2017/03/01

世田谷一家殺害事件再考その168(外国人窃盗犯説についてあれこれ)

今回も時間が無いので手短にあれこれ書きます。
始めに書きますが、私は窃盗犯説しかないと断定しているわけではありません。可能性の一つと考えています。

では、事件の捜査を開始した当初、捜査本部は動機をどう考えていたのだろう?

そのヒントになるのが、入江さんの本にある、「正月明け4日が勝負だよ」との刑事の話。
休み明けに「金融機関が動けば、金の流れが分かる」と言う事なのだが・・・
これだと、ちょっと、窃盗犯説には矛盾するかもしれない。

これまでの報道だと(wiki)「キャッシュカード、通帳などは盗まれていない」となっている。
だとすると、宮澤家の口座から現金を引き出す方法が犯人には無いはず・・・
かろうじて可能性が残るのが、小切手や有価証券などになるけど・・・そんな物、簡単に現金化できないよね?

捜査本部は当初、「金銭トラブル」を疑っていたのかな?
でも、これって、結局は金融機関を通して、宮澤家との金銭のやりとりがあったと言う前提ですよね?
単純にみきおさん自身が大金を口座から引き出したとしても、それが、トラブルが理由だったと言う可能性もあるのか・・・

そう考えると、事件の前後で大金が動いていれば、それが金銭トラブルによるものと推定できるって事なのかな。

しかし、「目立ったトラブルは無い」がその後の結論ですよね?

次に報道されている情報の中で窃盗犯でないと、説明が難しい情報があります。
「引き出しが下から上に開けられていた」これは、窃盗犯特有の動作です。

で、窃盗犯の場合の問題としては、スリッパのDNAがあると思う。
犯人のDNAがスリッパに付着していたと言う事なんですよね。
流しの窃盗犯が偶然、窃盗に入ったと言うのは矛盾しますね。
この為、窃盗犯だとすると、何らかの方法で事前に宮澤家に入り、下見をしていた可能性があります。
なので、DNAが付着した時期がいつなのか?と言うのが非常に重要になってくるのですが、そのあたりの情報は出ていませんね。

で、窃盗犯だったと仮定しての話ですが・・・
1)宮澤家を選んだ理由は何なのか?
 私が考えるに、あの周囲から隔絶された公園敷地内に建っている数軒の民家の中で、宮澤家が一番大きく見えたのではないか?
と推測しています。もちろん、実際には隣家の入江家との二世帯住宅のような感じですが、密着してますから、事情を知らない人なら大きな1軒屋に見えたかもしれない・・・

けれど、ここにも、問題があるんですよね、スリッパのDNAから、犯人が下見したのであれば、実は、むしろ狭い家と言う事に気付いたはずなんですよね。
なので、やはり、「宮澤家に大金が有る」とか、「月末に月謝が集まる」とかの情報を犯人が持っていたと考えた方が無難かなと思います。

2)礼くんはなぜ、窒息死なのか?
居空きが目的ならば、当然、無人の部屋を最初に物色するでしょう。
風呂窓からの侵入なら、浴室を出て廊下を挟んだ正面が子供部屋だった。
明かりも消えて、無人と思い侵入したところ、運悪くそこには礼くんが寝ていた。そこで、礼くんに気付かれてしまった犯人が咄嗟に手で首を絞めて殺害した。
と考えた方がその後の行動を説明しやすいかもしれませんね。

これによって、犯人は意図せずに、殺人犯になってしまいました。もし、窃盗目的なら、ここで逃げても、殺人犯として追われる事になります。
もともと、家人に発見されれば持参した包丁を使って、強盗になる予定だったし、なにしろ、一人殺すも二人殺すも同じと犯人が考えれば、残った家族を皆殺しにしても、収穫が多い方が良いと考えた可能性は有ると思います。

3)浴槽の書類の意味は?
浴槽の書類は1階の納戸の引き出しだったみたいですね。(wiki)
これは、みきおさんの口座の残高の方が泰子さんの口座の残高よりかなり多かったので、みきおさんのキャッシュカードの暗証番号を調べようとしたのではないか?と推測しています。

それが、なぜ、1階の納戸なのか?と言う事なんですが、みきおさんの書斎が1階にあり、普段1階にいる時間が多いみきおさんは、納戸の引き出しを使っていたのではないか?と推測しています。

4)なぜ、キャッシュカードも通帳も持ち出さない?
窃盗犯だとここも、問題になりますね。
まー、足が着かないと言う意味で「現金のみ」を盗むと言うのは有りなんですが・・・
浴槽の書類が暗証番号を推測する為の物なら、とりあえず、持ち出しても良いはず・・・、それに、暗証番号が不要な印鑑と通帳ならなおのこと。

まー、ここは、この事件、最大の謎である、「多数の遺留品」と同じ理由で持ち出さなかったと考える事もできます。
多数の遺留品を残したまま、逃亡しなければならない、理由が犯人にはできてしまった場合ですね。

今のところ、これを説明できる方法は翌日逃亡説で、「慌てて逃げた」しか、思いつきません。

しかし、それほど、慌てていた犯人がほとんど目撃されていないと言うのはどういう事なのか?と言うのも疑問ではあります。

もし、外国人の犯行で、直後に出国する予定なら、金融機関が動き出す前に出国してしまう場合、通帳や印鑑は使えない事になりますね。
それに、通帳で窓口で引き出すにしても、日本人名義なのに、バリバリの外国人と言うのはかなり不審ではありますね。
ハーフなら許容範囲なのか?アジア系なら不自然では無いかも?しかし、日本語の会話や言葉が書けないとダメですね。
キャッシュカードも海外では使えるATM自体が無いと言う場合もあるか・・・しかし、それなら、最初から暗証番号を調べたりしないのでは?

結局、印鑑と通帳がありながら、暗証番号を推測したのは、印鑑と通帳は使えないと犯人自身が判断したんでしょうね。
外国人でもカードなら、不審に思われずに無人のATMで使う事ができますね。

それに、外国人なら貴金属も持ち出して、海外で現金化するなら、足は着かないのではないか?とも思いますね。

5)翌日逃亡の理由?
もし、外国人窃盗犯なら帰国前の最後の犯行だったのかもしれません。帰国までの時間をつぶした、ただの時間調整だった可能性とか、元々、交通手段が公共交通機関だったので、始発まで待ったと言う可能性はありますが・・・

それにしても、10時と言うのは、のんびりしすぎですよね。
まー蟹江の例があるので、翌朝まで居座ったと言うのは有りではあるんですが・・・しかし、蟹江の場合は行く当てが無かったんでしょうね。
その意味ではホームレス説も有りなんだけど、ホームレスにしては、衣類がきちんとしていて、香水まで使ってしまうのは不自然かな?

いろいろとあれこれ考えましたが・・・外国人窃盗犯なら、貴金属は持ち出しそうな気がしますね。
かと言って、日本人窃盗犯だと指紋、DNAの問題が残りますし・・・日本人なら最初から強盗目的の方がすっきりするか?・・・

「宮澤家に大金があるから強盗しよう」しかも、それが、最初で最後の犯行なら、説明はできるか・・・
でも、計画的な犯行ならもう少し、準備しそうな気がします。

と・・・考えて行くとと、この事件の出口の無い謎の渦に飲み込まれてしまうわけです。

とりあえず、みなさんのコメントへの回答とさせていただきますね。

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2017/02/20

世田谷一家殺害事件再考その167(風呂窓は閉じていた?外国人窃盗犯説)

時間が無いので手短に書きます。分かりにくかったら、ごめんなさい。

NHKが犯行の流れを最初に流してから、風呂窓侵入説がほぼ、定説となっているわけですが、風呂窓侵入を考えた場合、単純に風呂の窓が開いていたのをぽっぽ公園から見て、それに気付いた犯人が侵入したんだろうね・・・と考えていました。

しかし、良く考えてみると、それは無いんじゃない?と思うわけです。
その1番の根拠は、みきおさんが外出着だった事。

これは、みきおさんが、入浴前だった事を意味しているのではないか?と思うわけです。
そこで、もし、みきおさんが入浴前の状態だったと仮定するなら、もし、風呂窓が開いていれば、外気温と同じ5度程度に浴室を冷やしている事になります。
これから、全裸となり入浴するみきおさんが、それを望むだろうか?

と考えると、風呂窓が開いている事は無いでしょ?と思うわけです。
もし、換気の為だとするなら、前回の写真の2の方を見ると、浴室窓の上にダクトが見えます。
位置的に浴室の換気扇用ダクトだと思います。換気するなら、換気扇を使っているのでは?
換気扇なら、浴室の空気を外に排気するから、必然的に家の中の空気が浴室に入る事になり、浴室の温度は下がらない。

とここまでが前置きですね。
風呂窓が閉まっていたとしても、施錠されていないのであれば、犯人が侵入する事ができます。
問題はこの施錠の有無を犯人はどうやって知ったのか?です。

ここで場合分けしましょう。
1)犯人は風呂窓が施錠されていない事を事前に知っていた場合。(つまり確認の必要が無い場合)
 1-1)犯人が宮澤家に宿泊したりして、入浴し、その時に風呂窓が施錠されてない事、普段から施錠しない事をしっていた場合。
 1-2)昼間に偶然、風呂窓が開いているのを見た。しかし、それだけでは、その後、閉められた窓の施錠の有無は確信できないでしょう?
 1-3)犯人が事前に宮澤家に入り、風呂窓を犯人が開けている場合。しかし、それは、事件直前でないと、家族が入浴した時に施錠してしまうかもしれません。不確定要素が多いですよね。

2)犯人は風呂窓が施錠されている事を事前に知らなかった場合。(当日、侵入直前に気付いた場合)
 2-1)外から風呂窓の施錠状態を目視で確認した場合。
これは難しいと思います。窓は曇りガラスですが、昼間なら施錠状態を外部から目視できるようです。
問題は侵入時刻が夜だろうと言う事ですね。ぽっぽ公園の街灯は1カ所しかないと思います。あと近くの街灯は、ぽっぽ公園のトイレの外側照明、飛び出しマンの飛び出した公園側小道の出口にある電柱の街灯。
 つまり、かなり暗かったのではないか?と言うのが私の想像です。
このあたりは、ご近所の方、できたら夜の明るさで目視で確認できるのか?を一度、確認していただきたいと思います。
(現在、ネットが張ってあるので、ネットが外れてからになると思います)

 しかし、解決方法が無い事もない、犯人がライトを持参して窓の施錠状態を確認する方法もあります。
だけど、犯人の遺留品にライトは有りませんでした。

2-2)目視で確認できない場合。
 つまり、実際に手で開くかどうかを確認した場合になります。
そんな事あるの?と思われるでしょうが・・・無施錠の風呂やトイレの窓、2階の窓から侵入するのは、窃盗犯のポピュラーな手口なんですよね。

窃盗犯を大きく分けると3種類あります。
A)家人が留守の時に侵入する「空き巣」
B)家人が就寝中に侵入する「忍び込み」
C)家人が在宅中に侵入する「居空き」

この事件の場合、家人が在宅中なので、「空き巣」ではありませんね。
そして、就寝中でも無いので、「忍び込み」でもない。
可能性としては「居空き」の可能性が残ります。

「居空き」は家人が在宅中に侵入するので、気付かれる可能性が高いです。この為、そのまま、強盗になる可能性が高いわけで、犯人が凶器の包丁を持参した事を説明できます。

しかし、「居空き」が成立するには条件がありそうですね。
ぽっぽ公園から見ると、入江家と宮澤家は1軒の家のように見えます。
犯人が侵入時(23時頃)の状況としては、入江家は2階で母親がテレビを見る、3階で息子が就寝。1階で旦那さんが居眠り?、入江さんは0時過ぎに就寝なのでリビングに居たと思われます。
つまり、1階、2階は明かりが有った状態だと思います。

問題は宮澤家で、2階子供部屋で礼君が就寝、3階ロフトで泰子さんとにいなちゃんが就寝、問題はみきおさんがどこに居たのか?
ここで、2階リビングに居たとすると、2階の風呂窓から侵入した場合、2階リビングに居るみきおさんに発見される可能性が高いですね。

階段のカニ歩きの足跡や、遺体が1階で発見されている事、22時頃のPC操作などを考えると、みきおさんは1階に居たと考えるわけです。

そうすると、宮澤家は1階にみきおさん、が起きていて明かりがあったが、それ以外の部屋は消灯もしくは、暗い明かりだったのではないか?と思う訳です。
これで、犯人は家人が就寝中か、起きている人物は1階に居ると思い、2階の風呂窓から「居空き」目的で侵入する事が可能になります。

窃盗犯の割合では、居空き(5%)、忍び込み(27%)、空き巣(68%)です。(2016年警視庁犯罪統計を参考にしました)

しかし・・・・圧倒的に「居空き」の件数が少ないんですよね。
そりゃあ、家人が在宅の家に侵入して、物色して逃亡するわけですから、度胸とテクニックが必要でしょう。
その意味では、「居空き」犯と言うのは、初心者じゃ無理なんじゃない?というのが素朴な疑問ですね。
もし、犯人が「居空き」目的の窃盗犯だとすると、それなりの場数を踏んでいるはずで、他の窃盗事件の現場から指紋やDNAが出ないとおかしいと思うわけです。
あるいは、犯罪歴があって、指紋が一致するなどと言う事があってよさそうなんですよね・・・

この疑問を解決する方法としては、外国人のプロの窃盗犯(あるいは窃盗集団)が来日して犯行を行ったのであれば、指紋やDNAが既知の物でない事は説明できますが・・・それでも、問題が残ります。
犯人の衣服が外国人っぽく無い事。
外国人らしいと思われる点としては
あ)スラセンジャーのスニーカー
い)ドラッカーノワールの香水
う)ヒップバッグを洗った水が硬水
え)モナザイト

逆に外国人らしくない点としては
イ)ラグランシャツ
ロ)エアテック
ハ)関の孫六

しかし、包丁については、来日する時に持ち込むより、日本で購入した方が楽だろうね。いろいろと。
問題はラグランが何度も洗濯した形跡があると言う事でいくと、日本に来てから入手と言うのはちょっと違和感がありますね。
窃盗しに日本に来ている犯罪者がエアテックとか買うかな?と言うのも疑問です。

まー、さらに強引にこれを説明しようとすると、この窃盗犯は定期的に日本に来て、窃盗を行い、その時、日本の土産として、日本の衣類などを購入して持ち帰り、母国で使っていた。そのまま、日本に来日する時に持ち込んでいるとするなら、まー、説明できなくもないね。

外国人なので、事件直後に出国してしまえば、遺留品や指紋、DNAに無頓着だと言うのも説明できますね。

2000年の年末年始に手に怪我をした外国人が出国したか?なんて分からないですよね・・・正月休みを海外で過ごす出国ラッシュですもんね。

これも可能性の一つと言うところですね。
外国人犯行説の場合、多数の遺留品が残っている事が説明できるんですよね。
しかし、それでも、結局、翌日逃亡説でないと、あえて遺留品を残す理由は、やはり無いんだよね。

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2017/02/06

世田谷一家殺害事件再考その166(網戸の矛盾)

落下網戸写真11

落下網戸写真22

上の写真は落下した風呂窓の網戸の写真です。
左側写真1は正面から撮影した物、右側写真2は斜め上から撮影した物です。

これまで、落下した網戸についてはあまり考えてきませんでしたが、この写真を見て、ある矛盾に気づきました。
網戸は写真1だと前後関係が分かりませんが、写真2を見ると、公園のフェンスに立て掛けた状態になっている事が分かります。

これは物理法則に矛盾しています。
自由落下の法則に反してますよね?

えーと、水平に速度Vで打ち出された物体は速度Vで水平に移動しながら、重力加速度で落下すると言うやつですね。

位置情報はこちら
A)風呂場の窓は地上3mの場所にある。
B)風呂場の窓のサイズは高さ50cm、幅40cm
C)家の壁から90cmに公園の敷地との境界の高さ2mのフェンスがある。

以下、空気抵抗は無視します。
この情報から分かる通り、網戸は水平方向に90cm移動しています。
なので、水平方向に90cm移動するだけの水平方向の速度を持っていた事になります。
次に3mの風呂窓から2mのフェンスまでの1mを落下するまでの時間を計算します。
1m落下する時間 0.452[s]
同様に
3m落下する時間 0.782[s]

で3mの窓枠からフェンスの高さ2mまでの落差1mを落下するまでの時間が0.452[s]なので、速度は距離、割る時間は早さの公式から
網戸の水平速度は0.9m/0.452[s] = 1.99[m/s]となります。

で、3mの高さから地上に落下するまでの時間が0.782[s]なので、そのまま水平移動をすれば移動距離は速さ掛ける時間の公式から
1.99[m/s]・0.782[s]=2.54[m]となります。

つまり、網戸は公園側にフェンスを越えて更に内側、1.64[m]以上の場所に落下しているはずです。
(計算した速度1.99[m/s]はフェンスを越える最低の速度なので、速度はこれ以上速い可能性があります)

そこで、私はある可能性を疑っています。

「この網戸は通行人が落ちた網戸に気付いて、フェンスに立て掛けたのではないか?」

もしそうなら、網戸は犯人の侵入や逃亡に関係ない理由で落下している可能性があると言う事ですよね。

なので、ご近所の方や当時、ぽっぽ公園で遊んでいた子供達の中で網戸を拾って、フェンスに立て掛けた人はいないでしょうか?
もし、いましたら、是非コメントをいただきたいと思います。

しかし、実はフェンス際に落下する可能性は有ります。
写真を見てもらうと、フェンスより内側に植物(木)が植えてあります。
この木に衝突して垂直に落下したとすれば、このフェンスに立てかかった状態になる可能性はあると思います。

ただ、その場合でも、網戸は水平速度1.99[m/s]以上の速度で落下した事は間違いありません。

犯人が侵入時や逃亡時に網戸に触れて偶然落下した物であるなら、そんな水平速度で落下するだろうか?と言うのが疑問なところです。
可能性としては、
1)自然現象による影響の場合
2)犯人が網戸を投げた捨てた場合

1)の自然現象としては「風」の影響が考えられます。
例によって、気象データを気象庁のデータベースで確認すると、当日の府中市の風速情報で2[m/s]以上の風速があるのが
17時以降で23時に風速2[m/s]で翌日10時までは風速は1[m/s]以下です。
なので、自然現象の影響で網戸が飛ばされたとするなら、それは30日の23時以外に可能な時間が無いと言う事になり、犯人の侵入は23時頃ではないか?と推測するわけです。

2)犯人が網戸を投げ捨てた場合
これは以外に難しいと言うか、そもそも、網戸を外す事が出来るのか?投げる事が出来るのか?と言うのが疑問です。

・侵入時の場合
侵入時に網戸を外す事ができるのか?と言うのが疑問ですね。侵入時の体勢がかなり厳しい体勢となると思います。
公園フェンスと壁に足を掛けた不安定な状態で両手を使う事はできないと思うんですよね。
だとしたら、片手で網戸を外す事ができるのだろうか?と言うのが疑問のあるところです。

逃亡時の場合、窓の内側から網戸が外せるか?が疑問だし、外したとしても、投げるにはスローイングするだけの空間が無いでしょう?
その場合、手首だけでフリスビーを投げるように投げたのかな?

もし、事件とは無関係に風によって飛ばされたのだとしたら、事件前に吹いた強い風は30日の昼間に3[m/s]があります。
しかし、3[m/s]って普通に吹いている風だと思うんですよね。
なので、もっと強い風はと言うと、直近では12月25日の昼間に7[m/s]があります。

この時の風で飛ばされたのなら、30日までに通行人が拾って、フェンスに立て掛けていた可能性がありますよね?

(時間が無くて、説明が雑になってしまいました。ごめんなさい。)

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2017/01/24

世田谷一家殺害事件再考その165(情報提供のはがき)

実は昨年末ですが地元関係者の団体でつくる「世田谷事件の解決を願う有志の会」が情報提供を呼び掛けるはがきを作り、現場から半径約一キロ、計二万一千世帯に全戸配布していました。
事件解決を望む者さんから、情報提供がありましたので、そちらについてのレポートです。

はがきの表面(一部省略しています)
冒頭に「世田谷区にお住まいの皆さまへ」
被害者家族の写真(警視庁のビラと同じ構図だが、手の位置などが違うので、同じタイミングで撮影したもう1枚の写真ですね)

家族の氏名、年齢。
そして、2000年(平成12年)12月30日(土)午後11時頃から翌31日(日)未明に発生!

そして、犯人の特徴的指紋、血液型などにふれ情報提供を求めています。

「世田谷事件の解決を願う有志の会」の活動内容や説明も下の方に書かれています。

会の責任者は元成城警察署長さんですね。
地域代表が上祖師谷自治会長
協賛団体も8つ有りますね。

はがきの裏面(一部省略しています)
最上部に「祖師谷事件のポイント」
犯人のDNAについて(血液型はA型)
 父系がアジア系民族、母系に欧州系(地中海)民族が含まれる
犯人が
「アジア系含む日本国外の人」
「混血の日本人」
「犯人が純粋な日本人」
出典がウィキペディア

「上記DNA情報を参考に、不審人物を見かけた方はいませんか?」

現場路地から飛び出してきた男性について
犯行時間帯の、30日午後11時35分から同40分頃
男性は
「25歳位から35歳位、身長175から180cm位」

「この男性について、お心当たりの方はいませんか?」

現場近くに置かれたお地蔵様について
「このお地蔵様について、お心当たりの方はいませんか?」

と言う感じの内容です。
この解決を願う有志の会さんのはがきで挙げている3つのポイントが
1)DNA情報を参考にした不審人物
2)飛び出しマン
3)地蔵

1)のずばりの不審者情報と目撃情報の飛び出しマンは良いのですが、地蔵にも注目されてますね。

地蔵については、警視庁のビラにも詳細が記載されていますから、発表されていないが、事件に結びつくような情報が何かあるのかな?

飛び出しマンはその飛び出した時間が30日の午後11時35分から同40分頃とされています。

表面に記載されている犯行時刻が30日午後11時頃から翌日の未明なので、事件発生直後に現場方向から走ってきた人物と言う事になりますね。

しかし、犯行時は「その時間の範囲の中のどこか」なので、一度現場に入ろうとして逃げてきて、再度、侵入した場合なども間あえられますね。

しかし・・・もし、これが犯人で犯行前ならば、帽子にエアテックの上着、ヒップバック、足にスラセンジャーと言う格好になりますよね。

靴が白いスニーカーだったとか、黒の革靴だったとか目撃者は覚えていないかな?
でも、この目撃情報のスケッチには帽子らしき物は無いですね。

別人の共犯者と言う可能性もあるかな?

不審者については、混血なら顔立ちなどである程度判断できるかもしれないけど・・・純粋な日本人なんてのは、「ただの不審者」と言う事になるので、ここは、不審者の事なら、とにかく、捜査本部に情報提供するのが良いような気がしますね。

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世田谷一家殺害事件再考その164(逆襲のエバンゲリオン)

サブタイトルを見て、何これ?と思われた方も多いと思います。
「逆襲のエバンゲリオン」と言うのは、本のタイトルです。
この事件の事を調べている人でもあまり知られていない事ですが、一部のネット上で、この「逆襲のエバンゲリオン」の著者である「三目スタジオ」さんが、世田谷事件の被害者のみきおさんと同一人物であると言う説があります。

実は、ASKAの事件簿でもこの情報について以前にコメントがありまして、本の裏表紙に著者の略歴とともに、人物を写した写真が掲載されており、その写真の人物は「みきおさんではない」とコメントいただいて、ASKAの事件簿としてはこの、「三目スタジオさんはみきおさんとは別人」と結論しています。
ただ、コメント欄での事なので、一度、この点について記事本文でとりあげ、明確にしておくべきと考えて、今回、取り上げる事としました。

まず、私自身がこの「逆襲のエバンゲリオン」を入手して実際に、著者の写真を確認しましたが、みきおさんとは別人と言う結論に疑問は有りませんでした。
私が外見上で異なると判断した根拠を列挙するとこの2点は大きく違うと思います。
1)耳のトップの位置が三目さんは眉の位置まであるが、みきおさんは眉の下までしかない。
2)ほうれい線が三目さんには無いが、みきおさんには濃くある。

他にも眉の形、目の形など細かな事はあると思いますが、そこはご自分でご確認していたえだくのが良いと思います。

写真の撮影時期が分かりませんが、三目さんは著書「逆襲のエバンゲリオン」の発売に合わせて撮影しているようですから、1997年頃の写真と思われます。
みきおさんの写真は警視庁のHPで掲載しているビラ(PDF)の階段で撮影した家族写真を使わせてもらいました。
こちらも撮影時期は分かりませんが、捜査本部が出している写真ですので、容姿が実物とかなり違うような写真はださないでしょう。

他には紹介されている、著者略歴も楽器や音楽、音響心理学など音楽や音響に関わる部分が多いようです。
みきおさんの経歴の中には音楽や音響関係と言う言葉は無かったと思います。

なおこの結論に疑問のある方はご自分でご確認されるのが良いと思います。
私は中古で確認しましたが、状態が良い物なら中古でも確認できると思います。
(ご購入は自己責任でお願いします。)

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2017/01/10

世田谷一家殺害事件再考その163(外気温)

前回の記事のコメントで服装と気温について考えたけど、ふと温度の事が気になったので調べてみた。
事件当日から翌日に掛けての気温情報は
2000年12月30日の気温情報(祖師谷公園の情報が無いのですが、それほど変わらないと思います、実際には府中市より東京寄りだから、少し高いかもしれませんね。)
府中市     東京(東京ってどこ?)
12時-5.3度  12時-5.8度
13時-6.5度  13時-6.1度
14時-6.7度  14時-6.8度
15時-6.3度  15時-7.2度
16時-6.3度  16時-7.4度
17時-6.3度  17時-7.3度
18時-6.2度  18時-7.2度
19時-6.3度  19時-7.1度
20時-6.2度  20時-7.3度
21時-6.1度  21時-7.3度
22時-6.1度  22時-7.2度
23時-5.7度  23時-6.9度
00時-5.6度  00時-6.6度
01時-5.6度  01時-6.6度
02時-5.8度  02時-6.6度
03時-6.0度  03時-6.6度
04時-6.1度  04時-6.7度
05時-6.3度  05時-6.7度
06時-6.0度  06時-7.1度
07時-6.0度  07時-7.4度
08時-6.0度  08時-7.3度
09時-6.8度  09時-7.1度
10時-7.3度  10時-8.0度
11時-8.0度  11時-8.5度
12時-8.3度  12時-8.7度

とりあえず、府中市の温度と祖師谷公園の温度は同じと仮定して話を進めましょう。
事件発生時刻が不明なのですが、みきおさんのPCのメール送信時刻が22時頃にあるので、この後、23時頃に事件が起きたとしましょう。
この時の外気温は5.7度です。犯人が自宅を出たのが21時から22時だとしても外気温は6.1度、仮に昼間に自宅を出たとしても、外気温は6.3度ぐらいかな。

つまり、犯人が自宅を出た時の服装はラグランにエアテック、マフラーに手袋、帽子をした状態だったんですよね。
だから、普通に寒いと思っての防寒できる服装だったはずですよね。

で、次に逃亡時刻と思われる時刻は2種類だけど、31日の未明か?31日の10時頃なんだけど・・・
未明を2時から3時だとするとこの時の外気温は5.8度から6.0度、10時の外気温は7.3度。
なので、未明の場合は犯人が自宅を出た頃の外気温と同じ、10時の場合だと自宅を出た頃の気温より1度ぐらい高いけど、7.3度なら十分寒いでしょう。

なので、外出するときに上着のエアテックを着ていた犯人が、エアテックを置いたまま、逃亡するには寒すぎるでしょう?
だから、エアテックや帽子、マフラー、手袋を着なかったのには理由があるはずですね。
(手袋は犯行時に手に着けていて血で汚れたので放棄した可能性もありますが、その他については放棄する理由が無いでしょう?)

1)隣家の訪問で慌てて逃亡したから。(10時逃亡説になりますね)
2)目撃者に備えて服装を変える為。(それなら、エアテックは証拠隠滅の為に持ち去るね)
3)エアテックに変わる上着を現場から着て出たから。(しかし、手袋や帽子まで置いていく必要は無いと思う)
4)エアテックも帽子も手袋もマフラーも犯人の物ではない。(警察が遺留品を犯人の物と誤認している場合)
5)犯人は逮捕されないと思っているので遺留品なんて気にしない(しかし、それと寒いのは別問題だからね)

このぐらいかな?
1)は一番説得力があると思うけど・・・
 その反面、逃亡時の姿はみきおさんの魚柄のトレーナーになるんですよね?これだけでも十分寒いと思います。
 問題はそんな寒そうな姿の男性の目撃情報が無い事なんですよね。今のところ出ている、寒そうな目撃証言は

小田急線成城学園前駅近くで、事件前日の29日午後3時頃、現場に残されていたトレーナーやヒップバック、スニーカーとよく似た服装の若い男が目撃されている(毎日新聞 2006年11月30日付)。目撃者の主婦によると「この男が12月の末にしては薄着だった」ため、よく覚えていた。

これだけで、しかも事件前なんですよね。

2)と3)は省略します。どちらも、理由としては弱そうなきがします。
と思ったけど3)は有りですね。つまり、帽子も手袋もマフラーも変わる物を現場から持ち出していたのなら、不要になります。・・・変装の為なら可能性は有りですね。
実際に何が無くなっているのか?は親族でも難しいんじゃないかな?

4)は有りそうな話だし、私はこれも疑っていますが・・・
一応、捜査本部が一貫して犯人の遺留品と言っていますし、公式に警視庁のHPやビラでも紹介しているので、さすがに、付着物や汗などのDNA鑑定ぐらいしているだろうと思うわけで、その意味では可能性は低いかと思います。

5)の場合も十分あるだろうと思います。なので、無造作に遺留品を残している。
しかし、この場合も寒いのとは別問題なので、寒いなら寒いなりの対策をしているはずと思うわけです・・・
可能性を考えると
5-1)犯人の自宅が近所(寒くても、一瞬で自宅に戻れるから防寒は不要だよねって感じかな)
5-2)近くに停めた車で逃走する(でも、エンジンを切った車はすぐに冷えるんだよね、車に着替えがあるなら可能性有りかな)
5-3)車で共犯者が迎えにくる(これなら、車の中は暖かいから、上着やマフラー、帽子は不要かな)
5-4)近くに着替えを用意していた。(逃亡時の着替えをあらかじめ用意していた、それなら最初から不要な物は置いていくんじゃないの?)

この内5-1)は無いかな。この事件は指紋が決め手になるので、捜査本部は付近の住民の指紋を採りまくってますからね。
5-2)5-3)あたりが普通に有りなのかな?と思いますね。共犯がいるかと言う問題もありますけどね。

いずれにせよ、車で逃亡なら目撃証言が少ない事も説明できますよね。
捜査本部は車での逃走の可能性は疑ってないのかな?

そうか・・・車で逃走と言う事は逆に車で現場まで来たと言う事だから、それなら、手袋や帽子、マフラーが不要になると言う事かな?

だとすると、車を使う5-2)も理由としては弱くなりますね。
残るは5-4)だけど・・・近くに着替えを用意していたとしても、現場近くでゆっくり着替えるなんてちょっと普通の神経ではできないような気がします。
それに、着替えた服はどうする?って問題もありますからね。たぶん、ズボンにも返り血が着いていたでしょう?

一応、説明できるのは5-3)になるかな。
電車、バスと徒歩で現場に行き、逃亡は仲間の車に迎えに来てもらうのであれば、説明はできるけど・・・共犯者は事件の事を知らされずに、呼び出されて、知らずに逃亡を手伝ったって可能性はあるかもしれませんね。

それなら、タクシーでも同じかな。でも、さすがにこの事件は有名すぎるので、当日、タクシーが呼び出されたのなら、当然、警察に連絡しますよね。

だけど・・・そもそも、エアテックなど犯人が自ら購入した物ならば、逮捕されない自信があるからと言って、物に対する執着は少しぐらいあると思うんですよね。
特に、窃盗目的なら尚更ね。盗んだ金額からそれらの購入代金を引いた金額が「もうけ」になるから、見かけ上は「もうけ」が減る事になるわけだし・・・

色々考えたけど、やはり「慌てて逃げたから」が一番、無難な説になるかな?

逆に未明逃亡説や犯行後に出戻り説を考える時、この遺留品の説明ができる事がポイントになりそうですね。

しかし、変装の為なら有りそうな気がしますが・・・ズボンを変えなかったのが、ちょっと難点かな?(サイズ(丈)が合わなかったから?ってのは理由にはなるかもしれないけど・・・)

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2017/01/01

世田谷一家殺害事件再考その162(2016年年末情報)

1)警視庁は現場にあった遺留品のなかで唯一、製造元が分からないマフラーが犯人の特定につながる可能性があるとみて改めて捜査を始めたとの事。
現場にはジャンパーや帽子、手袋など多くの遺留品がありましたが、マフラーだけは製造元が分かっていません。今年の夏以降、警視庁がマフラーの再捜査を始めたとの事。マフラーはアクリル100%で、機械で編んだ低価格の商品とみられています。警視庁はマフラーの製造元から犯人の特定につながる可能性があるとみて、繊維を詳しく調べるなどしています。

2)捜査本部は捜査1課長以下37人態勢。

3)逃走した犯人と同じけがをしていたことで、有力情報だと思われた板橋区の男性は、古い診療記録を丹念に当たった結果、情報提供者の思い違いで、受診は事件直後ではなく、事件より半年前だったことが分かったとの事。

4)今もって宮沢さんの仕事後の過ごし方、一家のそれぞれの交友関係にも不明な点がある。

いまのところ、このぐらいですね。
目新しい情報としては1)のマフラーの件ですが・・・手がかりと言うよりは、今まで手つかずだった物を調べ始めたと言う事でしょうね。
製造元も分からない物なので、調べるのが難しく、優先度が低いとされたんでしょうね。
逆に言うと、優先度が高い物から調べたが有力な情報にはたどり着けなかったと言う事かもしれませんね。

3)は既出だと思います。
4)も既出ですが、みきおさんの仕事後の過ごし方が不明です。
二つの矛盾する情報があります。

A)みきおさんは同僚が残業するような状況でも「残業」しなかった。
B)事件が発生した12月、みきおさんは帰りが遅かった。(入り江さんの本による)

関連して
C)みきおさんの仕事後の足取りを調べたが1日だけ、足取りが確認できない日があった(一橋さんの本だったと思います)

ただ、A)については文面通りに受け取る事もできない気がします。
みきおさんの仕事上のポジションが不明です。一説にはリーダー的存在とあるんですが・・・
もし、中間管理職とか、現場監督的立場なら部下の仕事が終わるまで残る必要は無いわけですね。

まー、これは、本人の性格にもよると思いますが、管理職になって残業手当が付かなくなると「後はよろしく」と部下に任せて帰宅する管理職はいると思います。
給与が年俸制の場合も同僚の仕事を手伝っても自分にメリットが無いと判断するかもしれませんね。
契約社員などの場合、契約に入っていない仕事はやらないと言うのもあるでしょうね。

家族の交友関係が分からないか・・・
子供たちの生活範囲は狭いと思いますが、にいなちゃんは習い事が多かったようで、例のハーフの若い男性はこちらの線から浮かんだようですね。
みきおさんはネット活動も活発だったし、学生時代からアニメ、演劇活動をしていて、事件が発生した年の夏にはアニメフェスの運営にも参加していた。
どうも、アニメ関係の活動状況が分かりません。会社設立後に全く別の業界の会社に就職しているので、会社倒産後に足を洗って別の業界に就職し、アニメは趣味の範囲で活動していたのでは?と考えています。

泰子さんは会社退職後に姉の塾を引き継ぐ形で塾の経営をしてましたが、意外に交際範囲が広いのかもしれませんね。
塾関係、子供の関係、塾の生徒の関係、ご近所関係、他には夫婦が結婚するきっかけとなった自己啓発セミナー関係などは関係は継続していたのか?とかね。

昨年は特番なども多く取り上げてもらった事もあって、年末情報が大量にありましたが、今年はちょっと期待はずれだったかもしれません。

・・・ただ、昨年12月に島根事件が急展開した事もあり、年末に新情報を出しても、インパクトが無いと判断して、発表する情報を絞ったのかもしれませんね。
捜査本部としては、風化防止の為に、よりインパクトのある情報を出して、世間にアピールして目撃者や関係者の記憶を呼び起こす事が年末情報の目的なんだろうと思います。なので、年明けの2月ぐらいに新たな情報が出たりするかもしれませんね。
期待したいと思います。

それから、字なんですが「みやざわ」さんの字は「宮澤」が正しいと思うのですが・・・「宮沢」で報道している報道が結構ありますね。あまり気にしないのかな?それとも読みやすいから?

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2016/07/18

世田谷一家殺害事件再考その161(客人説の肯定材料)

これまで2回ほど客人説の問題点を書いてきましたが、コメントでもご指摘がありましたので今回は客人説を肯定する材料を考えてみます。

客人説を肯定する材料
1)みきおさんが外出着だった。

2)礼くんがジャージだった。

3)泰子さんがブラをつけていた。

先に2)からですが
礼くんのジャージ姿はジャージをパジャマ代わりにしていた可能性がありますよね、礼君は普段、ジャージで寝ていたのか?が知りたいところです。

もし、礼君のジャージがパジャマ(寝間着)では無いとしたら、外出や来客の可能性があるのか?と言う事になりますが・・・ここも微妙です。問題は当日のテレビ番組なんですが、最新の警視庁のPDFの最後のページに当日のテレビ欄があります。と思って見直してみたら、このテレビ欄間違ってないかな?と思ったら、30日は21時以降の番組しか載ってないからですね。

2000年12月30日『ポケットモンスター ミュウツー! 我ハココニ在リ』が放送されました。
放送時間は19:00からで、時間は74分(DVDの情報)なので、放送終了は20:15分頃?(CM分を入れると20:20頃が終了かな?)

なので、子供達はこの番組を見ていたと思います。
(入江さんの本では息子さんが子供達はポケモンのテレビを見ているのかなと言う記載がありますね。)
この時間帯の来客は子供達に相手にされないのではないかな?子供達の就寝時間が何時なのか?分かりませんが・・・

放送終了後の来客なら子供達も受け入れた可能性はありますね。

3)の泰子さんのブラの件は、入江さんの本にもありますが、泰子さんは寝る時はブラを外していたと言うのがありますね。

なので、まだ寝る予定では無かったのでしょう。実際年末だと、おせち料理の準備や、塾の経営者としての仕事など子供が寝てからの仕事もあったと思います。
なので、来客の有無としては、決め手にはならないような気がします。
実際に服装はパジャマでした。みきおさんが外出着で来客を待っていたなら、泰子さんもパジャマは無いような気がしますが・・・

まー、泰子さんは来客を応対しないと言う予定ならパジャマも有りか?・・・いずれにせよ、来客の有無を判断するには弱いかもしれませんね。

で最後が1)のみきおさんの外出着です。
これは、確かに妙だと思います。年末で仕事も休みだし、テレビ番組もお正月気分だし、晩酌でもしていれば、楽な部屋着に着替えてリラックスしたいと思う時間ですよね。

ただ、この日、家族で外出しているので、その時、外出着を着ていたはずです。
帰宅後に夕飯を食べてそのまま、着替えるタイミングが無かった?とも思えるけど・・・
みきおさんは44歳だから、家に帰ったら真っ先に楽なかっこになりたいような気がします。

なので、来客があるから、あるいは外出の予定があるからと考える事もできますね。
みきおさんが普段、家の中でどんなかっこでいたのか?は知りたいですね。

総合すると、来客説の一番有力な材料としては「みきおさんの外出着」と言う事になるかもしれませんね。

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2016/07/12

世田谷一家殺害事件再考その160(みきおさんとアニメ)

今回はみきおさんのアニメに関する活動について、時系列情報を発掘してみたので、忘れないうちにメモしておく。
青字がアニメ関係の活動です。
アニメ関連の情報はネット情報からなので、間違っているかもしれません。間違っていたら教えてください。
(年齢はASKAの推定です)

1956年 東京都板橋区で長男として生まれた。(みきおさん)
1959年 東京都大田区で二女として生まれた。(泰子さん)
○1978年 みきおさん、新宿アニメーションランドに参加(22歳)
○1979年 みきおさん、グループえびせんの創設メンバーとなる(23歳)
○1979年 みきおさん、人形劇「火宅」の撮影を手伝う(23歳)
○1981年 みきおさん、人形劇「蓮如とその母」の撮影を手伝う(25歳)

1981年 泰子さんが大学を卒業、その後、某有名化粧品会社に入社
○1981年 みきおさん、16mmの自主制作アニメを作成(3’00" バラはあこがれ)
1982年 東大農学部卒業(事件が2000年で44歳だから、卒業は26歳だな)
   (大学では森林風致計画学を専攻し、建造物が風景に与える影響などを研究した。)
○1982年 みきおさん、8mmで自主制作アニメを作成(2’00" ペルセウス座物語)
大学卒業後は森林都市研究所の契約社員を経て、アニメの制作スタッフとなり、編集プロダクションを設立した。
1983年 泰子さんの父親が無亡くなる。
○1983年 みきおさん、NHKアニメガジェット警部の演出を担当。
○1984年 みきおさん、編集プロダクション「アルテア4」を設立。

1986年 自己啓発セミナーで知り合った、泰子さんと結婚(夫30歳、妻27歳)
1987年 米国系コンサルタント会社に入社してCIの仕事をする(31歳)
1988年 泰子さんが某有名化粧品会社を退社(29歳)
1989年 泰子さんが東急線目蒲線奥沢駅前に姉と共同で学習塾を開設
1990年 自宅購入(宮澤さん夫婦が泰子さんの母親や姉夫婦と共同で約一億五千万で購入した中古住宅。)
1990年 自宅に学習塾を開設(89年の塾とは別のようだね)
1992年 隣家に住む姉夫婦が事業の為英国に移住。隣家には母親が1人で暮らすようになる。    
1992年 長女誕生
1992年 奥沢駅前の塾を隣家1階に移す
1994年 長男誕生
1996年 みきおさん、共著だがインターネット関係の本を出版
1997年 外資系の大手デザイン会社に移り、企業イメージ統合戦略を任されていた。
○2000年 みきおさん、8月広島国際アニメーションフェスティバルの運営に参加
2000年 12月事件により家族4人が死亡(44歳)妻(41歳)長女(8歳)長男(6歳)

こんな感じですね。
基本的な情報は2010年に殺人事件被害者遺族の会「宙の会」の集会に参加した、アニドウの会長のブログのコメントを参考にしています。

引用
僕と宮澤くんは親友というような近い関係ではないけれど、かつては毎月のように上映会をやっていたアニドウの黄金時代から、彼は参加してくれて、新宿アニメーションランドから「グループえびせん」の結成、川本喜八郎さんのスタッフとしてや、広島アニメフェスの運営委員など、多くの場所で同じようにアニメーションに関わってきた人でした。彼の会社名「アルテア4」もSFファンらしくて印象的でした。

さて、ではここまで調べたところで、疑問点がいくつかあります。
1)みきおさんのアニメ活動が途中中断しているように見えます。
84年の会社設立から2000年の広島国際アニメーションフェスティバルまでの間の16年間、アニメ関係の活動をしていたのでしょうか?

2)みきおさんの設立した会社「アルテア4」はその後どうなったのでしょうか?
設立の情報はあるのですが、87年にみきおさんは外資系コンサルタント会社に就職しています。
この事を考えると、この会社とは関係を絶っているように見えます。

3)2000年の広島国際アニメーションフェスティバルの運営を手伝うようになった切っ掛けは何だったのでしょうか?

調べてみると、みきおさんは学生時代にアニメに関してかなり入れ込んでいたのは分かりました。
アニドウ、日本アニメーション協会などにも参加しているようですし、実際に自主制作グループの活動にも参加して、自主制作アニメも作成しています。
しかも、最後には会社まで設立している。人間関係だけなら、日本アニメ界の中枢近くにいたと思います。
みきおさんは、アニメを仕事にしようと考えていたようですね。

しかし、87年にはコンサルタント会社に就職しているので、設立した会社は失敗したのかもしれませんね。

で、私の自分勝手な推測なんですが・・・
みきおさんが設立した会社は失敗したのでは無いでしょうか?
それが切っ掛けで自己啓発セミナーに参加した。その結果、泰子さんと知り合い、結婚する。
そして、結婚を機にアニメ界から足を洗ったのではないのかな?
結婚の翌年には外資系コンサルタント会社と、アニメには関係の無い会社に就職してますよね。

この事件でみきおさんの人物象を考えると、アニメと深い繋がりがあるように考えてしまいます。
蛍光染料もアニメ関連ではないか?とか演劇関連ではないか?とかね。

だけど、みきおさんは、2000年当時は、アニメの制作現場には関わってないのでは無いのか?
と言うのが私の疑問です。
だけど、2000年の広島アニメフェスティバルの運営は手伝っているんですよね。

なぜここが気になるのか?と言うと、みきおさんのプライベートの時間の割り振りと言うか、時間の使い方はどうだったのだろう?と言う疑問に繋がります。

みきおさんは事件当時、会社に勤めていましたし、現場のリーダーとしてそれなりに忙しかったと思います。
家庭では2児の父です。
子供はにいなちゃん8歳、礼君6歳、しかも礼君には程度が分からないが発達障害があった。
妻の泰子さんは、学習塾の経営をしている。(専業主婦ではない)

だから、家庭に取られる時間はかなりあったと思うわけです。
にいなちゃんの宿題を見るとか、泰子さんが食事を作っている時間に子供達をお風呂に入れるとか、そのぐらいの事はやっていてもおかしく無いですよね。(ただ、事件のあった12月はみきおさんの帰宅が遅かったと入江さんの本に書かれてますね)

そして、趣味のアニメです。これがただの趣味なら、優先順位は低いのですが、広島国際アニメーションフェスティバルの運営まで手伝うと言う事であれば、優先順位は少し上げなければなりません。
まー、事件当時は8月の広島国際アニメーションフェスティバルは終了し、2年に一度の開催なので、次回は2002年だから、次回の準備がそれほど忙しい時期では無いと思います。

しかし、他にも何かイベントの運営などに関係している可能性はあるのではないか?と思うわけです。
だから、それが怪しいと言うのではなくて、一部の週刊誌の報道では、みきおさんはアルバイトや副業をしていたのではないか?との報道がありますが、みきおさんは別のアルバイト的な仕事をする時間の余裕は無いのではないか?と言う事です。

アルバイトや副業が無いなら、その方面は考える必要が無いと言う事ですよね。

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2016/06/08

世田谷一家殺害事件再考その159(客人説の問題点2)

今回も客人説について考えます。
前回は客人説の基本的な問題を書きましたが、その問題を解決しても、他にも問題があるんですよね。
A)ヒップバックに犯人、被害者の血痕が無い。
B)みきおさんを襲う為には、持参した凶器の包丁を手に持たなければならない。
C)犯人の足跡が「靴」の足跡しか無い。

ざっとこの3つかな。

A)ヒップバックに犯人、被害者の血痕が無い。
これの何が問題かと言うとと、血痕が無いと言う事は、少なくともみきおさんを襲撃する前にヒップバックは体から離していると言う事ですね。
同時に、他の上着やマフラーなどにも血痕が無いので、これも同じタイミングで脱いだと考えて良いでしょう。

つまり、凶器を隠す物がなくなるわけです。私はヒップバックに凶器を隠して持ち込んでいると考えていますが、客(犯人)がリビングでヒップバッグを脱いだ時、凶器はどうしたのか?って事ですよね。

同時にB)で当然の事ですが、みきおさんを襲う為には凶器の包丁を犯人は手に持たなければならない。
このタイミングはいつなのか?

2階リビングに上着やマフラー、ヒップバックが発見されいている事を考えれば、客(犯人)は2階リビングに通されたと考えるのが自然ですね。

この時、お茶も断り、靴下あるいは裸足で2階リビングに犯人はいたとしましょう。

ここで場合分けしますが、
1)みきおさんが2階リビングで襲われた場合。
 犯人はみきおさんの隙をついて、ヒップバッグから包丁を取り出して、みきおさんを襲撃、格闘の末、階段で致命傷を与え、階段下に突き落とした。あるいは転落した。

と言う状況になりますよね。この場合、みきおさんは即死では無いので、犯人と対峙しながら、凶器を防御しつつ後退したでしょう。その時、当然、みきおさんは傷から出血しているはずです。
出血した血は引力の引かれて、床に落ちたはずですね。

その後を追って攻撃している犯人は当然、その血を踏んでいると思います。
つまり、犯人の靴下か、裸足の血の痕が残っているはずなんですよね。
犯人の足のサイズは28センチと大きなサイズなので、みきおさんや泰子さんと判別できるでしょう。

問題は犯人の足跡は靴の足跡しか報道されていないと言う事です。

この問題を解決するには、犯人がみきおさんを2階に残して、1階玄関に戻り、土足で2階にあがるか、靴を持って2階リビング前で土足になって、リビングにいるみきおさんを襲撃したと考えるしか無いですね。

しかし、その場合、みきおさんの遺体は2階リビングの奥(出窓側)で発見されないとおかしいと思うわけです。

それに、わざわざ、靴を履くために1階に戻るなんて事をするよりは、そのまま、2階で包丁を構えて襲う方が自然に思いますね。

2)みきおさんが1階にいて犯人が2階から1階に降りてみきおさんを襲撃した場合。
こちらも問題あります。犯人はみきおさん襲撃の為に凶器を手に持っている必要があるので、凶器を手に持ち1階に降りたと思います。

で1階でみきおさんを襲撃した場合も、2階での襲撃と同様に犯人が靴下あるいは裸足なら、みきおさんの血を踏んでその足跡が残るはずです。

で、これを回避する為には、凶器を背中に隠して1階のみきおさんをすり抜け、、玄関に戻り、靴を履いてから、みきおさんを襲撃する事になりますね。

これも、そんな事する?と言う印象です。

それに、1階より2階の方が足跡の泥の量が多いと言う情報にも矛盾します。

客で顔見知りなら、靴を履かなくても、凶器を背中に隠してみきおさんに接近し、そのまま、不意打ちで刺せば致命傷を与えられると思うんですよね。

こんな感じで犯行の手順を考えると、どうも不自然に思える点が多いです。

まー警察が靴下や裸足の血の足跡の情報を出していない可能性はあると思いますが・・・・

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