発育調査の平均6・63キロを下回っていたため、市は女性容疑者にミルクの量を増やすように助言した。
 
その後、生後5カ月までは順調に体重が増加。病院を最後に受診した生後8カ月ごろには増加の程度が緩やかになり、平均の8・30キロを下回る7~8キロだったとみられるが、異常はなかったという。以後、病院に連れて行っておらず、体重の推移は分かっていない。
 
2)県警は司法解剖の結果などから、昨年11月ぐらいから重度の低栄養状態に陥り、同月下旬には肺炎の初期症状であるせきや高熱を発症していたとみている。
 
3)捜査関係者によると、三男は亡くなる数週間前から外出した形跡がないとのこと。
 
低栄養の状態は死亡の1週間ほど前から重篤化していたとみられていますが、男性容疑者は、三男を自宅に放置し、女性容疑者と、長男・長女だけで外出したことを認めています。
 
4)、男児の遺体に、虐待を受けた子供たちにしばしば見られる「胸腺」の顕著な萎縮が確認されていたとのこと。胸腺は免疫機能を担う臓器で、強いストレスを恒常的に受けたり栄養が不足したりすると縮むとされる。県警は虐待を裏付ける重要な証拠になる可能性もあるとみて調べるとのこと。
 
胸腺は胸骨の後ろ、心臓の上にある臓器で、萎縮すると感染症などへの免疫機能が低下するとされる。
 
5)二人は保護責任者遺棄致死の疑いで11月29日、検察庁に身柄を送られました。
 
6)三男の体には、最初の逮捕容疑となったエアガンなどによる傷が数十か所あったほか、死亡するまでの3か月間に何度も骨折した形跡が見つかっています。
 
7)福岡地検は12月19日、保護責任者遺棄致死罪で、父親の同市伊加利の土木業、男性(24)と母親の無職、女性(24)の両容疑者を起訴した。男児にエアガンを撃ち、けがをさせたとしている傷害容疑については処分保留としていたが、同日付で男性容疑者を起訴し、女性容疑者を不起訴処分とした。
 
女性容疑者は「起訴に足りる証拠がなかった」として、傷害罪については不起訴処分とした。
 
8)起訴状などによると、男性被告は2018年11月下旬ごろ、三男に至近距離からエアガンを多数回発射し、頭や顔など全身に全治約3週間の傷を負わせたとされる。両被告は10月下旬までに重度の低栄養状態に陥った三男が、両太ももや両腕、あばら骨など10カ所以上を骨折したうえ、肺感染症を発症したのに医療機関に受診させなかった。11月30日までの2週間で三男を自宅に計51時間近く置き去りにするなどして12月1日に死亡させたとされる。地検は認否を明らかにしていない。
 
9)捜査関係者によると、男性被告は保護責任者遺棄致死容疑の逮捕後、自宅に複数回置き去りにして外出したことを認めたうえで「骨折や低栄養は分からなかった。病院には連れて行っていない」と供述してから黙秘に転じ、女性被告は一貫して黙秘しているとのこと。
 
10)関係者によると、三男の死後、長男と長女を保護した田川児童相談所(児相)は2019年7月、生まれたばかりの次女の保護も決定。これに対し、男性被告は10月中旬に反論書を提出した。
 
反論書では「三男も長男と同じく同年代の子に比べて小さいが亡くなるまで自分のペースで育ってくれた」「小さいから、痩せているからと虐待の判断をしてほしくない」と主張。
 
傷痕については「三男にかまっていると長男が焼きもちを焼いてたたいたのを何度も目撃した」とした。
 
11)福岡県警は、一家が暮らしていた団地の出入り口を映す防犯カメラの映像を捜査。捜査関係者によると、この映像から、死亡するまでの2週間で十数回、計約50時間51分間置き去りにしていた。この間、両親が仕事の時間に出かけたり、買い物袋を持って帰ったりしている様子が映っていた。三男はずっと家におり、第三者の出入りもなかったとのこと。
 
時系列
2016年 次男が病死
2018年
01月 長男に虐待の疑いで通報
05月 長男と女性容疑者が児相を訪れるが異常はなし。
06月25日 児相と市が様子を確認していた。
07月05日 三男の姿が見えないと匿名の情報。
07月25日 母親と三男が来庁した際は目視でアザなどは無かった
09月上旬以降 複数の骨折(この時期の骨折と推定)
11月01日頃から極度の低栄養状態になると推定。
11月 1歳の三男に対してエアガンでの虐待の疑い
11月下旬 初期症状であるせきや高熱を発症していたと推定
12月01日 三男が肺炎で搬送されるが死亡、エアガンの痕が確認される。
三男の死後 児相が長男、長女の保護した。(時期不明)
2019年
07月 次女が生まれる。
07月 児相が次女の保護を決定
10月中旬 男性容疑者が反論書を提出
11月06日 両親が傷害の疑いで逮捕
11月08日 二人を送検。
11月27日 二人を保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕
11月29日 二人を保護責任者遺棄致死で送検
12月19日 二人を保護責任者遺棄致死で起訴
 傷害容疑については男性容疑者を起訴、女性容疑者は不起訴
 
こんなところですね。
他の事件でもそうですが、子供への愛情とか言う以前に、人間として、生き物として見ていませんね。
外傷が出来た事で虐待の発覚を恐れて、病院に連れて行かないと言うのは、他の虐待事件でもある事なんですけどね。
でも、低栄養状態で、おそらく肺炎の高熱で動く事もできない状態ですから、もう死ぬのを待っている状態ですよね。
 
愛情も愛着も無いのかと思うと、次に次女を妊娠していたりしますから・・・
あれ?、三男の死亡が12月、次女の誕生が7月、普通にと10月10日とするなら、妊娠(3か月)に気付いたのは死亡した12月頃ですね。
 
でも、虐待がエスカレートしたのが9月だから、次女の妊娠に気付く前だから、次女の妊娠と三男の虐待は直接の影響は無いかな?
 
一体何があったのか?公判に注目しましょう。
 
亡くなった男児のご冥福をお祈りします。
残った3人の兄妹も気になりますが・・・虐待されて死んでいく三男を見ていたはずですから、メンタルケアが必要かと思います。
 

| | コメント (0)

福岡県田川市1歳男児エアガン虐待死事件その2(11月28日までの報道)

1)県警が自宅から複数押収したライフル型エアガンは、大人の体に被弾の痕を残す威力を持つとのこと。三男の体からもかさぶた状の傷が見つかっており、幼児(長男)が撃てないような本格的なものとのこと。
 
捜査関係者によると、犯行に使われたとみられるエアガンの威力を検証するために試し撃ちをした結果、大人の体に赤く腫れた痕が残ったとのこと。
 
捜査関係者によると、男性容疑者は「長男が撃った」と説明しているが、エアガンの重さは1~5キロほどあり、形状や威力などから、県警は幼児が引き金を引くのは困難とみているとのこと。
 
2)福岡県田川市は8日、被害者となった三男が生まれて以降、子育てや福祉の担当職員が男性容疑者の自宅を16回訪問していたことを明らかにした。このうち、実際に成育状況を確認できたのは生後3カ月時の1回だけ。生後4カ月と8カ月の乳幼児健診も受けていなかったとのこと。
 
市によると、妊娠が分かって以降、市が母親の女性容疑者の携帯電話に連絡した36回のうち、会話できたのは8回。自宅などで面談できたのは9回だったとのこと。
 
 昨年7月5日、市と田川児童相談所に「三男の泣き声がしない。姿を見かけない」と市民から相談があった際は、児相職員が自宅を訪ねたが不在だった。市は同6月25日に女性容疑者が市役所を訪れた際、三男にあざが見つからなかったことなどから、対応しなかった。母親が7月25日に来庁した際は、市職員の目視であざなどは見つからなかったという。
 
3)死亡した三男は、身長六十数センチ、体重6キロ未満と生後2~5カ月相当の発育だった。低栄養の状態で、県警は育児放棄の可能性もあるとみて養育状態を調べている。
 
捜査関係者などによると、三男の身長は生後4~5カ月相当、体重は同2~3カ月相当だった。厚生労働省の乳幼児身体発育調査(2010年)によると、1歳4~5カ月の平均身長は78・8センチ、体重は10・03キロで、三男は大幅に下回っていたとのこと。
 
4)三男が生きている間、市職員が女性容疑者らに会ったのは18回。支援の必要性のランクを格上げ後だけでも自宅や市役所などで12回面会したほか、電話でも7回会話している。(同5月には、自宅訪問した市職員が子供だけが家にいることに気付き、管轄する県田川児相に連絡。駆けつけた児相職員が帰宅した藍容疑者に注意した。これを受け、市は支援の必要性のランクを1つ格上げした)
 
しかし、この間、三男を直接確認したのは昨年6~7月の2回だけ。そのときは職員が抱くなどしたが不審な様子は感じず、それ以外のときは「親に預けた」「夫が面倒を見ている」と説明を受けたとのこと。
 
市の担当者は「母親とは関係性を作れているという安心感があった。具体的な情報もなく、虐待があるという認識はなかった」と説明。女性容疑者への聞き取り以外に生活実態を確認していなかったことを認めたとのこと。
 
5)三男、12月1日に肺炎による死亡が確認されていますが,エアガンの傷痕以外にも体にあざがあったとのこと。
 
6)県警は11月27日、三男を十分に世話せず、低栄養状態による肺炎で翌12月に死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕した。
 
 再逮捕容疑は共謀し、昨年9月上旬ごろから同12月1日まで、三男に医師による専門的な診療を受けさせず、自宅に置き去りにして外出するなどし、重度の低栄養状態に基づく肺炎による急性呼吸不全で死亡させたとしている。
11月下旬から高熱などの初期症状があったにもかかわらず診療を受けさせなかった両親の刑事責任を問えると判断した。
 
捜査1課によると、三男の体には複数の骨折が確認され、体重は約6キロと同年齢の平均を大きく下回っていた。男性容疑者は「置き去りは認めるが、骨折や低栄養は分からなかった」と一部否認し、女性容疑者は黙秘しているとのこと。
 
7)司法解剖などの結果、昨年9月上旬以降にできたとみられる複数の骨折の痕が見つかったことも明らかにした。県警は両親が十分な食事を与えず、エアガン以外の方法でも暴行していた可能性があるとみて追及するとのこと。
 
8)捜査関係者によると、任意の捜査段階では「ご飯は食べさせていた。亡くなる直前まで異常はなかった」と話したという。
 
 県警によると、両容疑者は生後8カ月の昨年3月ごろまでは病院で予防接種などを受けさせていたが、その時点での体重は正常だった。その後、虐待がエスカレートした可能性もあるとのこと。
 
9)県警は今月6日、エアガンを発射しBB弾を多数命中させてけがをさせたとして傷害容疑で両親を逮捕。福岡地検は27日、同容疑について処分保留とした。
 
10)知人らによると、男性容疑者は幼い時に両親が離婚し、父親と暮らしていた。高校卒業後は土木業を営む父の仕事を手伝いながら一時大学に通った。女性容疑者は中学卒業後、ヘルパーの資格を取って福祉施設などで勤務。2人は18歳の頃、自動車学校で知り合い、妊娠を機に結婚したとのこと。
 
11)捜査関係者によりますと、医師の診断などから、三男が極度の低栄養状態に陥ったのは、死亡するおよそ1カ月前からとのこと。
 
時系列
2016年 次男が病死
2018年
01月 長男に虐待の疑いで通報
05月 長男と女性容疑者が児相を訪れるが異常はなし。
06月25日 児相と市が様子を確認していた。
07月05日 三男の姿が見えないと匿名の情報。
07月25日 母親と三男が来庁した際は目視でアザなどは無かった
09月上旬以降 複数の骨折(この時期の骨折と推定)
11月01日頃から極度の低栄養状態になると推定。
11月 1歳の三男に対してエアガンでの虐待の疑い
12月01日 三男が肺炎で搬送されるが死亡、エアガンの痕が確認される。
2019年
07月 次女が生まれる。
11月06日 両親が傷害の疑いで逮捕
11月08日 二人を送検。
11月27日 二人を保護責任者遺棄致死の疑いで再逮捕
 
こんなところですね。
7月下旬には目視でアザなどが無かったのに、9月以降に複数の骨折、極度の低栄養、エアガンでの虐待とすごい速度で虐待が加速してますね。
8月9月で何か、環境に変化でもあったのかな?事業の不振など経済的問題とか、夫婦仲が悪くなったとか?
男性容疑者がおむつの交換や沐浴(入浴)などさせていたかは不明だけど・・・少なくとも、おむつを替えたり、着替えさせたりしていたであろう母親の女性容疑者は低栄養状態には気づいていたはずですよね。
だから、黙秘しているのかな?
 
次回に続く

 

| | コメント (0)

2020/02/24

福岡県田川市1歳男児エアガン虐待死事件(11月08日までの報道)

福岡県警2019年11月6日、2018年11月に当時1歳の三男に向けてエアガンを数十発発射しけがを負わせたとして、傷害の疑いで同県田川市、自営業男性容疑者(24)と妻の無職女性容疑者(24)を逮捕する事件が起きている。

警察によりますと、田川市の自営業、男性容疑者(24)と妻女性容疑者(24)は去年11月下旬、自宅で、三男(当時1歳)に対し、ライフル式のエアガンで遊戯用のプラスチック製の弾丸を連射して、虐待した疑いがもたれている。全治三週間の怪我をさせた疑い。

翌12月1日、女性容疑者が「息子が息をしていない」と消防に通報し、三男はその後、搬送先の病院で死亡した。死因は肺炎でした。その際、三男んの顔を含め全身からは、エアガンで撃たれたようなあざが数十カ所見つかり、警察が虐待の疑いで夫婦を調べていた。2人とも、容疑を否認しているとのこと。

駆けつけた救急隊員が目にしたのは、三男の体に残る複数の傷痕だった。

丸いあざのような傷跡は、顔を含めて全身数十か所に及んでいたことから、消防は警察に通報。三男は病院で死亡が確認された…死因は肺炎だった。

児童相談所は、未就学の長男への虐待通告を受けたことがあり、県警は日常的な虐待の有無や死亡の経緯を慎重に捜査する。

県警によると、2人は「撃ったことはない」と否認しているとのこと。三男の全身には、撃たれてできたとみられる傷が数十カ所あったとのこと。

警察は、自宅から複数のエアガンを押収し、日常的な虐待の有無や死亡との因果関係を調べる方針です。

警察によると三男んの傷の状態から数日間のうちに集中的に撃たれたとみられるとのこと。

県田川児相によると2018年1月、当時3歳だった長男の頬が腫れているとの通報があり、その日のうちに職員が自宅を訪問した。女性容疑者は「走り回って壁にぶつかった」と説明し、長男の頬も赤く腫れた程度だったため虐待とは断定せず、保護しなかった。2018年5月に女性容疑者と長男が児相を訪れた際も、異常は確認されなかったとのこと。

同い年の夫婦は、11月6日に傷害の疑いで逮捕された。

事件当時、容疑者2人は長男、死亡した三男、長女の5人で暮らし。次男は2016年に病死したとされ、事件後の2019年7月には次女が生まれたという。

男性容疑者は、任意の捜査段階で「エアガンで撃ったことはない。長男が撃った」と、三男をエアガンで撃ったのは当時3歳の長男などと供述。逮捕後の調べでも容疑を否認しているとのこと。

しかし、押収されたのは片手でも扱えるピストル型ではなく、両手を使うため小さい子どもでは扱うのが難しいライフル型だったとのこと。

逮捕された両親を知る近所の人たちによると、父親の男性容疑者は現場となった県営団地で育った。子供のころに両親が別れ、父親と暮らしていたが数年前に父親が病死。自営で土木関係の仕事をするかたわら、女性容疑者と10代で一緒になった。夫婦仲は良く、それぞれ団地の会合や草むしり、地元の祭りに参加するなど地域にも溶け込んでいたとのこと。

男性容疑者と同じ青年団に参加する男性によると、三男が亡くなった後と、2016年に乳幼児突然死症候群(SIDS)で次男が亡くなった後、青年団のメンバーが男性容疑者から依頼されそれぞれ供養のための盆踊りを踊ったとのこと。

両親が若いことなどから、一家は、児童相談所などによる見守りの対象となっていた。

両容疑者が、三男が生まれてから一度も定期健診を受けさせていなかった。

肺炎について、複数の医師が「栄養状態の悪化から発症した可能性がある」と警察に説明している。三男は、標準的な1歳児の体重を下回っており、警察は両親が育児放棄をした可能性もあるとみて、慎重に調べているとのこと。

事件を受け、田川市は記者会見して三男に関する匿名の情報が2018年7月に寄せられていたことを明らかにしました。
田川市子育て支援課長:「泣き声がしない、姿を見掛けないなどの相談があった」
相談を受けて田川市は定期的に家庭訪問するようにしていましたが、三男になかなか会うことができなかったということです。対応は適切だったとしていますが、「事件を重大なことと受け止め、検証していきたい」としているとのこと。

県田川児童相談所と市に同7月、市民から「三男の泣き声がせず、姿を見かけない」との情報提供があったにもかかわらず、約20日間にわたって直接会って安全確認をしていなかったとのこと。

児相と市は「昨年6月下旬に様子を確認し異常がなかった」ことなどから、この情報を虐待通告とは受け止めなかったといい、県警と共有していなかった。県や市は一連の対応について検証を進めるとのこと。

父親の男性容疑者にエアガンを収集する趣味があったとみられるとのこと。

三男は、翌12月の1日に肺炎による死亡が確認されていますが、捜査関係者によりますと生後1カ月の定期健診以降、病院で診察を受けていなかったとのこと。

この事件で、4歳になる長男が「パパが撃った」と話しているとのこと。

時系列
2016年 次男が病死
2018年
01月 長男に虐待の疑いで通報
05月 長男と女性容疑者が児相を訪れるが異常はなし。
06月下旬 児相と市が様子を確認していた。
07月 三男の姿が見えないと匿名の情報。
11月 1歳の三男に対してエアガンでの虐待の疑い
12月01日 三男が肺炎で搬送されるが死亡、エアガンの痕が確認される。
2019年
07月 次女が生まれる。
11月06日 両親が傷害の疑いで逮捕
11月08日 二人を送検。

こんな事件ですが1歳の赤ちゃん相手に何をしているのか?と思う。
子供に愛着が無いのか?望まない妊娠なのか?とも思うけど、死亡の直後には次女が生まれているのはなぜなのか?

次回に続く
参考リンク
福岡県田川市1歳男児エアガン虐待死事件その2(11月28日までの報道)

| | コメント (0)

2020/02/20

鹿児島県出水市明神町虐待死事件?

同居する交際相手の長女の4歳女児に暴行したとして、鹿児島県警は8月31日、同県出水市明神町、建設作業員の男(21)を暴行容疑で逮捕する事件が起きている。
 
女児は「風呂場で溺れた」として連れてこられた病院で死亡が確認された。死因は水死だった。
 
発表によると、男は8月27日午後7時半~同8時頃、自宅で女児(4)の頭を手で殴った疑い。「殴ったことは間違いない」と容疑を認めているとのこと。
 
女児は8月28日夜、男に同市内の病院に連れてこられたが、死亡が確認された。病院から29日午前0時過ぎ、「風呂場で溺れたという女児が死亡した」と県警に通報があり、司法解剖の結果、死因は水死で、暴行を受けたような痕が複数あったとのこと。
 
県警によると今年3月18日、女児が当時住んでいた同県薩摩川内市から「虐待されているような女児の動画がネットに投稿されている」と通報があった。同日と19日、薩摩川内署員らが自宅を訪問したが、体の傷は確認できなかったとのこと。
 
3月下旬~4月上旬には同市で「夜間に児童が1人で外にいる」との通報が4回あった。いずれも女児で、警察が保護して20歳代の母親に引き渡し、このうち2回はネグレクト(育児放棄)の疑いで児童相談所に通告した。脚に薄いあざがあったが虐待とは認められなかったとのこと。
 
29日午前0時過ぎに、出水市内の病院から「風呂場で溺れたという女児が死亡した」と通報があり発覚した。容疑者が病院に連れて来たが、28日午後11時57分に死亡が確認されたという。司法解剖の結果、溺死とみられ、体には複数の傷があった。県警によると、容疑者は女児の母親の交際相手。
 
県警が虐待の可能性があるとして中央児童相談所(鹿児島市)に文書や電話で一時保護の必要性を伝えたが、児相は一時保護をしていなかった
 
女児が救急外来を受診し、顔など数カ所にあざがあるとの情報が8月上旬に市に入っていた。市が1日明らかにした。虐待も疑われたが、その後の面談で女児に外傷が確認されなかったことなどから、市は児童相談所への一時保護などの対応は取っていなかったとのこと。
 
市によると、「頭をぶつけ嘔吐(おうと)した」として7月22日に女児の救急外来があったと8月1日に保健センターを通じて情報が入った。5日には母親が受診した別の民間病院から「(女児に)顔など数カ所に青あざがある」との連絡もあった。
 
 情報を受け、保健師らが3回自宅を訪問したが留守で会えず、事件前日の26日夕方に母子との面談が実現。その時は女児にあざはなく、母親も「変わったことはなく、楽しくやっている」と話したため、様子を見ることにしたとのこと。県警や県の児童相談所に報告していなかった。
 
女児親子が2019年6月末まで住んでいた鹿児島県薩摩川内市は「虐待の疑いがある」という情報を得て3回、面会していましたが、当時は虐待は確認されず、「対応は適切だった」と説明しているとのこと。
 
県警が20代の母親から任意で事情を聴いていたことが9月2日、分かった。自宅の現場検証なども続け、死亡の経緯や日常的な虐待がなかったかどうか慎重に捜査している。
 
出水市は2日午後、女児の体に数カ所のあざがあるとの情報や、救急外来を受診していたことを、鹿児島県警だけでなく県中央児童相談所(鹿児島市)にも伝えていなかったと明らかにしたとのこと。
 
亡くなった女児は2019年4月に入園した保育園に2カ月半で15日しか通っていなかったことが明らかになった。母親は園からの電話に出ないことが多かったとのこと。女児は当時、夜に1人で歩いているところを4回保護されていた。
 
園は女児らが7月に出水市に引っ越す前に住んでいた同県薩摩川内市の認可保育園。園によると、女児は約2年通っていた別の保育園から転園し、4月2日の入園式には母親と2人で出席した。
 
しかし女児は休みがちで、登園したのは4月の4日、5月の6日、6月の5日の計15日だけだった。母親から休みの連絡はなかったとのこと。園から確認の電話をしてもほとんど連絡が取れず、園は留守番電話に「お友達が心配しています」とメッセージを残していたとのこと。
 
県の中央児童相談所が4月に「継続指導」の方針を決めた後、一度も面会していなかったとのこと。
 
児相は「市から状況の変化について連絡があればしかるべき対応を取った」と説明。市は自宅訪問などを繰り返す一方、児相への連絡はしておらず、関係機関の連携不足が浮き彫りになったとのこと。
 
児相によると、女児と最後に面談したのは4月3日で、担当者は「母子の関係が良かった」と判断。児相は同10日、女児の見守りを市に依頼し、異常があった場合は児相が面談などを試みる継続指導とする方針を決定した。
 
容疑者(21)が逮捕直前、友人に「うそをついたからしつけのためにげんこつをした。風呂で目を離した間に溺れてしまった」と話していたとのこと。
 
県中央児童相談所(鹿児島市)は4月10日、母子についての援助方針会議で母親の育児放棄(ネグレクト)を認定し「継続指導が必要」と判断した。
 
女児親子が7月、薩摩川内市から引っ越した際、出水市には、母親に交際相手がいることなどの情報は引き継がれていたが、「個人情報等の問題がある」として詳細を確認していなかったとのこと。
 
容疑者の知人によると、容疑者は少なくとも去年までは別の女性と交際していて、今年の春ごろから女児の母親と交際を始め、親子が出水市に転居してから同居を始めたとのこと。
 
県中央児童相談所(鹿児島市)は9月4日、4月2日に県警が女児を保護した際、児童福祉法に基づく一時保護をすることを決めて県警に要請したが、母親が引き取りに来たため、実行されなかったと明らかにした。しかし、県警は要請を受けていないとしているとのこと。
 
県警はこの際、児相から「女児が本人の可能性があれば、母親に連絡を取って引き渡してほしい」と言われたと説明。3月29日に保護をした際には、児相に対し「早急な一時保護を県警に委託する」ことを求めたとしている。
 
県中央児童相談所の所長が9月4日記者会見し、明らかにした。事件を巡っては、女児の虐待疑いに関する自治体と児相の連絡不足など対応の遅れが指摘されており、所長は会見で「(児相と自治体との)連携が不十分だった」と初めて認めた。
 
自宅近くのスポーツジムの店長によると、2月15日午後6時すぎ、Tシャツと紙おむつだけを身に着け、ジムの駐車場で泣いている女児を従業員が発見。警察に通報したが、署員が到着する前に母親が迎えに来たため引き渡した。
 
児相や県警によると、県警は3月21、28、29日と4月2日の計4回、女児が当時住んでいた同県薩摩川内市で、夜間に1人で歩いているところを迷子として保護。通告を受けた児相は育児放棄と認定していた。
 
児相は3回目の翌日の3月30日、母親に「同様のことがあれば一時保護する」と伝えていた。4回目があった4月2日、所長は職員に一時保護の方針を県警に伝えるよう指示したが、県警には「母親に連絡を取って引き渡してほしい」と伝わっていたとのこと。
 
市が児童福祉法に基づく「要保護児童対策地域協議会(要対協)」の会議を開かず、県中央児童相談所(鹿児島市)や県警と支援に関する対応が協議されなかった。
 
会議が開かれていれば異変を各機関が共有でき、迅速な措置を講じることができた可能性もある。市は児相に開催の必要性を伝えたとしているが、児相側は打診を受けたことを否定。関係機関の連携が円滑に機能していなかったことがまた浮き彫りになったとのこと。
 
県中央児童相談所(鹿児島市)は9月13日、母親の育児放棄(ネグレクト)を認定し「継続指導」が必要と判断した後、母子と面談していなかったことについて「指導が不十分だった」との認識を示した。
 
ネグレクトの程度について、児相が定める最も低い「軽度」と分類していたことも明らかにした。健康状態に問題がなく、母親になついていたことなどが理由としている。そのため、母子を強制的に分離する一時保護は見送り、継続指導が必要と判断するにとどめたとのこと。
 
時系列
2018年冬 鹿児島県薩摩川内市で1人で外にいるところを自宅近くにある高齢者向けスポーツ施設の職員らに度々、保護されていた。
2019年
03月18日 「虐待されているような女児の動画がネットに投稿されている」と通報
03月から04月 「夜間に児童が1人で外にいる」との通報
04月03日  児相が女児と面談
04月10日  児相が女児の見守りを市に依頼を決定
07月    薩摩川内市から出水市に引っ越す、容疑者と同居を始める
07月22日  女児が救急外来を受診
08月05日  民間病院から女児にアザの情報
08月26日夕 保険師が母子と面談
08月28日夜 女児が病院に連れてこられる
08月28日23:57 死亡確認
08月29日0時過 警察に通報
08月31日 暴行容疑で逮捕
 
こんな事件ですね。
ここまでの報道では、暴行と死亡との因果関係がわかりませんね。
暴行によって脳に損傷があって、溺れたのか?このあたりは公判で出てくるのかな?
 
とは言え、以前からネグレクトの兆候はあったようです。
でも、一般論としてシングルマザーで、夜の仕事をしていたりすると、夜に子供が家を抜け出してしまうと言うのはありがちな話でもあるんですよね。(この母親が夜の仕事だったかは不明です。)
 
この事件では、児相、警察、市の連携不足が表面化しています。
この連携不足の話は以前の事件でも出ていた事なので、やはり徹底されていないと言う印象ですね。
昨年2月7日に野田市の虐待死亡事件を受けて、
安倍晋三首相は2月7日の参院予算委員会で、千葉県野田市の小4女児死亡事件を受け、児童虐待防止に関する関係閣僚会議を8日に開くと明らかにした。「あらゆる手段を尽くし、児童虐待の根絶に向けて政府を挙げて全力で取り組む」と重ねて強調した。
 
関係閣僚会議では、緊急的な子供の安全確認や虐待の可能性のある児童の情報の取り扱いに関する新たなルールの設定や、児童相談所と学校など関係機関のさらなる連携の強化といった対応策を協議するとのこと。
 
と言う報道がありましたが、具体的な動きは無かったのでしょうか?
あるいは、現場での危機感や緊張感が足りなかったのか?
 
いずれにせよ、救える命は救えるようにしたいですね。
亡くなった女児のご冥福をお祈りします。

| | コメント (0)

2020/02/18

大阪府箕面市4歳児虐待死事件その2(母親の一審判決)

長文注意です。
***女性(母親)被告の初公判(2月15日)***
1)母親は「責任を感じているが、私自身の暴行によって生じたものではありません」と無罪を主張した。
 
2)起訴状などによると、被告は、17年11月から同居していた当時の交際相手のM受刑者(26)=同罪などで懲役10年の実刑確定=と知人のO受刑者(22)=同=と共謀。同12月中旬ごろから、被告の長男(4歳)と当時2歳の次男に暴力を振るい、同月24~25日に長男の腹を殴って死亡させたとされる。
 
3)検察側は冒頭陳述で、被告が同年11月中旬~12月上旬ごろまで長男と次男に暴力を振るって「これがうちのやり方」と両受刑者に説明したと主張。その後両受刑者に長男らへの暴行を指示し、24日午後からの暴行で長男が亡くなったとした。
 
長男が救急搬送された際、被告が医師に「事故でけがをした」と虚偽の説明をしていたとも指摘した。
 
被告が「シバく時間が来たぞー」と怒鳴り、蹴りつける様子を撮影した動画や、全身がアザだらけの長男たちの写真などを証拠として提出した。
 
4)弁護側は冒頭陳述などで、被告自身は致命傷となる暴力は振るっていなかったと反論。「両受刑者に息子を殺されてしまった。両受刑者は思いも寄らなかったひどい暴力を振るった。被告は2人(の暴行)を止められなかった」と訴えた。さらに、起訴内容は誰のどのような暴行で長男が亡くなったのか特定していないとして、公訴棄却も求めたとのこと。
 
被告自身の日常的な暴行も程度が軽く、しつけの範囲にとどまる」などと全面的に争う姿勢を示したとのこと。
 
***第二回公判(1月16日)***
服役している男2人のうち元交際相手Mが16日に証人として出廷し、長男が死亡する前日、風呂から体を拭かずに出てきたことに被告が激高し、男に「おなかをしばいた」と言っていたことを証言しました。長男はその後男2人にも腹を強く殴られ死亡していますが、男は「被告にしばけと言われた」と述べました。被告はささいなことで日常的に暴力を繰り返していたということですが、長男が死亡する直前は同居する男との関係が悪化し、暴力がさらに激しくなっていたことを述べたとのこと。
 
証人として出廷したM受刑者は、「被告が毎日のように子どもたちを殴ったり、寒い部屋に下着一枚で立たせたりしていた」などと証言。長男が死亡した当日も、「被告が『言うこと聞かないからシバいてくれ』と言い、暴行の様子をそばで見ていた」と証言したとのこと。
 
***第三回公判(1月22日)***
被告人質問で被告は「叱ってとは言ったが、暴行は指示していない」と述べ、改めて起訴内容を否認した。
 
被告は、自宅に居候していた当時の交際相手の男(26)ら2人が長男を蹴ったり殴ったりする暴行を繰り返し「怖くて逆らえなかった」と供述。事件当日の夜は、「これ以上したら死ぬと思い、覆いかぶさって守った」と説明したとのこと。
 
長男については「おとなしくて毎日笑っている子でした」と振り返り、就寝中に死亡に気付いた経緯などを問われると涙ぐむ様子も見せたとのこと。
 
検察側は被告が取り調べで「(元交際相手らよりも)先に話したら損になる」として、事件について一切語らなかったと指摘。被告の証言の信憑(しんぴょう)性に疑問を呈したとのこと。
 
***論告求刑公判(2月4日)***
1)検察は懲役13年を求刑した。
 
2)検察側は論告で、「被告が交際相手らに『しばいて、もっと殴れ』と言って、暴力のきっかけをつくった。被告自身も暴力をふるい、泣いても、吐いても、あざだらけになっても助けず、死に追いやった」と指摘し、被告に懲役13年を求刑した。
 
別の報道では
検察は「被告は自らも暴力をふるいながら、同居の男2人には『もっとやらんと効かんやろ』とけしかけ、暴力をエスカレートさせるきっかけを作った」として、懲役13年を求刑した。
 
更に別の報道では
検察は、「不合理な弁解に終始し、反省の態度が見られない」と指摘。
 
そのうえで「守るべき立場にも関わらず子供たちに暴力をふるい、M受刑者らにも暴行を指示していて責任は重大」として懲役13年を求刑した。
 
3)弁護側は「男らの暴力を容認していたわけではなく、精神疾患のため止めることができなかった」として無罪を主張。被告は「長男を守れなかったことを後悔している。(男らによる)あれほどの暴行を望んでいたわけではない」と訴えたとのこと。
 
別の報道では
弁護側は最終弁論で、被告に暴行を指示されたなどとする両受刑者の供述は信用できないなどと反論。被告は長男が亡くなった際に致命的となる暴力は振るっておらず、両受刑者のエスカレートする暴力を止められなかったなどとして改めて無罪を主張した。
 
4)被告は最終意見陳述で「私は2人の子どもを守り切れなかったことを後悔しています。(両受刑者の)暴行を止められなかったのはわかってほしい」などと述べたとのこと。
 
***判決公判(2月12日)***
1)母親に、懲役9年の判決が言い渡された。
裁判長は「逃げ場のない幼い子どもたちに対して一方的に暴行を繰り返し、悪質だ」として懲役9年(求刑懲役13年)を言い渡した。
 
2)判決で大阪地裁は「犯行のきっかけを作っただけではなく、暴行を助長していて厳しい非難に値する」とする一方「被告自身が、死に至る強度の暴行を加えたり指示したとは認められない」として、被告に共犯の男2人より1年短い懲役9年を言い渡したとのこと。
 
別の報道では
大阪地裁は、「被告は交際相手らの暴力を認識し、容認していた」として、共謀は成立すると判断した上で、「実の母親でありながら、暴行のきっかけをつくっており、厳しい非難に値する」として、懲役9年の実刑判決を言い渡した。
 
更に別の報道では
裁判長は判決理由で、被告の「しばいて」という発言が暴力の発端となったと指摘。被告は制止することなく、むしろ助長する態度を見せたほか、自らも暴力を加えることがあったとして、男らとの共謀を認定した。
 
死に至る強い暴行を指示したことは認められないと指摘。懲役10年が確定した男らと「刑事責任が同等とまでは評価できない」とした。
 
裁判長は「被告自身の暴行について、M受刑者らの供述をそのままは信用できず、死に至るような激しい暴行の指示は認められない」と指摘したとのこと。
 
こんなところですね。
・・・どうなんだろうか?ちょっとわからない・・・本当に妥当な判断なのかな?
確かに、表面上は「しばいて」と言っただけだから、常識的に考えれば死ぬほどの暴行を指示したとは言えないかもしれない。
だけど・・・前後関係や経緯を考えるとどうなのか?と疑問は出ますね。
 
私が疑問に思う点としては
1)死亡の約1か月前から保育所に連絡なく通わせていない。
これは、アザなどの虐待の痕跡が発覚する事を恐れたのはではないか?
 
2)死亡の前日から8時間にわたる暴行をしている。
被告本人が暴行していなかったとしても、8時間も暴行しているのを見ているわけで、死ぬかもしれないと思わない?
死ぬほどの暴行を指示していないが、死ぬほどにエスカレートする事を黙認していたのではないか?
 
3)受刑者の証言は本当に信用できないのか?
受刑者と言う事は刑が確定しているわけだから、何を証言しても、刑が変わる事は無いわけで・・・
嘘を言う理由が無いのでは?
逆に受刑者の公判で証人に立った被告が、黙秘する理由は自分にとって黙秘が有利であるとの判断でしょ?
そこを考えると、今回の証言も自分に有利にする為の証言という解釈もできますよね。
 
他にも取り調べでも、被告は「(元交際相手らよりも)先に話したら損になる」として、事件について一切語らなかったと言うのもね。どうして本当の事を捜査段階で話さないのか?これも自分に有利になると言う判断ですよね。
 
4)長男が救急搬送された際、被告が医師に「事故でけがをした」と虚偽の説明をしていた。
普通に事件を隠蔽しようとしてますよね。
 
とは言え、疑問なだけで、「疑わしきは被告の利益に」と言うのが推定無罪の原則ですからね。
検察が控訴するのか?に注目ですね。控訴期限は2週間だから、2月中ぐらいかな。
 
真偽がどうなのかは分かりません。でも、4歳児が地獄のような虐待の果てに亡くなった事は間違いないです。
亡くなった男児のご冥福をお祈りします。
次に生まれてくる時は、普通の家に生まれてください。普通のクリスマスを楽しんで欲しいです。

参考リンク
大阪府箕面市4歳児虐待死事件

| | コメント (0)

2020/02/14

茨城県ひたちなか市8か月女児顔面火傷虐待事件?

茨城県ひたちなか市の会社員・男性容疑者(28)は2018年10月、自宅で次女の顔に高温の液体を掛け、全治10日のやけどを負わせた疑いで逮捕される事件が起きている。

警察によりますと、その約1カ月後に病院から「乳児の頭に骨折があり、虐待の疑いがある」と通報があり、警察が捜査してた。
女の子は通報の5日後に死亡したとのこと。
容疑者は容疑を否認しているとのこと。

女児の顔には、唇の左側から頬やあごにかけて、水ぶくれができていた。
これに気づいた母親が病院に連れていき、全治およそ10日間と診断されたとのこと。

今回の逮捕容疑は、このやけどを負わせた傷害だが、警察が注目しているのは、その翌月の出来事。

11月17日午後7時15分ごろ、容疑者から通報があり、救急隊が駆けつけると、次女は頭部を骨折するなどして意識不明の状態で、病院に搬送された。

同10時半ごろ、病院が同署と児童相談所(児相)に「虐待の可能性がある」と通報した。次女は5日後の22日に死亡した。司法解剖の結果、「外因死」と判明。頭部のけがが死因と関係しているとみられるとのこと。

容疑者は長女(3)を含めた4人暮らしだった。県警によると、長女に身体的虐待の形跡はない。次女に関する虐待の情報は、頭部骨折で病院から通報があるまで県警や児相にはなかった。県警は、けがの経緯や日常的な虐待がなかったかについて、妻からも事情を聴くなどして調べを進めるとのこと。

容疑者(28)は2月5日、送検された。

捜査関係者によると、次女はやけどを負う前後の時期にも、別のけがなどで通院歴があったことが判明している。一方で、これまで妻(32)から県警に対し、ドメスティック・バイオレンス(DV)などの相談はなかったとのこと。

逮捕容疑は18年10月5日午後、住んでいた市内のアパートで、高温の液体のようなもので顔にやけどを負わせた疑い。

捜査関係者によると、容疑者は現場の自宅アパートにいたことは認めているものの、容疑は否認しているとのこと。

県警によると、次女はハイハイができるようになったばかりだったとのこと。

こんな事件なんですが・・・
ちょっと、分からないですね。
顔面の火傷、頭部の骨折が人為的な物なのか?事故の可能性は無いのか?
そのあたりの情報がありません。
とりあえず、次女はハイハイができる程度の行動力があったようですから、自分で動いて、事故になった可能性は否定できないですね。

頭部の骨折については意識不明になっているので、事故の発生時に気付かない可能性はあると思います。
ただ、顔面の火傷は事故なら、当然、ギャン泣きしたはずで、在宅中なら気付かないはずが無いですよね。
そのあたりに不自然さを感じます。

続報を待ちましょう。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧